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姉の為に。  作者: たかだひろき
第三章 幕間
51/202

【経験と収穫】




 アルペナム王国の王都アルメディナトから北に数キロ行ったところにある白の森。

 一年中雪が降っているから、という理由でそう命名された森に、モヤモヤとした紫のような黒のようなものが四つ現れた。

 ある一定の大きさまで広がるとモヤがなくなり固定され、それを通じて人が六人と一匹の梟が現れた。

 現れた人のうち、二名は酷い火傷と切り傷などの裂傷を負っており、その片方に向けて無傷の女性が駆け寄った。


「カスバード様! 大丈夫ですか!?」

「ああ……何とかな」


 全身に裂傷を負い、皮膚は火傷で(ただ)れ、全身から血を垂れ流し、今も鈍い痛みに襲われているカスバードは、その怪我のおかげで無傷でいられているライアンに満身創痍の状態のまま答える。


「六位殿はどうなっている?」

「六位様もカスバード様と同様に酷い傷を負っておられます」

「そうか、わかった。ともあれまずは治癒だ。ライアンは六位殿を頼む」

「わかりました」


 カスバードは状況を手早く確認すると、すぐに指示を出す。

 そうして、ライアンが六位の元へ走ったのを確認し、自らの枯渇した魔力を限界まで引き出して、自身の治療をする。

 と言っても、先ほどの戦いで魔力を九割以上(ほとんど)消費しているため、出来る治療は今すぐに死なない程度にするくらいしかできない。

 その証拠に、魔力枯渇による意識の低下が起こるまでに治せた傷は、全身の火傷のみだった。

 ただ全身の火傷を治療できたことで、痛みはかなり引いた。

 まだ切り傷が残っっているが、それはライアンが六位の治療を済ませればやってくれるだろう。


「兄さん……」


 ぶかぶかのローブに身を包んだ少年(アルバード)が、トボトボと効果音の聞えるような足取りで、カスバードの傍にやってきた。


「アルか。怪我はないか?」

「……うん。兄さんと六位様が守ってくれたから」

「それはよかった」


 あとで六位殿には感謝しなきゃな、と微笑みながら、背になっている木に(もた)れ掛かる。

 そんなカスバードを、アルバードは難しそうな顔で見つめる。


「どうした。何か困ったことでもあったか?」

「……ごめんなさい、兄さん。僕、兄さんの役に立てなかった」


 ぶかぶかのローブを握り締め、アルバードは悔しそうに呟いた。

 若干涙を孕んだ声は、よほど何もできなかったことが悔しかったのだと理解させる。


「……なんだ、そんなことか」


 アルバードの言葉を聞いて、カスバードはフッと笑い、ちょいちょいと手招きする。

 それに従い、カスバードの近くに寄ってきたアルバードの頭に、手をポンと乗せ、そのまま優しく撫でる。


「気にするな。アレは俺たちが全力を出した状態ですら勝つのが難しかった相手だ。まだ覚醒していないお前に、アレと正面切って戦えと言うのは酷だと理解している。だから、アルが気にすることじゃない」

「……でも、僕がもっと強い魔物を従えていたら、アイツに瞬殺なんてされずに、少しは時間を稼げたかもしれないのに」


 アルバードはやはり、俯いたまま弱気に呟く。

 アルバードの能力は魔獣を従属させ、従魔として使役する能力だ。

 その能力の制限と言えば、魔獣を従属させなければ使役ができないということくらいだ。

 尤も、その能力の制限は、宰相による精神破壊による援護のおかげで、ほぼ無制限になったと言っても差し支えないだろう。

 だが、それを用いて使役された魔物たちも、アレの前には意味を為さなかった。

 アレの前に姿を現した途端、その気配に怯え、動くことすら本能に許されずに問答無用に殺された。


 魔物を使役するという能力をこの歳まで鍛え続けてきた為に、アルバード自身の戦闘能力は皆無だ。

 故に、魔物という最大戦力が意味を為さなかったというのが、アルバードからすれば耐え難いことなのだろう。

 アルバードの立場を考えてみれば、確かに許せないだろう。


「そうだね。でもアルバードが気に病む必要はない。あの場にライアンが転移させた魔獣はまだお前の最大戦力じゃないだろう? 気に病む必要はない」

「……でも、申は死なせちゃったよ」

「ああ。だけど申が死んだのはイレギュラーみたいなもんだ。それこそ、気にする必要はない。十二魔獣が殺されるなんてことは滅多にない――」


 そこまで言って、カスバードは言葉を切った。

 視点がどこか別のところを向き、しばらく黙り込む。


「……兄さん?」

「……もしかすると、申を殺したのはアレかもしれないな」


 カスバードの言葉に、アルバードは疑問を表情を浮かべる。


「ライアンがゲートで転移させた魔獣は、十二魔獣ほどではないとはいえそれなりに強力だっただろう? それを数十体瞬殺できるほどの実力者なら、十二魔獣を倒すのはさほど難しくはないだろう」

