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ポトフ伯爵の結婚の悲喜劇  作者: がっちゃん
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愛情だけでは片付かない貴族の結婚は悲喜劇を生む

お金持ちの男とその美人な妻は物語の定番ですが、往々にして金持ちの男というのは、頭が冷えて、ビジネスモードになると一転するわけです。

 ライアン・ポトフ伯爵は苦労人である。


 父と兄の死により、突然16歳で家を継ぐも、その直前にあった戦火と大災害により家臣・領民は疲弊しており、その立て直しに東奔西走する日々であった。


 以来、十数年、特産物の生産の成功と鉱山の開発により、ようやく領主貴族らしい生活が送れるようになり、自身の周りに目を向ける余裕がでてきた。

 

 今日は月に一度の御前会議の日であり、伯爵家の重臣が一堂に会して領内の状況を議論していた。


「概ね順調に行っているようだな。今年の農作物は順調。特産品の毛織物も予定通りの生産だし、鉱山もうまく発掘が進んでいると聞いている。


鉱山にちょっかいを掛けてくるソーダ侯爵のところは何やら家督争いでそれどころではなさそうだしな。」


ニヤリと笑う伯爵の言葉に、重臣たちも機嫌よく言葉を返す。


「殿のこれまでのご労苦があってこそのこと。これまで生活費を切り詰め、産業振興に充ててきたことが実を結んだのでしょう。」


「殿も人が悪い。ソーダ侯爵家の当主の叔父を焚きつけ、金を渡して叛乱させるとは。これでうちに手を出している余裕もなくなったでしょう。もっと長引くよう叛乱軍の状況を見て支援金を増減しましょう。」


「そうだな。鉱山からの収益が増えている。多少は奴らに送り、我らに手出しできないようもっと身内で争ってもらおう。」


途中から酒も入り、機嫌よく談笑を重ねる。伯爵にしてみればどの家臣もこれまで貧苦の中で苦労をともにしてきた大事な仲間であり、気兼ねなく話ができる。


「ところで殿。お家もうまく行っているところ、そろそろご結婚し、お世継ぎをお願いしたい。」


筆頭家老が口調を改めて、申し述べた。

すると他の家臣も話を止め、一斉に頭を下げる。


 これまでは費用を節減するため、伯爵家と言っても、必要最小限の人員しかおかず、伯爵自身も自分のことは自分で行ってきた。とても妻を迎えられるような状態ではないとして、結婚の話も聞こうとしなかった。


 また、ポトフ伯爵の領土が王都を離れた山岳地帯にあり、家が貧しいという噂が貴族社会で広がっていたことから、嫁ごうという娘も、縁を取り持とうとする貴族もいなかった。


 しかし、今やポトフ家は急速に富裕になっている家として知る人ぞ知るようになっていた。伯爵自身は、豊かであることを知られていいことはないとして、必死になってその富裕ぶりを隠していたが、近年の領土の繁栄ぶりを見ればおのずとわかってしまい、隣接するソーダ侯爵に富の出どころの一つである鉱山を嗅ぎつけられ、侵攻される事態となっていた。


「またその話か。うまく行っていると言ってもまだまだやることは多い。私のことはもっとあとでもいいと思うが。」


 伯爵は消極的であったが、今日の家臣団は強硬であった。


「いつもその返事ですが、今日はもう猶予できません。実はタンドリー侯爵にお願いしたところ、自分も気になっていた、早速探してみると言われておりました。独断で申し訳ありませんが、侯爵より紹介が来たら、お会いください。」


タンドリー侯爵はポトフ家の寄り親であり、ソーダ侯爵との紛争でも後ろ盾となってもらっていた。伯爵が一番逆らえない人である。


「え!何を勝手なことをしている!すぐに取り消せ。

ようやく金も入り、楽しい独身生活を謳歌しようとしているのに、ふざけるな!」


「取り消しません。どうせそんなことだろうと思いました。これは領主の最も大事な務め。堪忍ください。」


以後は酒も入っており、君臣揃っての乱闘となった。


伯爵は最後まで、オレは断るからな、まだ10年は独身でいるからなと言っていたが、家臣団は、なんだかんだと言っても家と家臣を大事にする伯爵なら酒が抜けたら諦めるだろうと楽観していた。


それから半年ほど経ち、見合いの話もさっぱり来ないことから、伯爵は、タンドリー侯爵も多忙だし忘れたのだろうと思い、日中は仕事に励む一方、夜はこれまでの貧乏暮らしを取り戻すべく、同年代の側近や騎士と夜遊びを繰り返していた。


(昨日の夜は遊びすぎたか。まだ頭が痛い。)

執務室で水を飲みながら、伯爵は唸っていた。


(そういえば来週にはタンドリー侯爵のところに援兵に行くのだったな。今度は珍しくオレに来いと名指しだったが、案件は隣国との小紛争じゃなかったか。それぐらいならオレが行かなくてもいいはず。


最近、家老の爺が静かで不気味だ。いつもなら夜遊びしすぎるなとうるさいのだが。)


何か嫌な気がした伯爵は、鉱山に視察に行くと指示を出した。そのまま、山賊に出くわしたことにして、タンドリー侯爵への援兵は騎士団長に行かせようと思ったのだ。


腹心の騎士を10名ほど連れていくことにし、出発まで秘密にするよういい含めておき、家老と騎士団長に置き手紙を書き終わったところで、そのまま飲み仲間と繁華街に繰り出した。


