第14話
そして、リナの誕生日会当日。
「……」
キールが嫌々ウィリアムズ公爵家にやって来た。
アンや使用人たちのあからさまな敵意が込められた視線が、キールに集まっている……。
その嫌々って、周りみんながわかるあからさまなその顔、どうにかならないのかな。
リナの誕生日パーティーのエスコートを、婚約者として、お願いしたのだから。
エスコート役としてパーティーに参加すれば、会場に居ても不思議ではない。
そう思った私の好意を、どうしてこの人は嫌な気分にさせるんだろう。
「……言いたくないですが、なぜそこまで露骨になさるのですか? 嫌なら断ればいいでしょうに」
と、冷めた目線でつい口走ってしまった私に、キールが切れた。
「俺はその! お前の高圧的な態度が気に入らないんだ!」
「……っ」
何、そんなにイライラしてるのよ?
私の婚約者としてリナのパーティーに参加するのが、そんなに嫌なの?
キールの怒鳴り声にびっくりしてしまい、私はのけぞった。
今も何か言ってるけど。
「……」
何を言っているのか、ほとんど耳に入らなかった。
けど、嫌われる理由がわかった気がする。
私はキールから目を逸らし、頬をかく。
そう、だった。
キールが私のことを露骨に嫌がり、避けるようになったのは、私が前世の記憶を思い出した頃だ。
この世界とは違う前世の記憶は、衝撃的だった。
それに気が付いたとき、私のユリナとしての心は崩壊した。
娯楽が何もなく、心とは裏腹な貴族の世界。
周りすべてのものが受け入れられず、何もかも面白くなくなった。
記憶と心が混同し、私自身の対処もうまくできない中で、私は、不器用に生きる目の前のキールにもどかしさを感じ、苛ついていた。
そして、いつも指示し、導いているつもりだった。
教師が生徒に接するような、そんな感覚。
確かに、高圧的な態度かもしれない。
しかも。
キールからしてみれば、年下の少女から常に間違いを指摘され、指示され、みんなの前で婚約者を引き立てない私を嫌うのは無理もない。
さらに、思春期!
周りの目が気になるお年頃……。
まあ、あの頃は私も自分の感情がコントロールできず。
何でそんなこともわからないの!
って、さんざん言ったなぁ……。
私は親切に教えてるつもりだったけど、キールはそれが嫌だったのだろう。
「……」
今はもう、私も落ち着いて、この現実を受け止めている。
だから、目の前でキールが私の悪口を喚き散らしていても、気にならない。
むしろ。
「……」
ごめん。
あまりにも反抗されるから、だんだん言い方がキツくなってこじれてしまった現状は、反省します。
と、言葉に出さず反省し、一呼吸置く私に、キールは少し怒りを抑えたように見えた。
周りの敵意むき出しの視線に気が付いたのかもしれない。
公爵家で私の悪口を言っていては、キールが不利になるだけだろうに。
「……」
ん?
今、私の心に何か引っかかった。
あの頃には、もうクランド様は私を理解し、気が付いていてくれた。
キールと言い合いになったり、一方的に責められた後は、必ずと言っていいほど、クランド様がフォローしてくれて……。
「……」
ああ、思えば、クランド様って。
いつも、私のそばに居たんだ。
「な、なんだよ…っ!」
私は目を見開いてキールを見てしまっていた。
それに怯えたキールが強がって私を警戒している。
「……いや、何でもない」
頭を横に振る私を不思議に思いながら、キールはおろおろし始めていた。
思わず、素で返答してしまう。
しかし、私は目の前のキールを見ていたわけじゃない。
それどころじゃない。
クランド様は、キールが常にリナの傍に居れば、リナが心動くかもしれないと言っていた。
それって……、
私に、
クランド様がしてた……こと?
でも。
クランド様は、私がまだ、幼い時から……普通に……。
「……まさか、ねえ」
呟き漏れる言葉に、キールはますます私を不可解に思う視線を送ってくる。
「……」
私は大きなため息とともに、気を取り直し、キールを見た。
今は、キールの相手をしなくちゃ。
「……」
彼にとって、私は嫌いな女。
自分を追い詰める婚約者。
と、
常に皇太子殿下を想い、殿下に相手にされないながらも、彼に尽くす健気なリナ。
「……」
まあ、もう少し大人になってくれたら、この関係も楽になるだろうとは思ったけど。
やっぱり、このままキールと成婚するなんて、考えられないっ!
ジッと見つめられる私の視線に耐えられなくなって来たのか、キールが何か言い出しそうになったのを、私は遮った。
「では、私一人で行きます」
「え?」
「そんな、嫌々一緒に行っていただかなくて結構です」
「なっ!」
私が冷たく突き放したので、キールは言葉を失ったようだ。
私は意地悪く笑って見せる。
「それでは、ごきげんよう、キール様」
「……」
結局、キールは嫌々私についてきた。
それも、リナに会いたいがために。
馬車の中で、キールは無言でそっぽ向いている。
まあ、無言は苦ではないが……。
「……」
不機嫌なオーラを出し続けるキールに、私はため息をつく。
「……キール様、私たちはお互いにお互いを慕ってはおりません。なので、あなたがリナを好きでいるとこを、私は良いことだと思っています。身分も地位も、リナにとっていい相手だと」
内面は……わからないけど。
「……」
私たちは、この小さな空間に居ても、お互いを視界に入れることすら拒むように、目もあわせることがなくなった。
「ただ、今はまだ、彼女は皇太子妃候補であり、皇太子殿下を慕っています」
「……」
ちらっと見えるキールの顔が、切なく歪んだ。
私の胸もズキッと痛む。
恋する気持ちは、よくわかる。
「……リナを好きな同じ人として、あなたに助言します」
「な!」
また、この上から目線な私を、罵るだろうか。
それでも、これは言わなくちゃいけない。
今日、起こるだろう出来事の中で、彼に動いてもらわないと困るから。
「リナの悪い部分を受け入れても、それを一緒に助長させていては、二人に未来はありません」
「……」
「私が嫌いなのはよくわかりますが、リナを護るため、私やアイリスを責めるのは止めてください。あなたには、リナが傷ついたとき、傍にいて、慰める方でいてほしいのです」
私は、まっすぐとキールを見た。
どことなく、クランド様に似たまなざしは、久しぶりに反感を感じなかった。
「……」
「それに、もうすぐ、皇太子妃が決まります。……それはきっと、リナではない」
目を伏せる私の耳に、キールの戸惑う声が聞こえる。
「……どうしたら」
「……」
「……」
私は再び、キールを見た。
なんだ、素直に人の意見を聞くこともできるんじゃない。
「そばに居たらいいんだそうです」
「え?」
「好意を伝えて、リナを支えるナイトになってくださいね、キール様」
にこっと私は、うろたえるキールに向かって微笑んだ。




