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どの本にもいない

作者: 藤崎珠里

 入学式が終わり、もう帰ろうと廊下を歩いているときのことだった。すれ違った男の子がばっと振り返った気配がして、わたしもなんとなく振り返ったのだ。

 それが間違いだった――とは後々のことを考えればそうとも言えないのだけど。ともかく、このときのわたしには間違いであるように感じられた。


「あのっ、俺、時川(ときがわ)英明(ひであき)って言います!」


 唐突な自己紹介。大きな声にびくりと肩が跳ねてしまったけれど、その子はそれに気づいていないのか、キラキラとした目でわたしを見ていた。

 そして、困惑しきっているわたしに向けて、とんでもないことを言い放った。


「一目惚れしました、よければ友達になってください!」

「――はい?」


     * * *


 公衆の面前で告白、というのはすごくずるい。

 だってそんなの、断れるわけがないでしょう。人によるのかもしれないけど、わたしには無理だった。

 不幸中の幸いだったのは、「付き合ってください」ではなく「友達になってください」だったということ。友達になること自体は全然構わないから、返事に悩むことはない。その場で了承して後から断る、という手を使わずに済むのは少し気が楽だった。



「……間宮(まみや)結音(ゆうね)です」


 告白をしてきた隣のクラスの男の子と流れで友達になり、流れで一緒に帰ることになって。

 駅までの道を歩きながら、高校生活初日からどうしてこんなことに、とほんの少し目眩を覚えた。友達になってから自己紹介をする、って順番もおかしい。ううん、そこは大した問題じゃないんだけど。

 引きつり顔のわたしに、時川くんはにこにこと「間宮さんな! ありがとう!」と謎のお礼を返してきた。


「……どういたしまして?」

「あっ、今なんでお礼言われたんだろ? って思ったろ?」

「……そう、ですね」

「好きな子の名前知れて嬉しかったから!」


 だからってお礼はちょっとおかしくないかな。

 そう思いはしたものの、時川くんがあまりにも嬉しそうにしていたから「それはよかったです」と面白味のない相槌を打つことしかできなかった。


 正直なところ、趣味が悪いなぁと思う。とても。

 見た目だけは可愛い、自覚はある。一目惚れなんて初めてされたけど、でもされてもおかしくない容姿だ。……本当は可愛くなんかないと言いたいんだけど、謙遜しすぎるのは嫌味になってしまうし、それは避けたいところだった。

 自分が嫌いなくせして、なまじ自分を客観視することが得意なものだから、自己評価はそこそこ高い。だからよく、そういうものの間でがんじがらめになってしまって、何もかもを放り出したくなる。


