浮気した愛妻をどうするか、ポトフ伯爵は彼女を取り戻すため全力を尽くすが・・
ポトフ伯爵は領地に戻って、シャロンを部屋に軟禁し、彼女の家族を呼び寄せた。
家族が来ると、シャロンも含めて一室に呼び集める。
家族は泣き崩れるシャロンに、何があったか判らずとも不吉な予感を覚える。
「よく来た。おまえ達に話をしなければならん」
いつもにこやかな伯爵が顔を歪め、威圧的に話す。
それから聞かされたシャロンの浮気に、家族は動転する。
確かにシャロンが初めての社交界で浮かれていたのは見ていたが、今まで苦労していたし、多少羽目を外してもと大目に見たのが失敗だったと痛感する。
どんな厳罰かと覚悟を決めたところに、伯爵の声が聞こえた。
「本来なら密通した妻は首を刎ねて晒し、その家族は借金の形に売り飛ばすのだが、それだけでは物足らん。
お前たちが馬鹿にした、俺や家臣のゴツゴツした手は貧困から抜け出すために鉱山を試掘した苦労の証だ。俺は少しも恥じてはおらん。娘や姉を売って安穏としていた貴様らもその苦労をしてみるが良い」
そして、鉱山に行き、父と弟は雇いの鉱夫をし、シャロンと母、妹は鉱夫の料理兼洗濯婦をするように命じる。
並んでいた家臣達からは
「甘すぎる。姦婦は磔、家族の男は奴隷並の最底辺に行かせ、女は娼婦に落とすべき」
「そのとおり。殿の好意で5億ゼニーで買われた女がぬけぬけと密通など許せん!」との声が上がり、シャロンは改めて自分の立場を思い知る。
しかし、伯爵は俺の決断だと一蹴する。
それからの鉱山の生活は、シャロンたちには経験したことがない辛いものだった。伸ばしていた美しい髪を短髪にし、服も労働服で、立ちっぱなしで早朝から日が暮れるまで働き詰め。食事は量はあるものの喉に通らない。他の女衆よりもはるかにペースが遅く、しじゅう叱責される。父や弟は更に酷く、役立たずと監督から罵られ、足蹴にされていた。
シャロンは伯爵を裏切った自責の念と家族を巻き込んだこと、更に肉体的な疲労から自殺も考えたが、もう一度伯爵に会って謝罪するまではと耐え忍んだ。
月日も数えられずに、ひたすら働き、泥のように眠る毎日。
そこに、使者がやってきて、居城に連れて行かれる。
シャロンは、いよいよ斬首かと覚悟し、その前に一目伯爵に会いたいと思っていたが、待っていたのは思わぬ措置であった。
伯爵は不在で、家老が憎々しげに睨みながら、「鉱山から役に立たぬので引き取ってくれと言われた。領内で使役するので、膨大な借金の一部でも返すが良い」として、農場監督や女中仕事などこれまでよりも軽い仕事を割り当てられる。
シャロンは奥向の女中を言いつけられる。
「殿は自分の習慣をよく知っているので身の回りの世話をさせろと言われたが、あくまで女中であり、殿を見かけでも口を利いてはならぬ」と強く注意されるが、シャロンは伯爵の側にいられるだけで嬉しかった。
伯爵は、シャロンの引き起こした騒動であちこちに奔走しているらしく、偶に見る姿はひどく疲れているようだったが、今のシャロンは見ているだけしかできない。
(私のせいで申し訳ありません)
シャロンは心の中で祈る。
一方、奥方から女中に墜ちたシャロンに対して、城内の家臣は極めて冷酷だった。特に、熱心に何も知らなかったシャロンに指導し、陰日向なく彼女を支えてきた侍女達は、裏切られた思いを持ち、裏切者、姦婦、淫売婦と、とりわけキツく当たり、到底できないほどの仕事を言いつけ、できないと罵倒した。
(辛い、死んだほうがまし・・これが旦那様の罰なのかしら)
シャロンが終わらない仕事を夜更けまで続け、ようやく部屋に戻るとき、僅かに開いたドアから声がする。
(旦那様の声だわ。何を話しているのかしら)
自分の名前も呼ばれたようで、シャロンはドアの陰で聞き耳を立てる。
すると伯爵と重臣たちが激論を交わしていた。
「シャロンには重労働をさせ、反省している。もう馬鹿なことは考えまい。
