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第26話 犬と飼い主

 あれも怖いけど、言っても一応、崖側にロープとかが張られているわけで、つかまる場所があるっていうのは大きいよ。あ、でも高さが全然違いました、ごめんなさい。こっちはただの二階です。

 谷から吹き上げる風もないです。


「でも怖いものは怖いよおおおお!」

「もえ、下見ないで歩いて。って腰ひけすぎ。やっぱりあたしが後ろ行く?」

「無理ぃ、ここですれ違うのも無理だし、アッキちゃんが後ろにいったら前が見えすぎちゃって怖いもん。腰ひけてるくらい仕方ないじゃん、腰抜かしてないだけ褒めてよ」

「ええー、だって二階だよ? 二階からジャンプして降りたことない?」

「あたしの周りにはない文化だね!」


 ってキャアキャア騒ぐ先で、戴天が退屈そうに座って待っているのが目に入る。

 彼氏らしき男が四つん這いになっていて、その上に脚を組んで座っている。

 …………え、情報過多だよ。

 運動神経ゼロの女がこんなアクションしているときに、情報量多いことしないでくれる? 気が散る!


「あ、いい感じ、ちゃんと歩けるようになってきたね。高さに慣れた?」


 って器用に後ろ歩きをしてあたしの手を握ってくれているアッキちゃんが言う。

 

「慣れたわけじゃないけど、怖さはうやむやになったよ……」

「ん? よくわかんないけど、よかった!」

「はやく渡り切っちゃお」


 アッキちゃんに、背後の不健全な光景を見せたくなくて、あたしはさり気なく戴天を睨みつけながら細い足場を歩く。口パクで「立・て」「降・り・ろ」と戴天に示すと、戴天はにやにや笑いながら四つん這いの男から立ち上がった。


 戴天が立ち上がったのと、アッキちゃんが2階フロアの床にたどり着いたのは、ほぼ同時だった。

 アッキちゃんに続いてあたしもフロアに到着する。

 久々の広い床にやっと安心したあたしは、アッキちゃんの隣に仁王立ちになった。心もち足幅を広くとって、威嚇(いかく)するように立つ。


「ほら、来てやったよ」

「お疲れさま! もえちゃん、だっけ? アッキに可愛い彼女が出来て嬉しいよ。こっちは、ポチ。私のポチ」


 戴天の横の男が、もごもごと「ワオン」だか「アオン」だか返事をする。やめて欲しい。

 男の目はずっとアッキちゃんを睨んでいた。アッキちゃんをそいつから隠すように、あたしは一歩前に出た。

 

「あんたに名前で呼ばれても、嬉しくないね。ポチとかいうキモい偽名も聞きたくない。虫唾(むしず)が走るってやつ」

「熱中症のところを助けてもらったのに随分(ずいぶん)じゃない? なんか言うことあるでしょ〜。さっきは聞けなかった言葉があるなあ」


 戴天が首をかしげて言う言葉の、音のひとつひとつが、あたしの神経を逆撫(さかな)でする。

 声が可愛いだけでボイトレもやる気なしのヘロヘロ発声の音痴! とはあたしが毒虫アカウントで投稿しかけてツイートしなかった呟き。下書きに残っているそれを、今こそ投稿すべきでは? って思うくらいにはムカつく。

 

 アッキちゃんはなあ、アッキちゃんは……


「なんでこんなところに呼び出したの?」


 そう! こんな風に凛とした、よく通る、それでいてうるさくなく、まろやかで、深みがある、そういう声なんだよ! 真面目にレッスンしてるからね! 努力があっての【傲慢】だから。【怠惰】の役割のうえであぐらを書いているあんたと違うんだから。

 なんてあたしがガチ勢のキモさを発揮している間に、アッキちゃんと戴天の会話が続いていく。

 