 つまりわたしは、とてもめんどくさい人間なのだ。趣味が悪いなぁ、と思わざるを得ない。

 こんなわたしに一目惚れなんてしちゃって可哀想、とまで思ってしまう。友達付き合いの中で理想とのズレを見つけていって、早く幻滅してくれたらいいな。


「間宮さんは何部に入りたいとかってもう考えてる?」

「……文芸部に入ろうかなと思ってます」


 さっきから返事までにちょっと間が空いてしまって申し訳ない。親しくない人に対して、意図を探り探り会話をしてしまうのは悪い癖だ。


「文芸部! 間宮さんにめっちゃ似合うね! どういう本好きなの?」


 地味に困る質問だった。好きな本、というのはその人の性質がよく出るものだと思う。初対面に等しい時川くんにそれをさらけ出すのは、その、ちょっと、恥ずかしい。

 適当に無難な答えを返してしまえばいいのだろうけど、嘘やごまかしはちゃんとシミュレーションをしないとできない性格だった。とっさにごまかす、なんてことは絶対に無理。

 ――こういう不器用なところが、自分の嫌いなところの一つだった。

 一番嫌いなところは、『自分のことが嫌いなところ』そのものなのだけど。


「……恋愛小説が好きです」


 例として何人かの作家、そしてその代表作を挙げれば、時川くんは「ああ!」と合点がいったような声を上げた。


「聞いたことある! 今度読んでくるな。俺本読むのすっげぇ遅いから、感想言えるまでちょっと時間かかっちゃうかもだけど……」

「……読んでくれるんですか?」


 特にここが面白いとか好きだとか説明したわけじゃないのに、どうして興味を持ってくれたんだろう。

 目を瞬いたわたしに、時川くんはからっと笑う。


「間宮さんの好きな本とか絶対読みたいじゃん!」

「でもわたしの好みと時川くんの好みは違うかもしれませんし……」

「それでも、好きな子の好きなものは知りたいもんなの!」


 恥ずかしげもなくそう言い切った時川くんに、わたしは言葉に詰まってしまった。

 さっきからこの子は、くすぐったくなるくらいに好意が全開だ。ただの一目惚れでどうしてここまでできるんだろう。


「さっきから気になってたんだけど、なんで敬語?」

「……人見知りなので」

「じゃあ間宮さんがタメになったら、本当に友達になったってことだな!」


 友達。

 少しためらってから、「あの」と切り出す。


「友達、でいいの?」


 普通なら、恋人になりたいと思うんじゃないのかな。というのは、じゃあ恋人になって、と言われたら困るので言わないけれど。

 でも時川くんがわたしに何を求めているのか、いまいちよくわからない。わたしはこのまま、時川くんとただ友達になればいいだけなんだろうか。


「だって今日会ったばっかりで、間宮さんも俺のこと全然知らないだろ?」


 同意を求めるように、時川くんは小さく首を傾ける。


「俺だって間宮さんのこと知らないし。だったらまず、友達になってお互いのこと知ってったほうがよくない? あ、いや、よくない? っていうのはおかしいか。いいのは俺だけだな。とにかく俺はさ、間宮さんに一目惚れしちゃったわけだけど、ちゃんと間宮さんのことを知って今より好きになりたいなって……」


 そこで言葉が途切れた。時川くんは何かを思いついたのか、「待って!」とはっとした顔をする。


「間宮さん今、敬語じゃなかった!」

「あ」


 思わず口元を押さえる。本当に無意識だった。人見知りなのは嘘ではないのに、こんなにあっさり敬語を捨ててしまえるなんて。

 おそるおそる時川くんを窺うと、彼は満面の笑みを浮かべていた。元々にこにこはしていたけれど、それよりさらに。


「最初にあんなこと言っちゃったから心閉じられちゃったかなーって思ってたけど、一日(いちんち)で友達になれて嬉しい!」


 時川くんは思ったことを全部口にしているんじゃないだろうか。あまりにも言葉が真っ直ぐで、一種の眩しささえ覚えてしまう。少なくともわたしの周りにはいなかったタイプの子だ。


「そっ、か」


 そうですか、と返そうか迷って、結局やめた。この笑顔がわたしのせいで陰るところは見たくないなと、そう思ってしまったから。

 眩しくて、でも怖くて、ちょっと息苦しい。

 時川くんはいつ、わたしのことを好きじゃなくなるだろう。それとも本当に『今より好きに』なってくれるのかな。嫌だな。だって時川くんの『好き』がもったいない。ちゃんと受け止められる他の人に向けられるべきだ。


「これからよろしくな、間宮さん! 毎日ちょっとずつ、間宮さんと仲良くなりたい!」


 それでも、無邪気な笑顔でそんなことを言われたら――つい笑ってしまっても、仕方ないでしょう。


「……うん、よろしくね、時川くん」


 時川くんは、なぜかぽかんと口を開いた。わたしが首を傾げると、彼はきゅっと唇を結んで変な顔をした。


「……どうかした?」

「……さ、さすがに今日友達になったばっかりの女の子にかわいいとか言ったら引かれそうだから! 言わない!」


 吹き出しそうになったのをこらえる。理由まではよくわからないけど、わたしのことをかわいいと感じたから変な顔になり、変な気を回して口を閉じたらしい。言ってしまっているのには気づいていないのだろう。

 それに「かわいい」よりも「一目惚れしました」のほうがよっぽど問題あるんだけどな。いや、いきなりかわいいって言われるのも確かにちょっと気持ち悪いし引いちゃうけど……でもこんな感じで言われたら、引く暇もなく笑ってしまう。

 変わった子だなぁ、と思った。今までも何度か思っていたけど、改めて深く。こんなに素直じゃ生きるのが大変そう。でも、好かれる人にはとことん好かれる性格だとも思った。


「そんなかわいい顔しても言わないからな! 幼馴染たちにも散々デリカシーないとか貶されるんだ……! 間宮さんには嫌われたくない!」

「わ、幼馴染なんているんだね」


 可哀想になったので、話題を逸らす。まあ実際、幼馴染、というあまり現実世界では聞かない単語に惹かれたというのもあるけれど。

 時川くんは助かった! とでも言いたげな表情で、幼馴染のことを語り始めた。双子だけどまったく性格が違うらしく、片方に対しては楽しそうに、片方に対してはげんなりと話していたけど、結局どちらも好きなのだろうというのは聞いていればわかった。

 そんな話を聞いているうちに駅に着いて、友達一日目はおしまい。二日目、三日目……と大体この調子で続いていったのだった。


     * * *


 時川くんは本当にわたしのおすすめした本を色々と読んでくれた。話してくれる感想も、ちゃんと読んでくれたんだなぁ、とひしひしと伝わってくるものばかり。主人公のあのセリフが好きでさ、なんて、わたしに告白してきたときのようなキラキラ顔で語ってくれる。

