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姉の為に。  作者: たかだひろき
第五章 【第十次人魔大戦】編
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第五話 【波乱の幕開け】




「――で、なんで人間が魔王軍にいる」


 葵の眼下――と言っても、両手を頭の後ろで組ませて跪かせただけのものだが、ともかく視線の先にいる一人の男の肩へ『無銘』を狙い澄まし、威圧するように低い声で言った。

 いつものことながら葵に威圧感などないので、“魔力操作”で疑似的かつ物理的な圧を作り出し、目の前の男に僅かな恐怖を抱かせる。

 威圧が効いているのかいないのか、黒髪眼鏡の男の反応が鈍いせいでいまいち分かり辛いが、ただ瞳は従順にこちらを向いているので警戒は怠らない。


「その前に一つ、お訊ねしてもよいでしょうか?」

「変なことを言えば容赦なく斬る」


 この状態から逃げようなどという期待など微塵も抱かせないよう瞳を殺し、肩の近くにある『無銘』を揺らして答える。

 その答えを聞き、黒髪の男は服従の姿のまま深呼吸を挟む。


『あなたは私たちと同じ、地球から来た方ではないですか?』


 男の言葉に目を見開く。

 “地球”という単語を知っていたからではない。

 男の話した言葉が、流暢(りゅうちょう)な日本語だったからだ。


「――……何者だ、お前」

「申し遅れました。私は坂上拓斗(さかがみたくと)。アメリカ在住で、日本生まれ日本育ちのしがない教師。何の前触れもない神隠しに遭い、この世界に来ました」

「……」


 坂上拓斗と名乗った男の言葉に、ただただ絶句する。

 正直なところ、考えなかったわけではない。

 葵たち召喚者がいて、ミキトという転生者がいて、ならば召喚でも転生でもない、放浪とも迷子とも言える、異世界に迷い込んだ人がいるのではないかと。

 ただ考えていたからと言って、実際にそれを目の前にして驚かないわけではない。


「お前の素性はわかった。ではなぜ、あんたは魔王軍に味方している? 弱みでも握られているのか?」

「……半分は正しいです。我々はこの世界に転移し、魔物たちに襲われているところを、一人の女性に助けていただきました。その方はこう仰いました――」


 曰く、人類は魔族を(しいた)げ、その領土を獲得しようとしている。

 曰く、それに抗うべくして何度も人類と衝突している。

 曰く、その為の力を、坂上拓斗達“転移者”に貸して欲しいと申し出た。


「――それで、あんたがここにいる、と」

「はい。……それで、その、一つ言いたいことがあるんですが」

「何だ?」

「腕の上げ続けて血が上らなくて……下ろしてもいいですか?」


 ナディアにチラッと視線を送る。

 それを受けたナディアは意図を理解し、迷わずに頷いた。


「いいですよ。ただし、妙な動きをしたら……」

「わかっています。正直なところ、私たちでは手も足も出なかったあの方たちを一蹴したあなた方に逆らうつもりは毛頭ありません。私は、私と生徒の命が大事ですから」

「お前のことはどうでもいい。それで、半分正しいと言った握られている弱みとは何だ?」


 葵の問いに拓斗は俯く。

 下ろした両手を胸の辺りに持っていき、まるで胸に抱いた怒りを抑え込むかのようにギュッと強く握った。


「生徒の一部はこの世界に転移した直後から容態を崩し、今も私たちを助けてくれた方の治療に当たっています」

「なるほど。それが弱みか」


 男はこくりと頷く。

 先ほどどうでもいいと一蹴したが、生徒を重んじるこの男の性格からしたら、生徒の治療を任せている人に歯向かうことは無理だろう。

 今こうして葵に話をしているのは、自身の命を守り、その先にある生徒の命を守るためなのだと考えれば辻褄(つじつま)が合う。


「わかった。それで、今その生徒は全員あの方とやらの傍にいるのか?」

「いや、この戦場の後方で固まっているように指示を出している。見ればすぐに分かるだろう。体調を崩した生徒たちはあの方と一緒にいるはずだ。後方で指示を飛ばすと言っていた」

