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姉の為に。  作者: たかだひろき
第五章 【第十次人魔大戦】編
72/202

第二話 【始まり】




 パレードの時とは打って変わって、乗り心地や安全性などを無視した速度重視で進む馬車に揺られる人が四人いる。

 一人は珍しく真剣な顔をした葵で、その珍しさから周りにいる二人の男も真剣な表情で向き合っている。

 片方の男とはラティーフであり、もう片方は言わずもがなアヌベラだ。


「――つまり、葵や翔たち召喚者が持つ魔紋を使った“鬼闘法”という技術と、魔人たちが使う“身体強化”が同じものだということか?」


 ラティーフの問いに、葵はやはり真面目な表情で頷く。

 大事な時にこそ真面目な表情になるが、それ以外は基本的に雑だったりする印象の多い葵がここまで真剣な表情をしていると言う事実に、ラティーフとアヌベラは一層気を引き締める。


「あくまで可能性の話ですが、魔眼には魔石と同じ魔素を魔力へと転換する機能があるという裏付けもできました。魔紋が魔石と同じ効果を持ち、それが鬼人族のツノと同じであると言うことも、俺が証明しています」

「その裏付けとやらは話せないか?」

「話すのは構いません。許可も取っていますし。……ですが、これを話すとおそらく疑心暗鬼になってしまうのではないかと」

「ふむ……ではお前のことを信じよう。今は魔人の話だ」


 ラティーフが余計な探りを入れずに信じてくれると言ってくれたことに感謝しつつ、その言葉に頷いた。

 その話を継いで、アヌベラが話を纏めながら本題へと戻す。


「葵様が言いたいこととはつまり、魔人は素の身体能力がずば抜けているのではなく、“身体強化”の更に上である“鬼闘法”と同じ技術を使っているから、人よりも身体能力が優れている、ということですか?」

「その認識で間違いありません」


 葵の言葉に、納得顔で二人は頷く。

 魔人は確かに協力で、その身体能力は凄かった。

 初めて戦った時、“身体強化”では太刀打ちすることも難しく、葵では全く歯が立たなかった。

 未だによくわかっていない葵の体を動かしていた未知の力がなければ、きっと葵はあの時点で死んでいた。


 正確には、あの未知の力があってもなお敗北し、一度は命を落としたのだが。


「それで、その情報を伝えたってことは何か対策があるのか?」

「はい。とても簡単な話ですが、こちらも同じことをすればいいのです」

「つまり、召喚者様に魔紋を用いた“鬼闘法”を使って戦ってもらう、ということですか?」

「はい。俺は“鬼闘法”の会得に必要以上に時間をかけてしまいましたが、それは闘気や気と呼ばれるものを俺が使えなかったから。それを使える人であれば、きっと大戦までのひと月近くで会得も可能でしょう」


 その提案に、ラティーフは感心顔で、アヌベラは思案顔で頷く。


「俺は賛成だ。国が保有する軍の戦闘力は相手方の戦力とほぼ互角。組合員やら一般志願もあるとはいえ、真面な統率が取れるとも限らない以上、こちらが把握できている戦力が増すのは好都合だ」

「ラティの言い分も理解はできます。ですが、“鬼闘法”の会得を召喚者様にしてもらう場合、それを教える葵様と会得する召喚者様への負担が想定されます。ただでさえ大戦が早まり、心の準備もままならない状態であると予想できるのに、そこへ負担をかけるのは如何なものかと」


 アヌベラの言い分も理解できるとラティーフは頷いた。

 確かに、どちらの言葉も理解できるし納得できる。

 大戦の勝利という目的の為には前者が安定するし、召喚者を生かして地球へ還すという目的の為には後者の方が安定する。

 どちらが欠けてもどちらの目標を達成できるかもしれないが、どちらもあればどちらも安定する。


「別に強制するわけじゃありません。自身の命を守るために、そして大戦に勝利するために、あったほうがいい技術と説明し、その上で鍛錬に参加する人を募ればいいでしょう。こういう言い方をすればきっとやると言わせている気になりますが、そこはラティさんたちからのフォローをお願いしたいです」

