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姉の為に。  作者: たかだひろき
第五章 【第十次人魔大戦】編
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第九話 【人類軍精鋭VS魔王軍本隊】




「第一は第二と交代! 第一は傷の治療し、すぐに代われるよう準備を!」


 気合の籠った声で指揮を執るのは、アルペナム王国の第二王女にして唯一の王位継承権を持つ、ソフィア・W・アルペナム。

 まだ十七歳の子供だが、目覚めた恩寵をフル活用し、戦場を俯瞰できる位置で指示を出している。

 俯瞰できる位置と言っても、戦場からほんの百メートルほど離れただけの小高い丘で、ここも戦場であることに変わりはない。

 油断すれば、残された軍と組合員の網を抜けた魔物や、その魔物たちの指揮を執っている魔人たちから攻撃を受けるかもしれない。


 しかし、そんなソフィアを守るようにして、初老ほどの四人の男が周辺を警戒していた。

 視線を丘の下へと向け、いつでも戦えるように抜刀したまま立っている。


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったな」

「そうだな。アブーの腕が吹っ飛んだときは、もう終わったかと思ったぜ」

「いんやぁ? 俺はあんちゃんがくれた()()を信じて守ったまでのことよ」

「嘘つけよ。あんちゃんは危険になったら使ってくださいって言っただけで、詳しい説明はしてなかったじゃねぇか」


 四人の男たち――正確には三人だが、彼らはそこが戦場だとは思えないほどに軽口を叩き合っている。

 むしろ、こんな場所で戦っているのがおかしいとさえ錯覚させるほどの、日常の雰囲気だ。

 しかし、これが日常でないのは、彼らの近くに転がっている十を超える魔物の死体が物語っている。


「ごめんね、うるさくて。集中できてる?」

「はい。むしろ、騒いでくれている方が余計なことを考えずに済むので」

「……そっか」


 ソフィアに対しそう謝罪したのは、四人グループの中で最も静かで、しかし司令塔として頭一つ抜けているラムジだ。

 ソフィアの答えを聞いて、ラムジは戦場で談話しているムラト、アブー、ハーディの三人の元へと戻る。


 なぜラムジたちがソフィアの護衛についているかと言えば、簡単に言えば葵の知り合いだから、という理由でソフィアが推薦したからだ。

 組合員は基本的に戦場の前線に出てもらうという話だったが、この四人は特に葵と親しそうだったので、特別にお願いし、紆余曲折を経てこの場に護衛としている。


「いやしっかし、あんちゃんがくれたこれ、本当に凄ぇな」


 アブーの足元に巻かれた状態で置かれたそれは、スクロールとか巻物とか呼称できるような見た目をしている。

 効果も実際それと似たようなものであり、足元に置かれたそれは治癒魔術の魔術陣が描かれた、超希少品だ。

 売れば、おそらくは一年以上は遊んで暮らせるだけの額が手に入るほどの希少品が、無造作に地面に置かれている。

 価値を知っているものが見れば、卒倒間違いなしだ。


「そうなぁ。吹っ飛んだ腕が瞬く間に治っちまったもんなぁ」

「おいアブー。その所為でラムジの魔力を半分奪ったこと、忘れんなよ? 次は使えないんだからな?」

「わかってる。次はへましない」


 いつも通りの軽口だが、そこには少しだけ覚悟が見えた。

 アブーたちも、この魔術陣の価値をわかっていないわけじゃない。

 そもそも、葵から貰ったもの、という時点で、彼らにとってはその価値以上のものがある。


「あの人見知りで語らず屋のあんちゃんから託されたんだ。その期待にくらい、応えたいもんだからな」

「ああ。でなきゃ、顔向けできねぇってもんだ」


 そう言って、彼らは各々の得物を握り締めた。

 視線の先には、再び網を抜けてきた魔物が三匹見える。

 どれも、見た目こそそこいらの魔物と大差ないが、その実力はずば抜けているのは最初の戦闘で身に染みている。

 だから、その誰もが油断せず、魔物たちの一挙手一投足に注視している。


「安心して指揮してて。あの子の信頼に応えるために、ここは通さないから」

「はい! お願いします!」


 ラムジの言葉に、ソフィアは嬉しそうに微笑みながら元気に答えた。

 その笑みは、戦場には似つかわしくないものだ。

 だけど、自然に溢れてしまった。


 四人の日常の空気に当てられたと言えばそうだろうし、違うと言えば違うだろう。

 どうであれ、嬉しくなって笑みが零れたのは間違いない。

 葵という勘違いされやすい人間を、正しく理解してくれている人がいる、という事実を知れただけで、やはりこの四人を護衛にしてよかったと心から言えるだろう。


「無事に帰ってきてくださいね」


 遠方で戦いに備えているであろう葵に向けて、ソフィアはそう呟いた。






 * * * * * * * * * *






「おはよう、葵」


 帝都の中央辺りに建てられた物見櫓(ものみやぐら)の上で、帝都を睥睨している葵に声がかけられた。

 五十メートルほどの高さのあるこの櫓の上まで、物音一つ立てずに登ってきたことに驚きつつ、しかし常時展開している“魔力感知”のおかげで事前に察知していた葵はその声にすぐに返答する。


