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第42話 帰還

 あたしは夏休みの後半の二週間、それから新学期が始まってからの十日間のあいだ行方不明になっていたらしい。

 いっときは全国的ニュースにもなったそうだけれど、国民的アイドルの事務所退所がすぐに話題をさらい、気をすり減らすのは関係者だけという状況だったそうだ。

 そのあたしが保護されたのは三重県の海だった。木製の謎の船で漂っているところを、地元民の通報で海上保安庁の救助艇が出動、保護とあいなった。

 

 一緒に保護されたアッキちゃんは、捜索願いこそは出されていなかったけれど、Sin-sのメンバーだということはニュースバラエティのなかで軽く触れられた。

 女子高生――あたしのことだ――がショック状態で記憶を喪失しているわ、地下アイドルと一緒に怪しい船に乗って海を漂っているわ、発見時に返り血のついた入院着を着ているわ、身体に化学火傷があるわ、で令和の神隠し事件として、暇人の間ではいいおもちゃだろう。

 あとアッキちゃんが治療を拒否して病院から逃げたという騒動も、事件のわけのわからなさの一端を(にな)っている。

 さらにはSin-sのメンバー二人、【憤怒】のマキ論と【怠惰】の戴天が突然の引退だ。

 どんな名探偵ならこの事件を解決できるだろうか。そんな名探偵はネットの暇人の間に現れるだろうか。

 とはいえこれ以上の情報は出してあげないから、無理だろうけど。だってあたしはショック性の記憶喪失だから。


 

 そんな事情もあり、久々に登校したあたしの元にはクラスメイトが一斉にたかってきた。

 大丈夫? と口々に言うものの、好奇心を隠しきれない感じ。

 あたしは、診察や聴取の過程で身につけた「ショックを受けたかわいそうな女の子」の演技でそれをあしらった。

 大丈夫? なんて聞かれて、以前のあたしなら「大丈夫」って答えちゃってただろうけど、もうそんなことをする気はない。


「加々見〜! 大丈夫だったか?」


 って思ったそばから、大丈夫? 攻撃だ。あたしが生徒たちの輪から抜け出るのを見計らったみたいに、高田が近づいてきた。

 

「俺ホントに心配で、戻ってこれて良かったなって……。名前イジってた事をちゃんと謝れないまま、会えなくなったらどうしようって、俺、ホント」


「いいよ別に。普通に呼んでくれて普通にクラスメイトとして接してくれるのが、一番だから。あとね、()()()()()()()。見てたら分かるでしょ」


 そう言ってさっさと席に向かうと、「あ、え、うん」とか言っている。

 この失敗を生かして、次はもう少しまともに距離を縮められたらいいね、と思う。同情はしないけど。

 言いたいこと言わないで笑ってごまかすなんてことは、金輪際しないんだ。それは高田があたしに向けて言ってきたことの中で、唯一、受け入れられること。

 おかげさまで、こんなに呼吸が楽。

 

「もえ、久しぶり〜! 無事で本当によかったよ!」

「行方不明って聞いた時、すごい怖かった」


 席について、椅子におしりをつける瞬間に、浜野と五井が近寄ってくる。

 泣きそうな顔は、演技ではなさそうだった。連絡を受けて海上保安庁の事務所に来たときの、両親の顔と一緒だったから。

 

「うん、戻ってこれて、よかった。まあなにも覚えてないんだけどね」

「覚えてないなら、そのままでいいんだよ」

「そうそう、もえが無事に戻ってきてくれたのが一番だよ」


 口々にそう言ったあと、二人は顔を見合わせて、ちょっと黙った。

 そして気まずそうに切り出したのだ。


「Sin-s()()()紹介しちゃったから、責任感じてたんだ」

「気にしないようにって、浜野には言っておいたんだけど、確かにSin-sにハマってからもえ様子おかしかったしさ」

「一緒に発見されたのがもえの推してた子でしょ? 発見のニュース見たときにヤバいと思った」

「推してた子の他にも、メンバーが二人このタイミングで抜けてるんでしょ。おかしいでしょちょっと、あのグループ。人身売買に絡んでるとかいう噂もあるよ。推してた子に誘われて、怖い目にあったんじゃない?」


 あー……そう。

 結局、ネットの暇人と同じなのだ。浜野と五井も。

 

「ニュースにあるとおり、記憶はない。ショック性の記憶喪失。だから怖い目とかそういうの、わかんない。ていうか推してた子じゃないよ。いまも推してる。推し続けてる。一生推すって決めてるから」

 

 あたしがそう言い放つと、二人はまた目を見合わせて、小さな瞬きをたくさんした。

 なに言ってんのこいつ、って言いたいんだろう。


「Sin-sは怪しい集団なんかじゃないよ。根も葉もない噂言ってると、訴えられるから止めたほうがいいよ。それにね、あたし、Sin-sの新メンバーになるし」


「え?」

「は? なんで?」

「加々見それマジ?」

 

 浜野と五井に加えて、聞き耳を立てていたらしい高田までが机にかじりつく勢いで距離をつめてくる。

 うざったいので、さり気なくリュックでガードする。

 

「別に。あたしが【憤怒】にふさわしいってだけだよ。辞めたマキ論って子なんかよりずっとね」


「イロモノアイドルとかやめとけって! 似合わないよ、【憤怒】? 加々見ってそんなキャラじゃないよ」

 

 ――キャラじゃない?

 へらへら笑ってごまかすのがあたしの「キャラ」? ってこと?


 リュックに手を突っ込んで紙を一枚取り出すと、高田の肩にパンチする勢いで思い切り押し付けてやった。

 あたしが新メンバーとして載った、Sin-sのフライヤーだ。

 

「高田さあ、あたしのこと好きなら素直に推す方が健全だよ。優良ファンにならなきゃファンサしないけど」

 

 よろけながらフライヤーを受け取った高田が、「なんだよ、知らねえよそんなん」とぶつぶつ言いながら引いていく。その耳の先が赤いので、オラオラ営業が効くタイプか……とあたしは冷静に考えていた。

 ま、ファンと付き合わないし、それ抜きにしても高田と付き合うのはありえないけど。

 なにしろあたしには、永遠の愛を誓った相手がいるから。


「新【憤怒】担当決定! 名前……なんだこれ!?」


 律儀にフライヤーに目を通したらしい高田が驚きの声を上げている周りに、他の生徒たちが集まり始めた。

 浜野と五井も一緒にそちらに言ったようで、やっと机の周りがすっきりした。

 



 登校初日は、病院の検査があるって理由をつけて午後から早退にした。

 検査があるというのは言い訳で、あたしはSin-sの事務所に足を向ける。

 と、その前に……SNSでアイドル活動をしておこうかな。


 

  毒虫@dokuhakiuzimushi

  つまらない毎日に非日常をお届け! って感じで登校してきた

  クラスメイトの皆さんは友だちが謎の事件で行方不明になったっていう当事者性を楽しめたみたいで何より

  タダ乗りしてないでちゃんとファンになってね

  引き続き刺激が欲しいなら良い消費者になってくれなきゃね

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