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姉の為に。  作者: たかだひろき
エピローグ
201/202

【久しぶりで数分ぶりの地球】




 結愛の言葉通りに“キスの続き”を迫り、結愛や大地さん真衣さんに加えてクラスメイト総出で止められた。

 一分あればそれを一日くらいに拡張できるから大丈夫と言ったのに、「そう言う問題じゃない!」と強く否定された。

 約半年前に結愛から言われたその一言を希望(むね)に、それはもう歴史に名を残すくらいには尽力した俺に、その仕打ちはあんまりじゃないかと思う。


 魔人と正式に終戦協定を結んだり。

 大戦で破壊された建物や自然などを修復したり。

 皇帝の裏切りによって混沌と化した帝国の復旧を手伝ったり。

 人が一時的にでもいなくなったことで活性化した魔物たちをソウファやアフィと一緒に鎮めたり。


 他にも、結愛がいなくなったからと隙あらば俺を籠絡しようとするラディナを躱し続けたり。

 王国に英雄として表に立たされ次期国王になんて宣う王様を宥めたり。

 国王が言い出したことだから従わなきゃとルンルンで俺に嫁がせようとしてくるソフィアから逃げたり。

 ……なんか、改めて思い返すと非モテ男子辺りから悪態吐かれて唾でも吐き捨てられてもおかしくなさそうだな?


 ……まぁ、それはそれとして。

 活躍の大小はあれど全員が俺なんかの指示を聞き入れて自分の役割をきちんと果たしてくれたおかげで大戦に勝利できたわけだし、今回くらいは我慢するとしますか。

 それに半年も――EDだった期間も含めりゃほぼ人生丸ごとになるのか?

 ともかく、それだけの期間も我慢できてたんだから、一日二日伸びる程度なら誤差だしな。

 俺は、渋々――もうほんっとーに仕方なく諦めて、始業式に出た。

 小中学校で散々見慣れた同様の形式の式。

 つまらなくて退屈なその時間で、俺は一つ、考え事をする。


 約一年と半年。

 地球時間でたった一分程度の間に、俺たちはそれだけの時間を過ごした。

 それも、ただ過ごしたわけじゃない。

 地球ではおよそ体験できないファンタジーの世界で、命をかけた体験をしてきた。

 ほとんどの人が成長期を終え、後は心と精神の成熟を成すだけの高校生という期間での体験にしては酷く重たい体験。

 それも、現実ではあり得ない――少なくとも地球では創作の世界のものとされる魔術などを使えるようになると言う体験。

 誰かに話せば厨二病だの頭の病気だのを疑われかねない体験。

 そしてそれらは、同級生との間に絶対的な軋轢を生む原因になりかねない。


 この問題は、帰還前には考えていたことだ。

 召喚された直後の時間に帰還を果たすことで、周囲の人間との時間に大小さまざまなズレが生じる。

 上手く隠そうと思っても、一年半のズレはかなり大きい。

 まして召喚者の大半は、異世界に行ってから体調や体に変化が起きている。

 俺がショートスリーパーになったことや、小野さんが走ったりしても問題なくなったことなどがわかりやすいか。

 その変化に気づかれ、もしそこを追及されでもしたら……。


 なら初めから時間の調整なんて行わず、一年半の時間をあっちで過ごしたことにしてから帰還すればという考えも過った。

 けど、そっちの方が与える影響が大きい。

 宇宙に他の生命体を確認すらできていない現状で、人の言葉を話す生命がいて、その上ファンタジーとして楽しまれてきた魔術という概念がある世界が存在すると世間に知られたら。

 根掘り葉掘り話を聞かれるだけならいい。

 その力を自らのものにしようと画策し暗躍する悪い人たちが現れるかもしれない。


 それくらいなら蹴散らせばいいかもしれないが、地球でまた同じように魔術を使える保証なんてなかったわけで。

 また、蹴散らせたらけちらせたで火に油を注ぐことになりかねない。

 それを考えると、異世界での出来事を地球からの視点では無かったことにして扱うのが最善だと判断した。

 もちろん、あの窮地で考えついた程度のことなのでこれ以上の最善がないとは言い切れないけど……少なくとも、今の俺はそう判断して良かったと思っている。

 後は忙しい忙しい半年の間に考えた、召喚者に対して異世界に関することの箝口令や諸々のルールなどを共有しておけば、少なくとも即座に問題が発生することはない……はずだ。