「おはようございます、ナディアさん」


 最後の一段を登り、ふぅと一息つくナディアの顔は、ここに転移した時よりも優れている。


「よく眠れたみたいですね。魔力の方は大丈夫ですか?」

「おかげさまで安眠できた。ありがとう」

「それはよかった」


 ナディアの返事を受けて、葵は素直にそう思う。

 ここに転移したとき、ナディアは尋常じゃないくらい疲労していた。

 今までも同じくらいの距離を転移してもらっていたことはあったが、今回は人数の桁が違った。


 二国間を通過するレベルの転移では二人が最大で、一国間なら十一か十二人が最大だ。

 だから、二国間を十人単位で転移するなんて今までにない転移をしたナディアは、とんでもないくらい疲労していた。

 魔力的には想定通りだったそうだが、これだけの人数を指定の場所に寸分違わず転移させるのは、精神的な疲労が半端じゃなかったらしい。

 顔色はそこそこ悪かったし、誰が見ても疲労困憊(ひろうこんぱい)なのは明らかだった。


 人を気遣うことをしなさそうな帝王ドミニクですら、心配そうな表情で体調を気遣っていたくらいだ。

 ともあれ、見てわかるほどに疲労したナディアは、これまでにも余裕があった時は何度かしてきたように、葵が魔術の上で寝た。

 ハンモックで寝ているように、ゆらゆらと風に揺られながら美しい寝顔で穏やかに眠っていた。


「葵の魔術だと、エルフの里で使っていた寝具よりもぐっすり寝られる」

「そこまで褒められると素直に嬉しいよ。まぁ俺も鍛錬ついでにやってることだし」

「そう? あれ風と火の二つを並列で使ってるから疲れない?」

「お。二つ使ってるのわかった?」

「伊達にエルフの血を受け継いでないよ」

「それもそっか」


 あと数時間もすれば大戦が始まると言うのに、そんな空気を微塵も感じさせない会話が、二人の間で繰り広げられる。


「あと、ナディアさんが寝ている間、ずっと俺が魔術を使ってたわけじゃないよ」

「知ってる。起きた時に会ったから」

「……そりゃそうか」


 そんな当たり前のことに気が付かないなんて、この後に起こることに緊張でもしているのかと、内心で自分に毒づく。

 ともあれ、人の苦労を知らないわけではないと知れたので、人の努力を踏みにじることをしなくて済んだと安心する。


 そのまま眼下に広がる、雑多ながらも整備された帝都を眺める。

 もうこちらに転移してから十数時間が経っているため、帝都に人影はない。

 既に避難誘導が終わり、もぬけの殻と化した帝都はどこか寂しげだ。

 王都のような、町を見下ろした時に思わず感動するような綺麗な街並みではないが、それでもこうして数々の建物がひしめき合っていると、壮観という他ないだろう。


 だがそれは、葵が平常だった場合だ。

 今の決戦を前にした葵に、そんな気持ちを抱いている余裕はない。


 ――否。

 決戦を前にしているから余裕がないのではなく、決戦において出てくるであろう相手を想像してしまうから余裕がないのだ。

 不安と緊張が押し寄せて、目の前のことに集中などできなくなる。

 その不安は何も考えていないときに湧いて出てくる。

 だけどその不安の所為で、真面目な思考をしている時ですらその不安が(よぎ)ることがある。

 だからこうして、何も考えずに、しかし何かを考えるという、矛盾で曖昧で、意味のないことをしている。


「気負いすぎたらよくない」


 そんな葵の心情を見透かしたように、ナディアが同じ景色を眺めながら言った。

 視線が葵の方を向かなかったから、それが誰に向けた言葉なのかもわからなくなりそうなくらい自然に掛けられた言葉。

 だが言わずもがな、この櫓の上には葵とナディアしかいない。

 それが独り言ではないのなら、葵に向けた言葉なのだろう。 


「迷うのも、悩むのも、立ち止まるのも、引き返すのも、(うずくま)るのも、その人を成長させる。でもその所為で、一生進めないなら意味がない。だから、気負いすぎないで」

「……はい」


 魔眼が目覚めようとしていた時以外、基本的には言葉数の少なく、無表情なことの多いナディアが、柔らかく優しい表情で語りかけてくれる。

 その声音も内容も、今の葵を元気づけようとしてくれているのが分かる。


「もし一人じゃどうしようもないなら、誰かを頼るのもいい。ひょんなことから進むきっかけを掴めるかもしれない」

「……そうですね」


 ナディアから数か月前ライラに教えられ、知っていたはずの頼ること(それ)を、無意識的に除外していたことに気が付かされる。

 人の思考や行動はそう易々とは変わらないと知っていたはずなのに、だ。


 だから改めて、意識を入れ替える意味も込めて、両手に力を入れて頬を叩く。

 鈍い痛みを発する赤く染まった頬が、ルーティンと化した意識の切り替えを行うスイッチとして機能する。


「ナディアさんの言う通りです。自分で何とかしようとしすぎてました」

「大丈夫?」

「はい。もう――少なくとも今は大丈夫です」


 頬を赤く腫らしたまま、ナディアの金色の瞳を見て答える。

 自分の表情は見えないが、きっと晴れた表情になってくれていることだろう。

 いや、そうでなければ今の言葉との整合性が取れなくなってしまうので、きっとそうなっているはずだ。


「――で、早速お言葉に甘える形になりますが……力を貸してください」

「いいよ。元々、葵が一緒に戦おうって言ってたし」

「あー。そう言えばそうでしたね」


 この大戦が始まる前にナディアに言ったことを忘れ、自分だけで解決しようとする悪癖を出してしまっていた。

 この世界に来て結愛がいなくなり、事実上頼れる人間がいなくなった葵が生きるために“一人で自己完結する”ことを目指した結果なので、絶対に悪だと言い切れないのが何とも言えない。

