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第4話


 なんでこんなところに野犬が……っ!


「……っ!」

 飛びかかってくる野犬が私の視界から消えた。

 クランド様が、私をかばうように自分の身体で野犬を遮ったからだ。

「クランドさまっ!」

 焦る私の声もむなしく、

 野犬の鋭い爪が、クランド様の左腕を切り裂いた。

「く…っ!」

「きゃぁっ!」

 それでもなお、クランド様は私の盾になり、向きを変える野犬を見ている。

 どうしたらいいの……っ

 パニックに陥る私に。

「大丈夫」

「……」

 と、柔らかな声が聞こえた。

 それは一瞬のことだった。

 クランド様は持っていた剣を抜くと、再び襲い掛かってきた野犬に、一太刀いれる。

 首が切れた野犬は、クランド様の前に無言で横たわっていた。

「……」

 動かなくなった野犬を確認すると、クランド様はすぐさま振り返り、私に傷がないか確認する。

「ユリナ、怪我は……っ?!」

 頭を横に振る私を見て、クランド様はやっと安心すると、そのまま私を抱きしめた。

「……良かった」

 しかし、そのまま、クランド様は気を失った。

「!」

 クランド様を支えた手のひらに、ヌルッとした感触が走る。

 血……?!

 腕から、血が流れている。

 そうだ、さっき野犬の爪に……。

 私はクランド様の腕を見た。

 左前腕部分の服が大きく切り裂かれ、その服の奥の皮膚が裂け、血が流れているのが見えた。

「うっ」

 その血の量に倒れそうになった。

 そこに、

「お嬢様……?」

 異変を感じてやって来たメイドや使用人たちの声が聞こえた。 

 茂みを覗き込んだ者の悲鳴が上がる。

 野犬の死骸を目にしたようだ。


「誰か! 手を貸して!」


 私の声に気が付いて、数人の使用人が姿を現し、私たちの惨状に慌てた。

 怪我をしているクランド様は、ウィリアムズの屋敷に運ばれて行く。

 私も、その後を黙って歩いて付いて行った。

 騒ぎを聞きつけたライアンお兄様が、手早く医者と部屋を用意し、私には血で汚れた服を着替えるように指示された。

 私の侍女であるアンは、血に汚れた私を見て泣きじゃくっている。

 みんなに、心配かけてるな。

「……」

 落ち込む私は自分を励まして、着替えを済ませると、クランド様が運ばれた部屋の前でおとなしく待つことにした。

 こっちの世界は、それほど医学が発展していない。

 薬草などの自然のものに頼るしかない。

 とっさに間接圧迫で止血はしたけど……。

 怪我が悪化すれば、命にかかわる可能性だって、否定できない。

「……」

 どうしよう、クランド様にもしものことがあったら……っ。

 ざわっと、私の心に恐怖が沸き上がる。

「!」

 部屋の扉が開いて、私は顔を上げた。

 中から、ライアンお兄様が出て来る。

 お兄様は私の姿を見ると、無言で私を強く抱きしめた。

「ユリナ、無事でよかった……っ」

 話を聞いたのだろう、その顔は恐怖と安堵と悔しさが浮かんでいる。

「お兄様、ごめんなさい。クランド様を巻き込んでしまいました……」

「お前のせいではない。他に野犬が紛れ込んでないか、今使用人に確認させている。バーナード家にも使いをやった。……怖かったな」

 頭をなでなでされる優しい手に、私は今まで我慢していたものが込み上げ、泣きじゃくった。

「クランド様がかばってくれて……」

「ああ……」

 見上げる私とライアンお兄様の前に、お医者さまが部屋から出てきた。

「ああ、処置は終わりました。今、眠りましたよ」

 と、出てきたお医者さまはにっこりと微笑んだ。

「出血も少なく、怪我は見た目ほどひどくありません。大丈夫ですよ。もともと熱もあったようですが、極度の疲労と心労が原因の様ですし……。薬を飲んで、二、三日もすれば元気になるでしょう」

