5. シルフィの成人祝の贈り物
このお話は、第一章と第二章の間にあった、シルフィの15歳の誕生日のお話です。
このアルスメリア王国では、4月1日から翌年の3月31日までに生まれた者は、15歳になる年の4月1日に、国王陛下と王妃殿下に拝謁する成人の儀を済ませる事で、まだ誕生日前でも成人とみなされる。
だが本当の15歳の誕生日には、それぞれの家で成人のお披露目の舞踏会が開かれるのが一般的だ。
私、シルフィアナ・ウィンスターも12月10日に15歳になるので、今、我が家はお披露目の舞踏会の準備で大忙しだ。
誕生日の1〜2週間前から、お祝いの贈り物などが邸に届き始め、当日に持参する方は殆どいないのが普通だ。
そんな中、送り主の名前のない贈り物がいくつか届くが、以前の私は、怖くて中を確認することが出来ずに、サラに頼んで処理してもらっていた。
「シルフィ様、無記名の贈り物ですが、いかがいたしますか?」
「中を確認するわ」
そう私が言うと、サラはとても驚いた顔をした。
以前の私は身体もメンタルも弱々だったが、前世の記憶を思い出してからは、心も身体も強くなった。
特に心は元警察官だ、こんな無記名で嫌がらせをする者を黙って見過ごすわけにはいかない。
私は手袋をして箱を開ける。
「中身は血の付いたナイフと封筒ね。箱は何ら特徴のない物か……」
私が封筒の中を見ると、便箋には『早く婚約を破棄しろ』と書かれている。
封蝋はしていないか……。
封蝋はその家の家紋を象った物だから、それを見れば何処の家かわかるのだが、さすがにそこまで馬鹿ではないようだ。
だが封筒や便箋は、その家の家紋が小さく印刷されていたり、透かし模様になっていたりする物が多い。
普段何気なく使っているから気付きにくいが、この封筒と便箋にも家紋が入っている。
「ふっ、詰めが甘いわね」
私がそう言うとサラが、
「どなたからか、お分かりになったのですか?」
「ええ、この家紋を見ればね」
と、封筒と便箋を見せる。
他の物の中には、ご丁寧に封蝋がしてあるものまであって、習慣って恐ろしいなと思うのだった。
そんな風に無記名で送りつけてきた贈り物だが、全て何処の家か判明したのだった。
贈り物は全部で五つ。
「さて、この方たちにはキチンとご挨拶しなければいけないわね」
そう言って私は持っていた封筒を箱に戻したのだった。
当日の朝、前もってたくさんの贈り物が届いていたが、エディからの贈り物はまだ届かない。
いつもは1週間前には届いていたのに、なんだか不安になる。
(私、何か嫌われるようなことしたかしら? 今日の舞踏会も来てくださらなかったらどうしよう……)
10歳以上年下(前世では28歳だったので)の男の子に、自分がこんなに夢中になるとは思わなかった。
学生時代も就職してからも、恋愛とは縁遠かったから、今が私の初恋だ。
シルフィにしてもエディが初恋なのだから、気持ち的にはどちらも同じだろう。
贈り物が来ないだけで、とても不安な気持ちになるのだ。
あらかた準備も終わり、あとはアクセサリーをつけるだけだが、
「シルフィ様、アクセサリーをつけるので目を瞑っていただけますか?」
「何故目を瞑るの?」
「今回は成人のお披露目ですから、特別なアクセサリーなのですよ。着けてから見ていただきたいのです」
サラにそう言われ、私は目を瞑って待っていると、首に冷んやりと金属のあたる感触がした。
「さあ、目を開けてもいいですよ」
サラにそう言われ目を開けると、鏡の中の私の首に、大きなタンザナイトと、その周りを小さめのアメジストとダイヤが交互に並んだ首飾りが輝いていた。
「うわー、とっても素敵……」
ね。と言おうとした私が少し上に目線を動かすと、そこには嬉しそうに笑うエディが写っていたのだった。
「エディ?」
驚いて振り向くと、
「誕生日おめでとう。とても似合っているよ」
そう言って私の前に跪き、私の手をとって、
「改めて言わせてくれ。……俺と結婚してくれますか?」
そう言われたのだった。
たしかに婚約した時は、使者の者と一緒にエディも来たが、エディからは何も言われなかったのだ。
