7. カールの物思い
(これは、エドワードがシルフィから距離を取ってすぐの頃と、シルフィがエドワードと婚約してからのカールのお話です)
(エミリーとカールも、子供の頃はエディとかレイとか、愛称で呼んでいたのです)
俺、カール・アンダーソンは今、シルフィの家であるウィンスター家の庭で、双子の妹であるエミリーと三人で、お茶会を開いている。
少し前までは、俺達の兄であるオスカー兄さんや、シルフィの兄であるレイと、そして兄達と同い年でこの国の王子殿下である、エディも一緒に居ることが多かった。
というか、ほぼ毎日のように一緒に居たのだが、少し前から、エディが王子殿下としての仕事などを覚えなければならないとかで、俺達とは別行動になった。
そうなると、兄達もエディの側近になるわけだから、エディと共にいろいろな事を学ばなければならない。
必然的に、俺とエミリーとシルフィの三人で居る事が多くなった。
「レイ達が居ないと寂しいわね……。いつも一緒だったのに。レイは、たまに私の家に来てくれるけど、シルフィの所にもエディは行っているのでしょう?」
そうエミリーが聞くと、シルフィは首を横に振る。
「お兄様達と一緒に来る事はあるけど、私に会いに来るわけではないわ。お見かけしても、ジッと睨まれると、怖くて側には行けないの……」
そうシルフィは言うのだった。
他家のお茶会の時は、オスカー兄さんやレイは来ていたが、エディとシルフィは、ほぼ欠席していた。
だからといって、エディとシルフィが、二人で一緒に居るわけではなさそうで、あんなに仲の良かった二人に、何があったのだろうと思っていたのだった。
突然、エディから距離を取られたシルフィは、
「私、エディに嫌われるようなこと、何かしたかしら……」
とかなり落ち込んでいた。
「エディは王子殿下としての仕事を覚えなければならないから、とても忙しいらしいよ。オスカー兄さんがそう言ってた」
「そうよ、エディはこの国の唯一の王子殿下ですもの、きっととっても忙しいだけよ」
そう、エミリーも言う。
「そうかしら?……。私はなんだか避けられているみたいだし、お兄様達と居る時に目が合っても、睨むように私のことを見るの……。私、絶対嫌われているわ……」
そう泣きそうになりながら、俯くシルフィが愛おしくて、思わず抱きしめてやりたくなるが、そこは我慢する。
「じゃあ、オスカー兄さんに聞いてあげるよ。そうしたら、エディがシルフィを避ける理由がわかるだろう?」
俺がそう言うと、シルフィは首を横に振って、
「いいの、聞かなくていいわ……。だってもし、私の事が嫌いになったって言われたら、私、どうしていいのかわからないわ……」
そう言いながら、シルフィはとうとう泣き出してしまった。
「シルフィ、大丈夫よ、泣かないで。私達が居るわ」
そう言ってエミリーはシルフィを抱きしめる。
俺はシルフィの頭を撫でながら、
(シルフィを泣かせるなんて、エディは何をやっているんだ。もし、このままエディがシルフィを避けるなら、俺がシルフィを幸せにしてやろう)
そんな気持ちが俺の中で芽生えてきたのだった。
そうして、ウィンスター家でのお茶会を終えて、帰りの馬車の中、
「なあ、エミリー、どう思う?」
「どう思うって、エディのこと? 何か理由があるのだとは思うけど、シルフィにちゃんと説明してあげないと、シルフィが可哀想だわ」
「でも、その理由がシルフィを嫌いになったって言う事なら、さすがにそれは本人には言えなくないか?」
「あら、それならそうと早く言ってくれないと、シルフィがいつまでも諦めきれないじゃない」
「まあ、たしかにそうだけど……」
俺はそう言いながら、
(そんなに簡単に諦められるものなのか?)
そう思うのだった。
(本当にこのままエディがシルフィを避け続けるなら、俺がシルフィに求婚して、シルフィを幸せにしてやろう)
(だが、シルフィはどうなんだ? エディを忘れられるのか?)
結局、俺の中で、この堂々巡りが延々と続くことになるのだった。
* * *
結局、エディはシルフィと距離を置いたまま、2年の月日が流れた。
俺達三人は、もうエディとは気軽に呼べなくなり、エドワード様と呼ぶようになった。
エドワード様と距離が出来た事も、シルフィはもう落ち込んではいないようだった。
俺は、もう少し大きくなって、シルフィの中からエドワード様の事が消えたなら、シルフィに求婚しようと思っていた。
その事を、オスカー兄さんに告げると、兄さんは難しい顔をして、首を横に振った。
「それは無理だな。まだ公表はされていないが、シルフィはエディと婚約する予定だ。エディの成人と共に婚姻を申し込む事になっているんだ」
そう兄に言われ、俺はとてもショックを受けた。
(じゃあ、やっぱりエドワード様は、シルフィの事を嫌いになったわけではないのだ。エドワード様とシルフィが婚約すれば、また以前のように仲良くなるのだろう……。だったらあんな態度取らなきゃいいのに、全く紛らわしい。
ちょっと、いや、すごく残念だが、シルフィが幸せになるなら、それでいいさ……)
俺はそう思っていたのだった。
それから程なくして、エドワード様とシルフィは婚約した。
婚約したなら、また昔のように仲良くなるのだと思っていたが、結局エドワード様はシルフィと一線を引いている。
シルフィもエドワード様を怖がっていて、これでこの二人が上手くいくとは思えなかった。
やっぱり俺が先に求婚していれば、シルフィは承諾してくれたかも知れないと、胸の内がモヤモヤするのであった。
* * *
それから更に2年の月日が流れた。
2人は不仲だと噂され、婚約解消も時間の問題だろうと言われていたが、シルフィが王宮の階段から落ちて、3日間寝込んでから後は、シルフィの性格がガラッと変わってしまった。
エドワード様とも、急に親密になって、すっかり婚約者同士という雰囲気が出てきて、距離があったのがウソのようだ。
エドワード様も、シルフィの事となると、人格が変わる程だ。
(ああ、これでやっと俺も諦めがつく)
そう思ったが、長年、想い続けて来たのだから、そう簡単には諦められない。
というか、別にエドワード様とシルフィの仲を壊したいと言う訳ではない。
シルフィには幸せになってもらいたい。
ただ、シルフィを愛おしいという想いは捨てられない。
別にシルフィに想いを伝えようと思っている訳ではないので、俺がシルフィを想っていても、誰にも迷惑はかからない筈だ。
俺は、学園を卒業したら騎士団に入団しようと思っている。
出来れば近衛隊に入って、シルフィの護衛が出来ればいいと思っている。
シルフィの為なら命だって惜しくは無い。
そうして、側に仕え、シルフィの幸せな顔を見られれば俺は充分だ。
そう真剣に思うのだが、何故か胸の奥がチクリと痛くなるのだった。
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