第28話 狡猾(1)
『その娘の記憶をイジって罠にハメようとしたのに、抜け出せるとは思わなかったぞ』
手袋の甲から覗く黒い歯と、腹に響くような低い声。
ただの道具のフリをやめた途端、禍々しいオーラを放ち始めた付喪神に、空気が一気に重くなったような感じる。
「手袋が……しゃべったの」
「知能が高い付喪神ほど流暢に言葉を紡ぎます」
怯えるダリアにティアが冷静に答える。
確かに今までの付喪神は無言かカタコトな口調だったが、手袋付喪神は人間と大差ないしゃべり方をしている。
知能が高いという指摘を聞き、バークは可能性の一つとして考えていた仮説を立証するように問いかけた。
「街中で偽物の付喪神に俺たちを襲わせたのもお前だな」
「偽物? どういうことよ?」
思いがけない発想だったのか、メルが謎かけを投げられたかのように顔をしかめた。
「こいつの呪いは〝描き変え〟。人や物の性質や状態を変化させることができる。つまりさっきの付喪神たちも家も、呪いで作られた擬似的な存在だったってことだ」
バークの指摘に目のない手袋付喪神はニヤリと口端を上げる。
先程襲ってきた付喪神たちは、数は多かったが一般的な個体より弱く、コアも柔らかいとメルもティアも言っていた。ならば実物ではなく、疑似的に命を吹き込まれ動く人形のような存在なのではないか。
そう仮定すると、コアの脆かった絵筆の付喪神も偽物だった可能性が高い。
突きつけるように真犯人に鎌をかけると、付喪神は口の上の赤いコアを煌めかせ、愉しそうに白い指をしならせた。
『私の能力によく気づいたな。魔力や呪具に頼りがちな吸血鬼にしては頭が働くようだな』
上から目線の偉そうな物言いに、メルとティアの眉がピクンと跳ねる。
「ちょっと前まで人間だったんでね。頭を使わなきゃ生きてくのも大変だったんだよ。力技で仕掛けてくるどっかの付喪神と違ってな」
バークは明らかな挑発に乗らず、逆に軽口を叩いて返す。
偽物の付喪神も縮む家も同じ原理で作られ、邪魔になる吸血鬼たちを一網打尽にする為に差し向けた物だったのだろう。
最終的にはダリアの記憶を呪いで描き変え誘導までし、まとめて始末しようとしたが失敗。思わず顔を覗かせた所を見つかり正体がバレてしまった、というのが一連の流れだろう。
「なんで人間を美術品に変えたの」
ダリアが悲しそうな瞳で付喪神に投げかける。
自分が身に着けていた物が、モデルになってくれた人たちを苦しめている。
ダリアに責任はないが、協力を名乗り出るほど心優しい彼女にとっては、心を貫かれるような思いだろう。
そんな人間の女性からの悲痛の問いに、付喪神は黒い笑みを浮かべながら答えた。
『我ら付喪神は負の感情を糧とする。一瞬で終わってしまう苦痛より、継続的な苦痛を与えたほうが人間から長く搾取できるだろう? 実に簡単な理だ』
人間をただの餌としか考えていない物言いに、ダリアは絶望に顔色を染め、バークはこめかみに青筋を立てる。
恐怖を失望を悲しみを。あらゆる苦しみを与えて愉悦に浸る人間の天敵と呼べる存在。
生かさず殺さずを美徳とする悪趣味過ぎる思考に、それが付喪神の生態だと改めて実感し、バークは吐き気を催すような不快感を覚えた。
『ダリア、お前が知らないだけで今までいろんな場所で人間を美術品に変えてきたのだよ。一度呪いにかけてしまえば、どんなに離れていても負の感情が私に届き、大いなる糧となってくれる。旅を続けながら絵を描くお前は、非常に都合の良い人間だったよ』
ゆらりと地上に下りながら、付喪神は「くっくっくっ」と含み笑いを漏らす。
通りの端では、先程の激突音に驚き集まった人たちが遠巻きに眺めていたり、危険を察知して逃げ始めていた。
『しかし楽しんでいた所に、お前たちが邪魔に入ってきた。排除しよう試みたがそれも叶わなかった。元王族の二人だけならなんとでもなっただろうが、お前のせいで計画が台無しだ』
付喪神は忌々しそうに歯を噛み合わせ、人差し指でバークを指す。
すべての状況をすぐ近くで見聞きしていたからだろう。的確な状況判断と機転で乗り切った男の功績。それを妬ましく思っているのか、付喪神からヒシヒシと殺意の波動が伝わってきた。
「私たちが王族だったことを知ってるのですか!?」
『お前たちの特徴含め、他の仲間から話を聞いているからな。同胞を殺しながら回っている吸血鬼のこと、知らぬわけがあるまい』
目を剥くティアに付喪神は怒りを滲ませる。
メルとティアは家族を殺され、付喪神は同族を殺されている。
互いに憎しみ命を奪い合うことを定められているかのごとく、相容れない存在同士。人間ではない二人と一つが交わす視線は、一触即発の灼熱を帯びていた。
『さて。正体がバレてしまった以上、見た者全員の記憶を消すか死んで貰うかしなければいけないのだが……君たちはどちらがお好みかな?』
選択を迫る付喪神に、ティアの眉毛がピクンッと跳ねる。
「それは戦えば私たちが必ず負ける、ということですか?」
明らかな挑発に気分を害したのか、纏うオーラが強くなったように感じた。
『すべてを描き変えられる私に勝てる道理があると?』
勝ち誇っているかのごとき見下し。人間であったらただの慢心にしか過ぎないが、強力無比な呪い持ちの付喪神であれば、例え吸血鬼とて物の数に入らないと考えているのだろう。
「舐められたものね。伊達に十年、付喪神狩りして生き残ってるわけじゃないわ」
「私たちと相対したことの意味、そのコアに刻んであげましょう」
今こうしてここに立っていることがその証明と、メルとティアはズズイッと一歩前へ踏み出して実力を誇示した。
『なるほど……格差のわからぬ愚か者か。ならばその身と心に我が力を思い知らせ、後悔するがいい!』
付喪神が宣言した途端、ドクンと空気が震える。
異様な雰囲気に、何かの呪いを発動したのかと、一同は警戒を色濃くし。
付喪神は背後にあった民家の壁を破砕しながら巨大化していき、見る間に屋根を優に越える高さまでになった。




