第8話 王都ニーベル(2)
「うおっ!?」
直後、ズンッと体にのしかかるような重さが全身を襲う。
「周囲の重さを操っているみたいね」
重くなった髪が体にまとわるつくのを鬱陶しそうにしながらメルが呟く。
言葉から察するに、付喪神が物体の重さを操作してバークたちの動きを封じようとしているのだろう。
それは周囲にも影響を与え、範囲二十メートルほどにある草花は折れ曲がり、逃げきれていなかった人々もひれ伏すように地面に全身を屈服させていた。
吸血鬼になったお陰かバークが倒れることはないが、足を一歩踏み出すのさえ億劫なほど体が重い。
そんな中でも付喪神は愉しそうに口を歪め、もう獲物は仕留めたと言わんばかりに、余裕の足並みでゆっくりと近づいてきた。
「面白い能力ですね」
重さに加え纏わりつくスカートが邪魔をし、歩くのさえ困難になっているティアが称賛を送る。相手を無力化し自分は一方的に攻撃を行える。
それだけで目の前にいる付喪神の能力は無敵にも思えるだろう。
互いに人間ではない者同士が顔を突き合わせ、狩る者と狩られる者へと転じる。
その狩る者と信じて疑わない付喪神は、天上の癒しであったはずの女神の顔を醜悪に歪めてティアへと近づけ。
「ですが……これで終わりです」
油断大敵とティアがフッと嗤うと、付喪神は訝しげに頭を捻った。
直後、ティアの両耳の青い宝石から淡い光が放たれたかと思うと、地面から若木が生えるように水柱が噴き出し、尖った先端が女神像の胸にあった赤い球体を貫いた。
「グガ……ゴゴ……」
目から泣くように血を流し、恨みを吐くように断末の声が漏れ出る。
醜悪に顔を歪ませる女神はせめて一太刀と腕を伸ばすが、天を突いた水柱がその白い肌を貫き地を穿った。
力尽きたように脱力した体が傾ぎ、崩壊した背中の腕が空気に溶ける。
そして元の綺麗な彫刻に戻った女神像は、地面と衝撃的なキスを交わすといくつもの破片となって砕けた。
「…………うわぁ…………」
フォローする暇すら与えられず、わずか三分で終わった付喪神討伐にバークは呆気にとられる。
「ふふっ。どう? この鮮やかな戦い。いえ、むしろ圧倒的な実力差による掃討と言っても差し支えないわね」
「この程度の雑魚相手なら、他の呪具を使うまでもありませんでしたね」
自慢げなメルと軽く一仕事終えた感を醸し出すティアは、少し乱れてしまった髪を軽く整えつつ、バークの所まで余裕の笑みをたたえながら寄ってきた。
「バークどう? 私たちの呪具はこの装飾品。宝石に宿った力を行使できるのよ。これでも私たちが使う呪具のほんの一部なんだから」
メルはブレスレット、ティアはイヤリングの宝石を煌めかせた。
「バークさん、どうかされたのですか? あの程度の相手に、恐怖で腰が抜けましたか?」
しかし驚きも感動も示さない様子に、何かおかしいとティアが顔を覗き込んでくる。その壊滅的なまでに事態を理解していない仕草に、バークの全身に一気に熱が走った。
「どうかされたのか、じゃねーよ! どうすんだよこの状況!」
右腕を広げ周りを見ろと二人に促す。
家々の壁は崩れ地面は削れ穴だらけ。ましてや芸術作品である女神像は修復不能なほどバラバラだ。
器物破損の罪で投獄されても文句は言えないような状況。何も問題ないと感じるほうがどうかしていると訴えかけるが。
「付喪神を倒すために仕方のない犠牲よ」
「正体がバレて暴れ始めた付喪神を放置しておけば、被害はもっと拡大していました。こうするより他に手はなかったかと思いますが?」
メルもティアも〝よくある日常〟と取り合わず、悪気も後悔も一切持ち合わせていないと口にした。
「そりゃわかるんだけどよ……周り見てみ?」
理解はできるが状況は違うことでマズい流れになっていると告げる。
〝何が問題なの?〟と二人はグルリと周囲を見回す。すると腰が抜けたのか逃げ遅れたのか近くで見守っていた人たちが全員、メルとティアそれぞれと目が合いそうになると慌てて視線を逸らした。
「どうやら私たち、付喪神以上に怖がられているようですね」
「どんまいっ」
「どんまいじゃねーよ! みんながビビってたら聞き込みどうこう以前の話になるじゃねーか!」
長年生きているからか元王族だからなのか、世俗に疎い二人にバークは頭を抱える。
聞き込みするしかないと確認したのに、話を聞く相手に怖がられている状態で無理に聞き出せば、まるで脅しているようになってしまう。もし脅して聞き回ってる奴がいるなんて話が広まれば、この街にいること自体が難しくなる。
ただでさえ家や地面を壊しているのだ。ここに修理費用まで請求されたら一体どんなことに……いやそれだけじゃない。もしここに──
「おい、君たち」
──と、バークがネガティブなことを妄想していると、思考を遮るように現れた、同じ白い制服を着た複数の男たちにバークの体はビクンッと跳ねた。
「聞きたいことがあるのでご同行願いたい」
どこからどうみても役人にしか見えない人間がズラッと五人。
吸血鬼の身体能力であればハリ倒すことも逃げることも可能だろうが、揉め事を起こすのは得策ではない。
しかも世間ズレしてる二人に先に行動を起こさせるとヤバい展開になることは自明の理だ。
バークは二人が何か言い出す前にスッと一歩前へ歩み出た。
「わかった。何が起きていたかは周りで見ていた人たちに聞いてくれ」
少なくとも付喪神を倒した功績を証言し称える人たちがいれば、例え器物損壊の罪で有罪になったとしても刑は軽くなるだろう。そんな一縷の望みに賭けつつ、バークは周囲の人たちが見守る中、二人を連れて役人の後に付き従い。
「どういう……ことだよ……」
役人に案内され着いた場所に、思わず言葉を失った。