第19話
「……」
バーナード侯爵の応接間には、ライアンお兄様の姿があった。
「クランド、起きて大丈夫なのか?」
侯爵様が心配そうにクランド様を迎え入れる。
「ご心配をおかけしました。薬も効いているようですし、今のところは大丈夫です」
そう答えるクランド様に安心して、侯爵様はその顔を和ませる。
「ユリナちゃんも世話をかけるね」
と、私にも微笑んでくれる。
「イエ、私の方こそ。……いつの間にか寝てしまって」
「そうそう、しばらく君をうちで預かることになったよ」
「え?」
思いがけない言葉に、私は驚きの声を上げる。
「まあ、令旨でもあるんだけどね。皇太子殿下が君に怪我をしたクランドの世話を頼みたいらしいんだ。一週間、だったかな」
「……はぁ」
間の抜けた返事をしてしまう私の横で、ライアンお兄様が声を上げた。
「こっちでもいろいろあってな。急で悪いが、しばらくバーナード侯爵家に泊ってくれるか?」
「……いろいろ、ですか?」
「父さんたちは昨晩遅くにおばあ様の所に向かわれた。おばあ様の体調があまり良くないらしい。しばらく別宅で過ごすそうだ」
「えっ! 大丈夫なんですか?」
慌てる私に、お兄様は落ち着いて答える。
「ああ、問題はない。あと、俺もクランドにかわって皇太子殿下の業務に付き添うことになった。数日は騎士団の宿舎に泊る」
「そうですか……。でも、お義姉さまは?」
「……」
ん?
ライアンお兄様がジッと私を見る。
変な事聞いた?
「アリアは実家にしばらく行ってもらうことにしたよ」
「……そんな急に? あ……もしかしてっ!」
私が嬉しそうに声を上げるので、ライアンお兄様は呆れるように答える。
「……お前、そういうカンだけは昔からいいな」
「ふふふ」
二人で笑う様子に、バーナード侯爵は不思議そうな顔をした。
「ああ、実は、アリアのお腹の中に、子供がいるようなんです」
「えっ!」
「わぁ! おめでとう!」
クランド様の驚いた声と、侯爵様の喜ぶ声が同時に上がる。
「そうかそうか、おめでたいことが続くねぇ」
ニコニコする侯爵様に、ライアンお兄様は軽く頭を下げる。
「……」
何かおめでたい事続いたっけ?
私が疑問に思いながらも、お兄様のお話は続いた。
「ありがとうございます。そうゆう事で、ユリナの滞在許可は今、侯爵様にもらった所だった。アンにも、お前に付き添ってもらうよ」
「わかりました。おじさま、しばらくお世話になります」
「うんうん。ユリナちゃんは娘みたいなもんだ。好きなだけ居てくれていいよ。クランドの世話ができるよう隣の部屋を用意させたから」
「はい、ありがとうございます」
と、私は丁寧にお辞儀した。
ライアンお兄様を見送る為に、私とクランド様はバーナード家の玄関先まで足を運んでいた。
「皇太子殿下って、意外に世話焼きなんですね」
ぼそっとこぼれた私の言葉に、お兄様は苦笑する。
「……それ、皇太子殿下が聞いたら怒るぞ」
「……」
玄関では、公爵家から荷物を運んできたアンが待っていた。
入れ替わるように、ライアンお兄様が馬車に乗る。
手前で、私たちを振り返った。
「部屋に二人っきりだからって、ユリナに手を出すなよ」
と、クランド様に釘を打つ。
「……責任は取るから大丈夫だよ」
「~~~……」
軽く答えるクランド様に呆れて、はあ~と、ライアンお兄様は大きなため息をついた。
「ほどほどにな」
呆れて帰るライアンお兄様に、クランド様は、笑顔で手を振って答えている。
ほどほどって……、なに?!
