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姉の為に。  作者: たかだひろき
第五章 【第十次人魔大戦】編
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第四話 【先手と翻弄】




「まず最初に断っておきますが、俺が最初に仕掛ける奇襲は遠距離攻撃に分類されるものですので、俺に直接的な危険はありません」


 龍之介に余計な心配をかけて心労を溜めないようにと注釈を入れておく。

 尤も、あれだけ心配をかけた以上、今更かもしれないが。


「では攻撃の方法を説明します。簡単に言えば、魔術陣を用いて雷を発生させ、それを落として攻撃します」

「雷?」

「そう、雷」


 葵の突拍子もない回答に、翔が疑問の表情を浮かべる。

 それに首肯し、詳しい説明に入る。


「まず火と水、風の魔術を使って雨雲を生成し、自然現象で雲が生成されるくらい上空まで伸ばしながら目的の丘陵まで運ぶ。すると、そこに到達する間には俺が何をせずとも雷が生成される条件が整って、あとは勝手に荒野にある高いとこに落ちる」


 その説明に、召喚者たちは驚きを露にする。

 雷の生成の仕方を知らなかったわけじゃない。

 そんなもの、小学生の理科でも教えてくれた。

 召喚者たちが驚いたのは、雷を荒野にある高いとこ――魔人に向けて落とすという、人を殺すことを躊躇わない葵の姿勢だ。


 この移動のひと月、ラティーフは口を酸っぱくして言っていたことがある。

 それは、人を殺すことの覚悟についてだ。

 魔人は人類の敵であると同時に、容姿は人とさほど変わらない。

 中には魔物のような姿をした者もいるのだが、基本の形という面で言えば人と同じだ。

 だから、魔人と対峙すると言うのは、本質的に人と対峙するのと変わらない。

 人間は視覚的な要素を他の感覚よりも多く受け取るから、形が同じと言うのはかなり大きく左右する。


 それをラティーフはわかっているから、何度も何度も、しつこいと邪険にされてもおかしくないほど、口を酸っぱくして言っていた。

 その話を聞き、実際に怖気づく召喚者も現れた。

 そもそも一介の高校生でしかない召喚者に人を殺させるのは無理がある。

 人を殺す覚悟を作らずに戦場へと送り込み、いざ人を殺すと言うことにビビってしまうなんてことがあれば、相手からしたら好都合だろう。

 何せ、そこにいるのは棒立ちの獲物なのだから。


 そんなこともあり、人を殺すと言うことについてこのひと月考え続けてきた召喚者たちは、葵の行おうとしている所業に驚きを隠せない。


「――綾乃は……人を殺す覚悟、できてるんだな」


 翔が俯ぎがちにそう呟いた。

 その言葉には幾分かの嫉妬と羨望が含まれていた。

 態度も相まって、自分にはできていないことを成し遂げた葵に抱いた感情を乗せているように見える。


「え? いや、人を殺す覚悟なんてできてないけど」


 何言ってんの、とでも言わんばかりにキョトンとした顔で言い放った葵に、全員の視線が突き刺さる。

 言ってることが違うじゃんかと抗議を訴える視線や、わけがわからないよと疑問に満ちた視線など様々だ。


「俺は多分、魔人を殺せない。ラディナを連れ去られたときがそうだったし、我を忘れた時でさえそうだったんだから、正常のままの俺が人を殺せるはずなんてないよな」


 仕方ないねと呆れたように笑う葵を、召喚者たちは呆然と眺める。

 そんな視線も他所に、葵は自身の手のひらを見つめる。


「人を殺せない俺は足手纏いにしかならないから、本来こんな場所に居ちゃいけないんだと思う」


 見つめていた手をギュッと握り締め、自責するように呟いた。

 それはその場にいた多くの召喚者の共感を誘発した。

 己の覚悟ができていないばかりに、必要とされているのにそれをしてやれないと言う矛盾。


「でも俺にはやるべきことがある。それをするために、ここは超えなきゃいけない壁だ。だけど、俺は人を殺せない。だからこう考えた」


 人差し指を立てて、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべて言い放つ。


「俺は雲を発生させ誘導しただけ。雷が発生し、それが落ちた先に誰かがいても、俺の感知するべきところじゃない、ってね」


 葵の物言いに、召喚者たちは絶句する。

 想像の斜め上を行くような、ポジティブシンキングなんて言えない。

 責任転嫁とでも言うべき言い逃れの領域に達した言い訳が、流れるように口から出てきたからだ。


「……それは、根本的な解決になっていないんじゃ?」

「そうだよ。問題は何にも解決してない。そもそも人を殺すのが当たり前の戦争で、人を殺さないなんて我が儘を通そうとすること自体が間違ってる。なら、その場にいる資格のない人間はどうするかなんてそんなもの、異常に回るしかないんだよ」