「お前の言動をあの方が知る術は?」

「ない、と思う。少なくとも、魔人以外に監視の目はつけられないと冗談で言われたことがある」

「わかった」


 それだけ告げて、葵は上空へ魔術陣の魔術を放つ。

 それは花火と同じ音と光を放ち上空へ消えていき、数瞬後に赤色の光とともに爆発した。

 花火さながらの爆発をした魔術は、葵が雷の魔術陣と同じでライラやカナたちと共同で作り上げた作品の一つで、これは新型の合図だ。

 今放ったのは緊急事態発生の合図であり、その意味を知っている人間がすぐにでも駆けつけるだろう。


「お前はここで待っていろ。すぐに俺の知り合いが駆けつける」

「あなたたちは?」

「あの方とやらに会ってくる。そいつはどんな格好をしてる?」

「えっと、パンツスタイルの軍服に魔法使いのようなローブを着ていて、黒目黒髪で肩辺りのボブカット。スタイルの良い美人です」

「わかった」


 聞くことは聞いたと拓斗に背を向けて、魔王軍の後方へ視線を向ける。


「あ、綾乃くん!」

「小野さんと二宮くん。来てくれたんだね」

「うん! それで、緊急事態って?」


 葵が放った花火の魔術を見て、この戦場の中を駆け抜けてきてくれたのだろう。

 多くの人たちが魔人と戦っているさまを見ながら、もしかしたらその戦火に巻き込まれる可能性もあると言うのに駆けつけてくれたのは、正直言ってありがたい。

 戦闘能力だけで言えば召喚者という枠に入る人たちはレベルが高いので、単純に戦術の幅が広がる。

 もし戦うことができないのだとしても、この争いの中を通ってこれたことが成長と言える。

 本来ならラティーフやアヌベラなど信頼できる実力者に預けたかったが、この二人の成長を鑑みれば十分だろう。


「この人を監視しておいてくれ」

「それは良いけど……この人は?」

「俺たちとほぼ同じ境遇の人。他に、俺たちと同年代の人間が、この戦場の後方で固まっているらしい。見つけたら優しく確保して、その人に確認を取って。攻撃してくる可能性は低いけど、スパイの可能性もあるから、念のため司令部には近づけないで」

