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第27話 戦闘

 帽子の下には、シルバーアッシュの髪がある。

 養生シートで(おお)われた薄暗い工事現場の明かりのなかに沈む銀色の髪は、いわゆるツーブロックヘア。


 心臓がはねる。この男は――

 

 戴天に背中を叩かれた男が、背中をこちらに向ける。右耳の後ろあたりには、当然の顔をして五芒星があった。


 男を見たときから予想はしていた。

 でも、実際にこいつがアッキちゃんに危害を加えたと思うと、体中の血液が沸騰(ふっとう)する感じがする。

 ダメだ、抑えなきゃ、まだ怒っちゃダメだ。

 

「バッカでしょ、こんな目立つところに印入れちゃってさ。知ってる? 毎日剃ってると生えなくなるらしいよ」


 戴天がポチの五芒星から、うなじにかけてを撫でる。

「わ、わおん……」とかポチが言ってるのが、ますますあたしの神経を逆撫でる。

 

「おまえ何したか分かってんのかよ!! バカ犬!! クソ飼い主!!!」

「もえ、ダメ。我慢して」


 アッキがあたしの腕を、後ろからつかむ。例のアザが浮かびそうになっていた腕を、冷たい指でさすって、いさめてくれる。


「ちゃんと死なない量だったでしょ? 仕方なかったの。舞火がアッキの部屋をいつまでたっても見つけられないんだもん。彼女にまでなったのに信用されてないとか、ウケる。まだ私の方が信用されてそうじゃない? だから、アッキが私に泣きついてきたら部屋に行けると思ったんだよねえ。……舞火があの日どうして行かなかったか分かる? 舞火はあの作戦のこと知らなかったし、次の作戦のためにアッキからは一旦手を引けって言われてた。間抜けなマキ論にね。あの子はマキ論の犬だから。どこかの毒虫さんが先に慰めちゃったから、私の手柄にはならなかったけど」


 戴天があたしに目線を送りながら語る。語りすぎってくらい語る。

 なに気持ちよくなってんだよ。

 

「べらべらうるっせえよ! 仕方ないじゃねえんだよ! そんなことのために、アッキちゃんを傷つけていいわけないでしょ!」

 

 噛みつきそうな勢いであたしが叫ぶものだから、アッキちゃんに後ろから羽交(はが)()めにされる。

 ポチも歯をむき出して、犬同士の威嚇のし合いみたいになっていた。一触即発、ってやつ。

 

「舞火は、はじめからそのつもりで近づいてきていたの?」


 あたしを抑え込みながら、アッキちゃんが言う。

 うう、そんなことを気にしないで。舞火のことなんかで傷つかないで。

 黙ってろ! これ以上アッキちゃんを傷つけるな! って叫びたいけど、そんな同情が余計アッキちゃんを傷つけたら、と思うと、出来なかった。

 

「当たり前じゃん。あれは最初からマキ論の手足だってば。マキ論なんてつまらないただの人間なのに、よくあそこまで入れ込めるよね。ねえ、私のかわいいワンちゃんもそう思うでしょ?」

 

 男がうなずくと、戴天は褒めるように顎のしたを撫であげる。

 あたしを抑えるアッキちゃんの手がゆるむ。ため息が聞こえた。

 アッキちゃんは体も心も、こいつらに傷つけられたんだ。


「……もうセーマン派なのは完全に認めるんだね……」


 アッキちゃんの声が水気をはらんでいる。

 振り向いて、涙を拭いてあげたいけど、敵に背中を向けるわけにはいかない。

 

「だってこれ以上騙してても、意味ないし。そこまで隠してなかったけどね、だって、はじめに誘ったときから狙ってたもん」


 外では風が強くなってきているようだった。強い風に吹きつけられて、ビルの足場を覆う養生カバーがはためく。

 バタバタバタ、という耳障りな音と、舞い上がる砂があたしの気を散らさせる。

 

 すると、上から、下から、人の足音が近づいてきた。気づけば、戴天の呼んだらしいセーマン派の人間たちに囲まれていた。

 

「なによこいつら。指一本でも触ってみなよ、ぶっ殺してやるから」


 あたしの言葉を戴天が鼻で笑う。

 

