第10話
私は小さなため息をついて、クランド様を見上げる。
「お茶でも、入れましょうか?」
「うん、お願いします」
微笑むクランド様に、私も笑顔を返す。
「……はい」
会えるのは、嬉しい……。
胸が、心地よいリズムを響き始めてきた。
それが、一瞬にして飛び上がる。
私が部屋に入ると、突然後ろからハグされた。クランド様の腕が、私の肩に巻き付く。
「く、クランド様?!」
ぐうっと、胸が苦しくなる。
どきどきどき……
胸の鼓動が大きくなっていくのがよくわかる。
「……あまり大きい声出すと、誰かに聞えるよ?」
「~~~……」
と、甘い声が耳に囁かれた。
その声に、ゾクゾクしてしまう。
「今日は、心臓が止まるかと思った」
「……」
私は、肩に巻き付くクランド様の腕にそっと触れた。
「盗賊に殿下と一緒に絡まれてるのがユリナだって気が付いたとき、焦った」
「……」
そんな風には見えなかったのですが。
ものすごくかっこいい登場だった気がするけど……?
そういえば、ライアンお兄様もクランド様が怒ってたって……。
「……すごい剣幕だったって、お兄様が言ってました」
私の肩に頭を乗せたクランド様が、小さく笑う。
「うん……。君は、意外に冷静だったね」
「……そんなことないですよ。皇太子殿下がとても強気に出られてたので、こっちが冷静にならないと、って、思って」
ふふっと、クランド様は笑う。
「殿下は、アイリス嬢を護りたくて仕方ないからな」
「本当ですよ。私のことなんて、見えてませんでした」
「……」
「……ひゃっ!」
突然、クランド様がはむっと私の首筋を唇で噛みついた。
甘い刺激が、全身を走り抜ける。
今、噛んだ? クランド様の唇の感触が……
また、胸がぎゅっと苦しくなる。
どきどきしっぱなしで、息苦しい。
「殿下の話はやめよう?」
この鼓動、クランド様にも伝わってるのかな……。
「……じゃあ、お茶入れるので、離れてください」
「……やだ」
「―――……そんなこと言わないでください」
もう、胸が……
「……離れられない」
ぎゅう~と、クラウド様の腕に力が入る。
「~~~。でも、このままではお顔が見れませんよ」
「うん……」
「わ、私は、クランド様のお顔が、見たいです……」
きゃー……恥ずかしい!
お願いだから、ちょっと心臓を休憩させて……っ。
「……わかった」
クランド様はくすっと笑うと、私を離した。
「……お茶、入れますね」
私は慌ててクランド様と距離をとる。
そんな私を、優しい微笑みでクランド様は眺めていた。
そのままジーっと、私を見ている。
「……」
お茶が入れにくい……。
クランド様の視線を感じながらお茶を入れていると。
「……ユリナ様ぁ。近くにいらっしゃいますかぁ~?」
中の様子をうかがうように小さな声で、アンが扉の前から囁いてるのに気が付いた。
私が扉を開けると、驚いたように肩を震わせる。
「……アン? 何してるの?」
アンは扉の前でしゃがみ込んでいた。
「……すみません、お邪魔はしないお約束だったんですが。シェフがどうしてもって」
立ち上がろうとしないアンにあわせて、私もしゃがみ込む。
「……シュークリーム?」
「クランド様、お好きらしいです」
「え?」
「わっ、シュークリーム?」
頭上から声がして、私もアンも上を見上げた。
「はぅっ。す、すみません、クランド様っ。お約束守れませんで」
焦るアンに。
「うん、まだ大丈夫」
「……」
まだ……?
私もアンも不思議そうな顔をクランド様に向けるが、クランド様は嬉しそうにアンに問う。
「俺たちに?」
「はい。シェフがクランド様が来たのを耳に入れたようで。もちろん、旦那様達には内緒です」
「うん、ありがとう」
クランド様はアンから受け取ると、嬉しそうに部屋の奥に入って行く。
「ユリナ様」
「?」
「頑張ってくださいっ」
アンは私にファイティングポーズを見せると、足早に去って行った。
「……」
頑張るって……。
アンの後姿をあっけにとられて見送っていた私に、クランド様が呼びかける。
「ユリナ?」
「?」
「早くおいで」
シュークリームを前にニコニコしてるクランド様が、なんだか可愛く見えた。
シュークリーム、そんなに好きだったんだ?
と、思いながら扉を閉めて、入れたお茶を手にクランド様の元に急いだ。
「シュークリーム、お好きだったんですか?」
「ん?」
クランド様はにこにこしたまま、答えなかった。
「……?」
「ほら、食べよ」
「はい」
ま、いいや。
数年前から、うちのお抱えシェフは、私が甘すぎるデザートが苦手なのに気が付いて、試行錯誤の洋菓子を作ってくれるようになっていた。今ではもう、友理奈の世界の再現が出来てる気がする。
だから、シェフの作るお菓子は、大好きだ。
クランド様のおかげでシュークリームが食べられるなんて。
浮かれてシュークリームを食べはじめる私を眺めているクランド様に、気が付いた。
「……食べられないのですか?」
「ん? 食べるよ」
「?」
それでもまだ、手を付けないクランド様に不思議に思っていると。
「俺がシュークリームが好きな理由はね」
と、私を眺めながらニコニコしてる。
「?」
「ユリナって、絶対ここにクリーム付けるでしょ?」
と、クランド様は自分のほっぺを人差し指でポンポンと軽く叩いて見せる。
「え?」
手で確認しようとする私の手を、クランド様が握って阻止した。
「そのクリーム、食べてみたかったんだよね」
「っ!」
クランド様は私の手を握ったまま反対の手で私の頭を支えると、私の唇の端に付いたクリームを、ペロッとなめる。
そして、にっこり微笑んだ。
「ほら、やっぱり、おいしい」
「~~~……」
声にならない声を発している私を見て、クラウド様は楽しそうだ。
し、心臓が飛び出そう……
ち、近い……
クランド様の顔がまだ近くにあって、自分の顔を隠してしまいたいのに、片手は握られて片手はクランド様の背中に回されているから動けない。
身動きできないくらい、クランド様と密着している。
「あ、あの……っ」
逃げ出したいのに、動けないっ。
「ごめん」
「え?」
「もう少しゆっくり行こうと思ったんだけど」
クランド様はふっと息を吐くように微笑むと、そのまま私の唇とクランド様の唇が重ねられた。
「あっ……」
驚いて吐息が漏れる中、クランド様の舌が私の舌を絡めとる。
「ん……っ」
ゾクゾクと、甘い刺激が私の全身を駆け巡り続ける。
少し、長い時間に感じられた。
「はぁ……っ」
クランド様から離れた唇から、息が漏れた。
ユリナには、刺激が強すぎる。
全身に力が入らなくなって、くたっと力尽きる私を、クランド様は優しく抱きとめた。
「ごめん、刺激が強かった?」
私を支えるクランド様が、少し慌てているように見える。
私はぽおっとしていて、頭が回っていなかった。
だから最初、言葉の意味が理解できなかったのだ。
クランド様の胸に身体をゆだねていた私は、半分朦朧とした頭でその言葉を聞いていた。
「ユリナ、もしかしてキスしたことがある……?」




