第1話
はあ~……、つまらない。
私は、誰にも気が付かれないように、大きなため息を心の中でもらしていた。
色とりどりの花と緑が美しいイングリッシュガーデンの一角で。
宝石やドレスで着飾る若いご令嬢たちと。
目も疑うような装飾に彩られた洋食器。
それらに並べられた、綺麗な洋菓子を囲い。
貴族の優雅な、ティーパーティー。
「……」
の、真っ最中だ。
私はまた、心の中で大きなため息をついた。
私、藤井友理奈こと、ユリナ・ウィリアムズは、前世の記憶を持つ、転生者だ。
ここは、その前世、友理奈が幼少期に大好きだった絵本の世界。
つまり、私はその絵本の中の登場人物の一人、だった。
前世の記憶を思い出し、ここが絵本の世界だと気が付いたのは、3年前。
ユリナ・ウィリアムズが14歳の時だった。
物語の始まりで、ヒロインのアイリス・クラーク伯爵令嬢が、私の前に皇太子妃候補として現れた。
彼女が登場しただけでその場が華やぎ、人々の目を釘付けにするその様は、まさにヒロインそのものだった。
私は、息をするのも忘れたぐらい、その光景に目を奪われたのをよく覚えている。
それと同時に、絵本の物語が動き出したことに、気が付いた。
幼いころ、何度も何度も読んでもらい、そらんじる程覚えた絵本の世界。
今では、最初と最後しか覚えていない絵本だけど。
幸い? 私はこの絵本の世界でのヒロインでもなく、悪役令嬢でもない。
ただの脇役の一人。
同じ名前でなかったら、気にも留めない人物だが、私は彼女が大好きだった。
ユリナ・ウィリアムズ公爵令嬢。
彼女はこの物語の中の王国をおさめる国王陛下の親族で、遠い昔に王位継承を放棄した王族だ。
そのこともあってか、とても礼儀正しい美人で有名だった。
物語には全然絡んでもないし、お茶会や舞踏会と言った場面に登場するだけの存在。
で、今日は、その私、ユリナ・ウィリアムズ公爵令嬢が主催のティーパーティー。
絵本のヒロイン含めたご令嬢たちが集まる、物語の一幕。
なので、なにか、が起こるのは確か。
でも、低年齢対象絵本だっただけに、詳しい内容はない。
ただ、ティーパーティーが失敗? に終わる事だけが、わかっている。
なので、です。
表面上は笑顔でいるが、内心は早く終わってほしくて仕方がないのです……。
だって、私はもう、17歳の少女ではないのだからっ。
中身は前世の友理奈が融合した状態の、いわばアラサー?
「……」
自分で言って、ショックなんて……。
当然、目の前で繰り広げられるご令嬢たちの、前世で言う、女子高生たちのコイバナに、ついて行けるはずもない。
でも。
「……」
前世の私たちが必死で勉強している年代で、大人たちに混じり、お家の繁栄のために将来の結婚相手を捜し、必死に社交している彼女らは、尊敬に値する。
なぜなら。
友理奈は完全なるインドア派で生きていた。
仕事以外は家にこもって、漫画やテレビ、華流ドラマにはまる毎日だった。
彼女たちのように、同じ男性に火花を散らし、取り合う世界は、前世の私にも縁がない。
けど……。
この絵本は、ヒロインが悪環境の中、王子様に支えられ、王妃になるシンデレラストーリー。
まあ、若干、王子様は皇太子殿下で、王妃ではなく皇太子妃って訂正はあるけど。
いわば、恋愛中心の絵本だ。愛がヒロインを救う、みたいな?
