独話(クランドのひとりごと)
「俺の顔がそんなに好きなの?」
「……っ!」
ユリナを部屋まで送り届けて、すぐ帰るつもりだった。
でも、そんな自分の意思は、簡単に覆される。
部屋に入るなりユリナの足をすくい上げ、抱きかかえる。
落ちないように慌てて首にしがみついてきた姿が、可愛かった。
「……好き、です。一番、好みですから」
耳元で恥じらうように囁かれる言葉が、グッと胸を掴む。
「……はぁ~」
込み上げる感情を押し殺すように、ため息をついた。
「きみは、本当に……」
「?」
不思議そうに首を傾げるユリナの瞳が見上げられる。
「言うことも、しぐさも、可愛くって……」
「……?!」
ユリナをベッドまで運ぶと、その上に丁寧に置いた。
彼女は硬直したように身体を強張らせ、胸の上で両手を固く結んでいる。
「顔、だけ?」
「え……っ?」
そのまま一緒に乗り上げた俺に、彼女は驚いた表情になる。
ユリナに覆いかぶさる形で、俺は彼女の顔を覗いた。
「あ、あの……っ」
照れたり慌てるユリナの表情が可愛くて仕方がない。
このまま、ユリナを……。
「……本当に、帰りたくないなぁ」
「え……」
この感情を、いつまで我慢できるか自信はない。
触れてしまえば壊れてしまいそうな彼女の肌に、いつまでも触れていたい。
彼女をずっとそばに、置いておきたい。
いつまでも、見ていたい。
「……」
これは、不安でしかない。
ようやく手に入れた彼女を手放したくない想いと、嫌われるかもしれない、恐怖。
俺はベッドから身を下した。
「あ……」
ユリナの切なく戸惑う小さな声が漏れた。
微かな感情が、期待する。
「……」
俺はベッドから離れると、騎士の制服の上衣を脱いだ。
「……???」
目を見開くユリナがまた、可愛かった。
彼女は俺を、どこまで受け入れてくれるだろうか……。
俺はベッドに再び乗り上げる。
「あの……っ」
近づく俺に、ユリナが緊張した面持ちで声を上げる。
真っ赤に染まる頬や耳が、たまらない。
「どうしたの?」
と、俺はユリナの隣で横になり、肘枕をした。
「……えっと?」
意地悪に微笑む俺に、彼女は戸惑っているようだ。
今、ユリナにキスでもしようものなら、きっと止まらなくなってしまう。
そんなことはできない。
でも、まだ一緒にいたいと思う。
「ユリナが寝るまで、ここにいるよ」
「……」
「明け方にこっそり帰るから。心配ないよ」
「……っ」
「? どうしたの?」
ユリナは再び真っ赤に染めた顔を、両手で覆う。
「み、見られてたら、寝れませんっ」
「……」
「それに、知らない間にクランド様が帰ってしまうのは、嫌です……」
そう告げられて、突き上げる気持ちを押さえられそうにない。
「ああ、もう……っ。煽るの、止めて」
ユリナの手を顔から退けて、あふれる想いをぶつけるように、夢中でキスをした。
数十分後。
「……」
押さえきれない気持ちをぶつけてしまった。
ユリナは、必死で俺を受け入れてくれていた。
キスに疲れて、腕の中でスヤスヤ眠るユリナを見てため息がでる。
やりすぎたかな……?