 始業式を終え教室に戻ってきた俺は、クラス替えのために用意された時間を引き延ばしてそれらの説明を行なった。

 箝口令はどこまでの範囲でどこまで言ってはいけないなのか。

 魔術使用に関するルールなど。

 クラスメイト全員が納得できる形で纏め上げてから時間を戻し、学校の定めた日程通りそれぞれのクラスへと散っていった。

 少子高齢化が進み続ける現代でも六クラスが存在するので、散っていったと言っても一つのクラスにニか三人はいるけど。

 ちなみに、箝口令や魔術使用の話などは結愛にも魔術通話で聞かせている。

 アメリカに戻した坂上さんたちには後で改めて話をしよう。

 日本とアメリカじゃ色々と違うだろうしな。


 さて、そんなわけで二年生へと上がったわけだが、なんとなく理系を選択していた俺は一年次と同様Fクラスに配属された。

 同じクラスには小野さんと二宮に隼人に工藤、そして幼馴染らしい千吉良さんと相田さんの六人がいた。

 召喚者の中でも親密度の高めな間柄で構築されているのは偶然なのかどうか……まぁどうでもいいが。

 ちなみに担任は龍之介先生ではなかった。

 可奈という女性の先生で、少しオドオドしている。

 魔導学院で魔術陣を教えてくれたカナ先生と同姓同名だが……これも偶然だろうか?


