第38話 変革(2)
『……ふっ……ふふふふふふふ……』
気でも触れたのか、付喪神が低い笑い声を溢す。
ここまでボロボロにされたのだ。明らかに満身創痍で目の前に敵がいる状態で勝ち目なぞあるはずがない。
『君たちは付喪神が何を糧に力を得ているか忘れたのか?』
コアさえ残っていれば付喪神は負の感情の吸収によって回復は可能だ。しかし絶対にここで決着をつけると誓った以上、絶対に逃がすつもりは吸血鬼たちにはないが。
「何が言いたい?」
付喪神から漂ってくる〝どこか諦めていない空気〟に、バークは嫌な予感がして身構えた。
『体の修復に費やさず、戦いが始まってから貯めに貯めた人間たちの負の感情。そこに私の能力が重なれば』
言った直後、疑似的に生やしていたムチが肥大化していく。
いや、黒くなっていた付喪神の顔を塗りつぶすように白い絵の具が溢れ出し、潰れた片目と無事だった指へと滴っていく。
それは白い肉壁を形作り付喪神の全体を覆っていき、溶けた巨大なロウソクのような姿になり。
『起死回生はいくらでもできるのさ!』
付喪神の高らかに告げる声が響き渡った直後、殻を剥がすように現れたのは巨大な白いゴーレムだった。
「嘘だろ!? こんな巨大な奴、どうやって倒せばいいんだよ!?」
メルたちが対処していたゴーレムよりも一回りも二回りも大きく、角張ったボディは何物も弾き返すような堅牢さが垣間見える。
言うなれば人型をした白い移動要塞。そんな様相を呈した付喪神に、バークの意思が揺らぐように体が震えた。
「コアさえ破壊すれば倒せるのですが、鎧のようになった体の奥にある心臓部を破壊できるかどうか……」
「コアを狙い撃ちしていくしかないってことか。なら──光穿矢」
分厚い装甲を見て難色を示すティアに応えるように、バークは即座に弓を創造し、光の誘導矢でもって本体のいた部分を狙い撃ったが。
光が鎧に当たった瞬間、ドロッとした絵の具が矢を飲み込み、泥の中に沈むように消し去ってしまった。
「くそっ、やっぱり防がれるぞ」
「絵の具の装甲で攻撃そのものを無害なものに描き変えているみたいね」
「追い詰められてやっと本気を出してきたということでしょうね」
悔しがるバークに、メルとティアは冷静に状況を分析する。
溜め込んだエネルギーを防御に大幅につぎ込んできた。装甲を剥ぐか、貫く程の攻撃を仕掛けるしか手段はないと予測される。
「俺の攻撃じゃあいつに決定打与えることできない。またメルの呪具で吹き飛ばせるか?」
「さっき使ってた時より分厚いから、できるとしてもせいぜい鎧を薄くする程度ね。でもあの体積だと、すぐに他の部分が寄り集まって修復しちゃうでしょうね」
バークが問いかけるが、流動的な絵の具から作られている鎧には効果がないだろうとメルは返してきた。
「写し取って」
ならばとティアが姿見に白ゴーレムを映して、同じ物を創造しようと試みる。
防御に特化している対象を味方として生み出したところで活かせるかはわからないが、少なくとも相手がさらに何かしようとするのを防ぐ役には立つ。
そういう意図での行動だろうとバークは思いながら淡く光り出す姿見を見つめるが。
「きゃっ!」
突如、白ゴーレムから伸びて来た長い触手が、鏡面を貫きティアの脇腹を掠め、地面に突き刺さった。
『同じ手が通じると思うな』
本体が鎧内部にいるのにどこから声を発しているのか。低く響く声が白ゴーレムから耳に届く。
どうやら防御以外にも攻撃手段も持ち合わせているようだ。迂闊に近づけば触手に体を貫かれるかもしれない。
崩れゆく姿見を捨て急ぎ跳び退いたティアは、追撃を警戒して臨戦態勢をとった。
『ここからが、お前たちが私へした所業への代償だ』
自分をこれ以上傷つけることは不可能だと思っているのか、吸血鬼たちのことを気にもしない様子で、付喪神は重い地響きを立てながら歩き出す。
「なっ、街が……」
人間がウォーキングをするようにムチ状の長い腕を前後左右に振りながらゆったりと歩く。ただそれだけで建物は潰れ、外灯はひしゃげ、街の端から悲鳴が上がる。
すべてを押し潰す巨体の行進。言葉にすれば簡単だが、事態はより深刻さを増した。
『そこで何もできないまま、街と人間が消えていくのを眺めているといい』
得意げな声が宣言となり街中に響き、否応なしに街にいた人間たちを恐怖のどん底へ突き落す。
呪いが解けて時間的制約が減ったと思った矢先に、別の理由で切羽詰まった状況に追い込まれた。
次から次へと迫られる選択の連続に、バークはやきもきしてティアに問うた。
「呪具の中に何か効果的な物はないのか?」
「先程の状況を鑑みると、遠距離攻撃は本体に当たる前にすべて無効化されてしまうでしょう。かと言って、近接攻撃を仕掛けても分厚い絵の具が邪魔で攻撃が届きません。残念ながら手持ちの呪具で効果が見込めそうな物はありません」
「つまり、打てる手は無いってことか……」
絶望的な回答にバークはギリリと歯を食いしばる。
吸血鬼たちに苦痛を与える見せしめにも等しい残忍な行動。
せめて足止めして時間を稼げば、人が街の外へ逃げる暇は作れるかもしれないが、おそらく白ゴーレムは執拗に追いかけて圧殺していくだろう。
倒す手立てを失った一同に、重たい空気が漂い始めるが。
「一つだけ方法はあるわ」
黙って考え込んでいたメルが、顔を上げてボソッと呟いた。




