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姉の為に。  作者: たかだひろき
最終章 【決戦】編
199/202

第十九話 【vs邪神】




「殺す――!」


 怨嗟(えんさ)に満ちた言葉を連ね邪悪なまでのどす黒い魔力を放つそれは、その魔力で人の形を成している。

 けどそれは不安定。

 きっかけ一つで崩れてしまいそうなくらいには脆く見える。


「全部……! 何もかも全部――!」


 (くぼ)んだ眼窩(がんか)の奥にある憎悪に満ちた赤黒い光。

 目線が合えば呪われると言われても納得できるくらいには(おぞ)ましい目。

 けどそれは、俺たちだけに向けられたものじゃない。

 ここではないどこか……さっき言っていた「俺を蔑んだ奴ら」とやらへ向けたものかもしれない。

 ……まぁ、宰相が誰にどれほどの憎悪を向けていようと関係ない。

 結愛が助けたいと言った。

 なら俺は、自分にできる全てで以って助けるだけだ。


「初代勇者、俺の頼みを聞いてくれるか?」

「ええ、何でも」

「アンジェとアフィを守ってやってくれ。宰相のあの攻撃も、防ぐくらいならできるだろ?」

「確実ではないわ。それに今の私の魔力じゃ一回か二回くらいが限界よ」

「『なら可能性を上げよう。魔力のことならこれから来る援軍に頼んでくれ』」

「――! わかったわ」


 “恩寵”を通じて奴の攻撃から習得した“得体の知れない力”――神通力とでも言うべき力に関する情報を渡す。

 初代勇者はさっき俺の治療をしてくれたし、それも加味すれば十分に神通力を扱えるようになるだろう。

 これで前者の問題は解決。


 後は魔力の問題だが、これも時間が経てば解決してくれるはずだ。

 教皇に向けて既に宰相との戦いが最後であるとの伝言はしたし、今も魔力が必要な旨を通信で伝えた。

 詳しいことは言ってないけど、あの教皇なら俺の元へと援軍に行くよう指示してくれるはず。

 神殿の外に出たことで直接の感知ができなくなってしまったとはいえ、俺がアンジェの元へ援護に行ったことは知っているはずだしな。

 どう動くかがわからない宰相が相手であることを考えると、なるべく早く来てもらいたいところだ。


「葵、私は何をする?」

「手ぇ出して」


 俺の左隣に立つ結愛の手を握り、情報の伝達を行う。

 口頭よりも簡単かつ簡潔に多くの情報を送れるので重宝する手段だ。

 相手に触れずとも情報は送れるけど、万全を期すなら接触はあったほうがいい。

 決して、結愛と触れ合いたいからというわけじゃない。


「どう? ちゃんと()()()()?」

「……ええ。()()()わ」

「ならよかった。いつでも治療できるわけじゃないから回避第一でね」

「ええ」


 譫言(うわごと)のように「殺す」と呟き、苦しむように体を揺らす宰相。

 油断はせず、意識も逸らさず、結愛に伝えるべき神通力(じょうほう)の伝達を終えた。

 後は宰相の動き次第。

 時間が経てば初代勇者の防御が完全なものに近づくので、こちらから手を出す必要もない。

 それに、結愛へ伝えた情報も時間をかければより理解を深められる。

 まずは様子見。

 ついでに宰相の思考や何を想っているのかを探り視て――


「ウガァアアア!!!」


 頭を抱え、苦しみ悶えていた宰相が腕を大きく振り上げた。

 神通力を地面に叩きつけるようにして振るった瞬間。

 大地が揺れ、衝撃波が津波のように迫りくる。

 不可視のそれは、地面を(めく)(えぐ)りながら進んでくるので回避は可能。

 けど、避ければ後ろにいるアンジェたちを危険に晒す。

 初代勇者の防御はあるが、それは可能な限り取っておきたい。

 それにまずは、俺が対処できるかどうかも試しておかなきゃな。


 開いた魔紋で周囲の魔素を集め魔力へ変換。

 神通力へと再変換し衝撃波へ穿つ。

 一瞬の拮抗。

 直後、俺の放った力は押し潰され、威力の弱まった波が雪崩(なだ)れ込んでくる。

 想定していたよりも高い威力を誇っていた宰相の神通力。

 まだ神通力を完全に掌握できているわけじゃないと認識し、今度は完全に消滅させるためにもう一度力を練り上げる。


「私にやらせて」


 俺が答える前に割り込んできた結愛は、右腕を持ち上げた。