 まぁそんなわけで半日の登校が終わり、結愛と一緒に帰宅する。

 本来なら生徒会の仕事があったのだが、生徒会長特権とこれまで培ってきた信頼から特に誰から不満が出ることもなく休みにできた。

 生徒会のメンバーには午後の作業に備えて昼食を持参してもらっていたのに……本当に申し訳ない。

 でも、それを含めて不満一つなく穏便に休みにできたのは、結愛の人徳ありきだと思う。

 流石は頼りになる結愛だ、と褒めたら頬を引っ張られた。

 なんでだろう。


 ちなみに、結愛の両親は一緒ではない。

 俺たちに遠慮してくれたのか、事情説明が始まるまで時間を潰しておくと言ってどこかへ行ってしまった。

 八年も経てば例え住み慣れた地元と言えど変わっていると思うが……まぁ迷子になった時は改めて探しに行けばいいか。

 少し遠回りをしてスーパーに寄り、召喚前の約束通りビーフシチューの材料を買う。

 帰りの道中では半年の間にあったことをざっと説明しておいた。


「そう言えば葵、中村くんと仲良くなったの?」

「え? あーどうだろ。前みたいに無意識に敵意を抱くことはなくなったと思うけど……なんで?」

「中村くんのこと、名前で呼んでたから」

「あー」


 いつからそう呼んだのかは忘れてしまった。

 何せ本当に忙しい半年を送っていたから、そんなことを気にしている暇もなかったし。

 過去のことや無茶を言ってあっちに残ったことなどがあってか、隼人は俺の手足をなって馬車馬のように働いてくれたからな。

 内容の難易度は問わず、仕事をこなした量だけで言えば、ラディナよりもずっと。

 まぁそれほど近い位置で半年も過ごしていたら、呼び名くらい変わってもおかしくはないと思う。


「変かな?」

「いいえ。葵がきちんと清算できたのならって条件付きだけど、いいと思う。その様子だと心配はいらなさそうだけど」


 結愛が嬉しそうにはにかむ姿を見て、俺もなんだか嬉しくなった。

 フレッドやパトリシアさん、その他、結愛と親しかった人たちの近況などを話しつつ、俺たちは家へと帰ってきた。

 夜勤明けの母さんはまだ寝ていて、茜と椋は部活があるから帰宅は夕方になるだろう。

 一先ずお弁当を結愛と一緒に食べてから、俺は夕食のビーフシチュー作りを、結愛は両親と事情説明に際して細かな話し合いをするといって出かけて行った。


 それからしばらく経ってから、結愛と入れ替わる形で母さんが起きてきた。

 ビーフシチューの核であるビーフの香ばしい匂いに釣られてか、小さくお腹の音を鳴らしている。


「……おはよう」

「うん、おはよう。顔洗ってきたら?」

「……そうする」


 言って、母さんは小さい歩幅で洗面所へと向かった。

 寝起きにあまり強くない母さんだけど、顔を洗えば寝起きだろうとなんだろうと物凄くシャキッとなるので、ぜひ促されるより前に自ら顔を洗いに行ってもらいたいものだ。

 そんなことを考えながらも手は止めず、約束のビーフシチューを作る。


「今日はパパが帰ってくるからビーフシチュー?」

「いんや、結愛との約束で作ることになった」

「相変わらず尻に敷かれてるのねぇ」

「いつものことだし。――あ、そうだ。夕飯の後、皆に話したいことあるから時間作れる?」

「私は大丈夫だけど……葵が前置きするなんて珍しいわね?」

「ちょっと――いや結構ね、大事な話がね」

「わかった。覚悟はしておくわ」


 なんて笑って冗談めかした母さんは、手をヒラヒラと振ってリビングから出て行った。

 朝食――と言っても時間的には遅めの昼食だが、それはどうやら食べないらしい。

 母さんは朝食をあまり食べない主義の人だし、それでも問題ないのだろう。

 俺は朝からきちんと食べないと頭が働かないタイプの人間なので、その行動はよく理解できないけど。

 そんなことを思いつつ、ビーフシチューの準備をしたり、父さんや茜や椋に夕飯後に話があることを連絡したり、煮込みの時間で部屋の掃除をしたりして、あっという間に夕方。


「ただいまー!」

「お帰り」


 ビーフシチューの最後の調整を行っていると、リビングに勢いよく父さんが入ってきた。

 満面の笑みでテンションの高い父さんだ。

 海外の仕事から帰ってきた日は大体テンションが高い。

 短くても数週間、長くて数か月も家を空けることがあるのでホームシックになっているのかもしれない。


「おう葵! 久しぶりだな! 何か逞しくなったか?」

「――その辺も含めて、夕飯の後で話すよ」

「お? そうか? よくわからんが、わかった」


 俺の些細な変化に気付ける辺り、やはり父さんは鋭いな。

 人と関わることが好きで、得意としている語学を使った仕事をしているから観察眼が養われていると言うだけの話かもしれないけど。


 始業式初日から午後全てを使って部活をしてきた茜と椋が帰宅し、外に出ていた結愛も帰ってきてから全員揃っての夕飯。

 昼前から作っていたビーフシチューを和気藹々とした雰囲気の中で食べた。

 向こうでの食事は基本的に楽しむなんてことはなかったので、随分と久しぶりな気がする。

 結愛捜索だの大戦だのに追われて、「栄養さえ取れてりゃいいや」になりがちだったからな。

 それに、結愛が美味しそうな顔をしてビーフシチューを食べているのが見れた。


 全員が食べ終え、一旦シンクに食器を置いてから、改めて席に座り直す。

 六人が座れる四角い長机。

 短い辺に向かい合う形で父さんと母さんが座り、長い辺に俺と結愛、茜と椋とで隣り合って座る形だ。


 こうして改まって話すとなると、少し緊張する。

 話す内容が内容だけに、どういう反応が返ってくるかもわからない。

 信じられないかもしれない、正気を疑われるかもしれない。

 そういうマイナスな思考だけが加速して、頭を真っ白にしていく。


「葵」


 一言。

 隣に座る結愛が、緊張で固く握りしめていた俺の手に触れる。

 思わず結愛の顔を見た。

 穏やかな顔。

 慈悲をかける女神のような微笑みは、俺を簡単に安心させる。

 深呼吸を一つ。

 全員を見渡せるよう椅子を少し引く。


「俺と結愛から話があります」


 父さんと母さんは真剣に、茜は少し緊張気味な笑みを浮かべて、椋は明らかに不機嫌そうに。

 けど、誰も何も言わずに静かに話を聞いてくれる。


「まずは……」

「うん、私から。柊一(しゅういち)さん、美桜(みお)さん。今まで、隣の家の子に過ぎない私を育ててくれて、ありがとうございました」

「……これはまた、急だね?」

「結愛はいつも感謝して(そう言って)くれてたでしょう?」

「いやそうなんだけどさ。こうして、改めて面と向かって言われるのは初めてじゃない?」


 向かい合って座る父さんと母さんが、結愛のいきなりの感謝に嬉しそうにしながらもちょっと困ったように笑う。

 それを見た結愛もやっぱり少し微笑んで、同時にこれが悪いことの前兆ではないことを暗に伝える。


「私の両親がいなくなってからもうすぐ八年。血の繋がらない私を、二人は――ううん。葵や茜ちゃんや椋くんも、皆が身内と変わらず接してくれたから、私はここまでこれました」