「アン」
「あ、ハイ!」
名前を呼ばれたアンが、緊張と共に大きな声を上げた。
「くれぐれも、ユリナとクランドを同じ部屋で一晩過ごさせるなよ。まだ、嫁入り前だ」
「は、はいっ!」
お兄様はいろいろ釘を刺して、バーナード侯爵家を後にした。
「クランド様っ、ユリナ様っ! ご安心をっ!」
「へ?」
「私、黙ってますからっ!」
アンがまた訳の分からない事を言い出して、小さく両腕に力を入れる。
それを見たクランド様は、アンに向かって満面の笑みを浮かべていた。
トントン
お部屋の扉をノックすると、クランド様の返事が聞こえたので、私は中を覗き込んだ。
窓際の椅子に座って、読書するクランド様の姿が目に飛び込んでくる。
外の日差しにキラキラと照らされて、クランド様が光って見える。
「……」
その横顔も、素敵……。
騎士の服以外のクランド様は、とても新鮮だ。
胸元の肌が見えて、ドキドキしちゃう。
見とれている私に気が付いて、クランド様は笑う。
「入ってきたら?」
「あ、……お邪魔します」
「……荷物は片付いた?」
「ハイ。一週間ぐらいなので、たいした荷物はないです」
「そう? 一週間もユリナと過ごせると思うと、楽しみだよ」
と、クランド様は微笑む。
その後ろの窓からの日差しで、その笑顔が神々しい。
「……、家具が増えましたか?」
「あ、ああ、そうだね。さっき執事が持ってきてくれたよ。ユリナがこの部屋で過ごすことが増えるだろうからって」
ベッドだけだった殺風景なお部屋に、ソファーなどのくつろげるスペースが出来ていた。
「……」
「どうかした?」
「……皇太子殿下に、クランド様のお世話するように言われましたが、こちらの人たちにご迷惑掛けただけな気がします」
クランド様は机に手にしていた本を置くと、私の所に近づいてきた。
「んー、殿下の意図には反してないから、大丈夫だと思うよ」
「意図、ですか?」
クランド様は私の手をとって、ソファーに座る。
「……あの、一人で座れます」
「えー」
「……」
私を自分の膝の上に座らせるのをあきらめて、クランド様は渋々立ち上がった。
「そろそろ、慣れてもらわないとなぁ」
と、クランド様は呟きながらソファーに座った私の横に座る。
「一週間、あるからね。ゆっくりね」
「……っ」
意地悪に笑うクランド様に、ドキッとしてしまった。
「……皇太子殿下の意図って、何ですか?」
話を戻す私に、クランド様は小さく笑う。
「殿下は多分ね、俺におとなしく静養してほしいんだと思うよ」
「……それで、どうして私がお世話係に?」
「うん、ユリナが近くに居れば、俺が無理して動く理由のほとんどが無くなるし」
「……?」
「ユリナに会いに行っちゃうでしょ? 大人しく、早く怪我を治せって事だね」
「……毎日お見舞いに来るのに?」
「でも、結婚前のご令嬢が頻繁に出入りするのは問題でしょう?」
「……そうですね」
クランド様は私の髪で遊び始める。
「……普段、お休みの日は何をされているんですか?」
「んー、ユリナの所に行ってた」
「え? そうなんですか?」
「後は庭で過ごしてたかな。身体動かしたりして」
「身体を動かすのは無理ですね……、怪我が治るまでは」
「そうだね……。ユリナが近くに居てくれたら、俺は十分だけど?」
と、今度は私の手を取り、指先や手首、手の甲をキスし始めた。
くすぐったくて、恥ずかしい。
それに、なんか色っぽく見えてしまうのは、どうしてだろう……。
変にドキドキしてしまう……。
「?」
スっと、クランド様は私の手首に何かを付けた。
「指輪はなんか露骨すぎてどうかと思ったので。俺の、大事な人に、俺の瞳と同じ色の宝石」
「……」
それはキラキラ光る青い宝石がちりばめられた、上品なブレスレットだった。
「……」
わぁ……っ。素敵……。
「ありがとうございます。……大事にします」
はにかむように微笑んだ私に。
「うん」
と、クランド様も微笑んだ。
微笑んだかと思うと、うなだれた。
「はぁ~、キスしたい」
「……っ」
「ユリナを離したくない。ずっと、抱きしめてたい~~~……」
「……」
「あー……つらい」
クラウド様から、変なトーンの声が上がっていた。




