愛妻を陥れた奴らへの報復
ポトフ伯爵は翌日シャロンを連れてシュラスコ公爵邸を訪問する。
御用はと尋ねる執事に、「お宅の次男に俺の妻が騙されて強姦された。謝罪と損害賠償を求める」と伯爵は語気強く言う。
執事はため息をつき、「今度のジョージ坊っちゃんのお相手はあなたでしたか」というと、100万ゼニーの札束を渡し、示談金ですという。
これで収めろと暗に言う執事に対して、ポトフ伯爵は激怒し、「そんな端金はいらん!本人と公爵夫妻を出せ!」と吼える。
しかし、執事は怯えることなく、「ジョージ様は昨日ケガをされたようで、公爵様と奥様はたいそうご立腹。そもそも誘ったのはそちらの御婦人と聞いています。どちらも遊びだったことを荒立てないのが身のためですよ」と薄ら笑いして言い放った。
それを聞き、ポトフ伯爵は、シャロンに「お前の相手は何度もこんなことをしているようだな。執事も慣れたものだ。立派な男に入れ込んだものだ」と冷笑して、彼女を連れ帰宅する。
シャロンは自身にとって一世一代の恋のはずが、ジョージにとっては日常茶飯事の遊びだったことを知り、涙を流すだけであった。
王都屋敷に帰宅後、シャロンを部屋に閉じ込めさせ、伯爵は家臣に何事かを命じ、そのままタンドリー侯爵家を訪れる。
「どうした突然に」
タンドリー侯爵は幸い在宅であった。
「私が出征している間にシャロンが浮気をしていましてね。それも侯爵夫人が手びきしていました。義理の父母に責任を取ってもらいたく参上しました」
タンドリー侯爵は驚くが、話を聞くと、侯爵夫人が、金と抱いてもらうことを条件に、公爵家の次男の言うまま、シャロンに囁いていたという証拠を出され、言い訳できない。
「どうしてほしいのか。金か?」
「まず私が支払ったケバブ家の借金とシャロン達に費やした金を併せて7億ゼニーを払っていただきたい。
次に、間男の実家、シェラスコ公爵へ喧嘩を売るので後ろ盾になってもらいたい」
ポトフ伯爵の要求にタンドリー侯爵は悲鳴のような声を出す。
「どちらも出来るわけがない。
7億ゼニーなど我が家が破産する。
シェラスコ公爵は有数の実力者。わしの力ではとても及ばぬ」
「ならば勝手にさせていただく」
ポトフ伯爵は懐から絶縁状を出し、侯爵に叩きつけると帰宅する。
その晩、シェラスコ公爵邸の周辺を巡礼の装いをした多数の人間が取り囲み、公爵邸に向かってひたすら呪詛のような言葉を吐き出す。
公爵邸では、公爵夫妻とジョージたちが、昨日の失敗談を話していたところだった。田舎貴族の妻にしては見れる女がいたので、手間を惜しまず粉をかけ、ようやく手に入れるところで夫が踏み込んで来たというジョージの話に、公爵夫妻は大笑いし、また尻の傷をつけた田舎者を処罰してやると息巻いていた。
そこに不気味な声が響き渡り、公爵が、不審な奴らを痛めつけ排除しろと命じる。
しかし、巡礼達を排除しようとした家臣は返り討ちにあい、這々の体で屋敷に逃げ込む。
ますます高まる呪詛の声に公爵夫妻は苛立ち、腕利きの家臣を向かわせるが、戻ってきたのは彼らの首だけだった。
もはや屋敷から出ることも叶わなくなり、ますます大きくなる声にシェラスコ公爵家の人々が奥で震えている中、巡礼たちが屋敷に雪崩込む音がする。
大きな音とともに屋敷が破壊される。同時に貧民達も入ってきたようで、好きなものを持っていけという号令が聞こえる。
その声を聞き、執事は昼に聞いた田舎者の伯爵の声に似ていると思ったが、まずはいつまで襲撃が続くかが問題であった。
朝になり、襲撃者が引き上げ、被害の全貌が判明する。
豪壮な公爵邸は一部の寝室を残して全壊し、家財道具、什器、金目のものから食料まですべて消えていた。
公爵は、執事の言葉を聞き、ポトフ伯爵邸に兵を出させるが、昨日の晩、帰宅の途についたと言われ、空手で戻る。
ポトフ伯爵は部下を連れて馬を飛ばし、帰国する。
「公爵家め。思い知ったか」