「私の犬たちはどこかの年増みたいに甘くないよ。()()()()()ごとさらって、完全になったアッキが戻る。それでグループは存続。ファンの女の子は行方不明になるけど、そんなのちょっとニュースになっておしまい。時期を見てグループは解散。完全な黄泉返り人であり美しいお人形でもあるアッキは、セーマンの新しい(エトワール)になる。私は幹部昇進。ねえ、アッキがツイートしていたでしょ、インスタントに特別になりたい奴はアッキを推せって。いい言葉だったね。アッキのおかげで、あたしは泥をすするような生活から成り上がって、ついには超リッチな教団幹部になるんだよ」

 

「戴天、ほんとはすっごく喋るんだね……」


 気持ちよくしゃべり続ける戴天に、アッキちゃんはそんな反応しか返せないくらい凹んでいる。


「そんなことより、なんか戴天が重要っぽいことペラペラ言ってるよ! 気を確かにもってよアッキちゃん、アッキちゃんには、あたしがいるでしょ。あたしは絶対に裏切ったりなんかしないから、あたしを見て。あたしに触って。あたしで安心して」

 

 狂ったように笑い出した戴天が、片手をまっすぐに上にあげる。

 それが合図だった。

 

 四方八方から、男や女が飛び出してくる。

 中年くらいのも、若いのもいる。

 中年の女があたし達に掴みかかってくるものだから、その手に噛み付く。

 男がアッキちゃんの髪を引っ張るので、飛びかかって目を指で押してやろうとしたときだ。後ろから若い女があたしの腕にぶら下がってくる。

 アッキちゃんの髪を離した男が、あたしのもう一方の腕を取って折ろうとしてくる。

 ミシ、という嫌な音がする。

 

 男の腕に、アッキちゃんがドライバーを刺した。

 

 男が悲鳴を上げてあたしの腕を解放する。

 解放された腕をポケットに突っ込んで、あたしも、隠し持っていたドライバーを取り出す。リリィのママの部屋にあったものを借りてきたのだ。

 取り出して、即、ぶら下がってきていた女の肩に突き立てる。

 思い切り。力いっぱい。体重をかけて。

 服に阻まれてそこまで深くは刺さらなかったけど、それでも女は叫び声をあげて崩れていく。

 血の滲んだ肩をおさえる女の腹に、膝蹴(ひざげ)りをくらわせる。

 

「なにモタモタしてんの! ああもう、ポチ! 行きなさい!」

「ワン!」


 吠えるが早いか、ポチがこちらに一歩で跳んでくる。

 間近に見上げると、やっぱりガタイがいい。そのうえ、今度は腕の中でなにかが(うごめ)いて、両腕がどんどんと膨らんでいく。

 あたし達二人まとめて、ひねり潰せそうな腕だ。

 

「グルルルル……」


 ポチが(うな)る。

 腕が、アッキちゃんに伸ばされるのがスローで見える。

 先程ドライバーで刺された男と女も持ち直して、さらに別の信者も七人加わって絶体絶命ってやつだ。


 ポチの腕を止めなきゃ、アッキちゃんが捕まってしまう。超高速で回転する脳で、あたしは瞬時に判断した。


 ――足を狙え!


 通常の(とはいえ骨が太くて筋肉のついた強そうな)脚のすねをねらって、靴の裏で思い切り蹴る。

 それなりに痛いはずなんだけど、ポチはびくともしない。でも、イラっとはきたらしい。

 顔がこちらに向いた。チャンスだ。


 喉をめがけて思い切りドライバーを突き立て……ようとした。

 肩に(するど)い痛みが走った。


「出来るだけキズはつけるなって言われてたけど、あんた暴れ過ぎだよ」


 振り向くと、肩から血を流している女が血のついたナイフを手に睨んでいる。

 背中に、生暖かい液体がつたっていくのが分かる。ぬるぬるして気持ちが悪い。

 痛みの範囲が広くて詳しくは分からないけど、肩から肩甲骨にかけて切られたみたいだ。

 

 ナイフで切りつけられた、ってことに予想外に混乱していて、動きを止めてしまった。

 女がナイフをかかげる。刃が脂っぽく光る。

 やられる、と思ったときだ、


「もえ! 大丈夫!? しっかりして!!」


 アッキちゃんがそう叫びながら、ナイフの軌道上に腕を伸ばしてきた。

 腕が縦に切り裂かれる。

 アッキちゃんの血が噴き出して、あたしの頬にも散る。流れ落ちた血はあたしのスカートに染みていく。もちろん、むき出しのコンクリートの床にも。

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