 しかし、今この瞬間の葵は、それを克服している。

 きっと、今まで以上の力を発揮してくれるだろう。


「優先される事項は二つで、一つは大戦の勝利。もう一つはラディナ、ソウファ、アフィの奪還。それができなければ、俺の――俺たちの大戦は負けです」

「そうだね」

「相手の戦力が今まで以上に高いそうですが、こちらの戦力もそれなりに高い。相手が今まで通り連携しなければ、召喚者でも連携で相手取れるはずです」


 相手側の戦力が高いことは、色々と経由してだが聞いている。

 魔王の戦力が例年以上に高く、想定していたよりも早い段階で攻めてきた今の時点でも、これまでの魔王と遜色ないくらいの実力を誇っていると。

 さらにはその下に位置する十名近くの魔人も、魔王と比肩する実力者だと聞く。


 しかし、それはこちらも同じこと。

 ラティーフたち師団長ペアや、帝王ドミニクと言った面々の個人技能は勿論、今この場には教皇マルセラがいる。

 個人で魔人と戦えるかと問われれば、身体能力の面で首を捻らざるを得ないが、こと援護に限って言えば個人で聖歌隊と同等の能力を行使できると言われている。

 事実上、魔術の実力が世界一と言えるだろう。


「なので、大戦の勝利はできると踏んだうえで、俺たちの最優先はラディナたちの奪還です。それを妨害しようとする相手がいれば、容赦なく叩き潰します」

「戦術は?」

「今から決めましょう。あと――二時間ないくらいですかね。その間に、詰められるだけ」

「わかった」


 櫓の上で、葵とナディアは時間の許す限り作戦を組み立てていった。






 * * * * * * * * * *






 櫓の上で作戦会議を始め、二時間が経過した。

 既に二人の会議は終了し、決戦の為の布石も打ち終えた。

 あとは、ラディナたちを連れ戻し、大戦に勝利するだけだ。


「――来ました」


 ここから五キロの位置。

 葵が置いた布石その一――上に物体が載ったのを感知する魔術陣が、発動した。

 同時に、こちらの位置を悟られる可能性と引き換えに、それが間違いでないことを“魔力探査”で確認した。

 結果、九人の魔力反応――魔人を確認した。


「どうだ? 葵」

「数は九。ただ個体ごとの実力は全て高い。魔力で感じた限りだと、こちらの総合戦力と同じくらいかと」

「こっちのが数が多いのに同じか」

「はい」


 そのどれもが、ラディナを攫った魔人と同程度の力を持っている。

 中にはそれを上回る個体も散見できた。


 だから、ドミニクのぼやきに頷いた。


「ですが、全体で決めた作戦で問題ないかと」

「そうか。じゃあ、向こうが準備する前に始めよう。教皇様」


 総合力は数との対比で言えば向こうが上。

 しかしそれは、あくまで個人の戦力を足し算した場合の話。

 現実におけるチームプレーの良いところは、足し算でなく掛け算ができることにある。

 それを実行すればいいだけだ。


「畏まりました。では、作戦通りに」


 ドミニクの言葉を受けて、流麗な所作でマルセラは頷いた。

 そして体内で膨大な量の魔力を練り上げる。

 それはマルセラの所作と同じように丁寧に、しかし迅速に練り上げられていく。

 それが次第に両手へと集っていき、今から始まる術の完成へと導かれる。


「“大神殿(カサ・カノン)”」