「……ホントに、好きすぎてどうしよう」
ユリナの温もりを感じ、寝顔を眺めながら、俺は数か月前のことを思い出していた。
「なあ、ライアン。ユリナ、本当に大人のレディになったね」
ライアンの部屋で大きなため息をもらす俺に、ライアンは面倒くさそうに返事をする。
「お前なぁ、わざわざ俺の所に来なくても」
「……なかなか言ってくれないんだよね。しっかり自分の立場を理解してて、絶対自分の気持ちを悟られないようにしてるの」
聞く耳持たずでうなだれる俺に、ライアンは呆れ顔だ。
「大体、ユリナから言わせる意味あるのか? お前が言えばいいだけだろ?」
「……それじゃあさぁ、ただ、キールと成婚したくないだけかもしれない、って、思ってしまうんだよね」
頭を抱える俺に、ライアンのため息がこぼれる。
「お前、俺に三年以上も協力させてるんだから、うまくいかなかったじゃすまねーぞ」
「う……」
「このままだと、本当にキールと成婚しそうじゃないかっ」
「……そうなったら、立ち直れない」
「だったら、どうにかしろよ。……約束の日まで、半年もない」
「わかってる。……あの時と同じ状況になったら言うかなぁ」
「だから、自分から言えよ」
「……自分の婚約者がキールだって信じてる子に? 十も年上の俺が?」
「歳は関係ないだろ」
「……そうかな」
「お互いの両親の説得も終わったんだろ?」
「うん、全部俺に任せてくれるって。ウィリアムズ公爵も言ってくれた」
「なら、何の問題もないじゃないか。そろそろ動かないと、間に合わない」
「だから、わかってるって……」
動く気配のない親友を見て、ライアンは話題を変える。
「……そもそもお前、いつからユリナを想っていたんだ?」
「ん?」
「聞いたことなかったな、と、思って」
ライアンの気遣いで話題が変わり、どこかホッとした。
焦る自分を感じずにはいられなかった。
「……。ほら、まだキールがリナ嬢に積極的じゃなかった頃、リナ嬢がアイリス嬢を露骨に嫌って虐めてた時があったじゃん?」
「あー、そんなこともあったなぁ。って、キールをたきつけたのは、お前だろ」
「そうなんだけど。話、逸らさないでくれる? ある時、気が付いたんだよね。ユリナがリナ嬢に気が付かれないように、しかも、リナ嬢の機嫌を損ねることなく立ち回り、アイリス嬢に手を差し伸べてることに。それも、何回も。正直、同世代の喧嘩をあんなに鮮やかに解決して見せる子は、俺は他に知らないよ」
「まあ、あいつはもともと争いごとは嫌いだしな。美人だし、気が利くし、自慢の妹だな」
嬉しそうに頷くライアンに、軽いため息が漏れた。
「……兄バカってやつか?」
「……」
ムッとした視線が向けられたが、気にせず続ける。
「それから、……気が付いたらユリナを捜してる自分がいたんだよね。で、キールを羨ましく思う自分も。嫉妬だよ。彼女の社交会デビューも毎年行われるユリナの誕生日パーティーも、俺は一度も彼女をエスコートできなかった」
「表向きには、キールが婚約者だしな」
仕方ないことだと、ライアンもため息をついた。
「届きそうで、届かない。振り向かせることができても、それを伝えてくれなくては、何も始められない」
「……あいつがお前に好意を持ってるのは明かなんだけどな。それは、俺も保証する」
「ありがとっ。でも正直、自信喪失中。内心、焦ってるよ」
ユリナの18歳の誕生日がタイムリミットだ。
「ライアン様! クランド様はいらっしゃいますか? キール様が……っ」
青い顔をしたアンがライアンの元に飛び込んできた。
「キールが……?」
「ユリナ様のティーパーティーに行かれましてっ。その……」
アンが言いたいことを理解して、ライアンはアンの言葉を片手を上げることで遮った。
「クランド。お前、またキールに何か言ったのか……?」
「ん? まあ、キールがユリナの良さに気が付かないように、ちょっとね」
「……」
呆れる視線を向けられて、俺は立ち上がる。
「リナ嬢もまんざらでもない様子だったし。アイリス嬢への嫌がらせも明らかに減っただろ? 皇太子殿下も安心してたよ。キールとリナ嬢、あの二人は時間の問題だね」
はあ、と、ライアンの呆れるため息が聞えた。
「……国王陛下に謁見する日って、いつだった?」
確認するように、俺はライアンに尋ねる。
「皇太子妃が決まる日だ」
「……もうすぐだね。わかった。今日中には何とかするよ」
と、俺はユリナ主催のティーパーティーが行われている庭に急いだ。
「……あの時、寝たふりするつもりはなかったんだけどね」
ユリナの寝顔を眺めて、言葉が漏れる。
「でも、あの言葉がどんなに嬉しかったか……」
胸がぎゅっと締め付けられる。
「本当は、自信がなかったんだ。俺が君に告白することで、強引に進めるこれからのことを、君はキールと結婚したくないだけで受け入れるのではないかって。だから、偏見のない想いで、俺への気持ちを確かめたかった……」
これは、ユリナに対する罪悪感への懺悔だろうか。
彼女の穏やかな寝顔は、俺の胸を締め付ける。
「……これからしようとしていることを知ったら、ユリナは怒るかもな。勝手にいろいろ決めてしまったから」
ユリナの寝顔を見ながら、ため息がでる。
「リアムみたいに、気持ち悪いって思うかな……」
ズキンと、胸が痛んだ。
「それは、嫌だな……」




