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第6話


 もう一度、私は聞いた。


「キール様との婚約破棄が、本当に可能ですか?」

 

 と。

「はい」

 クランド様はそう微笑むと、私に、おいで、と手招きした。

「……?」

「近くにおいで」

「……」

 近くに……?

 対面した状態ではあるけど、これでも十分近いと思うんですけど……?

 あ、隣に座れってこと?

 伺うようにクランド様を見上げると、彼は笑顔で、ココ、と自分の足を指さす。

「……っ!」

 クランド様の太ももの上に座れ、とぉ?!

 無理です無理です無理です―――――っ

 慌てて頭を勢いよく横に振る私に、クランド様は残念そうな顔をする。

 そんなお顔をされても、無理ですっ!

「まあ、いいや。じゃあこっち」

 と、今度は自分の隣の芝をポンポンと叩いて見せる。

「……」

 隣なら、問題ない?

 いや、ドキドキするけど。

「あ」

 動き出した私の腕を引っ張って、クランド様は軽々と私を自分の太ももの上に座らせた。


「――……っ!」


 声にならない声が、私の口からこぼれた。

 顔がまた、一気に爆発する。

 思わず両手で自分の顔を覆い隠した。

「ユリナ、それでは顔が見れないよ」

「……み、見なくていいですっ!」

 顔を覆ったまま、私は頭をブンブン横に振る。

 顔も、声も、近すぎる……っ!

「はは、可愛いな!」

 クランド様はそのまま、私を抱きしめた。

「では、顔が見えないように、抱きしめておくよ」

 と、私の後頭部をなでなでする。

「キールとユリナの婚約解消は、できると思う」

「……」

「バーナード侯爵家と、ウィリアムズ公爵家の婚姻関係はかわらないから。キールではなく、俺との婚約にしよう」

 私を足の上に乗せ、抱きしめているクランド様は、常に冷静沈着の騎士様だ。

 なのに、今私を抱きしめている、その耳や首が赤くなっているのが、私にもわかった。

「……」

 クランド様も、同じようにドキドキしてるのかな……。

 そうなのかな……?

 クランド様は、バーナード侯爵家の嫡男で、後継者。

 28歳と言えば、この世界ではもう成婚し、子どもがいてもおかしくない年なのに……。

 貴族の多くは幼い頃から婚約者がいることがある。

 お家のために親が決めた政略結婚をするために。

 が、彼はそのような話は聞いたことがない。

 地位も人柄も、まったく問題ない人なのに……。

「君は俺と10も年が離れてるし、弟の婚約者。でも、君が俺を受け入れてくれるなら、黙っているつもりはないよ」

 真剣な声が耳元でして、私の胸を締め付ける。

 鼓動が大きく早すぎて、息苦しい。

 私なんて相手にされないって。ただの妹みたいな存在だと思ってた。

 なのに……。

「わ……私で、いいのでしょうか? ……クランド様のお相手が」

「君がいいんだよ、ユリナ」

 クランド様が引き寄せていた身体を放し、顔が見える位置まで私を移動させた。

 私が倒れてしまわないように、その腕はしっかり私を支えてくれている。

 まっすぐな瞳が、私を見つめる。

「俺と、結婚してください」

「……っ!」

 私はクランド様の首に抱きついた。

「ハイ……っ!」

「……ありがとう」

 クランド様の優しい声が、心地良い。

「でもね、ユリナ」

「?」

「その前に、キールの恋を成就させない?」

「え?」

 にっこり微笑むクランド様が、なぜか小悪魔のように見えた。

「世間では、ユリナの婚約者はキールだからね。キールにうまくいってもらわないと、分が悪い」

「……」

 ああ、そうか。

 私の未来は知らない。でも、リナの近い未来は知っている。

 近いうち、リナは恋破れる。

 でも、今のリナは皇太子妃の座を狙っている。

 まだ結果が出ないうちに、諦めるだろうか?

 しかも、そんなに簡単にキールになびく?

 あの、人のティーパーティーを台無しにする奴に?

