第11話
「……」
朦朧とした意識の中で、なんだかショックなことを言われた気がした。
……え?
キスが、初めてじゃない……と?
じわっと涙が浮かんできた。
「……ユリナ?」
「……」
なんだろう、この衝撃。
複雑すぎる……。
うるうると涙をため始めた私に驚いて、クランド様は、
「ごめん。……ユリナを泣かせるつもりは」
と、私を抱きしめた。
落ち込んでいるのが分かる。
「……ごめんね。なんでそう感じたかなぁ」
と。
自分が口走ってしまった失言を、後悔したようだ。
でも。
クランド様の感じたことは間違ってない。
ユリナは正真正銘初めてだったけど、友理奈は初めてではないから。
「……」
記憶があることは、体にも反応が出てしまうことなのだろうか。
なんだか、ショックだった。
ユリナのファーストキスだったのに……。
友理奈が台無しにした気分……
「く、クランド様がお上手なだけじゃないんですかっ」
と、訳の分からないこと言って、うるうるしてると。
「……まぁ、それは否定しないけど」
「……」
え……?
否定しないんだ。
「わっ」
急に身体を持ち上げられて、私は慌ててクランド様の首にしがみついた。
お姫様抱っこされている。
「涙は止まった?」
「……」
ムっとした表情になった私を見て、クランド様はほっとしたように笑う。
「その顔も、可愛い」
「……」
クランド様はお部屋にあるソファーに座りなおすと、私の足を抱えていた腕を離し、私の右手を握った。
顔が近いな……
と、思いつつも、私はクランド様から目が離せない。
「ユリナと俺の相性がいいだけかもしれないな……」
クランド様はそう言うと、今度は私の頬に触れた。
そして、私の顎に触れ、くいッと顔を上げる。
「確認してみる……?」
そう言って微笑むと、クラウド様はもう一度優しく、キスをした。
今度は軽く、唇が重なるだけの、キス。
かと思ったけど、離れる前に唇をペロっとなめられた。
「……んっ」
クランド様の舌の感触が甘い刺激を呼んでぶるっと震える私に、クランド様は意地悪に笑う。
「可愛っ」
その時だった。
「お待ちくださいっ! ライアン様っ!」
急に耳に届いたアンの大声に、私もクランド様も扉の方を見た。
ばんっと、大きな音をたてて部屋に入ってきたのは、ライアンお兄様だった。
わざとアンは大きな声を上げたようだが。
「……」
私とクランド様はキスした後の体制のまま、ライアンお兄様を出迎える形になってしまった。
「……クランド、お前っ」
お兄様は、密着している私たちを見てふるふる震えている。
「……見つかっちゃったね」
クランド様が私を見てくすっと笑う。
ライアンお兄様は怒りを通り越して、呆れた様子だった。
「親友と妹のラブシーンなんて、見たくないぞ」
「あ」
慌てて離れようとする私を、クランド様は逃がさなかった。
肩に回っていた腕に力が込められて、私はクランド様から離れることができない。
「それは、慣れてもらわないと」
と、クランド様はにこっと笑った。
ライアンお兄様は片手で顔を覆うと、大きなため息をこぼす。
「まあ、予想はできていたが……。とにかく、今信用を失ったら後のち困るのはお前だぞ」
お兄様の言葉に納得したのか、クランド様は自分の膝の上から私をおろして、隣に座らせた。
それでもしっかり私の手は握られているし、片腕は腰に回され密着状態。
「そうだね。でも、夜に彼女の部屋に忍び込むのは、恋人の期間じゃないとできない醍醐味じゃん。……お前だって、したことあるだろ?」
クランド様はふふっと笑ってライアンお兄様を見る。
「……っ!」
「……」
その、なんとも言えないお兄様の表情と、返す言葉もない様子。
お兄様のその反応……
経験済みなのね。
「今度からはライアンにも協力してもらうよ」
悪びれる様子もないクランド様に、お兄様はもう、ため息しか出ないようだ。
「……はぁ。ここの使用人たちは、とっくにお前の味方だしな」
部屋の外にいる、アンをはじめとした数人がオロオロしているのが見える。
彼らは、クランド様がここに来るまでに協力をした人たちみたいだった。
「わかったよ。けど、今日はもう帰れ」
「えー……」
「えーじゃない。ユリナは明日、皇太子殿下に謁見しなくてはならない」
「……」
え? 謁見? なんで?