「お礼を言うのはこちらも同じだ。結愛がいてくれたから葵は立ち直れた。茜や椋の勉強だって見てくれた。家のことも率先してやってくれた。家を空けがちな私たちがそれでどれだけ助けられたことか」


 結愛は本当に色々なことを教えてくれた。

 当時まだ小学六年生でしかなかったのに、料理をして掃除をして洗濯をして。

 学校に行きながらそれを並行している小学生なんて、探しても中々いないだろう。

 いたとしたら真っ先に称賛されるレベルのことを、結愛は率先してやっていた。

 それは両親を喪った結愛がもう二度と居場所を失わないための消極的な行動だったのかもしれないけど、その行動で俺たちは全員が変われた。

 父さんの言う通り、結愛がいてくれたから凄く助けられたのだ。


「それで、その……報告がありまして」

「聞かせて?」

「……私の両親が見つかりました」

「! 何処にいた!? 大地と真衣さんはどこに!?」

「あなた、落ち着いて。結愛はきちんと話してくれるはずよ」


 「でしょう?」と視線で問いかける母さん。

 結愛はそれに頷き、父さんも上がったボルテージを落とした。


「すまない。続けてくれ」

「はい。あの、まずはパ――父と母をここに呼んでもいいですか?」

「もう帰ってきてるのか? というか来れるのか?」

「はい、すぐに」

「……わかった。呼んでくれ」


 母さんとアイコンタクトを挟んだ父さんが、覚悟を決めた顔で頼んだ。

 それに頷き、結愛は目を閉じ()()()()()()()()

 直後、今の会話を念話越しに聞かせていた結愛の両親が転移で出現する。

 茜と椋の背後なので、二人はすぐには気づけない。

 父さんと母さんも、俺たちに意識と視線を向けていたから二人は視界の外。

 俺と結愛以外に気付かれずにリビングへと現れた二人は、何とも言えない表情で顔を見合わせていた。

 けど、それもすぐに切り替わり、真剣な表情へと変わる。


柊一(しゅういち)先輩、美桜(みう)先輩」


 突如聞こえた声に、四人全員が勢いよく振り向く。

 そこに立つ大地さんと真衣さんは、全員としっかり目を合わせる。


「僕たちのいない間、結愛のことを育ててくれて、ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 ピシッと直立し、頭を下げる。