そして、絵本の中で、ヒロインをあからさまに意地悪する令嬢が存在した。
まあ、今思えば低年齢向けの絵本だったから、その意地悪も可愛いものだけど。
幼い友理奈は断然、ヒロイン派だった。
しかし、ユリナ・ウィリアムズの視点からは、悪役令嬢の代表となるリナ・キャンベル侯爵令嬢に対しての嫌悪感は全くない。
彼女たちは私よりふたつ年下。
特に交流が深いリナは、本来、素直でとても可愛らしい女の子だった。
彼女はヒロイン、アイリスと同じ皇太子妃候補で、皇太子殿下に想いを寄せている一人。
それ故、皇太子殿下に愛されるアイリスに嫉妬し、彼女をいつも目の敵にしている。
ただ、
私は、この物語の結末を知っている者として、リナには皇太子殿下ではない男性に目を向けてほしいと、願っている。
「……」
ぼんやりと眺めていたティーパーティーが、どうやら怪しい雲行きになってきている事に、気が付いた。
また、いつものごとく、リナがアイリスを責める声が庭に響き渡っていたからだ。
「伯爵令嬢ごときが、公爵令嬢のお姉さまのティーパーティーに遅れてくるなんて、どんな神経してるんですか!」
と、ヒロインのアイリスがリナの気迫におされ、オドオドとしていた。
「スミマセン……」
まあ、彼女が遅れてくる理由は皇太子殿下よね。
それに、リナも気が付いてるからイライラしてるのね。
もめごとは困るなー。
けど、あ、もしかして、ティーパーティーが終わる原因かも?
「……」
さっさと切り上げて、お開きにしよ♪
私は、バサッと大きな音をたてて、持っていた扇子を開いた。
白い羽根とレースで飾られた上品なものだった。
その音に、リナとアイリスの肩がビクッと大きく揺れた。
「……」
そんなにビビられたら、私が悪役令嬢みたいじゃない。
「……ユリナ、お姉さま?」
顔を強張らせたリナが、恐る恐る私を見る。
私はにっこり笑うと。
「せっかくの可愛いお顔が台無しよ?」
と、座るように促した。
「……はい」
リナはおとなしくなって、静かに私の隣の席に座った。
「アイリスさんにも、事情があるのでしょうから、そんな頭ごなしに怒らなくていいのよ?」
「……」
あからさまに落ち込むリナの手を取り、私は微笑んだ。
「でも、私のために、ありがとう」
と。
リナは頬を赤らめ、嬉しそうに涙を浮かべ、恥ずかしそうに微笑んだ。
「……お姉さまがそうおっしゃるのならっ!」
リナはユリナの崇拝者だ。ユリナが好きで、いつもくっついてくる。
でも、私は彼女に干渉する気はない。
彼女の純粋な想いの奥には、その親の下心が見えるからだ。
王族であるウィリアムズ公爵家にすり寄ってくる人は多い。
それは、その娘の私や、兄たち兄弟も同じ。
だから私たちは極力、人と関わりを持たないようにしている。
国王陛下に、王位奪略の疑いをもたれないために。
そのため、ウィリアムズ家の子どもには幼いころから親が決めた婚約者が存在する。
もちろん、私も例外ではない。
たとえそれが、お互いに気に入らない相手であろうと。
「キール様だわ」
「!」
参加している令嬢から上がる黄色い声に私は驚き、彼女たちの視線の先を振り返り見た。
げっ。
「……」
思わずこぼれそうになる言葉を飲み込んで、私は立ち上がる。
嫌なのが、来た。
と……。
そう、今こちらに向かって歩いてくる彼こそ、親同士で決められた婚約者、キール・バーナード。
バーナード侯爵家の三男だ。
私よりふたつ年上であるはずの彼は、見るからにむすっとした顔をし、銀髪の長い髪をなびかせ、すたすた歩いて来る。
機嫌悪そう。
と、呆れる私だが、ここ数年、彼の不機嫌な顔以外私に向けられたことはない。
バーナード侯爵家の三兄弟は、イケメン揃いだ。
キールだって、黙っていれば悪くない顔立ちをしている。
私以外のご令嬢たちからは、そこそこ人気があるのも事実だった。
しかし、彼はリナ・キャンベル侯爵令嬢に好意を持っている。
露骨にリナに想いを寄せ、婚約者の私の前でも、平然とリナにアピールする。
世間の目も気にしない、私のことが嫌いな婚約者様。
挨拶しても無視されるのがわかっているが、私はお辞儀する。
案の定、私を通り越して、キールはリナの前で跪いた。
「……お久しぶりです、リナ嬢」
と、私には向けたこともない笑顔を振りまいて。