もう一度妻としてやり直させてくれないか」
伯爵の言葉に家臣が猛反対する。
「殿のお言葉でもそればかりはご勘弁ください。
あのような姦婦が産む子供は誰の子供か知れたものではありません。
ポトフ家の跡継ぎに殿以外の子供の可能性があるなど許せません!」
議論は堂々巡りだった。
お互いに疲れ、今日はここまでとしようと伯爵は部屋を出て、シャロンに気づく。
伯爵は慌てて、叫びそうになるシャロンの口に手を当て、家臣に気づかれないよう手を引いて居室に戻る。
シャロンは伯爵に抱きつき、「旦那様、ごめんなさい。会いたかったです!」
と号泣する。
伯爵は苦笑し、「俺も会いたかったよ。だが、お前の心が俺に無いことがはっきりするかと怖かったんだ」と言う。
シャロンは土下座して、「社交界に初めて出て、幼い頃の絵本のお姫様のようだと舞い上がっていました。今では何故あんなことをしたのか、夢の中にいたようです。いくら詫びても足りませんが、愛しているのはあなただけです。」と泣きながら詫びる。
「もういい。二度としないと誓えるな」
「神に誓って。あなた以外に肌を許すなら自害致します」
その言葉を聞き、伯爵はシャロンを抱き上げ、ベッドに連れて行く。
「久しぶりだなあ、シャロン。子ができれば良いが」
伯爵は子供を作り、家臣の反対を抑えようと考えた。
そして、それからは毎夜人目を憚りながら、シャロンは伯爵の部屋に忍び、愛し合った。
しばらくして、シャロンは月のものが無いことに気がつく。
「旦那様、子を孕んだようです」
「よくやったな、シャロン。
もうすぐ王都に行って騒動の方を着けてくる。
そして帰ってきたらもう一度正式な妻として待遇しよう」
そして少し考えて口を開く。
「お前を騙した、シェラスコ公爵家のジョージは殺すぞ。いいな」
「今更あんな人の名前も聞きたくありません。旦那様のなさることに反対するはずがありません」
ポトフ伯爵は腹心の執事に言いつけ、シャロンを密かに静養させるよう指示する。
王都では、シェラスコ公爵の嫡男のチャールズが待っていた。
「細工は流々だ。あとは仕上げをたのむぞ
そういえばタンドリー侯爵とは和解したか。横槍を入れられたくないからな」
チャールズの問に、無愛想にポトフ伯爵は答える。
「アンタの忠告に従って、占領した領地を半分返還して手打ちとした。
さんざん脅したし何も言ってこないだろう。」
「ならばいい。王には話をしてあるが、貴族どもを納得させるようにうまく話してくれ」
王宮では、シェラスコ公爵とポトフ伯爵がお互いに相手を訴えた裁判が開かれる。裁判長は王だが、傍聴の貴族たちの意見に左右されるところが大きい。
シェラスコ公爵がポトフ伯爵の掠奪を訴えた後、ポトフ伯爵が弁論を行う。
「確かに私は掠奪を行ったが、それには理由がある。恥ずかしい話だが、私の出征中に妻が公爵の次男に寝盗られた。そして謝罪を求めても本人も公爵も出てこずに門前払いで、黙らないと酷い目に合わせると脅された。
そして、寝取られていたのは私だけではない」
伯爵は、チャールズに貰った、ジョージの日記を取り出す。
「これは間男の日記だ。寝取った女を克明に記錄してある。
総数で100人近く、公爵から男爵まで見境ない。名を挙げてもいいぞ」
それを聞いた貴族たちの多くは青褪める。
王都での妻の行動をいちいち見ていられるわけはない。
自分の妻は大丈夫かと心配になる。
「私が裁判に勝てば、見たい方はいつでも来てくれ」
これで勝負は決まった。
シェラスコ公爵は偽物だと叫んだが、次男の素行の悪さは誰でも知っているし、実際に妻を寝取られ、泣き寝入りさせられていた貴族も相当数いる。
「「ポトフ伯爵の勝ちだ!」」という声があちこちで起こる。
加えて、ポトフ伯爵は公爵が敵国と通じていた証拠も出すと、公爵は項垂れ言葉も出なくなる。
王が採決を下す。
「裁判はポトフ伯爵の勝利とし、掠奪狼藉は不問とする。
シェラスコ公爵は隠退し蟄居。当主は嫡男のチャールズとする」
