6. オスカーの初恋
このお話しは、オスカーにいまだに婚約者がいない理由です。
エディやお兄様達の年齢になると、どなたかと婚約する方がほとんどだが、中には1人で居る方もちらほらいらっしゃる。
オスカー様もそんな中の1人である。誰か想い人はいないのかと、私は尋ねてみることにした。
「オスカー様は好きな人はいらっしゃらないのですか?」
「好きな人か……。いるよ、とっても好きな人がね」
となんだか寂しそうに呟く。
「そうなのですか? 初めてお聞きしましたわ!」
「ああ、エディとレイ以外には話したことはなかったからな……」
そう遠くを見つめるように話し始めた。
* * *
あれは俺が12歳の時、母方の親戚の家のお茶会に行った時だった。
そこの家には、15歳の女の子がいて、その子は身体が弱くてずっと表には出て来ていなかったのだが、その時は体調が良かったらしく、お茶会に参加していんだ。
初めて会ったその女の子は、透き通るようにキラキラしていて、笑顔が可愛らしくて、とても美しい少女だった。
「こんにちは。はじめまして。私はアンダーソン侯爵家嫡男、オスカー・アンダーソンです」
そう自己紹介すると、
「はじめまして。私はクラーク伯爵家長女、リアーナ・クラークと申します」
と彼女も自己紹介してくれる。
「ああ、ここのご令嬢なのですね。今までお会いしたことはありませんでしたよね?」
「私は身体が弱くて、今まで人前に出ることはなかったのですが、最近は体調も良くなってきましたので、今回初めてお茶会に出席させていただいたのですわ」
「そうだったのですか。体調が良くなられて良かったですね。では、普段はあまり出かけることは無いのですか?」
「ええ、まだ外には出た事がありません」
「では、今度体調の良い時に、外に行ってみませんか? 私がお供いたしますよ」
俺がそう言うと、
「まあ、本当に? 嬉しい! ぜひ連れて行って下さいませ」
彼女はキラキラした瞳で、嬉しそうにそう言うのだった。
俺はたぶん一目惚れだったんだろうな。
その後は度々その子に会いに行って、体調の良い時は庭を散歩したり、部屋で話したりして過ごしていたんだ。
そんな風に彼女と過ごすようになって一年くらいして、俺は彼女に求婚したんだ。
「私はまだ子供だが、私が学園を卒業したら結婚して欲しい。その前に君と婚約したいんだ。いいだろう?」
俺は断られるとは思っていなかったし、実際断られたわけではなかったが、彼女は、
「ありがとう。でも今はまだ婚約は出来ません。オスカー、貴方が成人したら、もう一度申し込みに来ていただけますか?」
そう言って、俺の手を握り微笑んだのだった。
俺はまだ13歳で子供だったが、その思いは真剣だった。
彼女も俺のことを愛してくれていたのはわかっていた。
なかなか屋敷の外には連れて行ってやれなかったが、ある日、彼女が湖に行きたいと言ったんだ。
俺は何としても連れて行ってやりたくて、彼女の両親に掛け合った。
反対されるかと思ったが、以外にすんなり許しが出て、二人で湖に行ったら、彼女はもの凄く喜んで、とてもはしゃいでいた。
「うわー、湖って大きいのですね! 凄いわ! 水面がキラキラしてる!」
「俺も湖に来たのは久しぶりだな。君を連れて来れて良かったよ」
「ええ、本当にありがとう! オスカー、貴方と来れて本当に良かったわ」
彼女がそう言うから、
「またいつでも連れて来てあげるよ」
俺がそう言うと、彼女は柔らかく微笑んで、
「ありがとう。あなたは優しいわね」
そう言うのだった。
俺は彼女が喜ぶのが嬉しくて、二人で日が暮れるまで湖で過ごしたんだ。
夕方、彼女を送り届けて、玄関ホールまで行くと、急に彼女が倒れたんだ。
俺は慌てて彼女を部屋まで運び、すぐに医者と彼女の両親を呼んだ。
俺は身体の弱い彼女を夕方まで連れ出したのが良くなかったのだと思い、彼女の両親に、
「すみません。こんな時間まで連れ回して。彼女が倒れたのは私の責任です」
そう謝ると、彼女の両親は首を横に振った。
「いいえ、あなたのせいではありません。この子はもう長くは生きられないのです。最後にあなたと湖に行きたいと言ったので、この子の願いを叶えてあげたかったのです。あなが責任を感じる必要はないのですよ」
そう言われ、俺は愕然とした。
(もう長くはないって? どういうことだ? 俺が成人したら婚約して、学園を卒業したら結婚するはずだろう?)
俺はリアーナの枕元に跪き、
「ウソだろう? なあ、俺と結婚してくれるんだよな? 俺が成人したら求婚するんだから、ちゃんと元気になってくれよ……」
彼女の手を握ってそう言うと、
「ええ、大丈夫……。必ず元気になるわ……。ありがとう、オスカー。……愛しているわ。貴方は幸せになってね……」
そう言って彼女は目を閉じた。
そのまま彼女の目が開く事はなかったんだ……。
* * *
オスカー様は、そう話してくれたが、その横顔がとても悲しそうで、まるで泣いているようにみえた。
「まだその方のことが忘れられないのですね……」
「女々しいやつだろう? でも、今でも鮮明に覚えているんだ。あの声も、あの微笑みも、あの温もりも……」
そう言って自分の手を見つめるオスカー様は、
「彼女が亡くなって、俺は暫く立ち直れなかった。悲しいのに涙が出ないんだ。泣く事も出来ず、ただ呆然と抜け殻のように過ごしていた。
エディとレイはそんな俺の隣に何も言わず居てくれたんだ。
半年ほどして俺はポツリポツリ、エディとレイに話し始めた。彼女の事を。その時初めて泣く事が出来たんだ。あんなに泣いたのは小さな子供の頃以来だろう。
でも、彼らのおかげで俺は立ち直ることが出来た。何も言わず俺の側に居てくれた二人には、本当に感謝しているよ」
懐かしむようにオスカー様はそう話してくれた。
「そのお話は、私にしてよかったのですか?」
私がそう尋ねると、
「そうだな、もうそろそろ彼女を解放してあげなければな。あんまり彼女を思い続けていると、彼女が天国に行けなくなると困るから……。
これからは彼女の思い出ごと、俺を愛してくれる人を探すさ」
そう言って微笑んだオスカー様の顔は、とてもスッキリしたように見えたのだった。
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