第???話【アヤノアオイの軌跡】
曇天の昏く白い空の下。
冷たくなった結愛の体を抱きかかえる度に、オレは体の自由を取り戻す。
瓦礫が散乱し大勢の命が奪われたこの都市を見るのは、これで十五回。
あちこちに残る血痕や、千切れた体の一部。
崩れた建物に潰されてもなお意識がある人々の「痛い」「辛い」「助けて」という叫び。
それらはオレの耳に入り、次の瞬間に消した。
辺り一帯の瓦礫ごと、そこにまだ在る全てを消し去ってから、オレから体温を奪い続ける結愛を抱きかかえる。
初めて結愛の死に直面し、深い絶望とそれを凌ぐ憎悪と憤怒に駆られたオレが、“恩寵”と魔力関係の技能以外の全てを贄に得た力。
結愛を助けなかった全てを。
結愛を守らなかった全てを。
己自身をも罰するために得た力。
苦しみに喘いでいた人たちはその苦しみから解放され、オレの糧となる。
誰であろうと、何処にいようと関係ない。
大地を、大海を、大空を。
全てを呑み込むこの力は、地上にある全てを消滅させる。
けど、これは万能な力などではない。
植物や魔力を持つ鉱石などは動かず明確な意志もないから問題ないが、人や魔物、意思を持ち抵抗する術を持つ者も存在する。
抵抗する者たちを糧とするまでにそれなりの時間を要するのは、十五回も繰り返せばわかること。
結愛を喪い、憎しみのままに暴れ回った最初とは違う。
自ら考え、理解し、効率的に世界を滅ぼす。
それが、オレに遺された結愛を救うための唯一の手立て。
ここに至るまでの全てを俺に託さざるを得ないオレにできる、唯一の償いだ。
「……」
神聖国の首都――その全ての消滅を確認。
人も、動物も、建物も。
更地となったここには、大地の高低差すらない。
平坦な地面が辺り一面に続くだけの不毛の土地はとても視界がいい。
力が届いていない森林や街道も、オレが全人類を呑み込むより前に消える。
けど、南の森だけは例外だ。
あの森には精霊がいる。
人よりも効率がいい糧であり、最上の獲物。
この距離にいながら結愛を助けもしなかった、生きるに値しない生命体。
滅ぼすには十分すぎる理由と価値がある。
「……忘れないよ。約束は、必ず果たすから」
結愛の死を始めて観測したあの時から何一つ変わらない憎悪と怒りを胸に。
それらを効率的に使う思考と理性を持ったまま。
オレが暴れ回るだけの愚者にならずに済んだ彼女との約束を言葉にして、歩みを進める。
何度世界をやり直しても忘れることはない――忘れてはいけない、戒めとなる始まりの世界を思い返しながら。
* * * * * * * * * *
なんてことない普通の日。
始業式というだけで特に代わり映えもしない――しいて言えば、通学途中に知人を助けた程度の変化しかなかったあの日。
俺たちは、異世界へと召喚された。
白亜の城を眼前に、手入れの施された庭木や噴水などがある庭で、大勢の魔術師的な見た目をした人たちに囲まれて。
俺含むクラスメイト三十名と、先生含めた合計三十一人。
それらを囲むローブ姿の人たちは百人は超えている。
色も服のデザインも統一されていないその集団に恐れを抱きながら、異世界召喚という非現実に困惑している俺たちへ、三人の人が近づいてきた。
先頭に立つドレスを着た少女はこの国の王女を名乗った。
「説明がしたい」という彼女の言葉に不安と懐疑を向けながらも、ここで立ち尽くしていても何も始まらないと抵抗することなくついていく。
けど、その時の俺は説明だとかはどうでも良かった。
一緒に召喚されたはずの結愛の姿が、どこにも見当たらなかったからだ。
結愛ならそこいらのチンピラ程度には負けない。
サバイバル技術もある程度は身につけているし、しばらくは命の心配はないと見ていいはずだ。
そう自分に言い聞かせて、事態の収拾がついてから改めて確認することにした。
