9.バーバラの挑戦
これは夢見草の事件で、シルフィが剣が強い事を知ったバーバラが、自分とどちらが強いか確かめたくて勝負を挑むお話です。
「シルフィアナさん、私と剣の勝負をしませんこと?」
突然そう言われ、私は驚いた。
「バーバラさんは剣を使えるのですか?」
そう問うと、
「ええ、私は幼い頃から剣を習っておりますの。この前の事件で貴方も剣が使える事を知りましたので、どちらが強いか勝負したいと思いまして」
そう言うが、どちらが強いか決める事に意味があるのだろうか?
「別にどちらが強くても構わないのじゃないかしら? 勝敗を決める事に意味があるとは思えませんわ」
私は、面倒になりそうなので、そう言って勝負を回避しようと思ったのだが、
「あら、私は動物とは戦った事がありますけど、人とは練習でしか戦った事がありませんの。ましてや女性同士で剣を交えた事がないので、自分がどれくらい強いのか確かめてみたいのですわ」
(ええー? 別に私じゃなくてもいいでしょうに。誰か相手をしてくれる人はいないかしら?)
そう思って回りをみると、カールにもルークにも目を逸らされた。
流石にお兄様やオスカー様にお願いするわけにもいかない。エディに頼むのは以ての外だ。
きっと断っても、負けるのが嫌で逃げたとか言われるのだろう。
しょうがない、ここはひとつ勝負をするか。
「わかりましたわ。お相手いたしましょう。でも勝負は次の土曜日に私の邸でという事でよろしいかしら? 学園までうちの馬車を迎えに行かせますので、準備しておいて下さいね」
「あら、珍しいわね? もっとやりたくないとゴネるかと思いましたわ?」
「ゴネると負けるのが怖くて逃げたとか言い出すでしょう? もう貴方の言う事は想像できますわ。ならば素直に受けて立つほうが面倒くさくなくていいかと思いましたの」
「ほーっほっほっ。流石は私のライバルね。ちゃんとわかっているじゃない」
そう、高笑いと共に言われ、なんだかカチンと来たので、
(ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、がっつり叩きのめしてやりましょう)
そう思う私だった。
* * *
次の土曜日、バーバラとリリアがウィンスター家にやって来た。
もちろん、エミリーにカール、ルークも来ているが、オスカー様とエディまで来ている。お兄様に立ち会いを頼んだので、そこから情報が漏れたのだろう。
剣の勝負をすると言って来た筈のバーバラは、何故かドレスで来ている。
まあ、ドレスと言ってもあまり飾りなどが無い、普段着のドレスだが。
「バーバラさん、ドレスで勝負するのですか?」
私はそう聞いてみたが、
「先生に外出許可を頂くのに、剣の勝負をするからとは言えませんでしょう? なのでお茶会という事にしましたの。貴方こそドレスで勝負するのかしら?」
そうバーバラに言われ、
「私はいつもドレスで鍛練していますの。私が戦わなければいけない時は、ドレスを着ている時が殆どですから」
「ええ? 本当に? なら私もドレスのままでいいですわ。私だけが動きやすい服装では、平等ではありませんもの」
バーバラならそう言い出すだろうとは思ったが、それではドレスで戦い慣れている私の方が有利になるだろう。
「バーバラさんはドレスで戦い慣れていないでしょう? それでは平等とは言えないのではなくて?」
「では、シルフィアナさんも動きやすい服装で勝負しましょう。それでいいでしょう?」
「……、そうね、ではそうしましょう」
と言う事で、私とバーバラは乗馬服に着替えて勝負する事になったのだった。
バーバラは幼い頃から剣を習っていたと言う。人と戦った事はないとはいえ、動物などとは戦った事があるわけだ。
あまり舐めてかかってはいられないかも知れない。
勝負は普段は使っていない舞踏会などを開く大広間でする事にした。
勝負には刃を潰した練習用の剣を使うが、バーバラにはお兄様のを、私は自分のを使う事になった。
我が国の騎士団では、剣には男女で違いはないが、常に腰に差しているので、あまり重くないように少々細身に出来ている。騎士団には女性もいるので女性にとってはありがたい事だ。
私はいつも騎士団仕様の物を使っているが、バーバラはどうだろう? ひょっとすると自分専用の特注品を使っていたかもしれない。
だとすると、この騎士団仕様は扱いづらいかも知れない。
「バーバラさん、騎士団で使用している剣ですが、大丈夫ですか?」
私がそう言うと、
「ええ、大丈夫よ。私もいつも騎士団と同じ物を使っていましたから」
バーバラがそう言うので、剣に問題は無いだろう。
私達は、お互いに剣を持って大広間の中央に立つ。
剣を構えるが、幼い頃から習っていただけあって、バーバラも様になっている。
(さあ、バーバラの実力はどんなものかしら? 私も油断は出来ないわね)
「シルフィアナさんも構えが様になってますわね。私も負けませんわよ」
バーバラにそう言われ、
「バーバラさんも様になっていてよ。私も負けるつもりはありませんわ」
私がそう返すと、
「さあ、準備はいいかな? 始め!」
お兄様のその言葉を合図に、試合は始まったのだった。
最初はお互い睨み合って様子を伺っていたが、ずっとそうしているわけにもいかない。
私は掛け声と共に、バーバラに向かった。
「はぁー!」
「キィン」「キィン」
何度か刃を交えるが、バーバラは防戦一方で反撃してこない。私の隙を狙っているのか?