 先ほどのことを思い出し、私は不審な視線をクランド様に向けた。

「……あんなのに、リナが心、動きますか?」

 私の問いに、クランド様は苦笑する。

「まあ、君はキールに良い印象がないんだろうけど。キールはあれでも、他では紳士的な好青年で、美男子だよ」

 えー? っと、怪訝そうな私に、クランド様は笑う。

「本当に、キールに興味がないんだね」

「……まあ、イケメンなのは、認めます」

「イケメン?」

「あ」

 そうだ、イケメンは友理奈の世界の言葉でした。

「えーっと、目鼻立ちの整った綺麗なお顔や容姿を持ってる、男性。です」

 私はにこっと微笑む。

「だから、クランド様もイケメンですね」

「……」

 あれ? 

 急にクランド様は私から目を逸らす。

「キールを褒めてたと思ったら、俺も褒めるの?」

「へ?」

「いや……、君がキールを褒めるなんて思ってなかったから少し嫌な気分だったのに……」

「……」

 もしかして、照れてるの?

 やだ、こっちまで照れちゃうよっ。

「ごめん、ごめん。キールの話」

 と、クランド様は片手で顔を隠して話を戻そうとする。

「以前、リナ嬢にカマをかけたことがあってね」 

「カマですか?」

「そう、キールのことどう思ってるのか、確かめようと思って。彼女、キールに好意を持ってるみたいだよ?」

「え? リナが? ……どうしてですか? リナは皇太子妃になるために必死ですよ」

「そうだね。でもそれは、彼女の意思ではなく、ご両親の教えだとしたら?」

「……」

「彼女はなかなかですね」

 フッとクランド様は思い出したように笑みをこぼす。

「……なかなか?」

「ご自分の欲望に、素直っていうのか……。純粋なお嬢様です。小さい頃から言われ続けてきた皇太子妃の地位も欲しいけど、自分を慕ってくれているキールも、手放したくないようです」

「……まあ、あれだけ露骨にアピールされたら、そうなりますかね?」

「それに、リナ嬢はキールを上手にじらしてる感じもあるからね」

「?」

「ほら。嫌いとか言っても、キールが離れていかないのを知ってる。また、それを無意識にしているから、なかなか、です」

「……」

「ああ、意地悪な言い方だね。でも、彼女はまだ、キールに対する好意は自覚していないようだよ」

「え?」

「いつ、気が付くんだろうね」

 ふふっと、クランド様は面白そうに私を見て笑う。

「……」

「彼女がその想いに気が付いたときに、君が手を貸してあげたらいいよ」

 と、クランド様は言った。

「……? 具体的には? 何を?」

「ただ、そばに」

「?」

「常にキールがそばにいる状況がリナ嬢の中で自然になれば、気持ちに変化が現れるかも、しれない」

 そんなに、簡単だろうか?

 クランド様の提案を不思議に思うけど。

「……」

 私がキールと結ばれるなんて、考えられない。

 キールもリナも、幸せになれるなら、私たちが手助けをするってことだよね?

 自分たちの未来のために。

 って、下心ありありだけど。

「どう? できそう?」

「……自分のために、頑張ります」

 意気込む私を見て、クランド様は微笑んだ。

「本当に、ユリナは可愛いね」

「……」

 真横のお顔がニコニコして、

 まじかで見られていることを急に意識し出すと、私は恥ずかしくなった。

 だから焦って話を逸らした。

「……そういえば、今日はどうしてこちらに?」

「ちょうどライアンの所に顔を出していたら、キールが庭に行くのが見えてね。後を追ってみた」

「ああ……」

 不機嫌に庭にやって来たキールを思い出して、私はため息をつく。

「行ってよかった。君が怪我しなくて」

「……クランド様は、昔からそればっかりですね」

「……?」

「私の心配、ばかり?」

 困ったように首を傾げる私に、クランド様は微笑んだ。


「だってユリナは、俺の大事なお姫様だからね」

 

 と。

 

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