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第41話 永遠の愛を誓う場所

 あの夜、あたし達はどこにいたか。アッキちゃんの生家? ドーマンの人が居る場所?


 そんなワケはない。あたし達はチャペルに身を隠していた。

 

 正確にはチャペル風の建物で、中にはヴァージンロードも永遠の愛を誓う祭壇も無いわけだけど。

 代わりにあったのは、補陀落渡海船だ。

 窓からは、満月にあと少しだけ足りない月が、大儀(たいぎ)そうに浮かんでいた。


「やっぱり、隠すならここだと思ってたんだ」

「なんでこんな建物があるって、知ってたの?」

 

 あたしが船に触れて、ためすすがめつしていると、アッキちゃんが不思議そうに言った。


「半分は偶然。この周りのこと少しでも探れないかなって思って、アッキちゃんの喫煙中に見回してたら、見つけた。ガワだけのはずの挙式場に、チャペルなんていらないのに、なんで有るのかなって考えたの」


「それで、ここに船があるはずだって思った?」

 

「そう。儀式につかう船は、船っていうくらいだからそこそこの大きさなはずでしょ。それをどこに隠すかっていうと……志摩の海の周りは観光施設や商業施設、それに漁業関係の施設? わかんないけどそういうのが沢山あって、見つからずに隠すなんて無理だと思う。そうなると、本部の敷地内かなって思ったの。潮の匂いの濃さからして、ここもかなり海に近そうだし」

 

 へえ、とアッキちゃんが感心したような声を漏らす。

 あたしの暇つぶしの謎解きゲーム趣味も、たまには役にたつみたいだ。


「ね、アッキちゃんはまだ諦めてないよね? 明日の作戦、聞いてくれる?」


 ロープで支えられた船に乗り込んでみて、床板を確かめながらたずねる。


「もちろん」

 

 そう答えたアッキちゃんは、軽い身のこなしで船に乗り込んで、あたしの隣にしゃがみこんだ。

 そこであたしは、手にしていた洗剤ボトルを脇に置いた。ああ、重かった。


「ずっと気になってたんだけど、それ……」

「ああ、漂白剤。塩素系漂白剤だよ。ランドリールームからちょっとね」

「何に使うの?」

「順番に話すよ。少なくとも一晩は、猶予がある。あたし達が蝶を燃やして逃げた以上、遠くに行くはずだと考えるものだよ」

「そうかなあ」

「ダメならダメで、また考え直せばいい話」


 そう言って、あたしは、入院着の前を広げた。

 窓から射し込む明かりしかないとはいえ、胸もお腹も肩も、アッキちゃんの前に晒すのはちょっと緊張する。

 ぽよっとしたお腹……もう少しダイエットで腹筋頑張っておけばよかったなあ。

 脱ぎ捨てた上着の胸ポケットから、紫色のインクのペンを取り出した。黒歴史の思い出たっぷりのペンとニセタトゥーが、あたしに一つのアイデアをくれた。

 

「このペンで、好きなところにタトゥーを書いてくれない? あたしは明日、黄泉返り人のふりをするから」

「……ふりを……?」

「そう、ふりをするだけ。ごめんね、イヤかもしれないけど、これがあたしの覚悟だから」


 アッキちゃんは少し考え込んでから、あたしのお腹をつーっとなぞった。

 

「ひゃ、くすぐったい!」

「フフ、一番好きなところを探してたんだけど、見えてるところなら、ここかなあ」


 おへその周りをくすぐるみたいに指を動かされて、あたしは声を殺しながら身をよじる。


「ふにふにしてて、すっごくカワイイ」

「ただの脂肪だよ」

「もえの脂肪だよ」


 アッキちゃんが、そっと唇を寄せる。吸い付くみたいにされて、なんだか変な気持ちになる。

 なんていうかこれは……母犬の気分? ほら、犬ってお腹におっぱいあるし。

 ふわふわの白い髪の毛が、大きな仔犬みたいに見えてくる。

 頭を撫でると、嬉しそうにちゅうちゅう吸う力が強まる。


「赤ちゃんじゃん」

「ひゃんて?」

 

 口が離れて、あたしのお腹に赤い跡がつく。


「赤ちゃんみたいって、言ったの」

「フフ、ごめん。跡になってる。式神のアザに対抗しちゃった」

「そんなところもカワイイから、許す」

「カワイイのはもえの方だよ、それに、すごく頼りになる……ありがとう、もえ」


 真剣な顔になったアッキちゃんが、あたしを見上げて言った。

 それから紫色のペンを取ると、おヘソの横、跡がついたのと反対の方にアッキちゃんとお揃いの格子柄を描きはじめた。

 丁寧になぞられる一本一本の線、柔らかい皮膚に食い込むペン先、アッキちゃんの赤い目。すべてが真剣ななか、お腹がひくひく動いてしまうのが恥ずかしい。


「ん、ふぅん」

「もえ、声がまんしなくて良いんだよ」

「ヤだよ、恥ずかしい」


 そう答えると、アッキちゃんが笑った。アッキちゃんの前髪がろっ骨のところをさわさわとくすぐる。

 