「そう言うことなら俺は賛同させてもらう。元々、俺たちはお前たちに強制はしないからな。意思を尊重できる案があるのならそれに同意する」

「右に同じです」

「わかりました。では次の休憩時にでもそう伝えるとして、一応お二人に、“鬼闘法”について説明しておきますね」


 師団長の二人から同意を貰えたので、共に戦う仲間としてその技術について知っておいて損はないだろうと鬼闘法について話す。


「それはいいんだが、その前に一ついいか?」

「何でしょう?」

「……それは何をしてるんだ?」


 葵の返答に、悩ましげな眉をハの字の曲げ、言葉に詰まりつつも丁寧に葵の左隣を示しながら訊ねた。

 ラティーフが示した先ではナディアが眠っている。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「何ってナディアさんが寝てるだけですよ? ラティさんは会ったことあるし、アヌベラさんにも説明はしたはずですけど……?」


 ナディアはあまり人と会いたがらない、というより立場上あまり不用意に人間とかかわりを持たない方がいいと言う判断の元、必要最低限の関わりしか持ってこなかった。

 王城にいた時でさえ、ナディアの体調不良を確認してくれていた侍女さんや、医者の方以外と接してすらいなかったはずだ。

 ラティーフと知り合いなのは、ソフィアの件でラティーフを共和国から呼び戻した時に“転移”してもらったからであり、その時に刀を教えてくれている人として説明はしてある。

 アヌベラにもこの馬車に乗った際に同様の説明はした。

 だから何を疑問に思っているのだ、と葵の頭上に疑問が湧く。


「いやな、寝てるのは見ればわかるんだ。そうじゃなくて、なぜ寝ているナディアさんの周りを葵が風で覆っているのかってことが聞きたいんだ」

「ああ、そっちですか」


 ラティーフの説明でようやく何を言っているのかを理解し、葵は納得を言葉にしつつ相槌を打つ。


「ほら、この馬車って急いでるから乗り心地の快適さは後回しじゃないですか。そんな中で寝るとなると休むどころじゃないので、せめてクッションを設けようかと思いまして」

「だから風の魔術を使ってサスペンションみたいな機能を持たせてる、と?」

「その通りです。それにしても、魔力を使っていることを気取られないようにしていたつもりですが、普通にバレましたね」


 まだまだだなぁと笑う葵に、いやいやいやとラティーフとアヌベラは同じ挙動で首を横に振る。


「風を人の周りに纏わせていて、それを状況に合わせて常時変化させている、という難しさは理解してますか?」

「その通りだ。それに揺れや衝撃は受けてから初めて認識できるものだろ? それを受けた瞬間にはナディアさんにも衝撃は行くんじゃないのか?」

「ええ。どうしても衝撃を貰ってからの後追いになってしまって、自分の反射速度ではどうにもならないです」

「反射速度云々の話じゃないんだがな」


 呆れたようなラティーフの言葉に同意しつつ、それはさておきと話を続ける。


「なので、“魔力感知”で道の先を確認して、予め衝撃の位置を理解しつつ、それを魔術に反映させるってやり方を取ってます。魔術を展開しつつ、“魔力感知”で周囲の状況を確認し、その状況に応じて魔術の出力やら操作を切り替えるって、中々いい鍛錬になるんですよ」