「……そっか。アイツが相手だったら申が死んじゃったのも納得できるかも」


 アルバードはその言葉に頷く。


「あの場は召喚者の戦力を甘く見て、準備を怠っていた俺たちにも非がある。アルが全力を出せば、あの場もここまで酷くはやられていなかったさ」

「……そうかな?」

「そうさ。だからアルが気にすることじゃない。お前がしっかり魔獣たちを育ててくれているのは知っているから」


 カスバードはそう言ってアルバードの頭を撫でる。

 それを気持ちよさそうに笑みを浮かべ、受け入れる。


「……うん、わかった。次からは十二魔獣の誰かを常に呼び出せるようにしておくよ」

「そうだ。過去から学び、未来に活かす。それをしっかりな」

「うん!」


 アルバードは今の会話で吹っ切れたのか、いつものように元気な様子で頷いた。

 それを見て満足そうに微笑むカスバードの元へ、六位の治療を終えたライアンと、治療したばかりの六位が、アルバードと入れ替わるように傍に寄ってくる。


「ライアン。魔力はまだ余っているか?」

「はい。すぐに治療致します」

「ありがとう。助かるよ」


 とりあえず、真っ先にライアンへと話しかけ、魔力切れでできなかった治療を終わらせてもらう。

 ライアンがカスバードの傍へ駆け寄り、胸の前あたりに腕を突き出すと、掌から淡い緑色の光が放たれる。

 光に包まれたカスバードの傷が、みるみるうちに癒えていく。

 それを確認し、カスバードは六位へと目を向ける。


「無事だな、六位殿」

「無事、というには些か語弊はありますが……。援軍の分際で何もできず、すみませんでした」


 六位は少し悔しそうにしている。

 それは、彼の言葉に全て集約されているだろう。

 援軍として寄越されたのに、その役目を果たせなかった。

 見た目と普段の口調やら態度やらから考えて勘違いされやすいが、六位は上昇志向が普通の人より高いだけで、感性は一般のそれと何も変わらない。


「そう凹むな、六位殿。君はよく働いてくれた。俺の目が確かなら、召喚者の胸に君の力で孔を空けていただろう? それだけでも十分な功績じゃないか」

「それは……そう言えるかもしれませんが、私が至らないばかりにカスバード様に大けがを負わせてしまいました」


 どこまでも卑屈に自分に責任があると責める六位に、カスバードはついさっきも似たようなやりとりをしていたな、と呆れたような笑みを見せる。


「なぁ、()()()

「っ……はい」


 いきなり順位ではなく名前で呼ばれたことに、六位ことナイルは肩をビクつかせる。

 しかし、アルバードの時とは違い、その瞳は真っ直ぐカスバードの瞳を捉えている。

 何を言われても、それを受け止めるだけの覚悟があると、その瞳が雄弁に語っている。

 尤も、カスバードはそんなことをするつもりはない。


「そう固くなるな。ナイルはよくやったと思っている。あれは本当の意味でのイレギュラーだ。城の中にあった魂の中でも、あれほどの異常性を持ったものはいなかった。召喚者の中でもそう簡単に対処しきれるものじゃあない。それなのに死者が出ず、且つそのイレギュラーは排除できた。これは結果として最高と言えるだろう?」


 それにほら、俺とナイルの傷はライアンが癒した、と立ち上がり、伸びやシャドーボクシングなどをして見せ、自身が元気であることを証明する。


「だから、ナイルは自分自身を責める必要はない。ナイルは覚醒から一か月と経っていないからな。それに、ナイルが本当の意味で集落を捨て、我々の味方になったとわかる戦いだった。自分たちの力を上回るイレギュラーと対峙し倒したこと。こうして宰相様の実験に使う被検体も獲得できたことも加味して、十分すぎる経験と収穫を得たと言えるさ。もしこれ以上何か気になると言うのなら、これからナイルが満足するまでそれを払拭してくれ」

「……わかりました。ありがとうございます」


 ようやくナイルは頷いた。

 自分を卑下して責任を背負おうとする姿が悪いとは言わないが、少し卑屈になりすぎているかもしれない、とアルバードとナイルの例から見て、少し宰相様に訓練課程の見直しを進言してみようかと考える。


「よし、では帰ろうか。ここではいつバレるかわからないからね。ライアンの魔力が戻り次第、ゲートで戻ろう」

「畏まりました」


 カスバードの決定に、ライアンたちは素直に頷く。

 火を焚くと近くを通りがかった人間に見つかるかもしれないので、ゲートから毛布などを取り出し凍えないようにだけして魔力の回復を待つ。

 もちろん、被検体を凍えさせるわけにはいかないので、そちらにも毛布を被せる。

 そして、先の戦闘で傷だけでなく疲労もたっぷり溜め込んでいたカスバード達は、周囲の警戒だけ魔獣に任せて眠りについた。




 今までの会話の全てを、朧げな意識の中で見聞きしていた存在に気が付かずに。







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