 深々としたお辞儀。

 謝罪と感謝、両方の意味で取れるお辞儀だ。


「……同じ立場なら、きっとお前たちでも同じことをしてくれただろうしな。大学からの付き合いだしそれに関しては構わない。――が、これだけは聞かせろ」


 いつもハイテンションで、子供っぽい言動も多々見受けられる父さんの語気が荒い。

 叱ることすら滅多になく、その時ですら口調は穏やかで威圧的ではない父さんが、だ。

 これが怒りを面に出している父さん。


「結愛に説明もせず、八年もの間どこに行っていた」


 声を荒げているわけでもないのに、ビリビリと突きさすような怒りを感じる。

 それを向けられてもいないのに、思わず唾を飲み込むくらいには父さんの怒りっぷりに驚いている。

 いやでも、二人の事情を知らなければその怒りはご尤も。

 我が子に何も言わず八年という長い期間も行方が分からなくなっていれば、誰であっても怒りはするだろう。


「俺たちはあの日、予定通り白神山地に行ったんです。そこでいつも通り、義姉(ねえ)さんを探しながら」

「そんな矢先、道に迷いまして。気が付いたときには、その……別の世界にいました」

「別の世界? ふざけているのか?」

「ふざけてないよ、父さん」

「……なんで葵がそんなことを言えるんだ?」

「俺たちが二人と会ったのが、その異世界だから」


 そこから、事情を説明した。

 俺たちが今日、異世界に行って帰ってきたこと。

 そっちでは約一年半過ごしたこと。

 結愛の両親とはそこで出会い、一緒に帰ってきたこと。

 質問は後にしてもらって、それらを全て説明した。


「信じられないな。信じられないが……()()を見れば信じざるを得ないな」


 四人の前で披露したのは、転移や火や水の魔術、そして読心。

 たったそれだけで、四人を渋々でも納得させられた。

 到底信じられないとまだ顔に出ているが、四人も実例を出せば父さんの言った通り信じざるを得ない。

 もっと例を出せと言われれば、クラスメイトを引っ張ってくればいいだけだしな。


「……わかった。葵たちが小説やら漫画やらに出てくる剣と魔法の世界に行って、そこで一年半もの時間を過ごしたと言う話は信じよう。ただ、召喚された葵たちはともかく、大地たちがどうしてその世界に飛ばされたのかがわからない。誰かに喚ばれたわけではないのだろう?」