ここで彼女たちについていかず、話を遮って不敬罪とでも言われて投獄でもされる方が厄介だ。
そうしてついていった先で、この国の王と対面した。
豪華な王座に座る王は、立派な髭を蓄えた如何にもな王様で、しかし言い知れぬ圧を感じた。
そんな王様の話はとても物腰が低く、俺たちクラスメイト――召喚者に対して礼節を欠かない好々爺と言った雰囲気の人だった。
ざっと説明を聞き、最後に「質問は?」と投げかけられたので、そこで結愛のことを話した。
結愛は召喚の時、魔法陣の端の方にいた。
だからこの世界に召喚された確証があるわけじゃない。
けど、もし召喚されていたら、今もどこかで困っているかもしれない。
一人でも生きているだけの技術、技能があっても、この世に確実なんてことはないのだから。
その話をしたら、王は即座に人員を動かしてくれた。
その場では軍を動かし各国へ通達するという話に留まったが、後から結愛の似顔絵を作成し、各国各地にある冒険者組合への依頼もしてくれた。
本当に召喚者を大事に扱ってくれるのだと確信し、少しだけ彼らへの信頼が増した。
そこから、俺たち召喚者は訓練に明け暮れた。
最初の訓練で才能を図るテストを行い、俺が魔術適性はないのに“魔力操作”なる技術に長けるアンバランスな存在だと知って少しだけ落ち込んだが、結愛を助ける技術が増えるとポジティブに捉えて訓練に参加した。
本当は一刻も早く結愛を探しに行きたかったが、この世界には剣と魔法の世界らしく魔物がいるようで、俺の実力ではまだ旅をさせるわけにはいかないとのことだった。
だからこそ、早く実力を見せつけるために鍛錬に励んだ。
幸いなことに、地球にいた頃よりも睡眠時間が少なくて済むような体になっていたので、睡眠に充てていた約七時間の内半分ほどを鍛錬に注ぎ込めた。
そのおかげで、召喚から一週間後のパレードの後に行った卒業試験をクリアし、この一週間を共に過ごした側付きのラディナと一緒に外に出ることを許された。
日銭を稼ぐついでに結愛の情報収集と自分の名前を売り込むために、冒険者組合へ登録した。
お金は困らないようにと王様から渡されていたが、名前を売るついでに資金を増やせるに越したことはないだろうと言う判断だ。
外に出てまずは、隣国である帝国で結愛の捜索をすることにした。
王国は既にこの国の軍隊が動いてくれているし、なら別のところを探した方がいいだろうと考えた。
一週間ほどかけて帝国に到着し、王国よりも治安が悪いことを体感しながら結愛の捜索に励むこと約一か月。
王国で結愛らしき人物を見かけた人がいるとの連絡が入った。
また一週間かけて王国に戻り、そこで結愛を見かけた人物に話を聞くと、彼らはどうやら共和国という島国から帰ってきた組合員だった。
共和国でその結愛らしき人物を見かけたとのことで、即座に共和国行きを決定。
途中に寄った町で少し前に魔獣騒ぎがあったことを聞き、警戒を強めながら船旅含む二週間で共和国の首都へと到着。
そこでも様々な情報を収集し、北にある“灰の森”と呼ばれる場所に何かがあると言う情報を取得。
“灰の森”での探索で結愛が身に着けていた一点物の安っぽいペンダントを発見し、結愛が死んだと思い込み暴走しかけた俺をラディナが収めてくれた。
共和国での旅も終え、案内してくれた組合員たちとまた二週間程度の度をして王国へ戻ってきた。
結愛なら大丈夫と自分に言い聞かせ、今度は南にある連合国へと結愛の捜索の足を延ばした。
目ぼしい情報が得られず、焦り逸る気持ちをペンダントを握り締めることで抑えながら捜索を続けていると、王国で王女が誘拐されたと言う情報が入ってきた。
王女には出立の際やその他色々なところでお世話になっていたので、王国へ戻り王女捜索に参加。