一度離れ、今度はバーバラの剣を弾き飛ばすように刃をぶつける。
その勢いに押され、バーバラの剣はぶっ飛んだ。
私はバーバラに剣を突きつけて、
「勝負あったわね」
そう言ってにっこり微笑むと、
「い、今のはちょっと油断しただけよ。もう一度やりましょう。今度は負けないわよ」
そう言って胸を張る。
あー、これはリバーシのパターンになりそうだなと思った私は、毎週勝負しましょうと言われるのは勘弁して欲しいので、
「わかりました。では、月に一度、私の邸で勝負すると言う事でよろしいかしら?」
「よろしくってよ。来月までにもっと強くなってみせますわよ」
そう言ったバーバラは、クルッと後ろを振り向き、ツカツカとオスカー様の前に行くと、
「オスカー様、私に剣を教えて下さいませ」
と、唐突に言うのだった。
『ええー?』
そこに居た全員がそう叫んだ。
突然そう言われたオスカー様は、
「な、なんなんだ? いきなり。何故俺に言う」
いつもは冷静なオスカー様が驚いている。
「あら、シルフィアナさんはお兄様であるレイモンド様に教えて頂いているのでしょう? だったらレイモンド様よりも強いと言われているオスカー様に教えて頂けば、私の方が強くなるはずですわ」
そう、さも当然のように言うバーバラに、皆開いた口が塞がらないのであった。
* * *
あの後、ずっとバーバラから逃げていたオスカー様だったが、あまりのシツコさ……もとい、熱意に根負けして、週末はアンダーソン家で剣を教える事になったのだった。
私もオスカー様とバーバラの鍛練に少し興味があったので、一緒に行く事にしたのだが、もちろんエディも一緒に行くと言う。
お兄様はもとよりエミリーの所に行く予定で、結局リリアはバーバラの付き添いで、ルークも面白そうだからと、アンダーソン家に集まる事になったのだった。
「……、何故みんなが来ているのだ?」
私達が全員集合しているのを見て、オスカー様が不本意だという顔をする。
「あら、だって、オスカー様がどんな風にバーバラさんにお教えするのか、見てみたかったのですもの」
私がそう言うと、
「では私もシルフィアナさんがレイモンド様と練習しているところを見せて頂きたいわ。私だけ手の内を見られるのは不公平ではなくて?」
と、至極真っ当な事を言うから驚きだ。
「そうね、では後で私とお兄様の手合わせをいたしましょう。お兄様、よろしいですか?」
「え? 手合わせするのか?」
そう言いながら、頭をかいて隣のエミリーに、
「すまない、なんだかこんな事になってしまったけれど、いいかな?」
「あら、私は別に構いませんわ。シルフィとレイの手合わせは、私も見てみたいですもの」
そう、エミリーに言われ、
「ありがとう」
そう言ってエミリーのおでこに軽くチュッとする。
こんな風にお兄様が人前でイチャイチャするのは珍しいが、もともとお兄様はカッコつけたがりだからなと、見て見ぬふりをする。
だがそれを見ていたエディが、
「イチャイチャするなら2人きりの時にしたらどうだ?」
と、いつもお兄様に言われているツッコミを入れるのだが、
「なんの事かな?」
とトボケるあたりは、恋愛事に関してはお兄様の方が一枚上手のようであった。
「では、せっかく皆が集まったのだ。皆にもバーバラの相手をしてもらおうか」
そう言うオスカー様の言葉に、カールとルークが「げっ」と、嫌そうな顔をする。
「ふふふふふ……。逃げられると思うなよ」
と、まるで呪詛のように低い声で呟くオスカー様であった。
結局、毎週末にバーバラとオスカー様が剣の練習をするが、何故かカールとルークも駆り出され、リリアもバーバラに付き合わされる事となったのだった。
バーバラの腕前はというと、やる気はある、あり過ぎるくらいあるのだが、なかなか技術に反映されないようで、月イチの私との試合も、今のところ私の連勝が続いているのであった。
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