第17話
「そういえば、今日はキール様の様子がいつもと違ったのですが、何か助言でもされましたか?」
思い出したように尋ねる私に。
二人でいるのにキールの話?
と、言わんばかりのまなざしが向けられたが、
「……今日はいい機会なので、いろいろ現実を確認してこい、と」
ため息と共に答えてくれた。
「……現実、ですか」
「キールは、偏見の塊だったので。恋に盲目だったのもありますね」
「リナのことですか?」
「あと、君のことも」
「ああ……」
私の言葉をすんなり受け取ったのも、クランド様の助言があったからなのかな。
でも、少し仲直りができたみたいで、嬉しかった。
「……」
「クランド様?」
急に視線を上げたクランド様が、私の唇に人差し指を当ててにこっと微笑んだ。
静かにってこと?
誰か来たのかな?
耳を澄ます私たちの元に、微かな話声が聞こえる。
こちらに近づいて来てくる足音もした。
ちょうど、植木に隠れて私たちの姿は見えないだろうけど。
庭の歩道を歩いて行く音がする。
「声、出しちゃダメだよ」
そう、私の耳元で囁きながら、クランド様はそのまま私の耳を甘噛みする。
「っ!」
ゾクゾクする刺激に声が出そうになって、私は慌てて口を抑えようとするが、
その手を捕まれて、そのまままた、クランド様にキスで口を塞がれた。
甘い声が漏れそうになるのをこらえながら、私たちは誰かが近くを通り過ぎるまで唇を重ねていた。
「……ぁ」
小さな息をついて、私はしばらくクランド様の胸と腕の中でボーとしていた。
クランド様とのキスは刺激的で、
ドキドキして、
力が抜ける感覚がぞわぞわして、
余計に力が入って、
……疲れる。
ふと、目に入るクランド様が優しく微笑んだ。
ああ、クランド様が微笑むだけで、胸がドキドキする。
身体が、熱くなる。
「……?」
少し前から、クランド様の雰囲気がかわったように感じる。
何かに気が付いて、気を張っている感じ。
私を気にかけてくれてはいるんだけど……。
あっ!
そうだった……。
お兄様に任せたとはいえ、クランド様は今お仕事中だった。
「……あ、あの。仕事に戻られますか?」
ヒソヒソと私が尋ねると、クランド様は苦笑する。
「護衛は、近くに居るだけが仕事ではないので」
「……?」
不思議そうな私にクランド様は、あっち見て、と私に視線を促した。
私たちは木陰に、植え込みに隠れたように潜んでいたが。
「あ……っ」
その植え込みの反対側に白いベンチがあって、皇太子殿下とアイリスの二人が座って楽しそうにおしゃべりしていた。
「……お兄様は?」
近くに護衛がいないことに気が付いて、私はきょろきょろと辺りを見渡すが、ライアンお兄様の姿はおろか、他の騎士の姿もない。
「殿下のことだから、また逃げたか、下がらせてるか……」
と、クランド様は苦笑する。
「……」
ああ、盗賊に襲われた時も、クランド様から逃げてたんだっけ。
「近くには居ると思うんだけどなぁ……」
と、困ったように呟いた。
「……サボってること、怒られます?」
「ん? ユリナが気にすることではないよ」
と、クランド様は私の額にキスをする。
「パーティーを抜け出してイチャイチャするなんて、良くあることだしね。それを装うのも、いいかもよ」
ふふっと、クランド様は微笑んだ。
「けど……」
「?」
「……ここで殿下とアイリス嬢は、なぁ、まずいかな。キャンベル侯爵が怒るだろう」
「……」
はは、自分はさておき、人のラブシーンはあまり見たくないけど。
「……」
主役の二人は、何においても絵になるな。
さっきのダンスもそうだったけど。
ああ。でも、いい雰囲気です。
キスでもしちゃいそう。
私は思わず顔を覆ってしまう。
しかし。
「ユリナ」
「?」
「ここにいてよ」
と、クランド様は私を膝の上から退かせると、サッと駆け出す体勢に入った。
「え……」
クランド様はそのまま私を置いて、アイリスたちの方に駆けていく。
何が起こったのか、最初は理解できなかった。
クランド様が慌てて飛び出していったのは、どうしてだったのか。
「え……?」
私のその視界を、険しい表情で遮った人がいた。
「どうしてあなたばっかりっ!」
「!」
「……っ」
彼女が振り上げたナイフが、アイリスをかばう皇太子殿下の前に出たクランド様の肩に突き刺さっていた。
「クランド様っ!!!」
私の、悲鳴に近い声が響いた。
カランっと、彼女が手にしていたナイフが落ちる音がする。
そのナイフには、クランド様の血が付いていた。
肩を押さえ膝をつくクランド様に、私は慌てて駆け寄る。
「クランド様……っ」
驚きと不安で顔をゆがめる私に、クランド様は微笑んで見せた。
「大丈夫だから……」
ナイフを突き立てた女性はどこからかやって来た騎士の人たちに取り押さえられ、皇太子殿下とアイリスはライアンお兄様たちに保護されている。
「殿下は?」
「……大丈夫です。とりあえず、傷口を抑えてください」
私はクランド様をベンチに座らせると、肩から流れる血をハンカチで強く押さえた。
「……血で、汚れちゃうよ」
クランド様の手も、私の手も、すでに血が付いている。
「……クランド様の血ですから、大丈夫です」
引き攣る私の笑みに、クランド様も力なく微笑み返した。
私たちの後ろで、ライアンお兄様の的確な指示が飛ぶ。
「……クランド様は、怪我してばかりです」
「そうかな……? たいした傷でもないのに、ユリナは心配しすぎだなぁ」
泣き出しそうな私に、クランド様は困ったように笑う。
「ユリナが無事で良かった」
「……そもそも、私は狙われていません」
「うん」
クランド様の手が、私の髪を撫でようとして躊躇する。
「ユリナ」
「……?」
ライアンお兄様に名前を呼ばれて、私はお兄様を見上げた。
「悪いが、ウィリアムズの馬車でクランドを送ってくれるか?」
「……はい、わかりました」
「俺はこのままクランドの代わりに殿下たちを王宮に連れていくことにする。医者も手配するから、バーナード侯爵家でお前も付き添え。こっちが終わったら、迎えに行く」
「……はい」
頷く私を見て、ライアンお兄様はそのまま殿下と共に去って行く。
騒ぎを聞きつけてやって来たキャンベル侯爵閣下が、とても青ざめているのが見えた。