 綺麗に揃えられた手のひらを衝撃波へ向けると、()()()でその衝撃波を打ち消した。


「……結愛、もう使えるんだ?」

「さっき教えてもらった情報があったからね。でも、この眼で力の存在を認識できていなかったら難しかったかも」


 回避第一と言ったのにという驚きもあったけど、それ以上に結愛が神通力を使えることに驚いた。

 視えるのと使えるのとでは違うし、視るために教えた以上その後の追及は避けられない。

 結愛ならいずれは聞いてくると思っていたし、だからこそまた別の機会にでもと思っていたのだが……いや、戦力が足りない可能性のある今はありがたい。

 結愛が神通力を使えるのなら、単純に戦術の幅が増える。

 援軍がいつ到着できるかわからない以上、万が一に備えられる手段が増えるのはいいことだ。


「攻撃に応用は?」

「形とか流れの変化って意味よね? ……少し時間をくれればやるわ」

「おーけー?」


 相手の心を読んでから動く俺は、攻めるよりも守る方が実力を発揮できる。

 それに俺は、剣道の世界で“後の先”と呼ばれる相手の動きに合わせて動く方が、能力的にも性格的にもあっているしな。

 対して結愛は、“先の先”を得意としている。

 鋭い観察眼と動体視力が相手の起こりを確実に見切り、高い身体能力と反射神経でそれを阻止できる。

 意外と思われがちだが、結愛は攻め気の方が強い。

 それに、結愛が守りで俺が攻めというのは俺たちの()()()()()でもある。

 現実ではないことを例に挙げてもあまり意味はないかもしれないが、まぁやりやすさとかの話だしな。

 性格的に合っているのは間違いないのだし、その点も含めて結愛に攻めを任せたいから、一時しのぎ程度で済むのなら楽なものだ。


「ァ、アアアアァ……!」


 ゾンビのような呻き声を上げる宰相。

 影の形は既に定形ではなくなり、人型であったことがなんとなくわかるくらいには異様な形と成っている。

 それも秒数ごとに刻一刻と変形し、元の人型を保とうとしているのかそれとも別の何かになろうとしているのかすらわからない。

 ただそれでも、俺たちを攻撃する意思だけは変わらないようで――


「――! いやいやいやマジか」


 宰相の力が頭上で高まったのを感じた。

 視線を上げてみれば、そこには神通力で構築された一枚の紙のようなものが広げられていた。

 直接ぶつけるだけで腕を軽々と消し飛ばすだけの威力を持った神通力が、薄かろうと空を覆うように広げられている。

 それを落とされた場合どうなるか、なんて言わなくてもわかる。


 即座に両手を天へ掲げる。

 真正面にいる呻く宰相から意識は逸らさずに、手のひらをまだ届かない距離にある神通力の膜へと向けて広げる。

 神通力の膜へ同等の力を穿ち、全体を持ち上げるイメージでゆっくりと押し上げる。

 中心部分を押し上げたことで端の方も引っ張られるようにして上へと昇っていく。

 あれが紙と同じなら勢いよく押し上げると突き破ってしまいかねないので慎重に、けど迅速にある程度の距離を上昇させてからそれを丸め込む。

 かなり強い手ごたえを感じたが、それでも地上に影響なく消滅させられた。


「あっぶね」


 ただ、ずっと気を向けていた宰相は神通力の制御どころではなさそうな様子だった。

 これでもし宰相が神通力を完璧にコントロールしていたらと考えると……ゾッとする。

 宰相が何かの拍子で狂気から立ち直り意識の全てを俺たちに向ける前に、もっと精度を上げておかなきゃいけない。

 でなければ、ここにいる全員――援軍としてきてくれる人たちも含めて全ての命を失いかねない。

 もしそんなことが起きてしまえば、奴が顕現して今度こそ終わる。


「クソが――! 邪魔だよ、ッお前――!」


 何もない場所に対して腕を振るう宰相。

 言葉通り、何かを追い払おうと腕を振るっているようにも見える。

 それが何なのかという興味は少しだけあるが、腕を振るう度に神通力が振りまかれるので対処に忙しい。

 幸いと言うべきか、さっきまでのような多少でも意図や意識の介在している力ではなく、漏れ出たような僅かなものなので処理そのものは容易だ。

 ただ如何せん、無差別かつ四方八方へと振りまかれるのでタイミングが掴めない。