 説得するような物言いじゃない。

 これが正解だと断言している。

 圧とも言えるその断言に、召喚者たちは反論の余地を見出せない。


「平常でいたいのならそれだけの資格がいる。誰もでも平等になんてのは理想論でしかない。昔よりは不穏になったけど、今でも平和な国として挙げられないこともない国で培ってきた倫理観はそう易々と変えられないのはわかってる。だから、俺たちの平常で全く違う平常に挑むには、何かを壊すしかない」


 自論ではあるが、間違ってはいないと思う。

 少なくとも、ここに一人の実例がいるのだから。


「それに、雷が直撃しても確実に死ぬわけじゃない、って記事を見た覚えがある。そもそも、俺が雷を落とすのは殺す為じゃなくて弱体化させるためって考えの方が大きい。ついでに、自然現象による被害なら精神的な攻撃にもなりやすい」


 雨や雪、日照りなどの地味な影響も、積もれば積もるほど精神に作用する。

 それが肉体に刻まれたり、あるいは視覚的に影響が見えるものなら、なおさらメンタルを削れる。

 最大の狙いはそれだ。


「以上。質問とかあったら受け付けるけど、何かある?」


 その言葉に続く言葉は出なかった。

 あれだけの断言が、召喚者たちの口を閉ざさせたと言っても過言じゃないだろう。


「よし。じゃあこの話はおしまい。今の話を聞いた上で戦うって人は、あと少ない時間で“鬼闘法”のレベルを少しでも上げておこうか」






 * * * * * * * * * *






「敵先行部隊に雷の直撃を確認!」

「了解。では作戦通りに」


 ソフィアの言葉に静かに答え、葵は雷雲と繋いでいた魔力の糸を通じて雲を散らす。

 風以外に適性のないため、雲や雷の生成は魔術陣に任せたが、発生させた雲を散らすくらいなら葵でもできる。

 一分足らずで、空を覆い、地上を暗くしていた雲が消えていく。


「進めぇえええええッッッッッ!!!!!」


 それを確認した人類軍は、戦闘にいるラティーフの号令でスリーマンセルの形を保ったまま走り出した。

 本来、人類軍の最高戦力であるラティーフは温存しておくべきなのだが、最初は士気を高めるために強い奴の無双を見せるのは効果的だと言われ納得した。

 いくらか働いたのちに戻ってくると言っていたが、どれほどまでの間、戦場を駆けるのかは個人の判断なので、本当に戻ってくるのかは怪しいところだ。

 尤も、冷静な時のラティーフは驚くくらい知的なので問題はないだろう。


「では俺も行きます」

「はい。何かあれば、恩寵にてお伝えしますので」

「お願いします」


 ソフィアに軽く頭を下げて、葵は手ぶらで駆け出す。


「目標は?」

「ラディナたちを見つけることとナディアさんの仇を見つけて、その邪魔をさせないこと。ついでに、視認できている部隊の後ろの攪乱」

「わかった」


 短く言葉を交わし、葵は真正面だけを見据えて直走(ひたはし)る。

 視界のあちこちで魔人との戦いが起こっているが、まだ先ほどの雷の影響から抜け切れていないのか、一方的な戦いになっているのが見て取れる。

 ただそれは先鋒の部隊にいた人間にのみ適応されることであり、それ以降の部隊は精神的な動揺こそあれど、肉体的には今のように一方的なものとはならないだろう。

 だから、葵はその動揺をもっと混迷させる役目も担っている。


「気を付けろよ!」

「はい!」


 途中、ラティーフから忠言を貰った。

 短く返事をして、今戦場となっている場所をいち早く抜け、雷が直撃し、煙が立ち昇っている丘陵を抜けた先に、多数の魔物を視認した。

 どうやら、魔物を使役する術を完全に掌握しているらしい。


「最短で全部潰します。魔人は後回しで、魔物優先!」

「ただし、障害となるのなら排除する」

「はい!」


 戦場らしく、短いやり取りをして緩やかな坂を駆け下りる。

 その存在を視認した魔王軍は、いち早く魔物へと号令を下す。

 それを受け、魔物たちは牙を剥き、目の前に走り込んでくる獲物へと各々の武器を叩きつける。


「“魔紋”解放。“身体強化”:“鬼闘法”」


 言葉に出す必要はないが、意識の切り替えという点で葵が大事にしていることだ。

 その短い言葉は、文字通りの効果を発揮し、右手の魔紋へ大気中の魔素が集まっていくのを感じる。

 同時にそれが魔力へと変換され、己が体を流れる魔力と合流していく。

 血液と同じくらいの速度で流れているそれを意識的にブーストしていく。


 身体能力の向上とともに引き上げられた動体視力が、魔物の動きを正確に捉え、まるでスローモーションの世界に入り込んだような錯覚に陥る。

 尤も、実際には想像するようなスローモーションなどではなく、精々が四分の三倍速程度でしか見えてなく、一般の男性でギリギリ反応できるかどうかというレベルの爪や牙が葵たちを襲う。