何とか発見し、首謀者の盗賊団の頭との戦闘の末、左目と引き換えに勝利を手にした。
そこから束の間、魔王軍が予定よりもだいぶ早い動きを見せたとの連絡が入る。
前回までと同じく南東の不毛の地へと人々の総戦力が集まり、そこに俺たち召喚者も参加。
魔獣の大軍と十魔神を名乗る強力な魔人たちとの戦い。
大勢の犠牲を出しながらも、魔王含む全ての軍勢を退けた。
俺も右腕を喪ったが、召喚者で命を落としたものはいなかった。
激しい戦いとなった大戦を終え、召喚者の役目は終わった。
しかし、まだ結愛を発見できていない。
他の召喚者には先に地球へと帰ってもらい、俺は残って結愛の捜索を続けようと思っていたが、小野さんを筆頭に全員が結愛を探してくれると言ってくれた。
クラスメイトに感謝して、大戦後から催されていた勝利の祭りもそこそこに、俺は一足早く結愛の捜索を始めた。
祭りもほとんど終わり、日常に戻ろうとしている時、まだ行ったことのない神聖国の教皇から王様伝手に「結愛を発見した」との連絡が入ったので神聖国に向かった。
道中、連合国で争いがあって首都近辺を通行できなくなくなったり、竜がいるとかで更なる迂回を余儀なくされたりで紆余曲折あったが、それでも無事に辿り着けた。
しかし、その神聖国で出会ったのは、俺のことを忘れていた結愛だった。
俺という存在が記憶の全てから抹消され、顔は愚か名前すら忘れられた俺は、失意のどん底に叩き落された。
それでも、俺の目的は結愛を幸せにすることであり、俺がどう思われていようとそこは変わらないとラディナに気付かされ、どん底から這い上がった。
結愛と、一緒にいた勇者やその仲間たちに結愛は必ず地球に帰すと啖呵を切った。
ラディナに結愛や勇者の監視を任せ、一人で結愛を地球に帰すための実力を証明するべく天の塔へと挑む。
そこで約一週間。
何度も試練に失敗しながら、試行回数を重ねて天の塔にある試練を突破した。
突破し、神聖国へと戻ってきた俺を出迎えたのは、崩壊した神聖国の首都だった。
人は倒れ泣き叫び、建物は崩れ黒煙を立ち昇らせる首都の様は、地絵図そのもの。
目に移る絶望を必死に抑え、結愛の待っているだろう宿屋へ。
その道中に倒れる、動かない結愛の仲間たちの姿を見かけたり、遠くから聞える戦闘音などを聞き流しながら歩みを進め――倒れている結愛を発見した。
鳩尾の辺りに穴が開き、内臓や筋肉、骨などが見える。
血に濡れた服が広い範囲で赤黒く染まっていて、乾ききっていた。
触れた結愛はとても冷たくて、抱き上げてみると物凄く軽かった。
呼びかけても返事はなくて、心にどす黒いものが溜まっていくのがわかった。
結愛を喪った深く重たい悲しみは、次第に怒りと憎しみに変わっていく。
結愛を守れなかった自分へ。
結愛を守らなかった誰かへ。
結愛を救わなかった全てへ。
積もりに積もったそれは、俺自身を含めた全てを呑み込んで消し去った。
そこから、オレの暴走は始まった。
暴走している間は我を忘れ、善良な市民も抵抗してきた軍人も組合員も。
オレを見て逃げ回る魔獣や魔物、その他の自然も。
大陸中を歩き回り、視界に入れた全てを問答無用で消し去った。
視界に入ったものは全部、俺が鍛えた“魔力感知”や“魔力探査”で捉えたものなら視界の外でも。
オレの魔力が届く範囲ならどこに隠れていようと消滅させた。
我を失い、正気を失い。
意識のないまま目に移る全てを――あるいは魔力を捉えた全てを呑み込み歩き続けたオレが目を覚ましたのは、大陸の全てを呑み込んで、島国共和国を陥落させた後のこと。
更地になった共和国の首都に、ただ一人立つオレ。
地下に仕舞われた首都のガラスビル群も消し去って、西の海にあるセイレーンの都を落とそうと歩みを進めたオレの肩を、理解不能な光が貫いた時だった。
