第21話
その日の午後は、久しぶりにクランド様とお庭で穏やかに読書を楽しんでいた。
はずだった……。
「……んっ。く、クランド様ぁっ?!」
芝に座っていた私の後ろにクランド様は座り込むと、
私を後ろから抱きしめて、
首筋に肩にキスをし始めた。
ひんやりとした首筋に、熱を帯びたクランド様の唇が当てられる。
「く、くすぐったいんですけどっ」
もぞもぞする私を抱きしめたまま、
「もう、ユリナとの時間も終わってしまうから、充電しとかないと」
と、名残り惜しそうに私の首をちゅっと何度も何度もキスをする。
「もうっ! 誰かに見られたらどうするんですか?」
「……今更なことを。一週間も俺と過ごしていて、ユリナと俺の関係を知らない侯爵家の人間は居ないと思うけど?」
「それはそうですが……っ。きゃぁっ!」
ぞわっとした感覚に、私は思わず声を上げる。
クランド様が軽く私の首筋をなめたのだ。
クスッと笑うクランド様の声が耳元で囁く。
「心配しないで。今日は痕、付けないようにするから」
「そうゆう問題では……ぁっ」
ぞくっと、また首を刺激されて私は身震いする。
「あ! 見えないところなら、いい?」
「っ! ダメですっ!!」
パシンっ
と、クランド様の腕から逃れた私の手が、クランド様の頭をはたいた。
「……あ」
叩かれたことと、叩いたことに驚いて、私たちは見合ったままお互いに動きを止める。
クランド様を、叩いてしまった……。
「……すみません」
う、子犬みたいに見上げられてる……。
「さっき、キールも今みたいに叩いてたね」
と、クランド様は声に出して笑いながら言った。
なんだか嬉しそう……?
「あ、あれは……、嬉しくて、つい?」
「じゃあ、今のは?」
「……恥ずかしくて、つい」
「……」
クランド様はフッと表情を緩めると、私の腕を引っ張って、私を胸で受け止めた。
「さっき、キールと仲が良さそうで、妬けました」
「え?」
「年が近いと、あんな風にじゃれあえるのかと……」
「じゃれ合う? 私とキール様がですか?」
「そんな風に、見えました」
「……それは、クランド様の目がお悪かったのでは?」
嫌味のつもりで言ったけど、クランド様は笑っている。
「でも、笑顔で駆け寄ってくれる君を見て、嬉しかった」
きゅっと、私を抱きしめる腕に力が込められる。
「好きだよ、ユリナ。俺を選んでくれて、ありがとう……」
暖かな温もりが、ふんわりと私を包み込んだ。
「クランド様」
「ん?」
「それは、私も同じです」
私はクランド様の胸に顔をうずめる。
「私も、クランド様が大好きです。私を受け止めてくれて、ありがとうございます……」
クランド様が言った、明日、とは、皇太子妃が決まる、今日、のこと。
私の知っている物語とはかわってしまったけれど。
今日、アイリスが皇太子妃に、なる。
リナは、あの事件で皇太子妃候補を辞退した。
そして、あの日クランド様を刺した同じく皇太子妃候補だった伯爵令嬢は、修道院に送られ、家族は爵位と家財を没収され、地方に送られた。と言う。
未来の皇太子妃を襲ったわけだから、それにしては寛大な処置だった。
「……」
私とキールはクランド様に言われた通り、二人で王宮に向かっている。
キールはもう、私と居ても嫌な顔をしなくなった。
それがとても、嬉しい。
「あ、ウィリアムズ公爵令嬢!」
馬車が王宮に着き、キールのエスコートで馬車を降りている私の所に、いつかの騎士様が声をかけてきた。
「……あ、この前はありがとうございました」
と、私は丁寧に会釈をする。
彼も丁寧に私に挨拶すると、ニコニコ笑顔で尋ねてきた。
「覚えててくださったんですね?」
「……」
騎士の方は、こんなにも人懐っこい方が多いのかしら?
と、首を傾げながら。
「お陰様で、ライアンお兄様の結婚記念日は、無事に過ごせました」
「そうですか、よかったです」
「……」
彼はニコニコしながら、その場を離れる気配もない。
「あの? 私に何か御用でしたか?」
「あ、ハイ。国王陛下と皇太子殿下より、ウィリアムズ公爵令嬢様がおいでになられたらお連れするように言われております」
「あ……、そうですか」
驚く私をよそに、彼は私の横にいたキールにも声をかけた。
「キール・バーナード様ですね? ご一緒に、どうぞ」
「……」
キールも私も、自分たちが国王陛下に呼ばれた理由を知らないので、戸惑うしかない。
ただただ、騎士の方の後に付いて行くだけだった。
連れていかれた、その先は。
国王の謁見の間。
国王陛下と女王陛下、お二人に見守られて、今まさに、皇太子妃が決まる直前だった。
私はすぐに、皇太子殿下の近くに仕えるクランド様とライアンお兄様の姿を見つけてしまう。
「……」
お仕事している姿も、素敵だな……。
「!」
思わず魅入ってしまっていた自分に気が付いて、頭を振った。
一晩離れていただけなのに、ずいぶん長い事会えてなかったような気がする。
離れたそばから、クランド様に会いたくなってしまっていた。
「あ……」
隣にいたキールから小さな声が上がる。
「皇太子妃は、アイリス・クラーク伯爵令嬢に決まりましたー!」
わ――――っ
と、回りから歓声、悲鳴、様々な声が上がった。
選ばれなかったご令嬢たちの泣き声や、叫び声が聞える。
無言で立ち去る人もいた。
「……決まったな」
「ええ……」
キールの言葉に、私は静かに頷いた。
この場にリナがいないことが、とても不思議な感覚だ。
物語の登場人物が欠けてしまった話は、とてもつまらないものだろう。
ヒロインを虐めていた悪役令嬢の目の前で、この瞬間を彼女に見せつける事ができないのだから……。
気が付けば、両陛下と皇太子、アイリスの姿はそこには無かった。
皇太子妃に選ばれなかったご令嬢たちに、すぐに立ち去れとは言わなかったのは、王室の配慮だろうか。
「……」
クランド様とライアンお兄様がこちらに歩いてくるのが見える。
「来たね、二人とも」
と、私とキールの前で立ち止まった。
あ、今日は正装なんだ。
クランド様がこの前とは違う騎士の姿に気が付いて、ドキッとする。
言葉もなく赤面してしまった私を見て、クランド様は微笑んだ。
「では、向かいましょうか?」
「国王陛下に、謁見ですか?」
「はい」
と、クランド様は私に手を差し伸べた。
その手に答えながら、私はクランド様を見上げる。
「……みんなで、ですか?」
ライアンお兄様も?
見上げた私に、クランド様はにこっと微笑み、無言でうなずいた。




