表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/46

第34話 しろがね

 (エトワール)として輝くアッキちゃんのコアになって、一番近くからアッキちゃんを推すことが出来る。

 

 そのマキ論の言葉は一瞬、魅力的に聞こえてしまった。戴天から聞かされたときも思ったのだけれど、トモカヅキの誘いは、推したい側の人間にはとても誘惑的なんだ。

 でも、と思い直す。

 アッキちゃんは言ったのだ。


 ――イヤなものはイヤ、それだけだよ。あたしは完全な黄泉返り人になんてなりたくないし、教団の広告塔にもなりたくない。

 

 って。

 あの言葉は嘘偽りないアッキちゃんの本音だ。いまはあたしを奪還するためにマキ論の話に乗っているだけなんだ。

 あたしの目の前には、アッキちゃんと離れるか、アッキちゃんと一緒にいるためにトモカヅキになるか、という二択だけになりかけていたけれど、アッキちゃんはそんなの知らねえって気持ちで「全部」諦めないでいようとしている。

 あたしと二人なら、それが叶えられるって信じてる。


 仮面(ペルソナ)だなんて言っていたけれど、ちゃんと根っから【傲慢】でかっこいいじゃないか、ってあたしは少し感動した。

 アッキちゃんは空っぽなんかじゃなくて、業をひきうけた上で「うるせー知らねー」で全て取ってやろうとしてる。

 

 それなら、あたしも最後まで諦めないし、全部を取りにいく。あたしとアッキちゃんの未来のために。


「……理解したよ、マキ論。確かにあたしに損は無い」


「素直でいい子だ。素直さも、トモカヅキには必要だからな」

 

 マキ論は満足げに頷くと、顎で外に出るよう合図をよこしてきた。

 

 あたしとアッキちゃんは、大人しく手をつないでマキ論の後ろを歩いていく。

 アッキちゃんは右側を歩く。右の耳の上あたりに赤い蝶がとまっている。

 あたしは左側を歩く。左の耳の上あたりに赤い蝶がとまっている。

 鏡合わせみたいにして、あたし達は廊下を進む。


 おそろいのリボンみたいに髪にとまる蝶は、マキ論の支配下にある証なのだろう。

 完全に信用しようってわけじゃないのは、あたし達も一緒だから、いいけれど。


 何となく心のなかで数字を数える。109歩目のところで、壁に扉があることに気がつく。


「実験室だ。式神のな」


 聞いてもいないのに、あたしの視線を追ってマキ論が答える。


「実験とかするんですか」


「通常は必要ないが、あの戴天の飼っている駄犬のようなものを作ることもある」


 返事はかえさず、そのまま進むと、また扉がある。階段への距離を見るに、これは全くの感覚ではあるけれど、あたしの病室の真下あたりではないだろうか。


「遺体安置室だ」


 またも聞かれていないのに、マキ論が答える。

 あたしの病室の下にそんな部屋があったなんて、気持ちが悪い。またしても返答をかえす気のないあたしに、マキ論は楽しそうに続ける。


「実験は常に成功するものではない。常に成功する実験は実験と果たして言えるだろうか」


 さっさと階段にたどり着いて、外の空気を吸いたいと思った。

 ちなみに三階に何があるのか、とは一瞬疑問に思ったものの、聞いても多分いい気持ちはしないだろうから聞かなかった。

 時折響いてきた音は、明らかに人が落下したりぶつかったり、暴れたり? という音だったからだ。


 

 

 施設は外に出てみれば、居抜きの病院みたいななんの変哲もない建物だった。

 周りは山ばかりだけれど、それなりに栄えていた跡がある。木々の間から、遠くのガソリンスタンドの看板が見える。聞いたこともないスタンド名だし、営業しているのかは謎だけど……。

 

 取りあえず、窓に柵が無くっても、あたしが二階から飛び降りることが出来ても、自力で下山は無理だっただろうと思えるくらいには山ってこと。

 

 と、先を歩いていたマキ論の足が止まった。

 当たり前と言えば当たり前だけれど、ここを素直に通すわけがない奴がいる。

 戴天だ。

 かたわらには、もちろんポチがいる。

 

 ポチの被害はあたし以上だったようで、再生した皮膚がひきつってまだらに赤黒くなっている。

 元の顔はそこそこイケメンっぽかったのに、残念でしたって感じ。アッキちゃんにしたことを思えば、同情は無い。


「行かせないよ」


 戴天が宣言する。

 マキ論がそれを鼻で笑う。

 