「その前に、今日の事件の調査を別部隊の騎士団長がすることになった。ユリナを連れて行かなくてはならん」
あー、今日の事件がらみ……。
私は静かに二人の会話を聞いていた。
「……誰が、ユリナの調書を?」
険しい表情になるクランド様に呆れつつ、お兄様はクランド様の肩に手を置いた。
「……心配しなくてもいい。俺も立ち会う。……だから、今日は帰れ」
「……」
無言の二人のやり取りが続いたかと思うと、先に折れたのはクランド様だった。
「わかったよ。このままだと、色々とユリナに手を出してしまいそうだし」
と、私から手を離し、手のひらを見せて両腕を軽く上げた。
「クランドっ」
怒るお兄様を無視して、クランド様は私を優しく見下ろした。
「……ユリナ、またね」
「あ、はい」
「おやすみ……」
「……おやすみなさい」
クランド様は私のおでこにキスをすると、ベランダから颯爽と出ていった。
「……」
ここ、二階……飛び降りて大丈夫なの……?
ライアンお兄様が私をジーっと見ているのに気が付いた。
私がお兄様を見上げると。
「俺の妹に、見る目があって良かったよ」
と、頭をなでなでして部屋から出ていった。
「……」
その後ろ姿を見送って、私はホッとする。
私とクランド様の仲を反対してるわけではないのね。
兄として、複雑な気分なのかな……。
あ、でも、確かに、家族にキスシーンとかは見られたくないかも……っ。
一人残された私は思い出し、ひとり恥ずかしさに悶えていた。
そして、翌朝。
思いがけない来客に、私は呆然としていた。
「お姉さまが昨日盗賊に襲われたって聞いたんです! こうやってお顔を見るまで安心できませんでしたっ」
応接間に案内されたリナは、私が部屋に入るなり私に抱きついてきた。
「……」
うん、さすが、侯爵様のご令嬢。情報が早い……。
心配してくれるのは、いいんだけど。
「……」
私はリナの頭をなでなでしながら横目でソファーに座っている人物を、見た。
はぁ……
なんで二人一緒に来たんだろ。
不機嫌に座る彼を見て、私は小さくため息をつく。
「……」
嫌なら、来なければいいのに。
私の視線を感じてか。
「キール様もお姉さまが心配だと思って、ご一緒していただきました」
と、リナが、褒めて、と言わんばかりの笑顔を振りまく。
「……そう」
顔が引き攣って、変な笑顔になっている気がする。
私たちが不仲なの知ってるでしょ?
わざわざ……、あ。
ティーパーティーの後、追いかけたのは正解だったってことか。
勝手に二人がくっついてくれるのは、ありがたいなぁ……。
「お姉さま?」
ああ、でも、リナ。
世間から見たらこれ、あんまりいい行動とは思えないんだけど……?
「わざわざお見舞い、ありがとうございます。お二人が仲直りされたようで、私も嬉しいですわ」
と、微笑んで見せる。
リナは私の言葉にちょっと焦っているようだが、相変わらずキールは不愛想にしている。
「ところでお姉さま、これからお出かけですか?」
私の恰好を見て、リナは不思議そうに尋ねる。
「ええ。その昨日の事件の件で、騎士の方たちが話を聞きたいそうで」
「ああ、それで」
今日の私の服装は、デコルテがしっかりガードされた、首元に大きな黒いリボンがあるドレス。
ライアンお兄様が選んだ、露出のない、ドレスだ。
「失礼するよ」
と、ノックと共にライアンお兄様が入ってきた。
「そろそろ時間だ」
ライアンお兄様がキールとリナを冷たく見下ろした、気がした。