「それに関しては確証がなくて推測になるんだけど、地球と異世界との(ひず)みに飲み込まれたんじゃないかなって」

「歪み?」

「うん。異世界との間には昔から繋がりがあって、そこに巻き込まれたんじゃないかな。転移者って言う他の実例もいたし」

「……運が悪かったってことか」


 地球で発生する原因不明の行方不明事件には、きっとこの転移が関係していたりするんじゃないかと踏んでいる。

 尤も、どこで、いつ発生するかもわからないから、これも推測でしかないんだけど。

 何にせよ、今俺のできる説明はこれしかない。


「わかった。ならこれだけは聞かせろ」


 そう言って、父さんは大地さんたちに視線を向ける。

 滅多に怒らず、基本的に笑顔ではっちゃけるタイプの父さんが、真剣な表情で大地さんたちを見据える。

 嘘は許さない、その口から発せられる言葉の真偽を見極めるとでも言わんばかりの眼圧に大地さんたちは真正面から向き合った。


「お前たちに、結愛を捨てる意思はなかったんだな?」

「ないよ。結愛は今も昔も、変わらずずっと愛してる」

「……そっか」


 「それを聞いて安心したよ」と、さっきまでの雰囲気から一転しいつもの父さんに戻った。

 ふと、隣で成り行きを見守っていた母さんが意地の悪い笑みを浮かべる。


「結愛が特に気にしていない顔をしているから問題はないって初めからわかっていたのにね」

「まぁそうだけどさ。これは大地たちへの確認だから」

「そうね。それも大事だけど……その前に言うことがあるんじゃない?」

「……ああ、そうだね」


 顔を見合わせた父さんと母さんが一呼吸置く。

 改めて大地さんと真衣さん、俺と結愛へと向き直る。

 既に和らいだ、温かな雰囲気を纏って笑顔で――


「「お帰り」」


 もう既に貰っていた言葉。

 けど、これは普通のそれじゃない。

 事情を聞いて、理解して、呑み込んでくれた二人からの、労いの言葉。

 だから俺たちは笑顔で――


「「ただいま」」






「さてと。大地たちが帰ってきたから色々と必要な手続きはあるけど……夜も遅いしそれは明日以降にするとして。久しぶりに飲むか!」

「良いわね。と言っても、(うち)にお酒なんてないわよ?」

「んなもん今から買ってくりゃいいんだよ。まだ八時だしスーパーでも行けばさ」

「あ、父さん母さん」

「ん?」

「のんびりモードに入る前に一つ言っておきたいことがあるんだけど」

「言っておきたいこと?」


 俺の言葉に、父さんたちが立った席に座り直した。

 タイミングは、作ろうと思えばいつでも作れた。

 けど、ここできちんと言葉にしておきたかったから、真剣な時間が流れる前に話させてもらうことにした。

 大戦を経験してきた俺には無縁かとも思っていたけど、違うベクトルでこれは緊張する。

 でも、ここで踏み込めないような男じゃない。

 深呼吸を一つ挟んでから、真剣な表情で――いや、ここは敢えて笑っておくか。

 堂々と、自信満々の笑みを浮かべて。

 俺の中からこの現場を見ているだろうヤツに自慢するように――


「俺、結愛と結婚することにしたから!」


 夜の帳が下り始めた閑静な住宅街に、驚きの絶叫が響いたのは言うまでもない。






 * * * * * * * * * *






 一年半ぶりの自室。

 今日この日、朝に見回したまま何一つ変わっていない自室は、やはりとても落ち着く。

 まぁでも、それとは別の要因があってその落ち着きは若干――いや、かなり損なわれているが。


 部屋に一つだけあるベッドの上。

 そこに腰かけた結愛の、いつもとは違う雰囲気。

 怒っているわけじゃないけど喜んでいるわけでもない。

 ただ、なんだろう。

 嵐の前の静けさとでも言うべき何かを孕んでいる気がする。

 そりゃ事前説明も相談もなしに、いきなり「結婚します!」なんて言い出したのだから当然のことなんだけども。

 あれから説明に次ぐ説明をして、時計はもう九時を回った。

 大地さんたちの流れでは一切発言しなかった茜や椋もこぞって質問攻めをしてきて大変だったしな。

 結愛が話を合わせてくれなかったら、もっとややこしくなって時間がかかっていたかもしれない。


「葵」

「はい」

「こっち来て。座って」

「……はい」


 ベッドを軽く叩いて、横に座れと指示してくる。

 これが結愛の部屋で、良い雰囲気と呼べるものであれば喜んで座っていたけど……そんなことをしている場合じゃないってのは、いくら空気を読めないことに定評のある俺でもわかる。

 逆らってもいいことはないので、大人しく素直に従っておく。


 今、家には俺と結愛しかいない。

 父さんたちは嬉しそうに「飲み明かすぞー!」と言って意気揚々とお酒を買いに行った。

 母さんと大地さん真衣さんも一緒で、茜と椋もそれについていった。

 俺たちに気を遣ったわけではなく、単純に実の兄と義理の姉の結婚という信じ難い事実を呑み込むための時間を作りに行ったんだと思う。

 一人や二人であれこれ悩むよりも、大人たちの意見も交えながらの方がいいと判断したのかもしれない。

 そのおかげで、あの流れの後で堂々と結愛を部屋に上げられているわけだけど。


 それにしても、一体このあと何を言われるのだろうか。

 叱られる五秒前のような雰囲気の中で楽しい話題が飛び出すとも思えないし、まぁ十中八九、いきなり結婚と言い出したことについての言及だとは思うが。

 いやでもあの時も考えたけど、別に変なタイミングってわけでもないと思うんだよな。

 結愛と結婚するって話はいずれ父さん母さんに話すことになるわけだし、なら色々と話したタイミングで話すのもおかしなことじゃないはず。


 ――と言うか、別に怒られる必要もないのでは?

