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第44話 命の使い道

 と、その時、スカートのポケットの中のスマホが振動した。数秒の後に、会議用の長いテーブルの上に放られていた#name#のスマホも振動する。

 あたし達は目を見合わせてから、お互いのスマホを確認した。


「アッキちゃんからのメッセージだ」

「私のもだ」


 メッセージ内容を見せ合うと、同じ文章のコピペだった。数秒の差とはいえ、先にあたしに送信してくれたのが嬉しい。内容は事務連絡だけど、それがグループのプロデューサーである#name#より先に届くなんて、ちょっと特別感がある。


『あたしのアカウントに、新【怠惰】希望の子からDMが来た

 ボーイッシュ系で悪くないよ

 今日すぐ面接出来るっていうけどどうする?

 できればあたしともえもその場に居たいんだけど』


 そんなメッセージだった。

 #name#は首をかしげてメッセージ画面を眺めたあと、あたしの方に向き直った。


「……戴天が勝手に居なくなったのはまだ納得いってないけど、先に進まないといけないんだもんね。チャンスかもしれない。どうする? 新【怠惰】候補がアッキにDMしてきたなら、アッキが同席するのはいいと思うんだけど、毒虫ちゃんも行きたい?」


「アッキちゃんが、あたしが居たほうがいいと思ったからこう言ってきてるんだと思う」


「それなら決まりだね、時間と場所、調整しよう。今日のイベント後でいいよね」


 あたしは黙って頷いた。#name#が、話した通りの内容を返信するのを横で見守る。最後に『早く来い遅刻魔』と付け加えられていた。




 イベントは、ファンに向けたごく小さなものだった。

 良くも悪くも話題になっていた時期だけれど、以前からSin-sを応援していたファン向けに個別にメッセージを送って開いたイベントなので、治安は悪くなかった。


 内容といえば、マキ論と戴天の脱退のおわびとか、事件で噂されているような危険な組織とのつながりは無いことの改めての説明とか、新【憤怒】担当・毒虫の顔見せとか、それから――アッキちゃんのアルビノの説明とか。

 そう、アッキちゃんはいつものウィッグも黒コンもやめて、ライトに白い髪を透かせながらイベントのステージに立った。

 発光するみたいなその姿に、メンバーもファンも、比喩じゃなく息を飲んだ。それは一瞬だけ会場をよぎった、圧倒的な静けさから分かる。


 桃娘(タオニャン)にヘアメイクを教えてもらったあたしは、自分史上最高に()れた状態だった。

 シニヨンスタイルに編み込んでもらった黒髪は、大人っぽくてあたしじゃないみたい。

 そのうえ、死地を越えた度胸みたいなものがついていたらしい。マキ論推しらしい赤づくめの――【憤怒】担当のメンバーカラーは赤なのだ――格好のファンの子たちを前にしても、堂々としていられたのだった。

 あとはアッキちゃん推しの子たちからの嫉妬混じりの視線もあったけど、ファンからメンバーになるなんてそう珍しいことでもないんじゃない? って感じで知ったことではない。


 そんなことよりも、頭のなかはイベント後の新【怠惰】希望者のことでいっぱいだった。

 #name#からのメッセージに答えてアッキちゃんが指定したのは――『喫茶&バー リリィ』。アッキちゃんにDMしてきた謎の新【怠惰】希望者の面談場所に、アッキちゃんがリリィを選んだ。

 どういうことだろう。

 イベント開始前ギリギリにやってきたアッキちゃんからは、詳しいことを聞く時間が無かったのだった。


 


 ほこりっぽい半地下の飲食店街に降りて、古めかしいドアを開ける。

 チリンチリンという鈴の音ももはや懐かしい。

『喫茶&バー リリィ』は、あの日、追い出されたときと同じようにそこにあった。

 お店なんだから当たり前だけど、でも、短い間に色々なことがありすぎて、色々な人が居なくなって、人の死を目の前で見て――それは少しの間だけどあたしの身の回りを世話してくれた看護師で――、そんなことがあったから、初秋の風を受けながら向かった先に変らずリリィがあるのは奇跡のような気がした。

 つまり、ジーンとしたのだ。

 カウンターに置かれたダルマとピンクの公衆電話にも、愛しさを覚えてしまうくらいに。

 

「どこに居るのかな……あ、あの子かも!」


 ひとりごとを言って店の奥の四人がけ席に駆けていく#name#の向かう先を見て、あたしは息を飲んだ。


「どういうこと?」


 アッキちゃんの腕をつかんで問うと、アッキちゃんは、腕をつかんだあたしの手に手のひらを重ねて返してくれた。


「落ち着いてね、もえ。あの子はもうセーマン派じゃない。最後の姉妹の死をもって、抜けてきた」


「最後の姉妹の死?」


「うん……それは、#name#が席を外すときにでも、直接聞いたらいい。行くあてがなくて、あたしに連絡してきたんだ」


 そう言ったアッキちゃんがあたしの腕を絡めて歩きだしたので、あたしも震える足を前に出した。

 