 わたしも好き! 時川くんはそこどう解釈した? そんなふうに語り合うのはとても楽しかった。

 正直に言おう。……このままずっと、友達でいられたらいいなと思っている。

 だってこんなの、理想の読書友達すぎる。こんなに本の趣味が合う友達は初めてだし、語り合ってくれる友達も初めてなのだ。

 バスケ部に入った彼は忙しく、わたしが勧めた以外の本を読む時間までは取れていないようだった。けれどもしも彼に時間があって、自分で面白い本を見つけ出すことができたなら、きっとわたしもその本を好きになれるだろう。



 時川くんと出会ってから二ヶ月。

 バスケ部の週に一度のオフの日には、放課後一緒に図書室に行くのが習慣になっていた。そして帰り道には、本の感想を語り合う。時には別れた後でも、トークアプリでやりとりを続けるのだった。

 今日も帰り道、いつものように語り合った。一つだけいつもと違ったのは、別れ際にわたしがあるお願いをしたこと。


「と、時川くん……こんな気が早いこと言うのもちょっと恥ずかしいんだけど、卒業してもわたしの友達でいてくれる?」


 こんなお願い、普通だったら引かれても仕方がない。しかし時川くんが引くとは思えなかったから、言うなら早いに越したことはないかな、という結論に至ったのだ。なんでも素直に言ってくる時川くんに感化されたのかもしれない。

 時川くんならすぐに了承してくれるだろうと予想していたのに、その予想に反し、彼はなぜかショックを受けた顔をした。


「……俺今遠回しに振られた!?」

「ふら……え?」


 何の話だろう。きょとんと首を傾げると、彼も首を傾げる。

 その状態で数秒見つめ合っているうちに、ようやく思い出した。いや、思い出したというのは正しくない。ちゃんと覚えてはいたのだ。……意識していなかっただけで。

 そういえば時川くんは、わたしのことがそういう意味で好きだったんだな、って。


 けれど少し意外だった。告白を受けてから今まで、彼が返事を求めてくることはなかったのだ。

 てっきりもう恋心なんて綺麗さっぱりなくなって、ただの友達になれたのだと思っていた。確かに『好き』は毎日のように言われてはいたけど……あまりにもさらりとした、日常会話の単語レベルの使い方だったから。わたしは勝手にそれを、友達の『好き』として受け取ってしまっていた。


 駅構内で立ち話するような話じゃなくなっちゃったな、と視線を周囲に揺らす。せめて少しでも人の邪魔にならないところに移動して、ひっそりと話さなければ。……これはもう、階段上がってホームの端っこにでも行ったほうがいいかなぁ。

 ごめんね、ちょっと移動しよう、と提案すれば、彼はそのまま着いてきてくれた。

 ホームの端で、改めて話を切り出す。


「……わたしのこと、まだ好きだったの?」

「好きじゃなくなったなんて言ったっけ!? 好きだよ、ずっと!」


 目を丸くした時川くんが慌てて否定してきたので、つられてわたしも慌ててしまった。


「そ、そうだったんだ……。ごめんね、さっきのはただ、時川くんと本の話できるの楽しいから、これからもしたいなぁって思っただけなんだ」


 わたしなんかを好きになったばかりに、やっぱり彼の『好き』がもったいないことになってしまった。ずん、と気持ちが落ち込む。罪悪感、というのが一番適切な表現だろう。

「~~駅で踏切内の安全点検を行なった影響で、次の電車三分ほど遅れています。お客様には大変ご迷惑を――」そんなアナウンスが、意識の外で聞こえる。


「そう思ってくれるのは嬉しい! けど、どうかな……できるかな……。今は友達で十分だけど、できれば間宮さんと付き合えたらいいなって思っちゃってるし。っていうかあの、一応俺的には猛アタックしてたんだよな。いつかちゃんとまた告白するつもりだけど、それで振られちゃったら気まずくて本の話なんてできないしなぁ……」


 真面目に思案する時川くんは、特に深いことまで考えていないのだろう。あ、いや、これじゃ失礼だな。考えてはいるんだけど、なんだろう……友達でいたいなら振っちゃ駄目、というプレッシャーを与えたいわけじゃない、っていうか。プレッシャーを与える可能性自体に気づいていないというか?

 ともかく、その思いを聞いてしまったからには聞かなかったことにはできない。ずっと友達でいることが無理なら、告白を断って友達を失うか、オーケーを出して恋人になるかの二択しかないのだ。

 ……恋人兼友達、ってありかな。それだったら後者に心が揺れてしまうけど、恋人と友達ではやることも変わるだろうし、それを時川くんとできるかと訊かれると……できないなぁ。時川くんのことはやっぱり、友達としか思えなかった。