 別に悪いことをしたわけではないのだし、「キスの先」なんて言い出して結婚と匂わせる発言を先にしたのは結愛だ。

 その約束通りに、きちんと手順を踏んで進もうとした俺がとやかく言われるのは間違っているんじゃなかろうか。

 うんそうだ、間違いない。

 よし。

 何を言われても俺は悪くないぞって態度で――


「さっきの結婚についての話だけど」

「――はい」


 結愛がそう切り出した途端、さっきまで俺の中で溢れんばかりに勢いを増していた勝気が消え失せていった。

 決して日和ったとかそんなんじゃない。

 これは……そう、現実を見ただけだ。

 自分が悪くなくても謝らなきゃいけない場面があるってのは、恋愛だとよくあること。

 それを思い返して実践しただけ。

 だから断じて日和ってない。


「正直に言うと、私にそんな資格はないんじゃないかって思ってるの」

「……どうして?」

「私は、あっちにいた時に葵のことを忘れてしまったから」

「そんなことで資格がなくなるわけないじゃん」


 俯いてはっきりとは見えないが、深刻そうな顔で手をギュッと握りしめながら呟かれた言葉を一蹴する。

 事も無げに話す俺へ、結愛はバッと顔を上げた。

 まるで自分を責めているかのような、悲痛な表情。


「そんなことって――」

「今となっては“そんなこと”だよ」


 反論をしようとした結愛の言葉に被せて、またもや言葉を封殺する。

 確かに、忘れられたと知った時は辛かった。

 面と向かって「誰?」と言われたあの時は本当に絶望したし。

 けど、マイナスの影響はそれだけだ。


 ラディナたちのおかげであそこから立ち直れたから、天の塔という重要なイベントのフラグを建てられた。

 結愛の行いに追従する人が沢山いてくれたおかげで、大戦でもかなり楽に立ち回れた。

 何よりも――


「結愛は、俺の記憶がない間もずっと俺のことを大事に想ってくれてたじゃん」


 俺の記憶がなくても、結愛は記憶がある時と大差ない対応をしてくれていた。

 呼び名が葵でないことや、物理的な距離が若干あったくらいの変化しかなかったし。

 それだけで十分。

 マイナスのインパクトが強すぎただけで、考えてみればプラマイプラスなんだからそれでいいのだ。


「それだけじゃないわ。……昔から私は、葵に何もしてあげられなかった」

「いいや? 結愛は人見知りだって直してくれたし、俺が辛い時にずっと支えてくれたじゃん」

「私がもっとちゃんとしていたら、辛い思いをさせずに済んだのに?」


 ……なるほど。

 結愛の中では、マイナスの印象が酷く残っているらしい。

 まぁでも、その気持ちは理解できなくもない。

 結愛と俺の立場が逆転したら、俺も似たようなことを考えて自分を責めるだろうし。


「そんな私に、葵と一緒になる資格なんて……あると思う?」

「全然余裕であると思うよ?」


 だから、即答する。

 結愛が欲しい答えなんて知らない。

 そんなものはどうだっていい。


「一回の失敗でそこまで自分を責める必要はないよ。それが取り返しのつかないことなら話は別だけど、俺は今こうして元気にやってる。なら問題ないでしょ?」

「……けど、私の行動が遅かったせいで葵を傷つけた。その事実は変わらないわ」

「結愛の話の流れで言わせてもらうと、なら今度こそ傷つけないために傍にいるべきじゃない? ずっと一緒にいたら絶対に安全なわけだしさ」

「……」

「それにさ、何事もさ。昔よりも今と未来の方が大事だよ」


 今の自分を形作るのは昔の自分。

 だからこそ、(かこ)は切っても切れないし重要視される。

 けど、それが全てではない。

 過去にしてきたことも、これから次第で取り戻せることだってある。

 今回で言えば――


「葵に悪いと思ってるなら結婚しろってこと?」

「うーん、それも間違いんじゃないんだけどね? 俺が言いたいのはそうじゃなくって――」


 俺の考えを悟ったのか、先んじて結愛がそう聞いてきた。

 もしそうであっても結婚は達成できるし、結愛の罪悪感が薄れるのならそれでもいいのだが……まぁでも言いたいことはそうじゃないから肯定はしない。


 隣に座る結愛に向き直り姿勢を正す。

 ベッドに置かれた右手に左手を乗せ、ゆっくりと握る。

 ピクリと肩を震わせた結愛が徐に顔を上げ、目線だけでこっちを見る。


「結愛は、俺のことどう思ってる?」

「……」

「ちなみに俺はね、結愛が大好きだよ。この気持ちを自覚してからずっと――自覚する前を含めたら……そうだな。あまり覚えてないけど、多分、幼稚園くらいから」


 生涯ずっと好きだった、と言っても差し支えないくらい、俺は結愛のことを想っていた。

 結愛と一緒にいられなかった半年で色々なことがあった。

 求婚やら貞操狙われたりだとか、見せつけるようにイチャイチャする隼人とノラさんとか。

 それ以外のことはもちろん当然に、色恋に関することだけでも結構見聞きしてきたわけで。