「殿、いっそ皆殺しにしてやればよかったのではないですか」
家臣の疑問に伯爵は答える。
「そんな簡単に殺しては楽しめないだろう。じわじわと締め付け、最後に嬲り殺しにしてやる。
何も知らないシャロンを騙しやがったシェラスコ公爵とタンドリー侯爵家はとことんまで追い詰めてやる」
いつも温厚で家臣や領民思いの伯爵の変貌に、シャロンへの愛情と裏切られた怒りの深さを知る。
領地に戻ると、伯爵はすぐに騎士団長を呼び、軍を動員する。
一つはタンドリー侯爵領の豊かな地域を占拠し、そこをポトフ領としてしまう。
周章狼狽する侯爵家に、ポトフ伯爵から、損害賠償として領地を割譲してもらうと一方的に宣言する書簡が届く。
鉱山で潤い、ソーダ侯爵領を併合したポトフ伯爵の実力は、寄り親のタンドリー侯爵を凌駕しており、侯爵は王宮に訴えるしか手段はなかった。
もう一つはシェラスコ公爵領への襲撃である。屋敷の再建のため、領地から金を運ばせる途中を狙い、山賊を装い奪っていく。
更に警備が手薄と見て、公爵領の本拠の城を襲い、そのまま守備隊を全滅させ、城の財宝を運び出す。鉱山を巡る紛争など実戦を重ねるポトフ伯爵の軍にとってシェラスコ公爵の兵は飾りのようであった。
シェラスコ公爵は、王都の屋敷に続き、本拠の城も襲われ、メンツは丸潰れの上、財政的にも大打撃であった。更にその後も公爵領への襲撃は続くが、流石にその頃には裏にいるのがポトフ伯爵であることは周知のこととなり、シェラスコ公爵は王宮にその討伐を懸命に訴えていた。
その頃、ポトフ伯爵を一人の男が訪ねてきた。
名を名乗らず、家の存続に関わる重要な話だという男と、伯爵は面会する。
「私はシェラスコ公爵家の嫡男のチャールズという。
ポトフ伯爵と和解したい」
「ケッ。お前たちが謝罪と賠償をし、間男を引き渡さない限り、話にならないな」
「私は嫡男だが、先妻の子供で疎まれ、世継ぎも危うい状況だ。私が当主となれば伯爵の要望に応えることができる。
それに伯爵、アンタはやりすぎた。いくら賄賂をばらまいても流石に討伐の声が強まっている。私と組めばそれも解決できるぞ」
それを聞き、ポトフ伯爵は考える。
王には私怨による私闘であり、王への忠誠は変わらないという誓書を出し、また王宮の要人には金を渡して、介入を防いできたが、ポトフ伯爵の鉱山を狙う者も多い。
掌中の玉であるシャロンを汚され、怒りのあまりやりたい放題やってきたが、そろそろ幕引きのタイミングか。
「いいだろう。あんたと手を結ぼう。どういうシナリオだ?」
「私の父、シェラスコ公爵が敵国と通じている証拠を持ってきた。王家への反逆罪だ。更に弟のジョージがこれまで弄び捨てた貴族の妻女のリストだ。金で始末がつかないと一家を皆殺しにしているものもある。
これを持って王に訴え出てくれ。王とは話がついており、シェラスコ公爵の当主は隠居して私が就く。伯爵、あなたは私闘の罪はあるが情状酌量で、今後、王に忠誠を誓うことでお咎めなしだ。
ただし、王宮に工作費がいる。それを出して欲しい」
「それで手を打とう。
ただし、タンドリー侯爵については占拠した領地は貰っておくぞ。
それと、お前の弟のジョージを引き渡すことが絶対の条件だ」
「よかろう。
タンドリー侯爵はこの原因となった奥方を無一文で追い出し、その愛人は惨殺したそうだ。義理の娘を嵌めた話は貴族社会に広がったので行くところもないだろう。復讐はできたし侯爵と話し合ったらどうだ?
ジョージについては、私に取って代わろうとした弟を庇う理由もない。
ほとぼりが冷めた頃、領地に送り返すので、途中で奪い、好きにしてくれ。」
話は着き、チャールズは帰っていく。
王宮工作が完了すれば、手紙が来るので、ポトフ伯爵は王に訴えに出る予定だ。
(俺を侮った奴らへの報復は整った。
問題はシャロンをどうするかだ)
苛烈な報復を行った外部の敵と異なり、まだ未練を断ち切れない愛妻の扱いに、ポトフ伯爵は苦悩していた。