「……今は友達で十分、なんだよね?」


 結論の先延ばし、というずるい手段に出る。それでも時川くんは嫌な顔も見せず、「うん!」と大きくうなずいてくれた。


「好きな子とこうやって好きなものの話できるだけで、めちゃくちゃ楽しいから!」

「そ、そっか」


 ここ最近普通にスルーしてしまっていた『好き』が、どこか異質なものとして耳に入ってくる。決して不快なわけではないけど、少し落ち着かない。

 そのせいかつい、変なことを訊いてしまった。


「……時川くんの『好き』って、どういう感じ?」


 アバウトすぎる質問に時川くんはまた一度首を傾げて、それでも「うーん」と考え始めてくれた。


「……それって、間宮さんへの『好き』に限定して考えていいやつ?」

「……うん、それで」

「そっか、了解。ちょっと待って」

「こ、答えにくいこと訊いちゃってごめんね……」


 ……その『好き』に応える気もないのに、無遠慮に踏み込んでどうするの。

 そう思うのならすぐにでも質問を撤回するべきなのに、どうしてかわたしは彼の答えを待ってしまっている。

 しばらく無言で考えていた時川くんは、おもむろに口を開いた。


「……さっき言ったとおり、好きなものの話できるのが嬉しい。あと、笑ってる顔見れるのとかも嬉しい。……名前、呼ばれるのも……嬉しい、し。あ、そうだ、こっち見てくれるだけでも嬉しい。声聞けるのも、一緒に帰れるのも、また明日って言えるのも嬉しい。こうやって俺に何か訊いてくれんのも嬉しい……んんん、ってことは、そうだな」


 考え考え話した末に、うん、と一人納得したようにうなずく時川くん。


「俺の間宮さんへの『好き』は、毎日嬉しいこといっぱいでめちゃくちゃ幸せ、ありがとう! ……の、『好き』かな」

「……ありがとう?」

「そう! ……あれっ、もしかして伝わんなかった!? じ、自分じゃめっちゃしっくりきたんだけど」

「あ、ううん、意味はわかる! けどお礼言われるとは思ってなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」


 困った顔をしていた時川くんは、わたしの言葉に「よかった!」とにぱっと笑った。


「っつーわけで、毎日ありがと、間宮さん!」


 ――そうだった。

 今度こそちゃんと、()()()()()

 出会ったその日にも、時川くんはありがとうと言っていたのだ。わたしの名前を知れたことが嬉しかったという、ただそれだけの理由で。彼の『好き』は、『ありがとう』の積み重ねなのだろう。

 それは……うん。わたしも、しっくりきた。

 自然と表情が緩む。


「こちらこそ毎日ありがとう、時川くん」


 あのときとは違って、「どういたしまして」ではなく「ありがとう」を口にした。

 わたしは別に、時川くんの笑っている顔を見ることも、名前を呼ばれることも、また明日と言えることも、そして彼が挙げた他のことも大体、嬉しいとは感じない。

 けれど一つだけ、同じことを嬉しく感じている。好きなものの話ができること。そこだけはわたしと彼の共通点だ。

 今はたった一つしかない共通点が、これから先増えていったりするのだろうか。増えていったらいいな、と願うこと自体、もしかしたら二つ目の共通点なのかもしれない。

 そんなことを考えているとき、ぽつりと小さな声が発せられた。


「……ごめん、間宮さん」

「え」


 唐突な謝罪の言葉に、ひやりとしたものが体を走る。拒絶された、ように感じたのだ。今わたしの顔は、目の前の彼に負けず劣らずこわばっているだろう。

 そこに聞こえてくる、電車の到着と遅延の謝罪を告げるアナウンス、そしてメロディ。今言っても声が届きにくいと思ったのか、時川くんは開けようとした口を閉じた。

 すぐにやってきた電車が緩やかに止まっていく。帰宅ラッシュにはまだ早い時間だから、ドアが開いてもそう乗り降りする人は多くなかった。


 ドアが閉まり、電車が次の駅へ向けて発車する。

 その音が完全に聞こえなくなってから、時川くんはもう一度「ごめん」と零した。


「今は友達で十分って言ったけど、十分じゃなくなっちゃった……」


 泣きそうに見えるくらい、心底申し訳なさそうな表情で言う。


「間宮さん、俺と付き合ってほしい」

「……ほ、わぁ?」


 変な声が出た。このたった数分で、どんな心境の変化があったんだろう。

 ……え、あれ、どうしよう。ここで返事を求められるってことは、それは、えっと、も、もしかしてわたし今、明日から時川くんと話せなくなるか、これからも話せるかの瀬戸際にいる?

 先延ばしにしたことがこんなに早く襲いかかってくるなんて、と愕然とする。

 どうしようどうしよう、とぐるぐる考えている間にも、時川くんはこちらを真っ直ぐに見つめて返事を待ち続けていた。真っ直ぐすぎて怖い。ますます考えがまとまらなくなる。


 時川くんのことは、好きじゃない。……でもここで友達を失いたくもない。

 どっちだ。わたしの中で、どっちの比重が大きい?


