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第5話


「……」


 無言の時が、どのくらい流れただろう。

 お互いがお互いを見たまま、凍り付いたかのように動かない。

 今の、聞かれた?

 え? 聞こえたの?

 ってか、口に出して言ってた?

「……」

 逃げ出したい気持ちに駆られても、びっくりしすぎて腰が抜けている。

 クランド様は無表情のまま、私を見ていた。

 え? 

 聞えてなかったの、かな?

 な、なら、ちょっと尻もちついた恥ずかしい体勢をどうにかしないとっ。

 で、でもって、何か言わなきゃ。

 私は慌てて座りなおすと、すっと息を吸った。

「あの……」


「今のは、本心?」


「え?」

 何か言わなきゃと、思った。

 思ったけど、先に問われて、私はまた呆然とする。

 本心? か?

 と?

 聞えてたって、こと?

「あ……っ」

 クランド様の無表情なお顔に、背中に冷汗が流れた。

 サァ……っと、血の気が引いていくのが自分でもわかった。

 私は、クランド様にとって、弟の婚約者だ。

 この想いは、知られてはいけなかったはず。

 誤魔化さなきゃ。

「……っ」

 青ざめる私の手を、クランド様は握りしめた。

「否定はさせない」

「……え?」

 今にも泣き出しそうに、その顔を歪めながら。

 クランド様は、にこっと、微笑んだ。

「……クランド、さま?」

 放心状態の私の手をそのまま自分に引き寄せて、クランド様は私を抱きしめた。

 なぜ抱きしめられているのか、どうなっているのか、理解できない。

 それなのに。

 ドクドクドク……

 胸の鼓動だけ、苦しいほどちゃんと反応している。

「やっと、言ってくれた……っ」

 と、震える声で、私を強く、抱きしめた。

「……あの」

 呆然としている私に、クランド様は私を抱きしめたまま、答える。

「俺も、ユリナが好きだよ……」


「!」


 自分の耳を疑う。

 幻聴が、聞える気がする。

 私の希望する言葉が、今、聞えたよう……な?

「……え?」

 ……本当に、今、なんて言いました?

 私を、好きだって?

 誰が?

「……」

 クランド様が?

 え?


「えええええええええー……っ!」


 私は驚いて思わず、クランド様の胸を押しのけ、突き放していた。

「あ、……もう少しユリナを感じていたかったのに」

 私を逃したクランド様は、残念そうな顔をして私を見る。

「……っ」

 私の胸が大きく跳びはねて、痛い。

 そんな目で見られてもっ。

 はっ、もしや……

 私、からかわれてる?

「……」

 呆然とする私に、クランド様はにこっと微笑んだ。

「もう一度、言う?」

「……」 

 ブンブンと、私は頭を横に振る。

 いままでクランド様は、冗談でも私を好きだとは言わなかった。

 そんなこと、冗談で言う人ではない。

 だから、私は婚約者の妹(いもうと)でいられたんだ。

 なら、本当に……?

 凝視する私に、クランド様嬉しそうに笑っている。

「……」

 その笑顔に、自分の身体が急激に熱くなり、

 心臓が耳元にあるのかと錯覚するほど、胸の鼓動が大きく聞える。


 ドクン、ドクン


 と、丁寧に強く打つ鼓動が、ますます胸を苦しくさせた。

「あの……、だって、……私」

 自然と、涙がこぼれた。

「わたし……」

 感情と理性が追いつかない。

 クランド様に想われていたことを、嬉しく思うのに。

 思うのに……。

「……」

 泣きじゃくる私を、クランド様は優しく包み込んでくれた。

「うん、そうだね」

 と、私の気持ちを理解して、頭を撫でる。

「でも、これが俺の本当の気持ちだから」

「……」

「俺はずっと、ユリナが好きだった」

「……」

 胸が苦しい。

 クランド様のまっすぐな優しい瞳が、いたい……

 涙が止まらない。

「これからも、ずっと。だから……」

「でも! でも、私は……っ!」

 それでもなお声を上げる私に、クランド様はそっと、私の唇に自分の人差し指を当てる。


「……キールとの婚約、破棄する気はある?」


「え……?」

 突然の申し出に、私はまた、呆然とする。

 婚約、破棄?

 私と、キールの?


「……そんなことできるのですか?!」


 言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。

 でも、

 そんなことができるのならば、

 嫌われている相手に嫁ぐより、


 私は、クランド様と、結婚したい!


 私は思わず、自分が彼に告白したことも忘れ、

 彼、クランド様からの告白も忘れ、

 泣いていたのも忘れた。


「君が……、ユリナが俺との未来を願えば、ね」


 そう言って、にっこり笑うクランド様が、

 とても意地悪な笑みを浮かべているように、見えた。


 この時の私は、思いもしない展開に、パニックになっていた。

 だから気づくはずもない……。

 実はすでに、手回しされていた事実を。

 クランド様の手のひらで転がされていたことに気が付くのは、

 もっともっと後のこと……。


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