「通すしか無いだろう。次の(エトワール)用のトモカヅキをこの施設に保護していると、教団に報告を上げていなかった。私にバレたくないからだ。しかし残念、私がもう申請を出した。儀式の日取りは次の大潮の満月、明日の夜だ。儀式を執り行う権利は当然ながら私にある。これがその証明だ」


 マキ論がシャツの胸元から取り出した紙に、戴天は大した驚きを見せなかった。

 

「アッキが見つかったから捕獲に行け、なんて指示を出して時間稼ぎとはね。上を通じて出してきたものだから、形だけでも動かざるを得なかったけれど、逆に今日来るつもりだってことは分かった。いつでもそう。策ばっかり(ろう)して、人を利用することと出し抜くことしか考えてないのがあんただよ。そのツケ、そろそろ払ってもらう。ただ騙されているだけだなんて、まさか思わないでしょう? あの日のあたし達姉妹みたいに、チョロいと思ってたら大間違いだから」

 

「貴様こそ、妹が居なくなったら今度は犬とべったりで、よっぽど寂しがり屋と見える」


「ほざけ! お前が消えれば、教団として次に(エトワール)作成の任務をつとめられるのは私しかいない! お前も私も、交換可能なんだ! 幹部にならない限りはな! そして私は幹部になるんだから!」


「黄泉返り人は教団の所有物であって、幹部にはなれない。慣例だ」


「そのために私は、私以外に出来ない貢献をする。次期幹部の噂がある人間は、潰す! 慣例はただの慣例であって、決まりじゃない。そんなことも分からないの? ネット論破女王さん?」


「それで、どうするつもりだ?」


「お前はここで、転落事故で死ぬ。哀れ頭から落下して、首の骨はボッキリ。普通の人間が黄泉返りと戦おうなんて、無謀もいいところ!」


「しろがねを使うか。フン、実験動物が一人前に私を攻撃すると? しろがね、どうなんだ?」


「俺は、詞子(のりこ)様の恩に(むく)いるためだけに居る」


 ポチ、普通に喋れるの?!

 知らなかった……。驚いてあたしとアッキちゃんは顔を見合わせる。


「よく回る舌をお持ちの論客さん、あんたそろそろ黙ってもいいころだよ。永遠に、ねッ?!」


 ドゥン、という発砲音とともに、戴天の顎が割れた。

 マキ論が撃ったのだ。


「黙るのは貴様の方だ、詞子」

 

 デカい的しか狙えん、なんて言っていたくせに、とんだ謙遜(けんそん)だ。

 黙らせたいからって顎を狙うなんてさ。

 戴天の顔の下半分が砕け散って、喉から直接ヒュウヒュウと空気の漏れる音がする。

 本日何度目の血の臭い? って感じであたしはちょっと辟易(へきえき)する。

 血に慣れたくなんかないんですけど。


 思わずアッキちゃんと顔を見合わせた。

 血なまぐさ過ぎる内輪もめをいきなり展開されて、アッキちゃんは困った顔をしている。多分あたしも、似たような表情になっている。

 

「しろがね、貴様は仕える主人を間違えた。成功した実験体なのに、処分は残念だが……」


 そう言うと、戴天はハンドガンをナイフに持ち替えると、ポチに向かって一直線に走り出した。

 崩れ落ちる戴天を支えているとはいえ、ポチの身体能力で、接近戦に勝てるわけがない。無茶だ、とあたしは思った。


 しかし、ポチは脚に式神を憑かせて跳ぶことも、腕を丸太みたいに太くしてマキ論のナイフを跳ね返すことも、しなかった。

 ごぷごぷと血に溺れながら、戴天が何かを叫ぼうとする。顎は形を取り戻しつつはあるけれど、まだ再生しきっていない。顎と一緒に歯が生えてきているらしく、ごぷごぷの間に、がちがち、が挟まる。

 ポチはただ戴天を抱え、耳を戴天の口元に近づけている。

 

「終わりだ」


 ポチの真正面から、マキ論が首を刺そうとしたときだった。


 発砲音と同時にマキ論の太ももが血を噴いた。

 瞬間、バネじかけの人形のようにマキ論が飛び退いた。彼女の頭がコンマ数秒前まであった場所を、次の弾丸が横切っていく。

 

 弾の発射元へと視線を巡らせると、そこにはオノレが居た。

 ナースウェアの腹部には大きな血のしみが出来ている。

 オノレは腹を片手で抑えたまま傾いて立っていた。


「しろがねを、殺させない。しろがねは、父の研究の成果物だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