 ――別に読書友達は他に作ればいいでしょう。好きじゃない人と付き合うなんて相手にも失礼だよ。

 ――いやでも、ここまで趣味の合う子がこの先いると思う? いたとして、こんなわたしと友達になってくれる? まずは恋人になってみてから考えてもいいんじゃないかな。

 ――それこそ問題を先延ばしにしてるだけでしょ! その気がないならさっさと振る、それが一番!

 ――でも時川くんと話せなくなるのやだ! 絶対やだ!!



 …………う、ううーん、うーん。これは、あー、ううううん……。

 やだ! の気持ちが強すぎて、理屈が通用しない状態になってる……。何を考えても結局、時川くんと話せなくなるのやだ! になってしまう。

 随分大切な友達として認識してたんだなぁ、と改めて実感して、うろ、と視線をさまよわせる。


「つ、」


 こんなの、頭の中の冷静なわたしが言う通り時川くんに失礼だ。

 だけど――理屈ではどうしようもない気持ちというのは、本当にどうしようもないもので。


「付き合い、ます」


 気づいたときには、わたしはそう答えていた。


「っ、ほんと!? ほんとに!?」


 ぱあっと輝いた顔が眩しくて、罪悪感がぢくぢくと心臓をいじめる。

 本当にこれでよかった? わたしのわがままに時川くんを付き合わせていいの? ……付き合わせていいはずがない。

 ちゃんとわかってるのに、わたしはその答えを撤回することができなかった。


「……うん」


 うなずいたわたしに、時川くんがそわそわと訊いてくる。


「そ、それじゃあ、これからは思う存分かわいいって言っていい!?」

「えっ、う、ん、いい、よ?」

「よっしゃ! それからそれから、結音って呼んでいい!?」

「う、うん、じゃあわたしも英明くんって呼ぶね」

「マジでー!? やったやった、ありがと間宮さ――結音!」


 ……この笑顔が見れたなら、わたしの答えも間違っていなかったのかもしれない。

 ちょっとだけほっとした気持ちは、他ならぬ時川くんにまた落とされた。


「あ、変なことしたりしないから安心して! そういうのやるとしたら、結音が俺のこと好きになってくれてからだから!」

「………………へ」


 たっぷり間を開けて一音だけ発したわたしに、時川くんは続ける。


「だって手ぇ繋ぐのとか、その、キスとか……もさ、本当に好きな人とやるべきだろ?」

「……わたしが、時川くん……英明くんのこと、好きじゃないって言ってるの?」

「違うの?」

「ちがわ、ないけど」


 ついあっさりと肯定してしまう。

 首を傾げる時川くんの内心が、全然読めなかった。わたしの気持ちがわかっていたくせに、どうしてあんな笑顔ができるんだろう。これから好きにさせればいい、という自信の表れ? でもそういう意図はない、ような気がする。

 恋人同士がやるようなことを何一つやらないのなら、友達でいるままと少しも変わらない。友達以上を望んできたのは時川くんなのに、本当にこれでいいんだろうか。


「……無理に付き合わせちゃってごめんな。友達で十分だって、また思えるように頑張るから」


 時川くんは、ほんの少し目を伏せた。


「だからそれまでちょっとだけ、間宮さんの彼氏でいさせて」


 そっか、と思った。

 時川くんが付き合ってほしいと言ったのは、わたしを諦めるためなのだ。たぶんそれは、卒業後も友達でいてほしいというわたしのお願いを叶えようとしてくれているから。……そのときには呼び名も、今みたいに『間宮さん』に戻るんだろうな。

 ここでただうなずくのは簡単だった。ありがとう、頑張ってね。そう図々しくお礼を言えば、時川くんは本当に頑張ってくれるのだろう。


 ――でもそれは、フェアじゃない。


「それならわたしは、時川くんとちゃんと付き合いたいって思えるように頑張る」

「……へっ!?」


 ぎょっとした時川くんの目を、わたしは真っ直ぐに見返した。


「時川くんにだけ頑張ってもらうなんてやだから。無理に付き合わせてるのは、こっちも同じでしょう? わたしが友達でいてほしいなんて言わなかったら、無理して友達に戻ろうなんてしてないよね」

「え、いや、でもそれはちょっと違くない……?」

「ううん、違くないと思うな。恋人になりたい時川くんが友達になろうって頑張るなら、友達になりたいわたしは恋人になろうって頑張るべきだよ。というか……そうしたいから、そうするね」


 二人の人間の感情が同時に変わることなんてありえないんだから、先に変わったほうが相手に合わせればいい。

 これなら完璧にフェアだと思ったのに、時川くんは沈黙してしまった。このままだと次の電車も来てしまいそうだ。……何かおかしかったかな。

 そうしてしばらくして、彼は口を開く。


「……結音って」


 下の名前を呼んで、時川くん――英明くんは、ぱちぱちと目を瞬いた。


「意外と強気っていうか……かっこいい?」

「あははっ、それは初めて言われた」


     * * *


 英明くんに恋をするために頑張る。

 そう決めたはいいものの、それはなかなか困難を極めていた。

 とりあえずは英明くんの好ましいと感じる部分を見つけよう、と毎日意識的に探しているのだが――たくさんあったのだ。そもそも友達付き合いだって好きじゃないとできないんだから、この結果も当然と言えば当然なのだけど。