次の日の早朝、少し酒が残る頭で、視察の準備をしていると、バーンとドアを開けられ、黒装束の者が数名入ってきた。


「何者か!誰か来い。護衛はどうした。」


伯爵は怒鳴りながらすぐさま窓から逃げようとしたが、外にも黒装束がいる。やむを得ず剣を取って戦おうとするが、剣がすり替えられ竹光であった。


(おかしい。ソーダ家の手のものにしても手際が良すぎる。家中に手引をしたものがいる。剣を取り替えられるとしたら腹心の騎士のみ。)


伯爵は竹光を正面の男に投げつけ、そのまま素手で組み討ちしようとした。これまで鉱夫とともに鉱山で働いたり、ソーダ侯爵の手勢と先頭に立って戦ってきた伯爵は腕っ節には自信がある。


すぐに切りかかって来ないからには、今殺す気はないと見、力ずくでなんとか脱出しようと考えた。


相手の下に潜り、背負投げを食らわすと、そのまま廊下に出ようとするが、二人が同時に左右からかかってきたので乱戦となった。


その間も大声で助けを求めると、後ろにいた小柄な男が初めて口を利いた。


「早くしろ。誰か来ると面倒だ。」


「貴様、家老か。そういえば組み付いてきたお前らは騎士団長と副団長だろう。なぜ裏切った!」


「見破られれば仕方ありませんが、すべては殿の為。御免。」


屈強な男十人近くに取り付かれ、伯爵は手足を縛られ、そのまま馬車に放り込まれ、どこかに連れて行かれる。馬車の中でようやく解放されるが、家老と騎士団長は目を合わせようとしない。


「お前たち、覚えていろよ」


半日ほどが経ったか、やっと馬車が停まる。


「到着しました。降りてください。」


「ここはタンドリー侯爵の館ではないか。なぜここに連れてきた。」


「タンドリー侯爵様に殿の結婚相手を見繕ってもらっていましたが、ようやく決まったとのことです。早く着換えてください。」


追い立てられるように一室に入り、上等の服に着替えさせられる。

髪型も整えられると、タンドリー家の家臣が呼びに来た。


「お相手も用意できたようです。参りましょう。」

「気に入らなければ断るからな」

と言いつつ、ポトフもここまでお膳立てされると断るのは難しかろうと思った。


(まあ、相手を見て、逃げ口上が言えれば逃げよう。)


案内されるままについていくと、応接室に通された。何度かこの屋敷には来ているが、ここは初めてだ。


部屋には既に侯爵夫妻と、目を見張るような美しい少女、それに両親らしき草臥れた中年の男女がいた。


「ライアン、久しぶりだな」

タンドリー侯爵が挨拶する。


ポトフも畏まって、侯爵夫妻に挨拶する。

「ご無沙汰しております。

この度はお手数をお掛けし申し訳ありません」


「全くな。あまり家臣たちに心労をかけるんじゃないぞ。

結婚相手だが、色々と探したが、妻の遠縁のケバブ子爵にちょうど年頃の令嬢がいて、いい相手だと思う。

 見ての通り、素晴らしい美人で、家格的にもあっている。

これ以上ない縁だと思うぞ」


横から侯爵夫人も口を出す。

「そうですよ。シャロンは美人の上に、気立てもよくいい奥さんになれるわ。

ライアンさん、是非、彼女と結婚なさいな」


押し付けるような言い方に、内心反発するライアンであったが、シャロンが顔を上げ、「シャロン・ケバブと申します。お見知りおきください」と鈴を転がすような声で挨拶するのを見て、一目惚れした。


しかし、そうは言っても長年の苦労のため、ホイホイと話に乗るようなことはしない。


その場は「確かにいいお嬢様ですね。私には勿体ない」と遠慮するようなことを言い、時間稼ぎをする。


(乗り気と思われたら足元を見られる。俺好みの美少女だが、結婚するとなると我が家全体に関わること。我が家にとって利があるか、事情を探ってからだな)


侯爵夫妻とケバブ子爵夫妻は強くその場で言質を取ろうとしたが、言を左右にして、考える時間を貰う。


そもそもシャロン自身は挨拶しただけでどんな女かも分からない。


その後、一緒に食事をとったが、話を振っても、「ええ」とか「はい」ぐらいしか言わない。


これから何度かお会いましょうと言って別れたが、彼女があまり乗り気という感じにも見えなかった。


名目にあった援軍の仕事も終わると、領地に帰り、家老や騎士団長などを一日飯抜きで、かつライアンが特上の飯を喰う前に座らせるという処罰を行ったあと、タンドリー侯爵の腹を探るべく調査させる。


ライアン自身は、シャロンの美人ぶりに当てられ、あれ程の美女を嫁に貰えるといいなあとは考えていた。


その反面、ポトフ家の金目当てであることは確実、あれほどの器量なら売り込み先は山とあるはず、それを辺境の地にして、武骨な俺のところに来てもいいというのだから、よほどのことがあるだろうと構えてもいた。


待っていた調査結果がようやく届いた。


 

 

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