第2話 分裂少女(2)
「繁殖……欲求?」
「そうよ。子孫を残せない吸血鬼が数十年に一度、抗えないほど発情して仲間を増やそうとする欲求のことよ」
ティアとは打って変わって恥ずかしげもなく事実を告げるメルに、バークは何がなんだかわからず頭が混乱する。
吸血鬼……繁殖欲求……襲われた俺……つまり……
「えっ、もしかして俺、吸血鬼にされた!?」
ようやく理解が追いついた途端、とんでもない事態になっていたことに一気に血の気が引いた。
「待てマテまて! 俺そんなこと同意してないぞ! 相手からの同意がないと仲間にしちゃいけないんじゃないのか!?」
有り得ない事態が起きていることに、恐怖心がすっかり吹っ飛んだ声が倉庫の壁に木霊する。
相手との同意がなければ吸血鬼にしてはいけないと盟約で決められている。
そうしなければ人間たちから反感を買い、共存関係が崩れてしまうからだ。それに照らし合わせると二人の行為は明らかに違反行為のはずだが。
「何言ってるのよ? ちゃんと同意をとってからしたじゃない」
メルは〝問題はなかったはず〟と、むしろ訝しげな視線を返してきた。
「同意!? 同意ってい……つ……」
身に覚えのない契約は不履行だと告げかけたバークの頭に、フッと数分前の出来事が蘇る。
メルとティアに押し倒されて「好きにしていいか」「お願い、身を委ねて」と言われていた。
もしあれが〝同族化〟への同意を求める言葉だったとするならば、それに対してバークは「どうぞ好きにしてください」と言っていた。
「──嘘だろ!? あれが吸血鬼になる同意だと思って言ってないぞ!?」
官能的に美少女二人が迫ってきたのだ。
当然〝そういうこと〟だろうと思って下心丸出しで了承したのだが、まさか互いの思っていたことが完全に違っていたなんて恥ずかしすぎて言えなかった。
「キャ、キャンセルはできないのか?」
一縷の望みにかけて問いかけてみるが、二人はキョトンとした顔を互いに見合わせてから残酷に告げた。
「不老長寿になったんだからいいじゃない」
「人間だったときより身体能力も上がりますし、やれることが増えるので何かと便利ですよ」
たいしたことじゃないと他人事なメルと、むしろ良いことだと告げるティアに目まいがしそうになる。しかしそんなことより、バークには聞きたくないが聞かなくてはならない重要なことが一つだけあった。
「ブ……吸血鬼は……子供を作れないんだよな?」
嘘であって欲しいと願いつつ希望に縋るように尋ねると、二人は思い出したかのように薄く口を開け、聞き間違いのないよう耳を澄ますバークにハッキリと言った。
「そういう行為自体はできるけど、子供は無理ね」
「私たちは半死人とも呼ばれるように、肉体の半分が精神体で構成されています。ですので完全なる生命体、つまり命を作ることは吸血鬼同士はもちろん、人間との間でも不可能です」
だからこそ他人を吸血鬼に変えることで種族として今まで繁栄してきたと暗に告げる言葉に、バークは目の前が真っ暗になり膝から崩れ落ちた。
「ど、どうしたんですか? どこか痛むんですか?」
両手を地面についてヘコむバークを見て、まだ吸血鬼に肉体が変化する痛みがあると思ったのか、ティアが慌てて近づきしゃがみ込む。
バークに肉体的な痛みはもうない。しかし今は先程の体の激痛を超えるほどの心の痛みが襲っていた。
「子供……」
「え?」
絶望しているバークがボソッと呟いた一言に、ティアは声がよく聞こえるように顔を近づけ。
「仕事で独立して軌道に乗ったら可愛い奥さんゲットして子供も女女男って三人作って仲睦まじい家庭を築くという俺の夢があっ!」
ガバッと頭を抱え一息にまくし立てた声に驚き、ティアは慌てて飛び退きメルの横で小さく震えた。
しかしそんなことおかまいなしに、バークは一足飛びに二人に飛びつくと腕を掴んで目を血走らせながら吠える。
「どうにか人間に戻る方法はないのか!? どうしても自分の子供が欲しいんだ! できることならなんでもする! だから頼む、このとおりだ!」
必死に懇願し二人の澄んだ瞳を凝視する。
なんの事情も知らない者にとっては〝どうしてそこまで?〟と思うことかもしれない。
けれどバークは大人になる前から人生の最上位に位置していた自分の夢を理不尽な理由で潰したくなかった。
そんな必死な形相の男を見てメルもティアも戸惑い、困ったように顔を見合わせた。
「唯一できそうな方法があるにはあるけど……」
頬を掻きながらボソリと呟いたメルの声を聞き逃さず、バークは目を見開く。
「本当か!? どうすればいい、教えてくれ!」
女神の降臨を見た思いで指を組み、祈るように膝を折り相手を見上げる。
するとメルは〝言ってもいいものか〟と問うようにティアに視線を向けた後、ハァと溜め息をつきながら言った。
「付喪神と戦うことになるけど……いい?」
その一言にバークの心臓はドクンと強く拍動を打った。