 ただの挨拶でも人の目をちゃんと見てするところが好ましいし、ああ見えて(という表現は失礼だろうけど……)成績が普通にいいところも好ましいし、もちろん本の趣味が合うところも好ましい。他にもいろいろ。

 ここまで好ましいと感じるのに友達でいたいなら、わたしはもう一生英明くんに恋ができないのかもしれない……とちょっと落ち込んでしまう成果しか得られなかった。

 英明くんのほうも苦戦しているようで、わたしたちは名ばかりの恋人のままだ。このままでは一生現状維持、ということもありえるかもしれない。

 危機感を覚えたわたしは、勇気を出してとある提案をしてみた。


「英明くん、一回デートしてみませんか?」


 普段通りに過ごしていても何も変わらないのなら、普段とは違うように過ごせばいい。そう思っての提案だったのだけど、英明くんは「えっ!? えーっ!?」と大袈裟なまでに驚いた。


「いっ、いいの!? だってそれ、もうカップルがやることじゃん!」

「付き合う前に男女が二人で出かけることもあるし、必ずしもカップル限定のことってわけでもないんじゃないかな……?」

「それも、そう、か?」

「うん、だから英明くんの次のお休みにでも、どこかに行きませんか? 放課後デートでもいいし、もし休日のお休みがあるなら少し遠い所に行ってもいいかな、って。急ぎじゃないから、別に次のお休みじゃなくていいし。英明くんのお暇なときに」


 基本的に英明くんの部活のオフは火曜日だけど、休日の休みもないわけではないみたいだった。どうせなら休日のほうがデートらしいデートができる。

 普段図書室で一緒に本を読むのも、図書室デートって言えなくはないからなぁ。変化を求めるなら休日のほうが都合がいいけど、英明くんの予定はどうだろうか。


「それなら今週の日曜、体育館使えないから部活やす……み、なんだけど、あー……ごめん! マナとみなかと昼一緒に食べる約束しちゃってた」

「大丈夫だよ、先約優先して」

「ほんとごめんな……来週の火曜の放課後でもいい?」

「うん、英明くんが大丈夫ならそれで」


 まなとみなかというのは、彼の幼馴染のことだ。フルネームだと、椎名まなかくんと椎名みなかくん。双子であるその幼馴染の話は、本の話題の次に多い話題だった。本当に仲がいいんだな、と話題に上るたびに微笑ましくなる。


「ちゃんと会うのはもしかして高校入ってから初めて? 楽しんできてね」

「ありがと! そうなんだよなぁ、すれ違ってはいたんだけどなかなか喋れなかったからさ。これでやっとマナがダテメかけたり髪切ったりしてる理由訊ける!」


 さっきのしょんぼりから一転、にこにこする彼の言葉に、あれ? と思う。

 髪を切った理由。そんなもの、わざわざ訊くものだろうか。急に坊主にしたとか? でもそれだったら髪切った理由、じゃなくて坊主にした理由って言うだろうし……。長い髪を切った? でも話を聞いている感じ、まなかさんって長い髪の毛を邪魔に思うような活発なタイプだと思ったんだけど。


「……まなかさんって、髪長かったの?」

「まあ長いほうだったかな。っていっても、女子としては普通くらい? こんくらいだったのがこんくらいになった」


 手の位置で髪の長さを示す英明くん。けれどそこよりも、『女子としては』という言葉のほうに意識が持っていかれてしまった。

 女子。

 おんなのこ。


「…………あの、英明くん」

「ん? なに、どうした?」

「まなかさんとみなかさんって、女の子なの?」

「あれ、言ってなかったっけ」


 聞いてない! と叫びそうになった。

 今日まで二人が女の子だとわかるような話題は何一つなかった。わざとかって思うくらいだけど、この反応を見るにわざとじゃないんだろう。


 そっか……女の子、だったんだ。


 その事実が、なんだかじわじわと変な感覚とともに頭に認識されていく。

 英明くんとの仲の良さから、てっきり男の子なのだと思い込んでいた。名前の時点で女の子っぽいなぁとは感じていたけど、わざわざそんなことを言うのも失礼だろうと口にしなかったのだ。

 ……わたしがまなかくんとかみなかくんとか呼んでいれば、この勘違いはすぐに判明したんじゃないだろうか。一方的に知っているだけの男の子を下の名前でくん付けするのはなぁ、と思ってしまったわたしのばか。