「……」

 よかった……。

 お医者様さまの言葉に安堵して、私はその場に座り込みそうになった。

 それを、ライアンお兄様が支えてくれる。

 ライアンお兄様はお医者さんを見送るから、と、私をクランド様が寝る部屋の椅子に座らせると、部屋を後にした。

 ベッドの上には、クランド様が静かに眠っている。

 私なんて、かばうから……。


「……」

 それから、どのくらいの時間がたったのだろう。

 薬で眠っているクランド様は、しばらく起きる気配がなかった。

 立ち替わり入れ替わりで、私の両親やクランド様のご両親も様子を見に来たけど、今ではすっかり私に任されている。

 熱も下がり、もう大丈夫だと、再度来たお医者さまにも言われたところだ。

「……」

 落ち着いてくると、心にも余裕が出てくるもので。

 寝てる姿まで、綺麗な顔……。

 私は改めてクランド様の顔を眺める。

「……一番、好みなのになぁ」

 ついこぼれた言葉に、寝ているはずのクランド様の顔が歪んだ気がした。

「?」

「……そんなに見つめられると、起きずらい」

「え……?」

 覗き込んでいた私が身を引くと、クランド様の瞳が開いた。

「お、起きてたのですか……」

 恥ずかしくなって、視線を逸らすと思わず小さくなってしまう。

 その様子に、クランド様は小さく笑う。

 そして。

「……怪我は、ない?」

「え? あ、はい。ありがとうございます……」

 かけられた言葉に驚いて、私はクランド様を見た。

 窓から届く日差しを受けて、キラキラ輝いて見える。

「……クランド様こそ、体調は、どうですか?」

 呆然としながら呟く私に、彼は笑いながらその身を起こした。

「まあ、薬が効いているから」

 私に向けられる微笑みに、息をするのも忘れそうなぐらい、魅入っていた。

 心臓がバクバクして、止まらない……っ!

 どうして……?

「……君が無事で、本当に良かった」

 不意に、私の頬にクランド様の手が伸びてきて、温かなぬくもりが頬に伝わる。

「わ……っ」

「ん?」

「わ、私のことはご心配なく!」

 思わず立ち上がり、クランド様の手から逃れてしまった。

 自分でも、顔が赤くなっているのがわかる。

「……みんな、心配してます。起きたこと、伝えてきますね」

 恥ずかしくなって逃げ出そうとする私の手を、クランド様が掴む。

「……?」

「もう少し」

「え?」

「……もう少し、ユリナと二人で居たいな」

「っ!」

 声にならない声が漏れてしまった気がする。 

 私はそのまま、椅子に座りなおしていた。

「あははは、ありがとう」

 嬉しそうに声を上げて笑うクランド様は、初めてだった。

 私は、その笑顔に驚き、釘付けだった。

 胸が、苦しい。

「……」

 クランド様の瞳から目を逸らすと、左手の包帯が見えた。

 ぎゅーっと、私は強くスカートを握り絞める。

「私のことばっかり、心配しないでください……。クランド様が、無事でよかった」

 じわっと浮かぶ涙を止められず、私はそのまま涙をこぼしてしまう。

「クランド様がいなくなっちゃうんじゃないかって、怖かった……」

「うん、俺も。君を護れてよかった」

 と、クランド様は泣きじゃくる私の涙を拭ってくれた。

「俺と一緒の時で、良かった」

「……」

 心なしか、クランド様の顔が赤く見える。

 熱で、ぼっとしてるのかも。

 だから、恥ずかしい言葉も言えるんだ。

 ああ、

 そうか、

 心配させないために私をからかって……。

 そうだ、

 彼は、キールのお兄様で、私よりずっと年上の男性。

「……」

 胸をときめかせてはいけない。

 この世界で、本当に好きな人と結ばれる人は少ない。

 なら、恋心は、いらない。

「……」

 私はにこっと、クランド様に微笑んだ。

「みんなに伝えてきますね」

 と。

 部屋を後にした。



 窮屈なドレスからラフなワンピースに着替えた私は、クランド様と約束したあの場所に向かう。

「……」

 あれからもう、二年以上経つのか……。

 私の淡い恋心は、結局抑えきれず、クランド様に日々魅かれていく。

 野犬に襲われた後、あの場所は見晴らしのいい憩いの場に改装された。

 私が安心して、これからも読書やお茶ができるように。

 ベンチも机も、用意された。

 けど。

 結局、私たちは、同じ木にもたれて、地面に座り込んで過ごしていた。

「……あ」

 木にもたれて本を片手に目をつぶるクランド様を見つけ、その前に私はしゃがみ込んだ。

 淡い日の光が、クランド様の髪をキラキラ輝かせる。

「……」

 寝てるのかな。

 あの時とかわらない、綺麗な、寝顔。

 この想いを、伝えられる日は来るんだろうか。

 昔のことを思い出したせいか、私の口から、思わずこぼれおちた言葉。


「好きです……クランド様」


 バチッと、突然、クランド様の目が開いた。


「!」


 えええっ!


 突然開かれた瞳に驚いて、私はその場に尻もちをつくように、後ろに倒れこんでしまっていた。


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