第6話 出立(2)
「荷物預かります。常に担いでいたら邪魔になりますから」
ティアが手を差し出し、バークが肩にかけていた革のリュックを指し示す。
「そういえば二人は手荷物が何もないみたいだけど、どこにあるんだ?」
「あー、ここにあるわよ」
そう言ってメルは黒いズボンのポケットから手のひらサイズの布袋を取り出した。
「なんだそれ?」
「何って付喪神よ?」
「ちょ、それ危ないんじゃないか!?」
付喪神と言われてバークは思わず身構える。いきなり目の前に化け物を見せつけられたのだ、ビビらない人間なんていない。
メルが不思議そうにバークの顔を見つめていると、ティアがフフッと小さく笑った。
「メル、付喪神なんて言ったらバークさん驚くでしょう? 大丈夫ですよ、もう生きてはいません。ただの呪具ですから」
「なんだよかった……」
まるで生きている実物を見せてきたのかと思い込み、変な汗をかいてしまった。バークはハァと胸を撫で下ろし近くに寄って布袋を覗き込んだ。
「こいつは二つの袋で一体の付喪神で、人間たちを中に閉じ込めて負の感情を食べてた奴よ。ティアと一つのずつ持ってるんだけど、かなりの量入れられるし、任意の物を取り出せるからすごく便利なのよ」
つまりは人を何人も閉じ込められるほど、大きな空間を収納として使えるというわけだ。どんなに大荷物でもポケットサイズで持ち運べるなら、荷馬車は商売上がったりになりそうだ。
呪具は吸血鬼にしか扱えないようだから、そういうことになる心配はなさそうだが。
バークはメルが開いた布袋の口に革リュックを乗せると、荷物は一瞬で吸い込まれ消えた。
「さてと、習うより慣れろってことで、私たちに付いてきて」
「先程と同じ要領で足に魔力を集めれば走れますから」
そう言ってメルとティアは、バークの返事も待たずに駆け出した。
「ちょ……」
二人が走った場所には薄く土煙が舞う。
足の着地と体に纏った風が地面の砂を巻き上げているのだろう。それほど勢いのある獣以上の快走で、ほんの数秒のうちに彼女たちの後ろ姿は豆粒大になってしまった。
「どうなってんだよ、あいつらの思考」
バークが吸血鬼になったときも大して問題視していなかったし、今もヒヨッコ同然の元人間を放置して行ってしまった。
元王女だからか呪いで二人に分けられた影響かは不明だが、自由奔放というか世間ズレしているというか、周りを振り回す素質に溢れていて頭が痛くなりそうだ。
「置いて行かれるわけにはいかないな。気合い入れて追いつくか」
ここで途方に暮れていても仕方ないと、バークは足に魔力を流すイメージをして地面を力強く蹴り出した瞬間、大きく土が抉れ後方に盛大に飛び散った。
「うおっ!」
近くの民家の屋根にまで届いた土に驚き足を止めそうになったが、止まっていたら二人に追いつけなくなりそうだったので、〝すまない〟と心の中で謝りつつバークは街道をひた走る。
足を着き地面を蹴り出す度に土が小さく陥没し、獣が駆けたような足跡が刻まれていく。土が勢いよく跳ね煙を上げていく様はまさに爆走といった言葉がピッタリだ。
「すごい。景色が高速で流れていく。これが吸血鬼にしか見られない世界……」
景観汚しの様相を呈している自分に罪悪感を覚えつつも、信じられないスピードで前から後ろへ消えていく世界に高揚感が増していく。
そんな感動も束の間、最初から速度を緩めに走ってくれていたのか、メルとティアの背中に追いつくことができた。
「走り方にまだムラがありますが、問題はなさそうですね。吸血鬼としての素質があったのかもしれません」
初めてにしてはちゃんと走ることができていると、弟子を褒める師匠となったティアに、バークは嬉しさと気恥ずかしさで頬が紅潮していくのを感じた。
「まだまだこんなもんじゃないわよ。今まで感じたことのない感覚、体験したことのない経験、いっぱいしていくことになるんだから」
悪戯っぽく笑うメルの横顔にバークは期待感が膨み頬が緩む。
子供が作れないということさえ除けば、人間では一生体験できないことができる最高の体だと興奮を抑え切れなかった。
「見えてきましたよ」
故郷の街を出てからしばらく。視界に先に入ってきたのは、広がる草原の中にそびえ立つ人工的な白く高い壁だった。
「い、一時間も経ってないぞ!?」
「気分良くてちょっとスピード出しすぎちゃったみたいね」
メルの気楽な声を浴びている間に壁はどんどん大きくなっていく。そして歩いても五分程度で入り口にたどり着く位置でバークたちは足をゆっくりと止めた。
王都ニーベル。
元々バークの住んでいた街とはガラリと変わり、各方面に繋がる拠点として発展した街で、広大な土地のど真ん中に白く巨大な城が立つ。
その周囲を取り囲むように商業施設や住宅街、工業地帯などがあり、ほとんどの物やサービスが手に入ると言われるほど大きな場所だ。
街の周囲を囲む円形の壁が特徴的で、他国からの侵略を防ぐと同時に壁画にもなっていて、老若男女問わず様々なアーティストたちが壁の内側の至る所に多種多様な絵を描いており〝芸術の街〟とも呼称されていた。
「すぐ着いたのはいいけど、どうやって例の付喪神を見つけるんだ?」
本当に息も上がらず筋肉疲労もなく服の破損もない。故郷を出たときと同じ肉体感覚と見た目に感動を覚えつつ、バークは二人に今後の行動指針を尋ねた。
「こればっかりは手当たり次第しか方法がないわね」
「付喪神は憑いた物の性質に依存しますから、剣や包丁などの刃物を中心に捜してるんですが、数が多いのでなかなか目的の相手は見つからず。王を名乗っていたので他の付喪神でも居場所を知っているかもと、付喪神の情報があれば手当たり次第探っている形ですが目星はついていません」
両手を上げて肩をすくめるメルと、悩ましそうに頭を振るティアに、バークはフムと思考を巡らせる。
「単純に情報を持ってる奴にまだ出会ってないだけなのかもな。王と言ってもすべての仲間と接していることはないだろうし、側近がいたとしても少数だろうから付喪神がたくさん存在するなら、その中から見つけ出すのは大変だな。そもそも付喪神を見たことない俺には判断つかないし」
「吸血鬼の寿命は長いですから、この広い世界でも必ず相手を見つけてみせます」
いつか手にする未来を夢見ながら歩くティアに、バークは昔見たおとぎ話の女狩人の姿を幻視し、気づいたら自然と口を開いていた。
「プロの付喪神ハンターか」
「いいわねそのネーミング。気に入ったわ」
横で聞いていたメルが面白いものを発見したように瞳を輝かせる。そのまるで子供みたいな純粋な笑みは、長年生きて来た吸血鬼とは思えない人間らしさが垣間見えた。
「そういえば、付喪神ってどうやって見つけるんだ?」
「負の気を集めるために、健康状態が急激に悪くなっていたり、不運に見舞われている人間が付喪神の近くにはいます。ですので、そういった人物がいないか探すのが効果的です」
「よし。ならまずは街中を歩き回りつつ情報収集だな」
目の前に見えてきた街の入り口とその先に続く活気のある広場を視界に捉えつつ、〝いっちょやってやるか〟と気合いを入れて歩を速めると、一陣の風が草花を揺らし、颯爽と高い壁を超えてバークの気持ちを巻き上げた。