 いや、幼馴染二人が女の子だと知ったところで、特に問題はない。

 問題はない、んだけど。

 ……けど。


「……まなかさんとみなかさんって、可愛い?」

「んー、かわいいんじゃない? 結構モテてたしな~」


 モテていたという話は聞いていた。まなかさんは鈍いから、変な奴が近寄らないようにみなかさんが目を光らせていたらしい。

 二人ともきっとかっこいいんだろうなぁ、と思っていたのが、まさか『可愛い』の方だったなんて。


「あ、写真あるけど見る?」

「み……み、ます」


 勝手に見ていいものか、と逡巡はしたものの、結局欲に従ってしまった。

 見せてくれたのは、どうやら中学の卒業式の写真のようだった。胸元に花をつけた制服姿の三人が、笑顔で写っている。

 …………かわいい。すごく可愛い。芸能人かと思うくらい整った顔立ちだった。双子だから当然だけど、こんなに可愛い顔が二つも並んでいると、わたしは幻覚でも見せられているんだろうかという気持ちになってくる。それくらい可愛かった。


 英明くんは……こんな可愛い子たちと、ずっと幼馴染だったんだ。

 ――それでなんで、わたしのことなんて好きになっちゃうのかなぁ。


「……すごい可愛いね」

「はは、さんきゅ、あいつらに言っとくな!」

「ううん、言わなくて大丈夫」


 きっぱり断ったその声は、自分でも驚いてしまうくらい硬かった。英明くんはちょっと不思議そうな顔をしたけど、「そう?」と言っただけで追及はしてこない。

 なんだろう、この変な感覚。もやもやとした気持ち悪さが、お腹の辺りにたまっていく。

 ……この感覚は、英明くんの幼馴染が女の子だった、と知ってからのもの。つまりそれが原因。ということは……客観的に見たら、いわゆる『嫉妬』というもの、だろう。

 だけどそれは、わたしが英明くんのことを好きでなければ発生しない感情だ。ただの友達に向けるにはふさわしくない感情。

 それとも、好きだと言ってくれる彼に仲がいい女の子がいたのが気に入らない? まだ付き合う気もないくせに、そんなみっともない独占欲を持っているなんて思いたくはない。でも英明くんのことは好きじゃないし……となるとこっちの説が濃厚で……そうなると……だけど……。


「…………」

「結音? どうかした?」

「あの、英明くん。引かないでほしいんだけど――」


 手っ取り早い解決法を取ることにした。



「キ、キスしてみてもいいですか」



 ――わたし、パニクってるなぁ。頭のどこかが冷静にそう思う。

 口に出してから一拍遅れて、羞恥心がぶわりと溢れてきた。呆然としている英明くんの顔が見れなくて、そっと目を逸らす。

 この方法は、大分前に思いついたものだ。キスをしてみて嫌じゃないなら……ということではない。キスをしてみて、もしまたしたいと思うのなら、それが恋愛としての好きということだろう。

 もし違った場合、英明くんをすごく傷つけることになるから今までは提案しなかった。ここで口にしてしまったのは、自分でもどうして、と思わざるを得ない。ほんとわたしはどうしてこんなことを……頭がおかしい……。

 自己嫌悪にさいなまれていると、ようやく英明くんが長い沈黙から口を開いた。


「………………ちょっと聞き間違えたみたいだから、もう一回言ってもらってもいい?」


 あの恥ずかしい言葉を。

 もう一回。


「だから、えっと……き、すを……したら……英明くんのことを好きかどうかわかる、かなぁって……思って……も、もちろんこんな人がいるとこじゃなくて、どこか小道とか、そういう、あの、目立たないところで、させてもらえれば……もちろん英明くんが嫌じゃなければなんだけど……」


 しどろもどろに説明をする。

 顔があつい。自分が何を言っているのかもわからなくなる。英明くんの記憶を消して自分の記憶も消したい。どうしてこんなことになったの。

 英明くんが真っ赤な顔で慌てる。


「いやいやだって、え、いや、あの、ま、間宮さん!? キキキキスってやっぱりちゃんと好きな人とやるべきでいや俺は間宮さんのこと大好きだから全然いいっていうかむしろ嬉しいし何回だってしたいんだけどあっ待って今俺めちゃくちゃキモいこと言ってるタンマ、タンマ!」


 動揺のせいかわたしの呼び方が間宮さんに逆戻りしてしまっていた。

 すーはー深く息をした英明くんは、震え声で尋ねてくる。


「……間宮さんって、キスしたことある?」

「……ないです」

「だったら大事にした方がいいんじゃないかな!? 好きでもない奴としちゃだめだろ!」

「で、でも……わたしは恋愛小説読むとき、キャラクターにすごい感情移入して読むから。つまり読んだキスシーン分わたしはキスを経験してるって言っても過言じゃなくて、現実で一回くらい増えたところでなんにも変わらないと思う、のです」