世界を呑み込む力によって、物理法則を介した攻撃は全て無力化できる。
その無欠の結界を貫通してきた光は、気付けば目の前に立っていた神を名乗る集団の一人が放ったものだった。
想像を絶する怒りに支配され、意識を失ってから初めて感じた痛みで目を覚まし、同時にオレがここに至るまでにしてきた行いを自覚した。
大陸の全てを滅ぼし。
ここ共和国へと逃げ延びた人類と、オレの凶行を知り協力を持ち掛けた魔人との共闘戦線すらをも消し去って。
世界の全てを消し去ろうとする――八割方を消し去ったオレを、神直々に葬りに来た。
全てを理解し、結愛を喪った怒りで大罪を犯したことを自認できた。
何百何千何万と殺し尽くしたオレの最期にしては恵まれた死に方。
結愛を汚すような行動をしてしまったことに深い後悔を覚えた。
けど、謝るべき結愛はもういない。
それでも、心の奥で結愛へ謝罪して、その結末を迎えようとした。
けど、オレは死ななかった。
蟻の一匹すら残さないくらいきちんと全て消してきたつもりだったのに、たった一人の生き残りがいた。
その生き残りが、神の放った一撃から身を挺してオレを守った。
全ての物理法則に対して絶対の防御を誇ったオレを貫いた一撃は、その生き残りを容易く撃ち抜いて、致命傷を負わせた。
オレの傍に血を撒き散らしながら倒れた唯一の生き残りだったラディナは、自身の死を悟りながらオレにこう告げた。
「私に悪いと思っているのなら――結愛様に申し訳ないと思っているのなら、ちゃんと生きて償ってください」と。
まるで、オレならどうにかできると思っているかのような言い草。
自身の死に目であるにも拘らず、オレのことを気遣うような言葉。
せっかく生き延びたのに、どうして罪を犯したオレを生かし、そんな優しい言葉をかけてくれるのか。
その問いは、神の力に浸食されて体の端から塵となったラディナには届かなかった。
この世界で、オレを支え続けてくれたラディナ。
右も左もわからないオレへ一から丁寧に全てを教えてくれて、危険な旅路にも文句一つ言わずについてきてくれた。
この世界で初めて信頼できると思った人。
大切な仲間で、相棒だった人。
結愛と同じくらい、オレにとって大事な人になっていたんだと、その時初めて自覚した。
結愛と違って、亡骸に触れることもできない。
虚空へ伸ばした手が、力強く握りしめられる。
けど、握った拳はすぐに開かれた。
ラディナの「償う」という言葉。
オレにできる償いとは何だ。
最愛の人の願いを踏み躙り、世界を滅ぼして裁かれるオレにできる償いとは。
神から穿たれる光線は、もう効かない。
さっき喰らった一撃から攻撃の性質を理解し防げるようになったから、考える時間は十分にある。
ピカピカと目障りなくらいに光る光線の中で、オレは考え結論を出した。
オレが犯した罪は、消えることはない。
オレという存在がある限り、一生背負っていかなければならない罪だ。
けど、それはあくまで、世界を滅ぼしたオレに限った話。
冷たくなった結愛を抱きかかえた俺は、まだ手を汚していない。
結愛の死に直面してなお人を殺せなかった腑抜けな俺は、まだ正しく在れるはずだ。
……なら、俺に全てを託そう。
結愛が死んだこの世界とは違う世界を、俺に歩んでもらうしかない。
結愛やラディナが死ぬなんて結末に辿り着かない世界を。
オレが世界を滅ぼさなくていい世界を。
オレの記憶と経験を全て過去の俺へと託して。
オレの記憶を見た俺は、このまま進めば世界が滅ぶと理解するはずだ。
理解して、別の道を歩もうとしてくれる。
そうすれば、少しでも世界は変わってくれるはずだ。
人も殺せない俺にどこまでできるかはわからない。
仮に失敗したとして、オレが再びチャンスを得られるかどうかもわからない。