 手に集約していた魔力は瞬く間に、形になり放出される。

 視線の先――まだ木々があり、視界には映っていない魔人たちがいる五キロほど先の地点に、神々しいまでの神殿が出現した。

 直径で一キロほどの、建物という分類で言えば見るからに大きなそれは、魔人たちを有無を言わさずに中へと封じ込めた。


「行くぞ!」


 ドミニクの掛け声で、決戦へと向かう十七名が、光り輝く大神殿へと駆けだした。






 * * * * * * * * * *






 床も壁も天井も。

 微かに光るそれは、光の神殿と言っても差し支えない様相を見せている。

 クリスマスのイルミネーションのようにチカチカと目に残る光り方ではなく、むしろ温かみのある光だ。

 その神殿の中に、作戦通りのペアで侵入した葵とナディアは、異様なくらいに静かな光る神殿の内部を警戒しつつ歩いている。


「敵は?」

「半径五十メートルにはいない」


 ナディアからの言葉を受けて、葵は即座に返答する。

 決戦の場であるこの地は教皇マルセラの手によって作り出されたものであり、敵の部隊をバラバラに分断している。

 そうなるように調整すると言っていた。

 一度作った神殿の内部構造を書き換えることは難しいらしいので、どのグループが誰と鉢合わせるかは実際にあってみないとわからない。


 尤も、どんな相手と対面することになろうが、この場において葵がやることは変わらない。

 敵対する相手がいたら、戦うだけだ。


「――!」

「葵?」


 ふと、葵が顔を上げた。

 下を向いていたわけではないが、警戒していたはずの葵は隙だらけの構えとも言えない状態になり、ある一点を見つめだした。

 それに違和感を覚え、ナディアはこの一瞬で何かがあったことを悟り、警戒を高めると同時に葵へと声をかける。


「……ラディナ」


 葵はぼそりと呟くと、向いていた方向へと一目散に駆け出した。

 それに一瞬の遅れもなくナディアが追従する。


「いる?」

「はい! 数は五。その中に」


 葵の呟きを聞き逃していなかったナディアは、短いやり取りでそれを確信へと引き上げる。

 葵と出会ってからの数か月で、葵が持つ“魔力感知”や“魔力操作”と言ったもののレベルの高さを認めているからこそ、その即断ができた。

 駆け出し、二度角を曲がった先に、葵が口にした名を持つ少女(ラディナ)がいた。

 ラディナだけではない。

 ソウファもアフィも、連れ去られた全員が、無事な姿でこの場にいる。


「――ラディナ」


 懐かしさと、申し訳なさと、嬉しさと、喜びと。

 色々な感情が葵の胸を渦巻いて、その言葉に乗せられた。

 ここが敵前でなければ、今にも嬉し涙を見せていたかもしれない。


「……どうやら、運命ってのはあるらしいな」


 感動の再開に固まっている葵を他所に、ラディナの近くにいる一人の男が一歩前に出てきた。

 二か月近く前に出会った時と同じで、軽そうな態度に、マントの下に覗く軽装、短く切り揃えた紺色の髪と浅黒い肌をもつ魔人が、ナディアに向けて軽薄な口を開いた。


「お前との運命なんて願い下げだ」

「つれないこと言うなよ。幼いころ、面倒を見てやった仲だろう?」


 その男に対し、珍しく感情をむき出しにしたナディアが、辛辣な言葉を投げつける。

