第18話
「……」
馬車の中で、クランド様は大きなため息をついた。
「ライアンの奴、ここまでグルグルにしなくても……」
「……そう、ですね」
私はクランド様を見て思い出しては苦笑してしまう。
なぜなら、クランド様は応急手当されたのだけど、ライアンお兄様に、
「こいつは絶対腕を動かすから、右腕ごと固めろ」
と、部下に指示され、怪我をした右肩と腕を含めて包帯でグルグル巻きにされてしまったのだ。
おかげで右腕は思うように動かせないみたい。
「けど、大きな誤算でした」
「……?」
再び、クランド様は大きなため息を吐く。
「まさか刺されるとはね。目測をあやまったかなぁ」
「……」
「残念です」
と、今度は向かいに座った私をジッと見る。
「……?」
「怪我しなければ、今、ユリナとイチャイチャできるのに」
「……イチャイチャ?」
「最近会えていなかったから、ユリナが足りないよ」
さっき、いっぱいキスしたばかりなのに……。
「休みが欲しい。ユリナと過ごす、お休みが……」
怪我して何かが緩んだのかしら?
顔が引き攣ってしまう。
あ……。
「……クランド様、もしかして、冗談言ってないといけないぐらい、痛いの我慢してますか?」
「……っ」
明らかに動揺した素振りを見せるクランド様の姿に、私はグッと目にたまる涙をこらえる。
「図星ですか……」
「……ユリナに、そんな顔してほしくなかったんだけどな」
と、クランド様は困ったように笑う。
「こっち、来てくれる?」
「……」
「片腕では、馬車が揺れたりした時、ユリナを支えられるか心配で、ユリナを引き寄せられないんだよね」
「……」
「だから、ユリナから来て。ここに」
と、グランド様が左手を私の前に伸ばした。
「……」
私は、クランド様の手を取り、クランド様の左ももの上にちょこんと腰を下した。
なんだろう、この異様な恥ずかしさ……っ。
いつもは心の準備もなにも、いきなり抱き上げられていたから、こんなに緊張することはなかったのに。
「落ちないように支えてあげるから、逃げないでね」
と、クランド様の左腕が私の腰に回された。
「……逃げたことなんてっ」
「そう……? キスの時、いつも身体が引いてるけど」
「そ、それはっ……、クランド様がは、はげしいから」
ぶるっと震える私に、クランド様が微笑む。
どくどくどくどく……
胸の鼓動が早くなっていくのが、わかる。
「だって、ユリナとのキス、気持ちいいから」
こつんと、私のおでことクランド様のおでこが引っ付いた。
ち、近い……。
「ユリナ、キスしよ」
「……え?」
「ユリナから、して」
「……」
息が止まるのではないかと思うほど、胸が跳びはねた。
クランド様のとろんとした瞳が、色っぽくて……何も考えられなくなる。
「……ダメ?」
ブンブンと、頭を横に振る。
「ダメじゃ……ない、です」
ど、どうしよう、口から心臓が飛び出そうだ。
「ユリナがキスしててくれたら、痛みもきっと忘れられるから」
「……ほんとに?」
「うん、ホント」
そっと囁くクランド様の首に腕を回して、私はクランド様に甘いキスをした。
バーナード侯爵家に馬車が着いたときには、すでに知らせが届いていたみたいで。
玄関先にはお医者様とバーナード侯爵夫妻が待ち構えていて、クランド様は早々に連れていかれた。
また、馬車から降りた血がついた私の手や顔、髪に驚いて、侯爵夫人は湯あみと着替えを用意してくれた。
お互い、血まみれの手で密着したせいか、いろんなところに血が付着していた。
「……」
友理奈の時は、この血を見るのも怖かった。
流れる血が止まらなくて、恐怖を感じた時があったのかもしれない。
友理奈の記憶がひどく心を不安にさせる。
でも、こちらの世界の人たちは、友理奈の世界の人たちと違ってずいぶんと強い。
同じように怪我もするし、病気もするが、治るのがとても早い。
友理奈の世界で二週間かかる怪我は、こっちでは一週間足らずで完治する。
あの、野犬の事件の時もそうだったけど、今回のクランド様の怪我も、一週間もすれば治ってしまうだろう。
お医者様は処置が終わると、明日また来ます、と、早々に帰って行った。
今は怪我の処置をするために服用した薬で眠っているらしい。
「あの、クランド様に付き添ってもいいですか? ライアンお兄様が迎えに来るまで」
私の申し出に、バーナード侯爵夫妻は快く頷いてくれた。
お医者様が去った後の、クランド様のお部屋に足を踏み入れる。
「……」
クランド様の部屋に入るのは、初めてだ。
ちょっと、緊張してしまう。
ベッドだけの殺風景なお部屋。
家に帰るのは、寝るためだって言ってたことを思い出し、笑ってしまった。
窓際に置かれた椅子が目に入って、私はベッド近くに運んで、眠っているクランド様の顔を眺めることにした。
「……」
護衛の仕事は、身をもって対象を護ること。
いくら秀でた才能を持っていようと、主君を護るためにはその身すら犠牲にする。
「……」
でも、今回、クランド様は誤算だって言ってた。
私なんて気にせず、すぐに飛び出して行っていたら、怪我をすることなくあのご令嬢の攻撃を受け止めれたかもしれない。
そもそも、ちゃんと殿下の傍に居れば……。
それをさせてしまったのは、私。
「……」
だからどうか、
クランド様の怪我が、
後遺症もなく、
無事に治りますように……。
「ユリナ……」
「……?」
名前を呼ぶ声に、私は目を覚ました。
クランド様の寝顔を見ながら、私も眠ってしまったの?
「……おはよ」
ベッドの上に起き上がっていたクランド様の優しいまなざしが飛び込んできた。
「……おはよう?」
身体を起こした私の肩から、ひざ掛けが落ちる。
「あ……」
「母さんか誰かがかけてくれたみたいだね」
「……。もう、朝ですか? ライアンお兄様は?」
状況を読み取れない私は、ひざ掛けを拾いながら困惑する。
「……俺もさっき起きた所だから。後処理でもめたかなぁ」
「……。起きてて、大丈夫ですか?」
「うん。まだ痛みはあるけど」
「……」
寝起きだからだろうか。
はだけた衣服の隙間から見える胸板が、色っぽくてドキドキする。
また、肩から胸にまかれた包帯が、色気を増すのはどうしてだろう。
「状況を確認しに、父さんの所に行こうと思うけど、一緒に来る?」
「あ、ハイ……」
ベッドから降りるクランド様の邪魔にならないように、椅子をどける。
「わ……っ」
クランド様は立ち上がると、片腕を私の腰に回し自分の方に引き寄せた。
「朝起きたらユリナがいるなんて、幸せ」
と、キスをする。
「……っ」
寝ぼけている私の頭が、一気に沸き上がった。
うわっ、私、よだれ垂らして寝てなかったかな……?
恥ずかしい……。
「さっ、行こうか」
恥ずかしがる私に微笑んで、クランド様は部屋の扉を開けた。