「……わかった!」


 日菜子と翔が葵の言葉を聞いて気を引き締めてくれたので、おそらく問題はないだろうと判断して立ち上がる。


「じゃ、任せるよ」

「うん!」

「わかった。気を付けてな」


 日菜子ははっきりと頷き、翔は葵の身を案じた。

 二人とも覚悟を決めた表情になっているから、任せても問題はないだろう。

 二人と一人に背を向け、ついでに後ろの人類軍がどうなったかを“魔力探査”で確認する。


 先鋒隊は既に人類軍が攻め落とそうとしている。

 あと十分もしないうちに、葵とナディアが手を付けなかった魔物たちへ着手するだろう。

 尤も、魔物へ指令を出せるメインの魔人たちは全員戦闘不能にしているので、こちらも数分程度で片付くはずだ。

 何も問題がないことを確認して、葵は意識を前方へ向ける。


「――気づいた?」

「はい。気配がない」


 気配とは言ったが、もちろん“魔力探査”による索敵の結果の話だ。

 前方一キロまで確認したが、魔物は愚か魔人の影もない。

 まるで、今まで戦ってきた魔物や魔人が囮だと思わせるほどに。


「数キロ先から魔術で援護って、出来ると思いますか?」

「できなくはない。けど、威力も落ちるし精度も悪い」

「……何か見落としてる?」


 言いようのない不安に苛まれながら、それでもその原因を突き止めるまでは突き進むしかない。

 もしこれが罠で、人類軍の援護が受けられない位置で襲撃を受けた場合、なかなか面倒なことになるだろう。


「ナディアさん。念のため、転移はすぐ発動できるようにしておいてください。最悪、ナディアさんだけでも戻って状況を伝えられるように」


 ナディアが頷くのを確認し、葵は周囲への警戒を怠らずに進む。

 異様なほどに変化のない周辺に違和感を感じつつ、その原因を掴めるように思考を巡らせる。

 尤も、何もないと言う情報から推察できることは少ない。

 良くて憶測にしかならない。

 だけど、考え続けなければならない。

 今の葵にできるのは、それしかない。


「葵、あれ」


 ナディアが視線で示した先。

 そこには本当に遠くにだが、水平線が見える。

 葵が今いる位置が海抜よりも高い位置にあるから、というのも理由の一つだが、それよりも単純に海に近づきすぎた、というのが最大の理由だろう。

 そんな距離まで来てしまったのに、未だに人影はない。

 それが指し示すことは一つだ。


「魔王軍が引いた?」


 確信ではない。

 可能性の一つを呟いたものでしかないそれは、自身の無さを示すように疑問形だった。


「船は何隻って言ってた?」

「確か五隻でした。三隻が魔物、二隻が魔人たちだったと」

「……五隻ある。まだ引いてない」


 ナディアが海岸を注視し、そう告げた。

 葵も視力に自信はあるが、ナディアの視力は葵の倍はあるので、その言葉は信頼できるだろう。

 それは良いとして。


「なら残りのやつらはどこ行った?」

「大森林は……魔人は無理か」

「もし大森林の幻惑を攻略できる方法を見つけてたら話は別だけど……そこに踏み入っていいことってある? 獣人族や森精族(エルフ)を敵に回すだけじゃない?」

「そのデメリットを上回る何かがあるとかなら」

「考えられなくもない、か」


 走りは止めないまま、隣にいるナディアと思考を共有する。

 一人では考え付かない、あるいは考えるのに時間がかかることも、二人いれば効率がいい。

 ただやはり、情報が何もない現状だと考えられることは限定される。

 どうしてもこれ以上の進展がない。


「取り合えず近づいて、“魔力探査”であの船の中に何か残ってないか探る」


 進展を得るには、やはり進むしかない。

 ナディアに次の行動を告げて、まだ周囲への警戒は怠らずに進む。

 変化を見せない状況に一抹の不安を抱きつつ、ただ直走(ひたはし)る。

 一度も足を止めることなく十分ほど走り続け、先程まではかなり遠くに見えていた船も、もうあと数分も走れば乗り込めるような距離まで来た。

 尤も、移動速度がかなり速いので、まだそこそこ小さいが。


「一度索敵します」


 “魔力探査”の範囲を今までの五倍ほどまで引き上げて、船が探査範囲に入るように調整する。

 魔力の波が予想通り船を捉え、その状態を明らかにする。


「――どういうことだ?」

「……葵?」


 “魔力探査”で捉えた情報で、葵の思考が困惑する。

 混乱と言い換えてもいいくらいに、疑問符が頭の中を支配している。


「ちょっと待て。え、いや。ん? 何がどうなって――」

「葵!」


 思考の泥沼に入りかけた葵の意識をナディアが声を張り上げて静止する。

 その声で我に返り、謝罪と感謝をする。


「何があった?」

「あの船、三隻は幻影――視覚に移るだけで実体はない」

「……つまり?」

「俺たちが戦っている魔王軍は、後ろに置いてきたあれで全部だ」


 船はかなりデカい。

 数百の魔物とそれを支配する魔人程度なら、たとえ二隻だけでも十分に収容はできるだろう。

 問題はその程度の戦力を投入するのに、なぜ手間の掛かる幻覚魔術を使って五隻もの船に見せたのか、だ。


 ここまで十数分走り続けてきてようやく得た情報から、新たな可能性を推察する。

 何かしようとしても何もできず、鈍っていた思考をフル回転させ、魔王軍(あいて)の戦略を読み切る。


 何を考えてこんなトラップを用意したのか。

 これが意図することとは。

 警鐘と不安が騒ぎ続けるのを思考の波で押し潰し、強引に頭を回転させる。


『葵様!』


 そんな思考の最中、聞き慣れた声が脳裏に響く。

 距離で言えば四十キロは離れている場所まで届くと言う新事実を確認しつつ、葵はその声に耳を傾ける。


『たった今王国より、帝国の西の山岳より魔王軍が襲来したと緊急通信が!』


 ソフィアの伝令で、何が起こっているのかをすべて理解した。




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