第15話
リナの誕生日パーティーは、皇太子妃候補だけあって、盛大に、華々しく行われていた。
「……」
そんな中、慣れないことをしているせいか、私の隣でキールはソワソワしていた。
めずらしくリナの元に向かわず、私の傍にいるキールを不思議に思い、私は観察している。
そして。
「リナの所に、行かなくてもいいのですか?」
私が声をかけると、不機嫌そうにしながらも、キールは答える。
「まだ一応、あなたの婚約者なので……」
と、ぶっきらぼうにしていたが、私を突き放す態度ではない。
「?」
どんな心境の変化なのだろうか。
お前ではなく、あなたと、私を呼んだ。
ついさっき、公爵家でさんざん私を罵倒してきたこの、キールが……?
「……」
本当に、改めてみると、彼は整った顔をしている。
クランド様の弟だから、嫌いな顔ではないんだ。
こんなにじっくりと、彼の顔を見る機会があるとは……。
友理奈の記憶が蘇らなければ、キールと私の関係はここまでこじれることはなかったかもしれない。
そして、お互い当然のこととして、キールと成婚していてもおかしくない。
「……」
でも、やっぱり……。
私はクランド様がいい。
あの青い瞳で見つめられるドキドキと。
あの手で触れられる温もりを。
私は知ってしまった。
あの瞳で、あの手で、私を受け止めてもらいたい。
私が胸をときめかせるのは、クランド様だけ……。
「……噂を聞いた」
「うわさ?」
急に掛けられた言葉に驚き、私はキールを見上げる。
「ユリナ嬢には、心に秘めた想い人がいる、と」
「……なに、それ」
サァー……と、血の気が引いて行くのがわかる。
なんで、そんな噂が……。
「だから、俺がリナ嬢に必死にアピールしていても、あなたは動じず、俺を応援しているのだと」
ジッと見下ろされる瞳に、私は首をかしげる。
「……応援? それ、本当にうわさ話ですか?」
貴族の噂はだいたい悪意のあるものが多く、キールが今言ったようなきれいごとが噂されるなんて、到底思えない。
「……」
不審そうな私に、キールが笑う。
「俺も、そう思う」
「……」
な、なんだ?
笑った? 私に?
「……けど、先ほど馬車であなたの言葉を聞いて、本当ではないかと思った」
「え……?」
「本当なら、俺の今までの行動はあまりにも幼稚で、軽率で、……あなたの想い人が受けるあなたへの印象が悪くなるのではないかと」
「……」
ああ、そうだ。クランド様も言っていた。
本来のキールは心優しい青年。
だからこそ、不器用に生きていた。
それを忘れてしまうほど、私たちの関係は悪化していたのか。
「……そこまで、思いつめる心配はありません」
「……」
「確かに、私も婚約者でないお方に想いを寄せておりますが。彼との関係は悪化しておりませんので。むしろ、仲が悪いと噂になったことで近づけたと言うか……」
「……?」
クランド様を思い、胸に手を当てる私を、キールは不思議そうに見下ろしたが、
「そうか、……なら、よかった」
と、安心したようにその表情を緩めた。
「……」
ふふっと、私は声に出して笑ってしまう。
「なにかおかしかったか?」
「いえ。こんなにお互い、穏やかに言葉を交わす日が来るとは、思いませんでした」
「……すまない」
「本当は」
「……?」
「少し、反省しておりました」
「何を?」
「私の、キール様への態度です。年上の、婚約者様にする態度ではございませんでした。お詫びいたします」
私は丁寧に、キールに頭を下げた。
「な、なにおっ」
慌てるキールを見て、私は微笑んだ。
本当に、あなたには幸せになってもらいたいと。心から思えるように、なった気がする。
そこに。
「ユリナお姉さまっ!」
焦るように姿を現したのは、今日の主役、リナだった。
「お二人はいつの間に……」
震える彼女は、私とキールが普段と違う様子に何かを感じ取ったようだった。
嫉妬……?
それはまだ早いはず。彼女はまだ、皇太子殿下を想っている。
なら……?
お気に入りのモノが、取られる不安。
って、ところか。
「今日の主役がそんなに焦って……。今日もリナは素敵ですわね、キール様もそう思うでしょ?」
「……あ」
自分を見つめるキールに気が付いて、リナは頬を染める。
「……」
ピンクの空気が流れてきそう……。
リナが安心したところで、私は去るかな。
二人から視線を逸らした時、ざわざわっと声が上がった。
ざわつく会場に現れたのは、皇太子殿下ご一行。
「!」
く、クランド様……っ!
私の瞳に真っ先に飛び込んできたのは、舞踏会仕様の騎士の服装で、皇太子殿下の後ろを歩くクランド様のお姿。
ドキドキと胸の鼓動が早まった。
仕事モードのクランド様も、かっこいい……。
クランド様は私の姿に気が付くと、にこっと微笑んだ。ように、見える。
「……」
私に……気が付いた?
仕事モードの時は、クランド様は結構無表情なので、私の目の錯覚かもしれない。
皇太子殿下はキャンベル侯爵に形だけの挨拶をすると、きょろきょろし始めていた。
リナは私に挨拶すると、慌てて皇太子殿下の元に急ぐ。
その様子を、ちょっと寂しそうに見送るキールが、なんだか切なかった。
「あれは、アイリス嬢を捜してるな」
呆れたライアンお兄様の声がして、私は振り返った。
その陰に、アイリスが隠れるように立っている。
「……ウィリアムズ卿がなぜアイリス嬢のエスコートを?」
キールがライアンお兄様を驚いて見上げる。
「ん? 殿下が既婚者じゃないとダメだとおっしゃるんでな」
「は……?」
ライアンお兄様の言葉を理解できず、キールは唖然としている。
「で、アイリスさんはなぜ隠れてるの?」
私がライアンお兄様の陰にいるアイリスを覗くと。
「……今日の主役はリナさんなので、皇太子殿下に見つかるのは、困るんです」
と、ソワソワしていた。
「……そうね」
私はアイリスの返答に納得し、皇太子殿下を見た。
「でもね、ライアンお兄様が目立ってるから、無理だと思うわ」
「……」
「え……?」
ライアンお兄様と、アイリスの助けを求める瞳が私に向けられたが、すでに遅かった。
皇太子殿下はライアンお兄様を見つけると、アイリスの姿を確認し、迷わずこちらに駆け寄ってくる。
「アイリス!」
「……」
その場に残されたリナはもちろん、キャンベル侯爵もいい顔はしていない。
「皇太子殿下に、お目にかかります」
諦めたアイリスと私たちはお辞儀をする。
しかし、殿下の目には私やキール、ライアンお兄様の姿さえうつっていない。
「アイリス、一緒にダンスはどうだ? 練習の成果を皆に見せつけるいい機会だぞ! 舞踏会の予行演習にもなる!」
「殿下! 今日はリナさんのお誕生日パーティーです。リナさんと最初に踊るべきですっ!」
アイリスにはっきり断られて、皇太子殿下はつまらなさそうな顔をする。
「……」
その様子を、キールは呆然と見ていた。
「……アイリス嬢が皇太子殿下に色目を使って近づいていたのでは???」
「……」
誰からそんな事聞いたの?
と、呆れる私の横で、キールはブツブツ呟いている。
そして。
殿下も殿下で。
「俺は、アイリスとしか踊らないっ!」
と、叫んでいた。