 その上で、俺はやはり、結愛が好きだと再確認できた。


 だからこそ、救世の褒美として世界間の移動を可能にしてくれたフィラには感謝している。

 無条件ではなかったけど……ま、ヤツも同意してくれたし問題はない。

 まぁけど、そのテンションの昂ぶり収まらぬうちに地球に帰ってきたのは失敗だった。

 クラスメイトの目も憚らず「キスの続きをしてくるぜ!」はもう言い訳のしようがないくらいに直球だったしな。

 あそこは反省するべきだけど、それはそれとして――


「色々とあったけど、俺は変わらず……何なら前よりも増して結愛が好きだ。好きな人と、これからもずっと一緒にいたい。だから結婚したい」


 指輪も何も用意できてないし、何なら彼氏彼女のステップも踏んでない。

 通常の恋愛から見るとかなり異端な道を進んでいる自覚はある。

 でも、そんなことは関係ない。

 契約だとか形式だとか、そんなものはどうだっていい。

 ただの原始的な――それでいて、現代まで通ずるもののある感情の話。

 好きな人と一緒にいたいと言う、ただそれだけの話でしかないのだから。


「結愛はどう? 罪悪感とかは一旦脇に置いて……俺のことを、どう思う?」


 まだ俯きがちな顔を覗き込んで問いかける。

 恥ずかしさがないわけじゃない。

 自分の心を曝け出すのは、中々に勇気が必要で、それでいて不思議と恥ずかしい。

 けど、それを押し殺して前に進むんだ。

 そうでなきゃ、結愛と一緒になんてなれないんだから。


「……好きよ」

「どのくらい?」

「……手を繋いだり、デートしたり、キスしたり…………結婚したいって思うくらいに、好き」


 俯いていた顔を上げ、大胆な発言からくる恥ずかしさに顔を赤く染めている結愛は、それでも目を逸らさない。

 顔から火が出るんじゃないかってくらいに、頬も耳も赤い結愛。

 滅多に見れない結愛の姿に、言い知れぬ感情が俺の中を(うごめ)く。


「本当?」

「……意地悪」

「自覚してる」


 あまりに意地が悪かったから、ふいっと顔を背けてしまった結愛。

 ベッドの上に置かれたままの結愛の右手に俺の左手を絡め、右手を伸ばして背けた頬に手を触れる。

 火傷するんじゃないかってくらいに熱い頬は、力を入れずとも触れただけで戻ってくる。

 視線をどこかへ逃そうとして、でも俺がじっと見つめているから逃しきれず。

 観念したように、結愛はそっと目を閉じた。






 * * *  ~数年後~  * * *






「そろそろ始めようか。準備はいいか?」


 この場にいる総勢五十四名の人に問いかける。

 召喚者として異世界に喚ばれ、そこで魔王を倒して地球へと帰還した、“召喚者”と呼ばれた人たちと、異世界へ迷い込んだ“転移者”と呼ばれた人たち。


「今更ね。もう私たちだけの問題じゃないんだから、ここで止める人はいないわよ」

「そうだぞー葵。我儘ばっかやってきたお前がどうしたそんな殊勝になっちまって。子供生まれて随分と丸くなったな?」


 隣に立つ結愛が「馬鹿ね」と言わんばかりに一蹴し、隼人がそれに乗っかってくる。

 ここ最近も変わらない流れに、他の人たちから「またかよ」みたいな笑いが起こる。


「うっさいうっさい。念のための確認だっつの。仮にも世界を変えることなんだからもうちょい真剣にだな――」

「軽いノリで「世界変えるか」って言い出したのは葵じゃない」

「よーしこの話はお終いだぁ!」


 手とパンパンと叩き、話を叩き切る。

 様式美とでも言うべき流れを終え、集中。

 雪で覆われた白亜の大地に立つ全員の表情が真剣なものになる。


 これから行うことは、間違いなく今の世界を変えてしまう。

 遠い未来、この行動がいい方向に転ぶかどうかはわからない。

 でも今の俺は――俺たちは、これが必要なことだと思うから行動する。

 これ以外に選択肢がないわけじゃないけど……これが成功すれば一番いい。


 異世界を経験した俺たちというイレギュラーな存在。

 その俺たちがいるから生まれてしまった歪みが大きなものになる前に。

 言ってしまえば、そう。

 これは、地球全体に対しての予防接種やワクチンのようなもの。


「んじゃ、始めるぞ」


 そう言って体を反転。

 地球全体に魔力を広げ、電子機器への干渉を行う。

 世界規模でのハッキング。

 テレビだろうとネットだろうと関係ない。

 映像を表示できる全ての電子機器に――そういう機器がない地域へは魔術でモニターを投影して、一つのブラウザを開かせる。

 ありきたりな動画投配信サイト。

 そこに移るのは、俺含む五十五名。

 誰が聞いても理解できる言葉(こえ)で語り掛ける。


『初めまして、地球の皆さん。俺たちは世界の守護者。どうぞ、よろしく――』


 できればこの選択が、未来の人々にとっていいものになりますように。




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