第24話 原因加速(2)
「なっ!?」
突然のことに驚き、バークはナイフを差したベルトを外して投げ捨て。
バサッと落ちた直後、大振りのナイフは留め具を壊し地面を滑ったかと思うと、手足を生やし大きく裂けた口から鋭い刃を覗かせて威嚇してきた。
「いつの間に!?」
自分の持ち物が付喪神に変わっていたことに衝撃を受け、バークはとっさに身構える。
どんな物でも付喪神なる可能性は秘めているが、まさか自分の持ち物がそうなるとは予想すらしていなかった。
初めて付喪神に対峙したときに、メルに武器なんて無駄と言われた際に捨てておけばよかったと、バークは今更ながら後悔しかけていると。
「ティア、後ろ!」
メルが相方の後方に注意を促した。
何事かとティアが振り向くと、通りに並んでいた屋台が鎌首をもたげるように立ち上がり、載っていた果物がゴロゴロと転がり落ちていく光景が視界に入った。
「なぜ付喪神がこんなに!?」
普段は一切動揺しないティアすら目を見開く。
民家に立てかけられていたホウキが、雨水を貯めていた樽が、屋根に乗っていた風見鶏が、次々とギラついた瞳を光に反射させながら動き出す。
「まさか王が近くにいるの!?」
複数現れた付喪神たちの姿に、メルが一気に警戒度を最大値まで上げる。
以前、吸血鬼の城を付喪神の軍勢が襲ったときの記憶と重なったのだろう。
バークたちを囲うように集まってきた異形に、メルとティアは焦りの表情を浮かべていた。
「気持ちはわかるが、今は王がどこにいるか探してる場合じゃない! こいつらを先に片付けるぞ!」
危険を察し逃げていく人たちに巻き込まれないよう、バークは二人に叫びながらダリアを路地に行かせ、軒先から通りの様子を一瞥する。
「ダリアはここに身を隠していてくれ。俺たちから離れるほうが危険だ」
下手に逃げ惑えば付喪神の格好の餌食になりかねない。近くに居て貰えば何かあっても守ることができる。
指示にダリアが頷くのを確認すると、バークは通りのド真ん中に躍り出た。
「数で私たちを圧倒できると思わないでください」
すでに冷静さを取り戻したのか、ティアは呪具を用いて水の矢を放ち、迫っていた植木鉢の付喪神を破壊した。
「吸血鬼を舐めるんじゃないわよ」
屋台の付喪神が振り下ろした拳を華麗に右に躱し、腕を足かけに大きく跳んで額にあったコアを殴り崩す。
「えっ?」
零れ落ちるように落下していくコアの欠片に、メルは拍子抜けして自分の拳を見つめた。
「光叩鎚」
巨大な光るハンマーを生み出し、歯を剥き出しにした樽をコアごとぶっ叩く。
木の板が弾け飛び派手に吹っ飛んで民家の石壁に衝突すると、一瞬でただの樽に戻り、ゴロゴロと地面を転がった。
「こいつら動きが単調だから俺でもやれるな」
不意打ちをしようとしてきた柱時計の付喪神のコアを光の剣で断ち、〝次の相手はどいつだ?〟と不敵な笑みを浮かべた。
「数は多いですが、大したことないですね。運動不足ですか?」
ティアが氷の槍を放ち、相手を凍らせ動きを止める。
半身を封印された幌馬車は藻掻きながら氷の破壊を試みるが、絡みついた分厚い氷山を削ることしかできていない。
「ティア、こいつらのコア、素手で破壊してみて」
「……? よくわからないけど、わかりました」
メルに言われティアは凍って動けなくなった付喪神に無造作に近づき、素手でコアに右ストレートを叩き込む。
「これは……」
割り崩れていく赤い破片に、ティアは訝しげに自分の拳を開いたり閉じたりして感触を確かめた。
「光穿矢」
二人がやりとりを交わしている間、自己研鑽するかのごとく付喪神を倒し続けていたバークが、光の弓を強く引き放つ。
輝く矢が軌跡を描きながら突き進み。それを視認した風見鶏の付喪神は、大きく羽ばたいて急旋回を試みる。
真っ直ぐに飛ぶ矢は何もいなくなった空を突き抜ける。と思われた直後、急カーブを描き背中から鳥の胸を貫くと、コアを砕かれた付喪神は落下していった。
「よしっ、命中!」
バークに弓矢の才能は無いが、イメージ通りに武器が創造できるならもしや、と思って矢の軌道を変えるイメージを送ったら自分の意思に従って飛んだ。
確実に戦いの勘と経験値を得ていっている感覚に、バークの胸は高揚感に湧いていた。
「これで全部だな」
周囲を一巡し敵がいないことを確認する。見えない場所に潜んでいるのでなければ、現れた付喪神はすべて倒した。人的被害も物的被害も最小限に抑えられたことに安堵し、バークは路地に向かって声をかけた。
「ダリア、怪我はないか?」
「大丈夫なの。守ってくれてありがとうなの」
戦いの収束を察しダリアが通りへ出てくる。逃げずに家や店に隠れていた人たちも静かになったのを機に窓や扉から顔を覗かせ始めた。
「ん? どうした?」
メルとティアが話し合っている姿に、バークは何かあったのかと寄っていく。
奇妙な体験をしたように困惑顔の二人は、事情を静かに語り出した。
「二人で確認してみたけど、今の付喪神たち明らかにおかしいのよ」
「おかしいって何が?」
付喪神に対峙すること三度目。まだまだ駆け出しのバークにはメルの言っている意味が捉えられない。
頭に疑問符を漂わせている男にメルは言葉を強調しながら言った。
「コアが異様に〝柔らかかった〟のよ」
この拳で確かに感じたと示すように、メルは右手を上げてグッと握った。
「通常、コアは宝石のように硬いものなんです。ですが先程の付喪神たちは皆、コアが異様に脆かったんです」
相違ないと告げるようにティアも事態の奇妙さを証言する。
付喪神のコアは赤く、破壊すれば砕け散る。
「普通とは違う付喪神だったってことか」
先程の敵たちのコアの手応えは軽く、土の塊が崩れるように壊れていたとバークも思い返した。
そういう個体もいるのだろうと、なんとなく感じていたが、どうやら事情に変化があるようだった。
「理由はわからないけど、心に留めて置いた方がいいわね」
つまりこれは未体験のことだから警戒するようメルは口にする。
十年以上の経験がある二人が初めて目の当たりにする事象。何がおかしなことが起きている空気に、バークは真剣な眼差しで問うた。
「王とやらはいないみたいだが、こんなに付喪神が大量発生することってあるのか?」
「私たちの城が襲撃を受けたとき以外に見たことはありません。何か異常事態が起きていると考えるのが妥当だと思います」
「あいつらの動き、明らかに私たちを狙って出てきてたわね」
ティアもメルも仕組まれた襲撃であろうと判断している。今までの流れから考えると、ほぼ確実に今回の事件に関わっている付喪神、またはそいつと共謀する個体の犯行と思われた。
「襲撃を指示したリーダー的な存在がいる可能性が高いってことか」
基本は単独行動をしている付喪神が集まって吸血鬼のグループを襲うには、なんとなくの流れで発生するとは考え難かった。
「私たちへの挑戦状ね。いい度胸じゃない。受けて立つわよ」
「この事件、是が非でも解決すべきですね」
メルは拳をパンッと手のひらに当て、ティアは闘志を静かに滾らせる。
普通とは異なる付喪神の集団襲撃。
益々深まる謎にバークも気合いを入れ直した。




