第16話
「……」
踊っている……。
私は目の前の光景に立ち尽くして眺めるだけだったが、内心、ちょっとパニックだった。
この展開は、考えていなかった。
あの絵本と内容がかわりすぎてない?
この前提がなくなってしまったら、今後のお話は、どうなるの?
私は、嫌々ながらリナとダンスを踊る皇太子殿下を眺めて考え込む。
本来、このリナの誕生日パーティーは、リナにとって屈辱的な物語の一場面。
主役の自分を差し置き、アイリスが皇太子殿下とダンスしたことに嫉妬したリナは、ついカッとなってアイリスを突き飛ばしてしまったところを、皇太子殿下がアイリスをかばい、リナを責める……。
物語のお決まり展開。
ヒロインと悪役令嬢の最大の見せ場!
だったはず。
なのに。
「……」
なに、これ。
皇太子殿下、アイリスに説得されてリナとダンスしてんじゃんっ!
さっきキャラじゃない発言したかと思ったら、しっかり、皇太子の立ち位置理解してるじゃないっ!
「……」
はぁ~、と、私は頭を抱える。
これはもう、あの絵本とは設定が同じだけで、違う世界だ。
リナが皇太子殿下とダンスを踊ったなら、嫉妬してアイリスに絡むことはないだろうし。
一曲目が終わると、皇太子殿下は早々にリナから離れ、アイリスと二曲目を踊るようだ。
リナは……。
さっきまで私の傍にいたキールが、ダンスを申し込んでいる。
「……いつの間に」
呆れるというか、感心するというか……。
呆然とする私の耳に、ご令嬢達のヒソヒソ声が届いてきた。
「バーナード卿とウィリアムズ卿だわ。いつ見ても素敵ね」
「今日も皇太子殿下の護衛なのかしら?」
「残念だわ。毎回、ダンスをご一緒したいと思いますのに」
「……」
クランド様と、ライアンお兄様が話題に上がっているようだ。
痛いほど視線を感じてはいたが、この二人へのものが半分以上は有りそうだと、私を挟むように立っている二人を見上げる。
「……」
確かに、二人は絵になるイケメン。
友理奈の時は縁が無かったイケメンたちに囲まれて、もう、それだけでもこの世界に来れてよかったかも?
と、笑ってしまう。
それに気が付いたクランド様が、私を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「……クランド様も、お兄様も、素敵だな。と、思いまして」
「……」
「……?」
「はぁ。ここで君を抱きしめられないのが、残念です」
「っ!」
驚く私に、クランド様はたたみかけた。
「ユリナの可愛さを、独り占めしたい」
「ひとりじめ……?」
もう、十分独り占めされてる気がしますが。
「いつか、堂々と君をエスコートをできる日がくるといいですね」
にこっと微笑んだ姿に、私は赤くなって言葉を失ってしまう。
「ああ、でも」
「……?」
「舞踏会では、他の人とダンスしたら、ダメだよ」
「え?」
クランド様は、私の耳元に囁いた。
「ユリナは、俺以外に触らせない」
「……っ!」
クランド様を見上げる私に、クランド様はにこっと微笑んだ。
「お前たち、俺が近くに居ること忘れんなよ」
呆れたようにこぼれるライアンお兄様の声に、ビクッと身体が反応してしまった。
「なんだ、ライアンも居たの」
「お前なぁ……。ユリナに手を出すなよ、こんなところで」
「可愛いからなぁ……否定できない」
私の隣で、クランド様が苦笑している。
「って、だいたいお前、そしらぬ顔してなにユリナの隣に来てるんだ? 勤務中だろ?」
「ん? さっきまで皇太子殿下はここに居たから」
フッとライアンお兄様に笑って見せる笑みに、思わず私の胸が高鳴った。
「俺は少しでも、ユリナの近くに居たいので」
「……」
二人の会話が私の頭上で繰り広げられている。
「お前は……。そんな歯の浮くような言葉ばっかり言いやがって」
「俺は本心をちゃんと伝えるタイプでしょ?」
「いままで隠してきたくせに?」
「それは、ユリナが俺を受け入れる前の話だろっ」
「……」
クランド様の言葉遣いが雑になってきた……。
なんか恥ずかしいし、移動しよ。
こそっと抜け出そうとした私の腕を、クランド様が掴んだ。
「っ!」
「なに逃げ出そうとしてるの?」
「え……っ、に、逃げ出すつもりは……」
引き攣った笑みを浮かべる私に、クランド様はため息を付く。
「ごめん」
パッと腕を離されて、どうしてか胸がキュッと苦しくなった。
クランド様の視線は、早々に皇太子殿下に移っている。
「……」
勤務中、だからだし、周りの目もあるから、強くは出れないけど。
「あの、……本当に、逃げ出すつもりじゃ、ないんです」
と、私は俯きながらクランド様の袖を引っ張った。
「ぐ……っ」
なんか、声にならない声が上から聞えた気がする?
「……ライアン」
「ハイハイ。殿下は俺が見とくよ」
「?」
クランド様の押し殺した声と、お兄様の呆れた声がしたかと思ったら、私はクランド様に手を引っ張られて、会場から外に連れ出されていた。
「……んっ」
庭の大きな木に私は押し当てられると、そのままクランド様の激しいキスを必死に受け入れている。
ひんやりとした空気が、火照った身体には気持ちがよかった。
こぼれるお互いの荒い吐息だけが、耳に届く。
クランド様の唇が私の耳に触れて、ゾクゾクッとしたところで、クランド様が私の肩に頭を乗せた。
「……」
はぁっと、解放された私の一息が漏れる。
「……」
頭がぽーとする中。
「……ドレス、脱がしたい」
「え……っ!」
「はあ! 勤務中じゃなければ!」
グっとクランド様は顔を上げ、小さく叫んでいた。
「……勤務中じゃなくても、こんなところで脱がされるのは嫌ですっ」
私は思わず自分の胸元を隠す。
「……」
そんな私に、クランド様がいつもの笑みを浮かべた。
「……外じゃなければ、いいんだ?」
「な……っ」
思わず目を見開いてしまう私に、クランド様は声を出して笑っていた。
「ライアンには悪いけど、少しユリナと話しをしてもいいかな」
と、そのまま座り込み、私を自分の膝の上に座らせる。
「……誰かに、見られたら、困るのでは?」
「ん? 大丈夫だよ」
チュッと、クランド様は私の頬にキスをする。
「はあ、毎日会えないのは、つらいね」
と、私を抱きしめた。
王宮デートをしたのは、何日前だっただろう?
「ちゃんと、ここが隠れるドレスで来たんだね」
と、クランド様は意地悪に私のうなじを指で叩く。
「……クランド様のせいですよ」
「うん、知ってる。このドレスも似合うけど、ユリナの肌に直接触れられないのは……なぁ。キスマークなんて、付けるんじゃなかった」
と、うなだれた。