 瞳に宿るのは再開を喜ぶものではなく、ただひたすらの殺意だけだった。


「昔みたいに、『ナイル(にい)』って呼んでくれないのか?」

「馴れ馴れしくするな。お前は、私の敵だ」


 ナディアの言葉に、軽薄な口を利く男――ナイルは、やれやれといった仕草で肩を竦める。

 まるで、ナディアの答えがわかっていたかのような、見透かした態度だ。

 それにナディアは短く舌打ちをして、腰に帯びた刀を抜いた。

 黒と緑の美しい刀身を持つそれは、この白の神殿ではよく映える。


「再開の言葉はそれでいいか?」

「ええ。態度こそつれなかったですが、久しぶりに会話もできた。十分です、カスバード様」

「そうか」


 そんな会話とも言えない会話をしたナイルの元へ、更に一人の男が前へ出た。

 前に見た時よりは小さくなった巨躯をマントで覆い、鋭い眼光と重厚な圧力を放つ男――カスバードは、ナイルの返事を聞いて頷いた。

 そして、(おもむろ)に葵の方へと視線を向ける。


「久しいな、最強の召喚者。話には聞いていたが、本当に生きていたんだな。それにしてもこんなところで出会うとは、やはり我々には惹かれ合う運命というものが――」

「――ラディナは返してもらうぞ」


 アルトメナから『無銘』を取り出し、抜き身の刀身を白の神殿に晒す。

 刀身は白を反射し、僅かにだが保護色となっている。


「……せっかちなものだ。人の話くらい、最後まで聞いてはどうかな?」

「あんたの話に聞く価値なんてない。話は終わりだ」

「取り付く島もない、か。まぁそうだな。ここへは話し合いではなく、戦いに来たのだからな」


 それが妥当か、とカスバードは着用していたマントを取っ払い、床に投げ捨てた。

 その下にあったのは、腕部分も含めれば成人男性ほどの大きさになる鋏――などではなく、動くことができるのかと疑問を抱かざるを得ないほどの完全武装(プレートアーマー)だ。

 近接戦闘をする者でも、動きが阻害されるからこんな重武装はしない。

 ましてやカスバードは完全に魔術タイプだ。

 全開の戦いでも、近接の対応はあれど武器なんてものは鋏しかなかった。

 しかし、今回それはない。

 その全身鎧の意図が読めず、少しだけ苦い表情になる。


「前の鋏はどうした、って顔だな?」


 その鎧を見て、葵が一瞬だけ訝しげな表情になったのを、カスバードは見逃していなかった。

 その変化を指摘し、嘲笑うかのような笑みを浮かべる。


「実は――って教えてもいいんだがな。上から止められてて生憎と答えられないんだ」

「期待してないし興味もない」

「本当につれないな……」


 想像と違った反応を葵が返したのか、カスバードは溜息を吐いた。

 そして全身鎧から発せられたとは思えないほどの軽い金属音を鳴らして構えた。

 それを合図と言わんばかりに、ナイルと、ラディナ、ソウファ、アフィの四名も、それぞれ()()()()()()()構えた。


 ラディナたちの行動を見て、葵は構えたまま呟く。


「洗脳か、傀儡か。何にせよ、ぶっ倒して情報を吐かせる」

「いい気合いだ。今度こそ、貴様の魂の奥底、覗かせてもらうぞ」


 カスバードの言葉が合図となり、神殿内での戦いが始まった。




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