「え? だって、彼氏彼女を友だち同士で紹介しあうとかさあ〜、ファンに見られたら困るじゃん。聞かれたくない話をするならこういう場所になるでしょ」

「ごまかさないで! さっきのあれ、何?」

「さっきの?」

「ジャンプだよ! あんなの普通の人間には出来ないでしょ。その人になにしたの?」

「ポチはトレーニングが趣味なの。だからスタイルがいいでしょ。私がなにをしたって、うーんと、筋トレのときに負荷になってあげたりはしてるよ。ね?」


 隣でずっとアッキちゃんを睨んでいた男の顎を、戴天がなでる。

 その一瞬だけ、男は構われているときの犬みたいに、てれーんと弛緩(しかん)した顔になった。


「トレーニングで人間があんな動き出来るはずない。もうとぼけるような段階じゃないでしょ」


 アッキちゃんが声を震わせながら、言葉を続ける。


「あたしは、……あたしは、さっきの電話で嘘つかれて、いかにもな工事現場に呼び出されて、アスレチックみたいな階段を登って、頭のうえの足場に座ってる戴天を見て、って中でちょっとずつ嫌な想像が当たっているって現実に向き合わされて、悲しかったんだよ。その男の人が跳んだのを見たときに、決定的にもう、ダメなんだって納得しなきゃいけなくなった。あたしをずっと騙してただけじゃなくて、他人まで不幸にしてるなら、もうダメだって。おしまいだよ、戴天」

 

「そんな寂しいこと言わないでよ、あたしはアッキを騙してなんか…………なーんてね、騙してました。最初から始まってもいませんでした。ていうか電話ってなに?」

 

「電話したときに聞いたでしょ、『そういえばあたしの髪と目を見て驚かなかったの?』って。戴天は桃娘から聞いたって言ってたけど、桃娘はあたしの姿を見る前に、ドアの外で毒蛾に襲われた。あたしが見た時には、もう目を腫れさせて転がってた。戴天は信用できないって、そういう気持ちでここに来た」


 アッキちゃんの言葉に、戴天は、枝毛でも見つけたときみたいな、驚き未満の表情の変化を見せる。

 

「なーんだ、アッキだって、私にカマかけしたってわけ。まあ、いいけどね。あ、でもひとつ訂正させてもらうけど、彼はあたしに尽くすのを喜びにしているんだから、不幸になんかなってないよ」


 隣でポチが、小さく何度もうなずく。

 相変わらず、視線はアッキちゃんに固定されている。ご主人さまの待てが無ければ、すぐにでも噛みつきにいこうって感じのソワソワがうかがえた。

 ポチが動いたらすぐにアッキちゃんを守れるよう、あたしは警戒体勢に入る。


「なに言ってるの!? あれは、……あれは式神だった! それも、体内で飼ってる。式神を使うってことは、普通の人間なんでしょ? 体の負担を考えないの?」


「ま、待って待って、負担ってなに? 式神を使うのは普通の人間? 矛盾してない? 式神使う時点で普通の人間じゃないと思うけど?」


 聞き捨てならないアッキちゃんの発言に、つい口を挟んでしまった。


「アッキの言う普通は、普通に死ねる人間ってことだよ。そうでしょ、半端な黄泉返り人のアッキ」


「セーマンのクソどもが……」


 呟いたアッキちゃんが、あたしを見つめる。横顔に、視線が注がれるのが分かる。


「式神は黄泉返り人には使えないの。黄泉返り人も術の影響下にあるから、式神とは反発しあう。でも、修行もしていない人間が式神を使えば心身に大きな負担がかかる。もえだって、この前はじめて式神を使ったあとで熱を出したでしょ」


 そういうことか。桃娘を襲っちゃったときも、確か直後にすごく眠たくなった。熱のせいかと思っていたけど、あれも式神を使った影響だったんだ。

 

「もえちゃんも、アッキから教えてもらってないことがまだあるみたいだね。ダメだよ〜、隠し事は。一回信じるって決めたら、ぜぇんぶ教えてあげなきゃ、ねえ? ポチもそう思うよね」


「わん……」


 それしか言えないのかって返事のポチだけど、戴天は満足げだ。

 

「じゃあ、アッキともえちゃんはこれ、知ってるかな? 私の隠し事をひとつ教えてあげるよ。ポチ、帽子とって」


 ポチが――帽子を取った。

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