すべてはシナリオどおり、これで家臣達にこの勝訴を土産にシャロンを妻に戻すことを認めさせるだけとポトフ伯爵は心の中で喝采する。
しかし、王の言葉には続きがあった。
「更に、ポトフ伯爵にはシェラスコ公爵の利敵行為を暴いた報奨として、ソーダ侯爵領の併合を許し、併せて侯爵に叙爵する。
そして、不在となった妻として、我が妹のエリザベスを降嫁させよう」
ポトフ伯爵は、こんなことは聞いていないと呆然とする。
「光栄なことながら、我が身には余りにも恐れ多い報奨。御辞退申し上げる」
と返すが、王は聞かなかった。
「これは王命である。受けなければ、伯爵の行いを法に基づいて処罰することになるぞ」
嵌められた、王はこの機会に大貴族のシェラスコ公爵を取り替え、かつ勢力を拡大したポトフ伯爵を王の縁者にして、紐をつけるつもりだったのだ。
しかもエリザベス王女といえば、政略に優れ、王位継承の噂もあったが、それを厭った兄の王が隣国に嫁に出したものの夫が死んで出戻りしてきたと聞く。
早く王宮から追い出したく、再婚でもあり格下のポトフに侯爵を餌に押し付けるのであろう。
「まさか不貞をした元の妻に未練はあるまい。いい縁だと思うぞ」
王の言葉に周囲も賛同し、ポトフ伯爵の逃げ道はなくなった。
新しい妻となるエリザベスに会うこともなく、ポトフは居城に帰る。
既に勝訴と侯爵叙爵、王女降嫁は家臣も知っており、大喜びである。
ポトフは宴会を途中で抜け、シャロンの居る小さな家を訪ねる。
「シャロン、赦してくれ。
お前を妻に戻すことはできなくなった」
ポトフの謝罪にシャロンは笑顔で答える。
「既にそんな気はありません。旦那様のお気持ちは嬉しいですが、あんなことをした私が妻に戻るなど無理なことと思っておりました。旦那様とこの子と暮らせれば満足です」
シャロンのお腹は膨らみが目立ち始めていた。
「済まない。せめて王女が子供を産めばすぐに第二夫人として迎えに来る」
その晩、ポトフとシャロンは二人きりで夜を通して語り合った。
その後、王からの激しい催促と家臣達の素早い動きで、エリザベスの降嫁は早々に動き出す。
ポトフはシャロンと会う時間も作れずに、王女との結婚の準備、新たな領地の統治に追われ、せめて執事に言いつけ、シャロンの家族を呼び、彼女の世話をさせた。
ポトフが王都で華やかな結婚式をあげる頃、シャロンは出産しようとしていた。
「生まれたわ!」
産婆が赤子を取り上げる。
「男、女?」シャロンの問に母が女と答える。
「女の子ならば大事な人を間違えないようによく言い聞かせてね」
精神的な疲れが大きかったのか、シャロンは出産で力を使い果たし、そのまま亡くなった。
最後まで、旦那様、ごめんなさいと謝罪を繰り返し、一目会いたいと願っていた。
ポトフは結婚式が終わると急用があると、新妻を置いて領地に急行し、シャロンの死を知る。
号泣し、呆然とする中、新妻のエリザベスが領地に到着する。
「侯爵さま、事情はすべて知っております。
あなたと彼女の娘、私の娘として立派に育てましょう。
その代わり、可能な範囲で私を愛してください」
エリザベスは賢妻だった。
ポトフを補佐し、家臣団を纒め、子供も3人生み育てた。子供の中にはシャロンの子供も含まれる。
彼女を妻とし、ポトフは更に領地を広げ、王国でも一二を争う大貴族となる。
ポトフは彼女を尊重し、大切にしたが、心から愛するという気持ちにはなれなかった。
彼の気持ちを示す一つのエピソードがある。
エリザベスが、なにかの時にポトフに旦那様と呼び掛けたとき、ポトフは沈んだ声で、「その名前で俺を呼んでいいのは一人だけだ。頼むからそれ以外で呼んでくれ」と頼んだという。
ポトフが死んだ後、エリザベスはポトフの墓の隣に自分の墓を、そして反対側にシャロンとだけ書かれた墓を作った。
そして「死んだ人には勝てないけれど、天国でどちらがいい女か選んでもらうわ」と言ったという。