あの頃はすでにエディとは距離ができていて、これは政略結婚で、エディの意思ではないのだと思っていた。
だが子供の頃に一度プロポーズされた事を思い出す。
私は、
「はい、喜んで」
そう答えると、エディは私の手に口づけを落とすのだった。
私は、エディからの贈り物が無くて、私は嫌われてしまったのかと思ったと伝えると、
「アクセサリーを直接つけてあげられるのは、夫婦とか婚約者とか、特別な関係でないと出来ない事だからね。
今日はシルフィにとって特別の日だから、俺が直接つけてあげたかったんだ」
エディにそんな風に言われ、私も嬉しくなってしまう。
「イヤリングもあるからつけてあげるよ」
そう言われ、エディにイヤリングをつけてもらうが、顔が近い。
私は心臓がドキドキ言うのを気づかれないかと心配していたが、イヤリングをつけ終わったエディが、
「とても似合っているよ」
そう耳元で囁くから、もう顔に熱が上がって倒れそうだ。
そんな私を見て、余裕で笑っているエディに、なんだか悔しくなるのだった。
* * *
さあ、舞踏会の始まりだ。
私は、手袋を着けてエディの隣に立つ。
今日は成人のお披露目でもあるのでドレスはローブデコルテだ。
成人するまでは、あまり大きく襟元が開いたドレスは着ないが、成人の儀とお披露目の時は白のローブデコルテと決まっている。
同じドレスを着るわけではないが、これは昔からの慣わしになっているのだ。
この時、白を着るのは成人する本人だけで、他の人は色のあるドレスやタキシードを着るので、エディも今日は、私の首飾りのタンザナイトのような紺に、銀糸の刺繍の入ったタキシードを着ている。
カフスとタイピンは私のアクセサリーとお揃いになっていて、ポケットチーフは私のドレスと同じ生地だ。
何というか、エディは抜かりないなと思ってしまう。
エディにエスコートされて会場に入ると、みな一斉に『おめでとう』『おめでとうございます』と歓声が上がる。
そうして、私とエディの所にみな挨拶にやって来るのだ。
今日は私が主役なので、私が応対しなければならない。
以前の私なら、もうそれだけで疲れ果ててしまっただろうが、今の私は前世で培った社会人としとのスキルもある。
ドーンと来いだ。
そうして、何人かの挨拶を受けていると、無記名で贈り物を寄越したご令嬢が挨拶に見えた。
「お誕生日、おめでとうございます。シルフィアナ様も本当の意味で成人でごさいますね」
と、なんだかトゲのある言い方だが、そのご令嬢がそう私に挨拶したので、私は、
「ありがとうございます。貴方様には二つも贈り物をいただきまして、とーっても嬉しく思っておりますのよ」
と、顔を寄せて、しっかりと目を見てそう話すと、そのご令嬢はギョっとした顔をするのだった。
私は全てわかっていましてよ。
と言うように、ニッコリと微笑んであげると、エディにバレるのが怖いのか、そそくさと私達の前から立ち去るのだった。
後の4人にも、同じように釘を刺すと、みなギョっとして慌てふためいて私の前から立ち去るのだから、面白いったらありはしない。
(今までバレなかったからって、ずっとバレないと思ったら大間違いよ! 今の私には何でもお見通しなんだから! 元警察官のスキル舐めるなよ!)
私がそんな風に思っていると、
「贈り物が二つって、嫌がらせの贈り物が届いたって事かい?」
エディにそう尋ねられて、
「うっ、えーと……、そ、そういう事もあるかなー、なんて……」
と、曖昧に答える。
この事をエディが知ったら、相手のご令嬢に、というか相手の家に何をするかわからない。
「君が相手のご令嬢に何もして欲しくないなら、俺は何もしないよ。
ただ、危険な物もあるかも知れないから、それだけは気を付けて」
そうエディに腰をギュッと抱かれ、顔を寄せて言われると、顔が熱くなる。
ああ、はたから見ると、愛でも囁かれていると思われているんだろうなと、分析出来るくらいには、慣れてきた私であった。
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