 意思がないから心を読んだところで意味はなく、必然的に俺の苦手な反射神経勝負をしなければならない。

 初代勇者という最終防衛ラインがあることと、一か所に固まってくれていること。

 その二つのおかげで頻度が多くとも楽に守れてはいるのだが。


「俺は――見返してやるんだ! 俺を蔑んだ奴ら全員を――俺を無下にしたあいつらを――! だから邪魔するな! とっとと失せやがれ!」


 さっきから思っていたが、宰相の言葉がどんどんと流暢になっている気がする。

 一時的に叫ぶだけになっていた宰相が、今は普通に会話ができる程度には言葉を発している。

 もちろん、未だ正気ではないから会話など到底できない状態なわけだが。

 意識を取り戻すまでのタイムリミットが近づいているのかもしれない。


 けど、悪いことだけじゃない。

 無差別に振り回される力を対処していくにつれて、俺も徐々に神通力を使うことに慣れてきた。

 問題は、俺の僅かな魔力がガンガン削られていることだけ。

 尤も、結愛が力を振るえるようになればそれだけヘイトは分散するはず。

 そうなれば俺が力を使う回数も減らせるわけで、最終的には大した問題にはならない。

 結愛が力を使いこなせると信じて、今俺がするべきはこの場にいる全員を宰相の力から守ること。

 全神経を尖らせて、宰相の一挙手一投足を見逃さないように注視し対処する。


「――ッ、ハァ! ハッ、ハッ、ハァ――!」


 あっちこっちに振り回されていた神通力が消え、同時に宰相が我を取り戻す。

 同時、不安定だった宰相の影が安定した。

 やはりさっきまでは妄想か幻想の類の何かに毒されていたのだろう。

 辺りをキョロキョロと見回して状況の確認を始めだした。

 しばらく――と言っても数秒程度だが、それでおおよそを思い出し、あるいは把握したらしい宰相は、俺へと視線を向けてくる。

 初代勇者とも、あるいは奴が作り出した俺とも違う、影から作り出した青年のようなイケメン顔を破顔させて。


「やぁ。さっきぶり――と言っていいのかな?」

「あんたからしたら“さっきぶり”かもしれないが、俺からすると初めましての方が強いな」

「……そうだね。確かに、君とこうして話をするのは初めてだ。なら改めて――初めまして。召喚者の綾乃葵」

「初めまして。魔王軍の宰相がまさかそんな若い見た目してるとは思わなかったよ」

「よく言うよ。君は俺のことをよく知っているだろう?」


 なるほど。

 塔で俺がフィラから情報を得ていることは把握しているのか。

 あそこは現実から干渉はできないはずだが……いや、フィラと同等の存在ならその辺の縛りなんてあってないようなものか。


「あんたがどうして堕ちたのか、どうして欲しいのかってのと、それに付随する情報だけを貰ってたからな。外見の情報とかは一切聞いてない」

「外見を聞かずに、会ったこともない俺をどうやって見つけようとしていたんだ?」

「五千年も生きている人間なんて、意図的に隠そうともしない限りすぐに見つけられる。限りなく珍しい――言い換えればあり得ないことだからな」


 宰相はなるほどと俺の言葉に頷く。

 それに、理由はそれだけじゃない。


「あんたが魔人に深く関われる位置にいることはわかってた。何せ、あんたが書き換えた歴史で一番デカかったのは、魔人がその他全種族の敵であると認識させたことだからな。わざわざ種族間の仲を険悪にして、大戦なんて起こさせて、その上で大陸を移動させてまで魔人を隔離したのは自分が操りやすくするためだろ?」

「ま、そこには気づくよね」


 肩を竦めて、言外にそうだと認める宰相。

 そこには悪意や罪悪感と言った感情は一切見受けられず、ただただ当たり前のことを当たり前にしているような雰囲気しか感じない。

 大戦という、主に二種族の――もっと遡ればその他多くの種族を巻き込み、その間で培ってきただろう関係をズタズタに引き裂いたことなど微塵も気に留めていないらしい。

 悪意なく悪を成す者。

 サイコパス――とは少し違うか。

 まぁ呼び名なんてどうでもいい。

 ただ確定していること。

 それは、目の前の宰相(こいつ)が俺たちにとっての最後の敵だと言うこと。


「綾乃葵。君がこの世界に来た時から、私の前に立つのは君だと思っていた。初代勇者と同じ才覚を持っていた君だ。間違いなく、同じ高みにまで上ってくると思っていたが……」