「――」


 熊のような魔物の爪を寸前で躱し、すれ違いざまに丸太ほどある首を指輪(アルトメナ)から取り出した抜き身の『無銘』で声もなく斬り落す。

 熊は自身が首を斬られたことすらわからず、一瞬も苦しむ間もなく絶命した。

 その様を見ていた周囲一メートルの魔物も、熊が死んだことを認識した時点で首を斬られ、次の瞬間には物言わぬ肉塊となっていた。


 それを確認した魔人は驚いた表情になり、すぐさま対処に動く。

 手に持つ杖のようなものを振るい、それに従って魔物が統率の取れた動きでこちらへ駆け出す。

 やはり司令塔は潰しておくのが最適だと判断する。

 まずは先ほどの指揮によって迫る魔物たちを一蹴し、ついでにまだ遠くでこの戦場を傍観している魔物たちへ牽制を兼ねて風の刃を飛ばす。

 その刃の行方や結果は気にせず、真っ直ぐに魔人の元へ駆け抜ける。


 手下たちを歯牙にもかけずに蹴散らす存在が一直線に近づいてくるのを確認し、恐怖に身を震わせる魔人は、自棄(やけ)になったのか発狂しながら杖を振り回した。

 杖の先に嵌められた魔石が光り輝き、その光に照らされた魔物たちが咆哮を上げながら葵を囲い込むように突進する。

 迫りくる数十はくだらない動物型の魔物たちを“魔力感知”で認識し、風の刃を魔力糸に纏わせて、それを鞭のようにしならせ、魔物たちの腕やら足やらを斬り落とす。


 一瞬で多数の魔物が戦闘不能に陥らされ、その事実に驚愕する魔人の傍へと移動する。

 そして風を纏わせた掌底を魔人の顎へと叩きこみ、原理はよく知らないが脳震盪(のうしんとう)を引き起こして魔人の意識を刈り取った。

 ついでに杖を奪い、魔物を動かせないかと魔力を通したり、あるいは魔人がやっていたように振ってみたりとしてみたが何も起こらなかった。

 周辺にうろついている魔物たちを利用できないとわかり、それを相手に使われたら面倒なので、魔石を外し、杖を二つにへし折ってポイッと捨てた。


 魔物が自分たちの頂点に位置する司令塔を潰され、狼狽しているのを他所に、“魔力探査”を行って他の魔人の姿を探す。

 この魔人が一人で百はくだらないであろう魔物を操っているとは思えなかったからだ。

 まず百メートルほどの距離でナディアが魔人と対面し、数秒で難なく勝利を収めたのを認識し、更に遠くまで探査距離を広げる。

 すると魔王軍の後方辺りに今倒した魔人が持っていた杖と同形状のものを振るっている魔人を数名確認した。

 何らかの違和感を感じたが、今はこの魔物を指揮する魔人を無力化するのが優先だ。


「ナディアさん! 後方付近にまだ魔物の指令権を持っている奴がいる!」


 方向を指し示し、大声で呼びかけたそれにナディアが頷くのを確認する。

 指示を出す人間がいなくなり、本来の姿である本能のままの魔物が葵へと迫りくるが、それを『無銘』でスパッと切断して葵も杖を持っている魔人の方へと駆け出す。

 道中、二十はくだらない魔物を斬り伏せ、魔人の元へと向かう。


 今回の魔人は先ほどの魔人とは違い、葵の接近に気が付くと杖を行使しながら魔術を放ってきた。

 威力や規模はあまり大きくないが、数が異常な岩弾(ストーンバレット)が展開された。

 射出速度にもよるが、“鬼闘法”を使っている今の葵なら百程度の岩弾なんて捌けるだろう。

 しかし、百もの岩弾を捌くのは面倒であることに変わりはないので、全回避を選択する。


 想像通りの速度で岩弾が射出され、正確に狙い定められたそれは葵を蜂の巣にせんと迫りくる。

 だが結局は想像の範疇(はんちゅう)であることに変わりはないので、脚に力を集中させて前方へと弾丸のように進むことで回避する。

 後方で岩弾が地面を抉る音を聞き流し、回避のついでに距離を詰めた葵は先ほどの魔人と同じ通りに顎のあたりに風を纏わせた掌底を叩き込む。

 例に漏れず、痙攣しながら気絶した魔人の杖を奪い取り、魔石を引っこ抜いて杖をへし折る。


 再び“魔力探査”で周辺の状況を確認し、先ほどの再現を見ているのかというくらいの同じ現状を確認する。

 ナディアが魔人へと迫り、ものの数秒でそれを制圧する姿だ。

 そこでようやく、違和感の正体に気が付く。


「ナディア待って! そいつ魔人じゃない! 人間だ!」




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