 ナディアには、なるべく力を温存してもらいたい。

 いつ“転移”やらの力が必要になるかわからないし、ナディアには敵を討つという目的がある。

 それに加えて葵の鍛錬も兼ねているので、まさに一石二鳥と言えるだろう。


「……やっぱりおかしいですか? これ」


 二人の反応が唖然を体現していたので、常識がおかしいという自身の異常性を再認識し、そう訊ねた。

 それを受けた二人は顔を見合わせ、小さく溜息をついた。


「やっぱりお前はおかしいよ」


 呆れたような笑みを浮かべつつ、仕方ないなあとでも言いたげな声音でそう言われた。







 夜が近づき、空が暗くなり始めたころ、葵たちの姿は開けた草原にあった。

 焚火を囲み、王城にいたころと比べれば明らかに質素な、しかし旅の夕飯としては中々に豪勢なシチューを食べている。

 その理由は言わずもがな、朝昼と飯の時間以外を全て移動に費やしていた馬の休憩だ。

 こちらの世界の馬は、地球にいた馬と比較すると、見た目にさほど変化はないが体力や筋力はある。

 だから、この半日でかなりの距離を移動できた。

 このペースで進み続けられれば、半月とかからずに共和国へ到着できるだろう。

 伊達に乗り心地を放棄しているわけではない。


「さて」


 葵はパパっと夕食を平らげて立ち上がる。

 食器を指定の場所へと置いて、食後の談話に花を咲かせている召喚者たちの元へと歩み寄る。


「あ、綾乃くん」


 近づく葵に気が付き、真っ先に声をかけてきたのは日菜子だった。

 パチパチと音を立てて火花を散らす焚火の光がまるで後光のように感じられる。


「話の途中にすみません。話したいことがあるのでみんなを集めてもらえますか?」

「みんなってクラスのみんなですか?」

「はい。あっちでラティさんたちと待ってるので」


 お願いしますね、と念を押して葵は背を向ける。

 葵が待っていると言えば、まだ(わだかま)りの多く残っている召喚者たちは来ないかもしれないので、ラティさんとと付け加えて必ず来るようにと誘導した。

 それは嘘ではないが、ラティはあくまで最初の話を聞いてもらうためだけの要因だ。

 利用することには了承を得ているので、心が痛むこともない。


 十分もしないうちに全員が指定した場所に集まった。

 床に置かれたランタンと月明かりのおかげで、夜だと言うのに視界に困ることもない。


「よく集まってくれた。ありがとう。まずはこれからやることを説明するが、簡単に言えば君たちに“身体強化”の上位版を会得してもらう」


 ラティーフの言葉に、召喚者たちの間でざわめきが起こる。

 それをまあまあ落ち着けと両手で身振りも兼ねつつ鎮める。


「お前たちの言いたいことはわかる。“身体強化”は四肢爆散の危険があって、許可が必要だったのに、これは違うのかってことだろう?」


 ラティーフの読みの通りだったようで、召喚者たちはうんうんと頷いている。


「わかってる。俺としてもお前たちを死なせる可能性と魔人との戦いで生き残る可能性と天秤に掛けた時、どっちがいいかってのは考えた。だから、これはあくまで提案だ。強制の意図はないことだけ理解してくれ」


 ラティーフの真剣な表情で、召喚者たちの表情が変わった。

 特に、共和国へ行っていた十名は、その言葉に真剣に耳を傾けている。


「それに、今から話す技術は才能がかなり必要なものだ。会得したくてもできるやつとできないやつがいる。ちなみに、召喚者にしかできない技術だから、俺は使えない」

「ラティーフさんが使えないんですか?」

「ああ、無理だ。帝王ですら使えないだろう。だからできなくとも責める人間はいない。やりたい、やってもいいってやつだけ、この後の話を聞いてくれ」


 ラティーフは人間の性質を知っているのか、人の注目を避けるような行動と選択を同時に迫ることをしなかった。

 例えば、これについてこうだと思う人は挙手して~のようなことだ。

 あれは他人からの注目を浴びる行動であり、そう言った性格の人以外には逆効果となることが多い。

 少なくとも、日本に生まれ、日本で育った人間の多くは、こういった時に手を挙げたくても挙げないことが多い。

 だから、ラティーフの何もしなくていいから意思のあるやつだけ話を聞いてくれ、というやり方は、ことこの場合においてとても理想的と言える。


 そんなこんなで、ラティーフは“鬼闘法”について話した。

 葵から聞いたことをまんま垂れ流しただけとも言えるが、所々を丁寧に纏めている辺り、人の上で何年もの間培ってきた経験を活かしているのだろう。

 そんなラティーフの話を、召喚者たちは熱心に聞いている。

 ランタンの明かりしかなく、時間的にも体力的にも眠たいはずなのに、一言一句聞き漏らすまいと言うようなくらいに耳を傾けている。


「――以上だ。詳しい技術指導は明日の夕飯後から行ってもらう。馬車は揺れて集中しづらいかもしれないがゆっくり考えてくれ。明日に必ず決めろってわけでもないからな」


 ラティーフはそう念を置いて、その会議を解散させた。






 翌日の夕飯後。

 葵の前には共和国組の十名と王国組の五名の計十五名がいた。


 元戦う召喚者こと共和国組は近接戦闘組も魔術戦闘組も問わず全員が、元戦わない召喚者こと王国組は身を張って戦う八名のうち近接戦闘組の五人が、それぞれ“鬼闘法”を習いに来た。