「想像以上の男になれたようで何よりだよ」

「ああ、全くね。お陰で少し――いやかなり手間取ったよ。君が回収した未来の君。あれは厄介だった。後にも先にも、あれ以上の厄介さを持つ人間は存在しないだろうね」


 宰相の言い回しから、一つ確信した。

 未来の俺に比肩する厄介さを持つ人間はいないらしい。

 つまるところそれは――


「……なるほど。ここで時間稼ぎに乗ってくれるのも、“俺たちが奴より弱い(それ)”が前提にあるからか」

「そうだよ。そこの、俺の新たな依り代になれる女が神通力を扱えるように頑張っているようだけど……俺からすればその子も君も、後ろで眠る子たちを守ってる彼女も。等しく有象無象だからね」

「……悲しいことに否定はできないな」

「それはそうだろう? 君たち人間――いや、人間じゃないのもいるが、ともかく。俺と君たちとでは種族としてのスペックからして違う。並ぼうとすることすら烏滸(おこ)がましい」

「随分と傲岸不遜な考え方だな、ってあんたがフィラ(あの人)と同じじゃなけりゃ言ってたよ」


 わかっているじゃないか、とでも言いたげな目線を向けてくる。

 俺が今言ったことに、間違いなんてない。

 宰相は俺たちの概念で言うところの神として生まれ、神として育った。

 種族としてのスペック、なんて言っていたが、そんな表現すら生温い。

 格が――いや、文字通り次元が違う存在だ。

 誰でも到達できる塔なんかで出会えたり地上でコソコソと暗躍したりと、俺の知る限りではおよそ想像していたよりも遭遇率の高い神だけど……その実力は宰相の言う通り本物。

 それは、魔術で対処ができない、遥か高みにある神通力が証明している。


 魔力と似た性質なのに、魔術とは全くの別物の現象として出力される力。

 俺たちも同等の力を扱えるようになったけど、練度の有無は言うまでもない。

 俺たちの成長度は高いけど、それはこの戦いでどこまで引き上げられるかに懸かっている。

 更には並行して、意識を取り戻した宰相の力がどれほどのものかを計らなければならない。

 自らの強化を急いで宰相の実力を見誤れば、間違いなく俺という存在は消し飛ぶ。

 一歩間違えれば――というこの状況は中々に恐ろしい。

 覚悟はしていたのに、冷や汗は背中を伝うし生唾を無意識に飲み込むくらいには緊張する。


「さて……もう聞きたいこともある程度聞いただろうし、今度は俺から聞いてもいいかな?」

「まだ時間稼ぎに乗ってくれるなら願ったり叶ったりだ」

「なら提案だ。君たち全員をこの場で殺さない代わりに、俺の手駒になれ」

「手駒……?」

「そう。俺の指示に従順に従う駒。神通力を行使できる人間は貴重だからな。俺の復讐に手を貸すのならこれまでの全てを不問としよう。それだけで足りないと言うのなら、全てが終わった後で君たちを元の世界に戻すことも約束しよう」