「すっげぇ過言!?」


 暴論なのはわかっている。いくら感情移入して読むからって、キャラの経験を自分のものだと思えるはずがない。これからするキスは、正真正銘わたしのファーストキスだ。

 でもこんな暴論でも、自分をごまかすことはでき……ないけど、できる。できると思い込めばできる。大丈夫、わたしは今冷静じゃないんだからどうにかできる。できます。

「というか……その……」と英明くんは軽く咳払いをした。


「するぞ、って思った時点で嫌じゃなかったら、それってもうそういうこと、なんじゃないかなって……」

「……そう、なのかなぁ」

「そ、そうそう。だから無理してやらなくていいって! な!」

「そう……?」

「そうだって! まずは手ぇ繋ぐとことかから始めてみよ!? な!?」

「そっか……」


 納得したわたしに、英明くんはあからさまにほっとする。

 ……わたしは、英明くんが好きだったんだ? やっぱりまだぴんとは来ないけど、でも人として好ましいのは確かだし、他に仲いい女の子がいたらもやもやしちゃうし、キスを想像しても嫌じゃない。嫌じゃない、程度だと決め手には欠けるけど……総合的に考えれば、これは恋愛感情としての好き、なのかも。七、八割……八、九割くらいの確率で。


「…………あの。今さっきの恥ずかしい色々は忘れてくれると」

「忘れる、めちゃくちゃ忘れる。間宮さんも忘れて」

「忘れました」


 よし、と二人でうなずき合う。何もよくはないが、よかった。

 タイミング良く、駅に到着する。歩きながら何て話を、と今更ながらにさらなる羞恥心が襲ってきたが、どうにか耐える。

 彼とは反対方面だから、ここでお別れだ。だけどその前に、最終的な結論をはっきりさせておかなければならない。


「もうちょっとお話、いい?」


 そう言って、いつかのようにホームの端に向かう。


「……英明くん、手繋いでみてもいい?」

「ど、どうぞ」


 神妙な顔で差し出された手に、指を絡める。恋人繋ぎと呼ばれるそれは、なるほど、普通に手を繋ぐよりもずっとどきどきした。……いや、そもそも男の子と手を繋ぐこと自体、幼稚園の遠足以来なんだけど。

 ぎゅ、ぎゅっと力を入れてみる。英明くんはされるがままで、何もし返してこなかった。けれどその顔がさっきと同じくらい赤くなっているのに気づいて、はっと我に返る。

 ――キス云々の話で感覚が麻痺してしまったけど、これってすっごく恥ずかしいことしてるんじゃないかな!?

 しかしそう意識しても、なんだか名残惜しくて手を離せなかった。

 ……結局。八、九割なんてものじゃなくて、十割だったんだろう。この離せない手こそが、探していた答えだったのだ。


「英明くん」


 意を決して、彼の名前を呼ぶ。

 やっとこれを言えることが嬉しいから、答えなんて本当はとっくに決まっていたのかもしれない。


「――好きです。よければわたしと付き合ってください」


 予想はしていただろうに、英明くんは目を見開いて口をぱくぱく動かした。


「色々振り回しちゃってごめんね。もしまだわたしのこと好きなら――」

「す、好き! それは好きに決まってるだろ!」

「ふふ、ありがとう」


 思わずちょっと笑ってしまった。

 ……趣味が悪いなぁ、という思いは、申し訳ないことに消えてはいない。

 だけど今のわたしなら、彼の『好き』を全部ちゃんと受け止められるから。英明くんの彼女としては及第点なんじゃないかな、と甘口なのか辛口なのかよくわからない自己評価を下す。


「それなら、ちゃんと恋人っぽいこともするお付き合い、してくれますか?」

「します! するー!!」


 ぎゅうう、と手に力を入れられて、その痛みにまた笑ってしまう。離されてしまったら嫌だから、痛い、とは言わないけれど。


「……ち、ちなみに、結音の初めてのキスの相手って、どの本のどいつ……?」


 ……忘れるって言ったくせに、忘れてくれてなかった。

 ついむっとしてしまったけど、あんなめちゃくちゃな理論そうそう忘れられないだろうことも事実だ。仕方ない。

 仕方ない、けど――ちょっとした意趣返しくらいはしてもいいかな。

 そうっと、彼の名前を口にする。


「英明くん」

「うん?」

「どの本にもいない、英明くん、なんじゃないかなぁ。……と、思います」


 恥ずかしくなってそっぽを向けば、「俺もそう思います……」とか細い声が返ってきた。

 うん。やっぱり、初めてのキスというのは自分が経験してこそのもので……だからわたしにとっては、この半年後のキスが初めてのキスなのだった。

 キスしたいって言ってくれてたのにちょっと遅くないかなぁ、とは正直思ったのだけど。がちがちに緊張した英明くんがすごく可愛かったので、全部どうでもよくなった。





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