けど、やるしかない。
結愛を救う為に。
ラディナとの約束を、守る為に。
これまで呑み込んだ全てを魔力へと変換し、空間干渉と時間干渉を引き起こす。
さっき理解した神の力のおかげで、随分と楽に構築できた。
けど、結愛の死からもう五年は経っている。
召喚されたのは更に一年前だから約六年もの時間を跳ばなければならない。
流石に魔力が足りるか不安だ。
なら……一回だけ、この罪を見逃してもらおう。
ラディナを殺した神。
そいつに手のひらを向け、消滅の力で呑み込んだ。
オレの糧となったそいつは人換算で何万人分もの魔力を持っていた。
これくらいあれば足りなくなることはない。
一番偉いだろう神へ視線を向け、必ずいい方向に着地させるから見逃してくれよと告げる。
どうしてその神が一番偉いとわかったのか。
どうしてその神が違う世界線を生きるだろう俺の所業を見ていると思ったのか。
よく覚えていないけど……まぁどうでもいいか。
異質すぎるオレを見つめ、どう対処するべきかと立ち尽くす神達を前に、抱きかかえた結愛を見る。
腐らないように処置をした結愛は死んだ時のまま。
あの日から変わらない顔を見て、今一度、己の心に誓う。
この世界を、オレによって滅ぼさせないために。
何度同じ結末を辿ろうと、オレは絶対に立ち止まらない。
結愛が死なない世界に辿り着くまで。
そうして、オレは十五度、世界をやり直した。
俺が召喚された日に今のオレの記憶を転送した世界は、大した変化も得られずに同じ結末を迎えた。
もう一度だけ同じ転送を行い、その結末が全くと言っていいほど変わらないことを知った。
転送する記憶の大小、転送した日や時間の差異なども調べ、都度十回。
記憶の多い少ないはあまり関係なく、俺に記憶を送った日時が大切だと確信した。
そこからは、送る日の調整をした。
初代勇者の記憶が眠る共和国や天の塔にいる間に送ったり、大戦の途中だったり。
何か変化が起こりそうな場面に立つ俺へと記憶を送るも、結愛の死は確実に訪れた。
あったのは、結愛が死ぬ日時や死因の違いだけ。
どう足掻いても、結愛の死という一番回避したい出来事だけは避けられなかった。
表に出ないと決めたオレは歯痒く、けど今度こそと心に決めた誓いを守った。
俺がやらなきゃ意味がないから。
だから、魂となったオレは俺の奥底で、ただ見守った。
やはり一度は、見るか喰らうかしない限り神の力は使えないらしい。
転送と同じ回数だけ喰らった肩口の傷を見ながら、そう思う。
進展なんてほとんどなく、今回も結愛が死に、また世界がオレによって滅ぼされた。
もう十五回も繰り返した転送も、後数分もすれば十六回目を迎える。
けど、今回の転送は違う。
初めての試み。
今回が上手く行かなかったらやろうと考えていた、召喚前の俺へ記憶の転送。
結愛がこの世界に来て、どんな道を辿っても死に至るのなら、初めからこの世界に来なければいい。
宰相が初代勇者を召喚するために開けた、五千年前から存在する時空間の歪み。
俺たちを召喚するために用いられた召喚陣に入れなかった結愛がその歪みを通ってしまったがために起こった、行方不明という出来事。
そのどちらの影響も関係なくする一手。
たった一人の結愛を助けるために何人もの結愛を殺し続けた矛盾を抱え、オレは今回も世界をやり直す。
やり直す度に、ラディナを殺したり、何度か結愛をも傷つけた神を吸収し、準備を整える。
今回初めて行う、地球にいる俺への記憶の転送。
どうなるかはわからない。
召喚すらもがなかったことにされるかもしれない。
だから、オレはたった一つだけ願う。
願いなんてできる立場でないことはわかっている。
それでも一つだけ、オレは静かに願う。
結愛が死なない世界に、辿り着けますように。