第16話 絵描きの女性(2)
「そういえばなんでサインの無い絵を置いて額を?」
二人が作業をしている間に、バークは気になっていたことを尋ねた。
「サインを書こうと思ったら、額を持ってくるの忘れていることに気がついて、急いで泊ってる宿に取りにいったの。絵を描いてただ渡すより、額に入れてプレゼントするほうが喜んで貰えるから、モデルになってくれた人にはそうするようにしてるの」
「なるほど。だからサインの無い絵が椅子の上に置いてあったのか」
その間にニーナは石膏像に変わってしまい、役人やバークたちが調査していたときに丁度戻ってきたということか。
今までの被害者は絵を描かれてしばらく経ってから異変が起きている。だが今回は一時的に席を外していたとはいえ、描き終える前に事が起きた。
説明を聞いて驚いていたことを鑑みるに、ダリアは事件を一切知らなかった。
仮に持ち物の中に付喪神がいるとするなら、持ち主に悪事がバレるようなことをするだろうか?
犯行が知られたのが一度きりなら疑いで済むかもしれないが、何度も続けば疑いも確信に変わる。
たまたまタイミングを間違えたのか、何か意図があるのか、はたまたすでに付喪神は逃げていて、バレても構わないとほくそ笑んでいるのか。
何はともあれ、メルたちにはダリアの持ち物に付喪神がいるか判別する術があるようなので、バークは静かに見守ることにした。
「よし、並べ終わったわ」
鞄には画家として必要な道具がギッシリと詰まっていて、絵筆や絵の具、巻かれた紙やパレットなど、絵描きに必要な様々な物が収まっていた。
道具は汚れていたり傷が付いていた。その使い込まれた様子からダリアの愛着ぶりがうかがえる。否が応でも壊すわけにはいかなかった。
「いきなり襲ってくるんじゃないか?」
「知性の低い個体なら、バークがダリアに事情を説明しているときに襲ってきてるはずよ。それを見越してずっと警戒していたけど、その様子はなかった。であれば知性の高い個体か、そもそも付喪神が紛れ込んでいないかのどちらかね」
「それを今から判別します。居た場合襲ってくると思いますので、皆さんは外に出ていてください」
バークの心配する言葉にメルとティアは警戒を促すと、ダリアと役人たちは家の外へと移動していく。
外ではハンが集まっていた住民たちにすでに避難をさせており、一軒家の周辺は空白地帯と化していた。
できれば周囲の住人すべての避難が完了してからがベストだが、空振りに終われば無駄骨になるし、メルとティアがいれば甚大な被害にはならないだろう。バークは二人の経験と実力を信じ、行く末を見守ろうと決めていた。
「でもどれが付喪神かわからないのに、どうやって壊さず調べるんだ?」
二人には策があるようだがバークには事前に教えられていない。付喪神自身も聞いている場で手段があると明かすということは、よほど自信のあることだと思われるが。
「こうすればわかります」
言葉で伝えると何をするのか付喪神にバレてしまうためか、ティアは説明をする代わりにスッと右手でイヤリングに触れる。そして紡ぎ出すように水の線を生み出しながら、しなやかにその手を前方へ向けた。
たゆたう水がゆっくりと空中に水溜まりを作り、画材道具の上に雲のように覆い被さり揺らめく影を落とす。
儀式にも見える一連の流れに、一体何をするつもりだろうとバークは黙って眺めていると。
水溜まりの下部全体から棘状に水が盛り上がって伸び、枝となってテーブル全体に降り注いだ。
「──動いた!?」
水枝が画材道具に刺さる寸前、風も吹いていないのに一本の絵筆が転がりながら床へと落ちた。
「そいつが付喪神です」
画材道具に当たる寸前にすべての水枝を止めたティアが、枝先を方向転換させ絵筆へと集中させる。それを絵筆は器用に転がりながら避け、家の出口へと向かっていく。
破壊する素振りを見せれば、意思がある付喪神なら避けるか防ごうとする。それを見越してティアは呪具を使い一気に畳みかけたようだ。
「付喪神が外に出たぞ!」
外へいる人たちにバークが警告の声を上げる中、絵筆は出口に到達すると踊るように地面を跳ね、見る間に巨大化していく。
筆部分が三股四股と分かれ手足となり、柄は天を衝こうと太さを増しながら上へ伸びていく。
筆の一端が家の壁をガラガラと崩す中、ダリアと役人は小さく悲鳴を上げて後ずさった。
「どうやらこいつが犯人みたいね」
半壊した家の中から二階建ての家をゆうに超える付喪神を見上げ、メルは見定めるように相手を凝視する。
「皆は周囲の人たちを避難させてくれ。こいつは俺たちで倒す」
バークは役人たちに住民誘導を任せ、いつでも呪具を発動できるよう気持ちを整えた。
「今回は驚かなかったですね」
「さっき気色悪い付喪神を見てるからな。あれと比べれば見た目は可愛いもんさ」
ティアの感心にバークは余裕の笑みを返す。
こいつを倒せば呪いは解ける。メルとティアもいるし呪具という武器もある。やることはシンプルだ。
無知から既知へと進歩をしたお陰で、バークに不安はなかった。
何も知らなければ打てる手も心の持ちようも後手に回るが、ある程度の知識もあり仲間がおり戦う術もある。一度だけとはいえ付喪神が倒される場面にもいた。そのことがバークの恐怖を薄れさせ、場慣れしているような落ち着きをもたらしていた。
「一応聞くけど、あんた付喪神の王の居場所知らない?」
目が無いにもかかわらず、三人を見下ろすように柄を曲げている付喪神に、メルは腰に手を当てて尊大な態度で尋ねる。
すると付喪神は二本の毛束を器用に操り、槍のようにメルのいる場所に突き刺した。
「ワタシノ、ジャマスルモノ、ハイジョスル」
「……知能はあるけど、まともに取り合ってはくれなさそうね」
たどたどしい言葉遣いで問答を拒否した相手に、メルは何事もなかったかのように溜め息をつく。
絵筆の毛先が当たる瞬間、メルは踊るようにステップを踏んで直撃を華麗に避けていた。
人間には成し得ない俊敏な動き。これで近接戦闘は得意ではないと豪語するのだから、人間の戦士はたまったものではない。
「痛い目に遭えば、考えを改めるかもしれません。完全に破壊しない程度に叩きのめしましょう」
ニッコリとした笑顔でサラリと怖いことを口にするティアに、付喪神に驚かなかったバークの肩がビクンと跳ねる。
敵より仲間に恐怖を感じるのもおかしな話だが、ティアの性格と実力の片鱗を見ているバークにとっては、身内のほうが勝てない存在だと本能的に感じていた。
「バークさん、ボサッとしていると死にますよ? それとも私がお尻叩いてあげましょうか?」
「は、はい!」
ふいに声をかけられ、今度は全身を震わせたバークに、ティアは付喪神に向けた以上の笑顔を向ける。
これ、足手まといになったら凄く怒られるやつだ……
バークは決して無価値な仲間と思われないようにと、戦いに貢献することを固く心に誓い、右手を真っ直ぐ前へ突き出した。