 想像以上に多い人数が葵の元に来て驚いたが、戦力が増えることに越したことはないと切り替え、“鬼闘法”の初歩の初歩とも言える“気”の習得からかかることにした。


「――え、みんな“気”使えるの?」


 早速取り掛かりますかと気合を入れてみれば、想定外の答えが返ってきた。

 葵は“魔力操作”に才能を全振りしたからか、“気”に関しての才能が全くなかった。

 それはもう生まれたての子供よりの方が才能があると言われるくらいには才能に恵まれなかった。

 結果的に、少し強引な方法で“鬼闘法”は使えているが、本来なら“気”を扱える方が戦闘力的にも圧倒的にいい。


 ただ、葵自身が全くと言って良いほどに才能に恵まれず、それを扱うことができなかったため、無意識に他の召喚者が“気”を使えるとは思っていなかった。

 だから、まずは“気”を感じるところから始めようとしたときの日菜子の返答に驚いたのだ。


「綾乃くんの言う“気”って“闘気”と同じものだよね?」

「多分そうだけど……」

「うん。じゃあ使えるかな」


 日菜子の言葉にやはりマジかとと驚きを隠せない。

 しかし、自分には理解できない感覚を教える手間が省けたことは僥倖(ぎょうこう)だ。

 むしろ好都合だとポジティブに考え、手順を次に移行させることにする。


「じゃあ次は魔紋の解放です。手の甲にあるこれですね」


 自身の手の甲にある紋様を示し、それに魔力を通して赤く光らせる。

 今まではただの装飾かそれ未満でしかなかったただの痣のようなものが、実はレベルアップの為に使えるものだと知り、召喚者たちはおおっ、と驚きを(あら)わにする。


「まずはこれを通して魔力を生成できるようになりましょう。そしたら次の段階に進みましょう」


 そう言って、葵は十五名の指導を開始した。






 “鬼闘法”の指導を開始してから三週間ほどが経過した。

 連合国から戦場となる大陸の南東にある荒野までの列車の中では、停車駅という概念が存在しなかったために体を動かす訓練は出来なかったが、“鬼闘法”は基本的に体を動かす技術ではない為、大した弊害ではなかったのが幸いだ。

 むしろ“鬼闘法”の鍛錬以外に意識を取られることも少なかったので、環境としてはなかなか良かったとさえ言える。

 そんな環境下で鍛錬してきた十五名の召喚者たちは、葵の想像よりも遥かに早く成長し、今は実戦で使えるかな~? 程度には“鬼闘法”を会得し始めている。


 魔王軍との接敵は早くてあと一週間。

 その予想すら上回られたとしても、既に戦場となる荒野には到着しているので問題はない。

 それに、いざ戦闘が始まった際に前線を下げられるよう今も昼間は大戦に支障のない程度に歩みを進めている。

 それだけ戦端が開かれる時間が早まっていると言えるが、それはさして問題ではない。


 元々召喚者が“鬼闘法”を使う予定なんてなかったし、“鬼闘法”がなくても大戦を生き抜く戦力は持っている。

 だから、“鬼闘法”は付け焼刃の奥の手だ。

 使わなくていいのならそれに越したことはない。


「二宮くんと小野さんと中村はやっぱり成長早いね。あと工藤くんも三人に匹敵するくらいだ」

「ああ。特に幸聖は闘気の扱い方が上手いな。召喚者の中で一番と言っても過言じゃない」


 葵は闘気や“気”を感じ取れないのでわからなかった部分をラティーフが補完してくれた。

 そうなんですか、とラティーフに確認をしている間に、葵とラティーフが褒めた面々が何とも言えない表情をしている。

 褒められることに慣れていないのか、照れ笑いのような笑みだ。


 そこへ、王国の騎士団員の一人が駆け寄り、ビシッと敬礼をした。


「失礼します! ラティーフ様、斥候部隊が水平線に魔王軍の船を確認しました」


 その団員が齎した報告で、その場にいた全員に衝撃を与えた。

 驚きに目を見開いて、しかし誰もがその現実を正しく受け止めていた。


「俺は司令部に向かう。お前たちは各々、心の準備をしていてくれ」


 ラティーフはそれだけ言うとスタスタと団員とともに歩いて行った。

 夜も更け始めようという時間だから、暗闇に溶けるのも早かった。


「他のみんなも“鬼闘法”を扱えるだけは上手くなってると思う」


 葵は振り向いて、十五名に向けてそう言う。


「ただ何度も言ってるけど、無茶の為に“鬼闘法”を使うのはダメだ。“鬼闘法”は“身体強化”の上位互換だけど、それだけに反動も大きい。だから、精神的に安定していないときは使わないことだけは意識して」


 そういうだけ言って、葵もラティーフの後を追った。


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