第4話 分裂少女(4)
「でも、吸血鬼の王城を襲ってきたような奴なんだろ? そいつが俺の頼みを聞いてくれるとは到底思えないんだが」
「言うことを聞かせるのは無理ね。でもそいつを倒すことさえできれば呪いは解けるし、相手を従わせなくても呪具として用いれば、呪いを能力として行使することは可能よ」
メルの答えにバークは昔読んだ吸血鬼に関する本のことを思い出す。
呪具とは吸血鬼が使用する、魔法のような奇跡を起こせる道具だ。
付喪神を倒すと呪具となり、呪いを行使する道具として活用できるようになる。しかし、
「俺、付喪神と戦ったこともないし、戦う力も持ってないぞ」
バークは武器を作る仕事をしてはいたが、武器を使った実戦経験はない。
武器の性能を試すために武器を振るう機会は何度もあったが、生物に対して行使したことは一度もない。
ましてや意思ある災害とまで言われる付喪神を相手にして、勝つ自信なぞこれっぽっちもなかった。
そんなバークの不安げな言葉を聞いて、ティアは安心させるように落ち着いた声音でゆっくりと語りかけてきた。
「バークさんは今は吸血鬼ですから、普通の人間を遥かに超える身体能力と魔力を持っています。もちろん私達の目的も仇である王を討ち元の体に戻ることですので全面的に協力します」
そう言われ、自分の体に変化があったのかどうか手のひらを握って開いてを繰り返してみるが、肉体の高揚感以外に実感はまだない。
バーク自身は吸血鬼としても戦闘面でも素人だが、メルとティアは十年近く付喪神を相手に生き抜いてきた。
そんな二人が一緒であれば、最初は戸惑うことも多くても、充分やっていけるような気がした。
「なるほど……であれば俺もその付喪神を討伐する旅に同行させて貰いたい」
戦う力とサポートがあり、人間に戻れる可能性があるなら悩みはない。
話を聞いてバークは決意を固めると、しっかりと二人の目を見つめ揺るぎない意思の炎を瞳に宿した。
「武器職人の仕事はいいのですか?」
「人間に戻って子供が作れる体に戻れるんだったら、仕事を辞めるくらいどうってことないさ。知識も技術もあるから、再出発しようと思えばいくらでもできるしな」
仕事自体は二度と戻れないわけではない。やり直しが利くものであればブランクがあっても勘はすぐに取り戻せるし職にも就ける。
しかし人間に戻るチャンスは二人について行くことでしか叶えられない。だからこそバークに未練はこれっぽっちもなかった。
「なんでそんなに子供が欲しいのよ?」
やたら子供に拘るバークに、メルが訝しげに尋ねてくる。
どうあっても命の危険もある旅になるのは間違いない。それを押してでも子供を求めている姿勢が不思議でたまらないのだろう。
「綺麗な嫁と可愛い子供。理想的な家庭を築くのは男のロマンなんだよ」
バークは説明になっているようでなっていない理由を吐く。
平時であれば詳しく語ってもいいが、出会ったときに一瞬だけでもロマンの先にメルとティアがいる未来を想像してしまった手前、本当の理由を語るのがどこか気恥ずかしくて言えなかった。
しかしそんな大雑把な理由でも納得してくれたのか、二人は感慨深げに自分たちの思いを漏らす。
「私たちも親子の契りを交わすほど家族というものに恋焦がれていた。それを思えば決して変なことではないですね」
「そうね。すごい剣幕で力説されたときは変な奴かと思ったけど、案外まともだったのね」
ティアはどこか嬉しそうに微笑み、メルは感心したように顎に手を当てた。
「案外ってなんだよ。ってか、王女なら俺がこんな態度してたらマズいか」
「いいわよ〝元〟だし。これからは一緒に行動するんだから仲間として扱ってくれて構わないわ」
あっけらかんとしたメルの態度に、バークはホッと胸を撫で下ろす。上流階級、ましてや王族と接する機会が全くなかったゆえに作法を知らないし、二人に対し常に恭しく接していたら精神的にすり減っていきそうだ。
そういった点でも、気を使わないでいい間柄はバークとしても歓迎するところだった。
「じゃあこれからよろしく頼む。メル、ティア」
「はい。よろしくお願いしますバークさん」
「長い旅になるか短い旅になるか。とにかく最後までよろしくね、バーク」
街灯の下、照らされる互いの微笑みを月が見つめる。
互いの勘違いから吸血鬼として人生を再出発することになった。
本当なら悲観に暮れてもおかしくないことだが、俺は現状を嘆いて立ち止まるのではなく、一歩ずつでもいいから前へ進みたい。
希望がわずかにでもあるなら、夢を諦めるという選択肢は白紙にして、さらなるステップへの火種に変えていきたい。
シンと静まり返った夜闇の中、バークは人生の新たな目標を心に掲げ、静かに夜空の星々を見上げた。