 テカテカの茶色い合皮のソファに、その子は座っていた。

 頼んでいたのはアイスコーヒー。大人だ。


「ねえアッキ、めちゃいい子じゃん。ちょっと体温低めの感じとか、中性的な感じとか、【怠惰】担当の新しいイメージにぴったりだよ」


 振り向いてアッキちゃんに話しかける#name#の向かいに座るその子を、間近で観察する。

 ブルーグレーに染めた髪ロングヘアをそっけなく一つに結んだ、あっさりとした中性的な顔立ちの、20代前半くらいの――。


「オノレ……なの?」


「あれ? もうアッキから名前聞いてた? オノレちゃんって覚えやすくていい芸名だよね。採用!」


 アッキちゃんに押されて、あたしは親指をたててグッドサインを作る#name#の隣に座った。

 アッキちゃんはオノレの隣に座った。二人が目の前に並んでいるのを見ていると、あの日の血なまぐさい光景がフラッシュバックしそうになる。


「どうしたの? 毒虫ちゃん」

 

 完全に固まってしまったあたしに、#name#が不思議そうな顔を向けてくる。

 リリィのママが注文をとりにきても、「みんな同じでいいよね」と勝手に#name#がアイスコーヒーを3つ注文しても、あたしは反応できずに上の空だ。

 あたしの脳が再起動したのは、ママが湿布を貼った手で目の前にアイスコーヒーを置いてくれたときだった。


 手をのばして、アイスコーヒーを取るふりをして、倒す。#name#が頼んだのがホットコーヒーじゃなくて良かった。火傷させることになっちゃうから。


「きゃ! なになになに、毒虫ちゃんバグった?!」


 くすみピンクに花柄の#name#のワンピースに、テーブルの縁をつたったコーヒーが垂れる。

 あれはたしか2万円くらいするブランドのワンピースだから、しみにはしたくないだろうな。

 

「ごめん#name#! コーヒーは水溶性だから、早めに水で流したらしみにならないと思う!」


「わ、わかった! ちょっとお手洗いいくね!」


 そう言い残して駆けていく#name#の背中に「ごめんね!!」と声をかけて見送ったあたしは、急いでオノレとアッキちゃんに顔を向けた。


「どういうこと? ねえ、オノレは撃たれて、その……死んだんじゃないの? 黄泉返りなの?」


「違います。(オノレ)は……(オノレ)らは始め五人いたんです。姉三人は実験で亡くなり、妹はもえさんの言う通りに銃で撃たれて死にました。もえさんの看護は、己と妹の二人でしていたのです」


 テーブルにこぼれたコーヒーを、おしぼりで拭きながらオノレが語る。

 

「倫理を無視すれば、人間のクローンって作れないものじゃないの。クローン羊のドリーの誕生からもう二十五年も経っているんだから。黄泉返り人とトモカヅキをクローンで作り上げちゃおうっていうわけ」


 アッキちゃんが、オノレの言葉をついで説明してくれる。それってつまり……


「実験で亡くなったっていうのは、儀式がうまく行かなかったってこと?」


「はい。まずクローンを黄泉返りにすることは不可能でした。一人はそれで亡くなりました。オリジナルは黄泉返りに出来ましたが、クローンのトモカヅキとの儀式は失敗に終わりました。それで二人亡くなりました。使い道のなくなった己と妹は、看護師として生かされました。もえさん、いつでも病室の外での足音は、複数ありましたよね? もえさんに紫のペンを渡したのは、己です」


 思い起こしてみれば、そうだった。


「そうか……じゃあ、やっぱりオノレの一人は死んだんだ。銃に撃たれたのは、あたしの見間違いでもないし、人間が生き返ることも、ない……」


 黄泉返りは恐ろしいけど、黄泉返らないっていうのも、取り返しがつかないんだ。改めて、なんで人がそんなに不死を求めて狂うのかが分かる気がした。

 膝においた手が震える。

 

「いいんです、妹はそのようにして命を使ったんですから。あの日、己は恐ろしくて別の部屋にこもっていました。【怠惰】なんです。【怠惰】ゆえに生き残ったんです。クローンの姉妹をみんな失って、己も命の使い道を考えました。だから己は、アッキさんに連絡したのです」


 そこで、裾を絞りながら#name#が戻ってくるのが見えて、話はおしまいになった。

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