「ほら、出来た。いちご大福よりは上手に描けてると思うよ。それっぽいって意味でね」


「もう、その名前はやめてよ。いじわる」


「でもお腹は本当にいちご大福みたい。内蔵の代わりに、あまいアンコと苺が入ってるのかも」


 なんて言いながらアッキちゃんがお腹に軽く噛み付いたので、あたしはぴりぴりとした痺れを楽しみながら体をしならせる。


「名前といえば……アッキちゃん。 アッキちゃんの名前も、教えてよ」

 

 そうたずねると、アッキちゃんが顔を上げた。お腹のタトゥー落描きは、完成している。

 たしかにあたしが描いたものより、ちゃんとしているかも、なんて思う。


「本名を名乗るの、いつぶりだろう。笑わないでね。似合わないの」


「笑わないよ、ね、教えて?」

 

 不安げなアッキちゃんが、あたしの頭を撫でて、頬を擦り寄せてくる。あたしからも、アッキちゃんを抱きしめて、頬を擦りつけあうようにする。


凪波(ななみ)……海が凪いでいる、の【凪】に【波】。半分、捨てたような名前だけど」


「凪波、きれいな名前だね。似合うよ。ねえ、明日の船出もきっとうまくいくよ。海の意志は、きっとあたし達に味方する。そうさせてやるんだ。これ以上、海は凪波からなにも奪えない」


「もえが言ってくれると、本当にそうなる気がする」

 

 窓から射し込む月光は重そうに、チャペルの、船の、あたしたちの身体の、底に溜まっていく。帰らない船出のための船の中で、あたしたちはキスをした。

 ヴァージンロードも永遠の愛を誓う祭壇も無い、チャペルを装った倉庫で、あたしたちは確かに永遠の愛を誓った。






「それにしても、高濃度の塩素水をかぶるって聞いたときはどうしようかと思った」


 アッキちゃんが、船の上の小さな鳥居にのぼった。あたしが撒いた塩素水のとばっちりを浴びたときの頬の赤みは、とうに治っているらしい。


「まあ目に入らなければね。アトが残っても、アッキちゃんとお揃いならいいかなって」


「そんなお揃い、どこがいいんだか」


 って呆れながらも、アッキちゃんはどこか嬉しそうだ。

 さすがめんどくさい女(自称)。


 あたしは狭い船の上を、熱々の鉄板を歩くみたいにして、つま先立ちで移動する。船の重心を考えると、並んで鳥居にのぼるわけには行かない。船の上の、窓もない小屋の屋根にのぼることにした。小屋は、腰と膝を折れば人間二人がぎりぎり入れるくらいの大きさで、屋根にお腹を擦り付けて、腕と足の力を使えばあたしでもよじ登ることができた。


「あー! カユい! 自分でやっといて何だけど、これキモいわ」


 そう言いながら下を見下ろすあたしの足の裏はかぶれている。

 船床には、月の光りを集めた紫の毒蛾の羽根が、絨毯のごとく敷き詰められている。

 よく見ると、その目のような紋が蠢いていて、毒蛾の一匹一匹が生きていることが分かる。


「よくこんなキモいこと思いつくよね」


 鳥居の上から蛾の重なり合う様を見て、アッキちゃんが呆れたようにいった。

 裸足のあしをこすり合わせているのは、痒みを逃がそうとしているからだろうか。

 きっともう少しで治るんだろうけど……あたしと違って。


「仕方ないじゃん、あたしの使える(ふだ)が式神とハッタリくらいだったんだから」


 屋根の上であぐらになって足の裏を掻きながら答える。


「それで思いついたのが、鱗粉は水を弾く……ってことなわけか」

「そう。逃げるなら海に出ちゃえばいい。船に穴が開いてるなら(ふさ)いじゃえばいい。撥水力のある、蛾の羽根でね。あとはハッタリかまして二人で船出するだけ。追われないためには諦めさせればいい。幸い、あいつらは完全な黄泉返り人――戴天を持ってるんだから、あたしがトモカヅキになれないってことになればもう執着してこないでしょ」

 

 それでも――

 海に出るのはきっと怖いだろうから、アッキちゃんを船に乗せる計画しか思いつくことが出来なかったのを、あたしは謝った。あの偽物のチャペルのなかで。永遠の愛の誓いの後で。

 アッキちゃんは白い身体をくっつけて、囁いたのだ。

「あたしも一緒に命が懸けられて、嬉しい。二人で好きに生きていくためなんだ、命懸けのハッタリくらいなんでもない」

 って。


 実際、屋根の上に寝転がって、満月に身体を晒してみるとアッキちゃんの言葉の意味がすっと入ってくる。

 二人で好きに生きるために、こんなこと、なんでもない。

 夜の海に漕ぎ出して、あてどもなく漂って、足の裏はかぶれて痒いし、顔も腕も塩素臭いし、力を使い果たしてもう限界ってくらい眠いし、救助を待つ謎の女子高生になってしまったし、学校にも家にも連絡してないし、考えることは沢山あってでも眠いから考えられないけど、マジで、なんでもない。

 

 だって屋根の上で仰向けになったあたしを、少し高い鳥居の位置から、微笑んで見下ろしてくれるアッキちゃんが居るから。

 アッキちゃんと離れることは、これからもありえないから。

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