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姉の為に。  作者: たかだひろき
第五章 【第十次人魔大戦】編
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第二十三話 【大戦の終わり】




 外にいるマルセラへ合図をして神殿から脱出した葵たちは、死屍累々としている平原に驚きつつ後ろを振り返る。

 ふわふわと白い粒子が空へと昇り、葵たちが大戦の戦場とした白い神殿が消えていく。

 ここで起こったことがなかったかのように跡形もなく消滅していく神殿を、何とも言えない気持ちで眺めた。


「葵。大丈夫か?」

「……」


 ボーッと、特に何を考えるでもなく神殿が溶けていくのを眺めていた葵に、アヌベラに肩を借りて隣を歩くラティーフが問いかける。

 脈絡もない唐突な言葉だが、その言葉が意味するところは日菜子や翔でも理解できた。


「大丈夫です。俺がやるべきことは変わらない。師匠も、俺が立ち止まることは望んでないですから」

「……そうか」


 ラティーフが葵の頭を撫でる。

 わしゃわしゃと乱雑に、しかし優しく髪を掻きまわす。

 抵抗することもなくされるがままに頭を撫でまわされる。

 数秒で解放され、顔をあげた先にあったのは、いつになく優しい表情をしたラティーフだ。

 それが意図するところはわからないが、それでも葵を心配してくれていたことはしっかりと伝わった。

 根本的に、この世界の人々は優しいのだ。


「そう言えば、神殿に乗り込んだ他の方々は――」


 アヌベラが口を開き、一緒に神殿へ乗り込んだはずの他の召喚者の安否を確認しようとした瞬間、遠くで「おーい」と気楽な声が聞こえた。

 今が平時なら魔物を呼び寄せる危険な行為だが、これだけの死体の山が積み上げられている今ならここら一帯の魔物は狩り尽くされているだろうし、そこまで心配することはないだろう。


「あ、梨乃ちゃんに夏希ちゃん! みんなも!」


 声の方にいた召喚者たちを見て、日菜子が嬉しそうな声を上げる。

 これと言った大怪我をした人はいないようで、遠くで手を振っている彼らは疲れた表情こそ見えるものの問題はなさそうだ。

 彼らと合流し、キャッキャと(はしゃ)ぐ女子組を宥めつつ、葵たちはマルセラと合流した。

 心なしか、日菜子が心の底から喜べていないような気がした。

 尤も、日菜子を一番よく知るであろう翔が何も違和感を覚えていないようなので、一年程度同じ役職に就いていただけの葵が何かを悟れるはずもないだろうと意識を戻す。

 平原の惨状と神殿での出来事を話し、大戦が終わったことをしっかりと理解すると、マルセラは葵たちへ視線を向けて、深々と頭を下げた。


「ありがとう。あなたたちのおかげで、この世界は救われたました」

「いやっ、そんな! マルセラさんが頭を下げるようなことじゃないです!」

「……そうね。私だけではなくて、この世界の全ての人間が頭を下げるべきことよね」

「えと、そういうことじゃなくて……」


 日本人の反射的な謙遜に返された言葉に、応対した翔はオロオロと慌てだす。

 そんな翔を見て、マルセラはフフッと上品に微笑んだ。


「冗談ですよ。困らせるつもりはなかった、というのは嘘になってしまうけれど、それでも今言ったことは事実。あなたたちの助力があって、ようやくこの世界の危機から脱することができたわ。ありがとう」


 マルセラは改めて、感謝を告げた。

 真っ直ぐ、その場にいた召喚者全員の目を見て、深々と感謝の意を述べた。

 威圧しているわけでもないのに、雰囲気だけで有無を言えなくなり、翔たちは言葉に詰まる。


「マルセラ様の言う通りだ」

「ら、ラティさんまで……」


 アヌベラの肩を借りていたラティーフが、マルセラの言葉は正しいとばかりに頷いて見せる。

 翔が困ったように反応を示すが、それでもラティーフの表情は変わらない。


「事実だよ。お前たちがいたから、俺たちはこうして大戦に勝てた。お前たちが何と言おうとその事実は変わらない」

「そうですね。謙遜はあなたたちの国の文化だと聞いていますが、たまには素直に感謝を受け取ってみてもいいと思いますよ?」

「それは……」


 アヌベラの言葉を受けてなお、やはり翔は困ったように眉を(ひそ)める。

 謙遜は文化だとアヌベラは言ったが、それは少しだけ違う気がする。

 翔の謙遜は文化――日本人に根付いた本能というよりも、心の底からそう思っている雰囲気を感じる。


「よぅ。今いいか?」


 悪い雰囲気ではないが、何とも言えない空気感を漂わせていた空間に、能天気な声が届く。

 尤も、ある程度の配慮がされているのは言葉から読み取れた。

 むしろ助け舟とさえ言えるその発言に、マルセラがいち早く反応する。


「どうかいたしましたか、ドミニクさま」

「ああ。まずはこいつを合流させてやろうと思ってな」


 そう言って、ドミニクは引っ張ってきた隼人の背中を押して、翔たちのグループへと押しやった。

 存在を忘れていた、というわけではないが、全員の安否を確認する前にマルセラとの話が始まったので、いないことを知らなかった。

 マルセラとのやり取りを聞いていたのか、少しだけ気まずそうにしているように見える。


「隼人! 大丈夫か? 怪我は?」

「だ、大丈夫。ドミニクさんに助けられたから――」

「何言ってんだよ。お前が俺を助けてくれようとしたんじゃねぇか」


 ドミニクの言葉に、召喚者たちが盛り上がりを見せる。

 今の言葉の真意はなんだと隼人に質問攻めが始まった。

 質問にもみくちゃにされながらも、一つ一つ丁寧に対応しているその姿は、かつて葵に敵意を剥き出しで戦っていた時の人物とは別人に見える。

 大戦までのひと月、心を入れ替えたという隼人にずっと疑心暗鬼を抱えて接してきたが、杞憂たったと考えていいのかもしれない。


「それでドミニクさま。要件は何でしょうか?」

「ん? ああ、そうな」


 マルセラに本来の用事を催促され、ドミニクはんんっ、と拳を口元に持っていき、わざとらしく咳をする。


「大戦に完全勝利したんだからよ」


 勿体ぶって、そこで一度言葉を切る。

 そしてニヤリと悪戯な笑みを浮かべて――



「――パーティーするしかねぇだろ」


 ドヤ顔でそう言い放った。




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