 神ならば、俺たち召喚者や転移者などを纏めて地球に送り帰すことなど造作もないだろう。

 宰相がそれを実行するかどうかはともかくとして、可能か不可能化だけで言えば可能なはず。

 その上で、全てを不問としてくれるらしいのだから、いい条件と言えるかもしれない。

 もちろん、問題がないわけじゃない。

 その“手伝い”とやらにどれだけの時間がかかるのか。

 手伝うことによって俺たちに死傷者はでないのか。

 色々と聞いておくべくことはあるはずだけど、最低でもこれは聞いておかなければならない。


「……あんたが復讐するのは誰だ?」

「天の更に向こう側で俺たちを見下すクソども……君たち人の言葉を借りれば、神様という奴だね」

「神に対しての復讐、ね」


 予想はしていた……というか、フィラから話を聞いた時点で、宰相が憎む対象が誰かなんて聞かずともわかりきっていた。

 だからこそ驚きはない。

 淡々と宰相の言葉を受け止めて呑み込むだけ。


「返事を聞こうか。君たち全員を助けるか、この場で一度死に、魂の抜けた肉体を操られるか」

「……」


 俺たちを仲間に引き入れたいのなら俺たちは殺さないはず、という逃げ道は潰されたわけか。

 いや、さっきアフィが戦っていた生気のない軍勢がいたから今更かもしれないが、奴にとって生きていようが死んでいようがそれは関係ないらしい。

 何なら死んでる方が好き勝手にできて楽だなくらい考えていそうだ。

 なぜそれを即座に実行しないのか、なんてのは言わずともわかる。

 宰相が使う死霊術の類は、死んだ生物のスペックをそのまま発揮できる代わりに、自らでは考えられない。

 与えられた命令がなければ動けず、複雑な命令は遂行できないはずだから、スペックはそのままなのに生来よりも一段か二段ほど性能が落ちる。

 アフィが一人で何十何百という軍勢を抑えられた要因は、恐らくこれが一番大きい。

 だからこそ、生きている状態で命令に従ってくれた方が細かな命令を仕込むよりも楽なのだろう。


「……決めた」

「答えは?」

「悪いが断る。俺は――俺たちは、あんたと一緒には行けない」


 宰相の提案に乗るのが嫌だったのか。

 それとも復讐というワードを条件反射で嫌っているのか。

 その辺りは、別にどうだっていい。

 俺たちは俺たちの力で地球に戻る。

 宰相の手を借りる必要もないし、だからこそその提案に乗ってやることもない。

 勝ち目の薄い戦いに身を投じるなんて馬鹿だと思われるかもしれないが、関係ない。

 ここでやれなきゃ意味がない。

 奴に啖呵を切ってまで示した道を進むために、ここで引くなんて選択肢は端から存在しないんだから。


 それに何より、結愛はあいつを――宰相を助けたいと言った。

 ここで提案に乗っても、宰相を助けることにはならない。

 いや、宰相からしたら十分助けになるだろうが、俺の考えるそれとは違う。

 身勝手も多分に含まれているが、まぁ俺は自己中だし今更だ。

 宰相を復讐の輪から引き()りだして、本当の意味で助けてこそ意味がある。


「そうか。残念だ」


 心底残念そうな顔をして、宰相は一瞬だけ空を見る。

 何を見て、何を考えているのか。

 それすら悟らせないほどの一瞬の後、「じゃあ」と一言呟いた。


「――死んでもらう」


 俺の方へ向けられた右腕。

 そこから、不可視の神通力が放射される。

 師匠の眼と竜眼がなければ目視すらできない神通力は、さっきよりも遥かに膨大で精密な操作がされている。

 全方位へ余すことなく、とりわけ俺たちのいる方向へと強く深く繰り出された神通力に、より出力を上げて真っ向から対抗する。

 ちょうど中間あたりで衝突した神通力は、衝撃波として全方位へ暴威を撒き散らす。


「ッ――!」


 初めから俺が神通力で対抗すると読まれていた。

 宰相はそう読んだ上で、ぶつかったときに力が拡散するように調整していた。

 いや、今までの戦いからそうだと判断するには十分すぎる理解を得ていたのかもしれないが、それを把握しそびれた。

 宰相の底を測るために思考と意識を割きすぎたのは失敗だった。

 神通力の相殺には成功したけど、その余波(せい)で初代勇者の守りを使わせてしまった。

 防御ができるかどうかと言っていたけど、どうやらそこは問題なく防げた様子。

 しかし、辛そうな表情が視てとれる。

 魔力的にも気力的にも、もう一回くらいが限界なんだろう。

 次にその力を使わせてしまえば、初代勇者たちを守る術がなくなる。

 援軍の要請をしてから結構経ったと思ったが――


「ああ言い忘れていた。援軍なら来ないよ」

「……」

「ここへ来るまでの道のりは全て遮断しておいた。もちろん、この力でね」


 俺の表情から思考を察してか、ご丁寧にどうやって援軍の到着を妨害したのかの説明をしてくれた。

 魔術による空間遮断であれば、小野さんか二宮くんがどうにかできたかもしれない。

 けど、神通力での遮断となると……まず間違いなく突破は無理だろう。

 主人公補正でもかかってくれていればあるいは……いや、そんな希望的観測は()そう。

 援軍は来ない。


 ……いや、考え方によってはこっちの方が良かったか。

 この戦いの中に一瞬でも放り込まれれば、死ぬ可能性が高まるだけ。

 エリア移動した瞬間を狩られるようなことがあれば、反応の遅い俺はもちろん結愛でも対応できないだろう。

 まだ他人を完璧に治せるほどの精度を確立できていないし、むしろありがたいとさえ思うことにしよう。

 断じて負け惜しみなどではない。


「ふー……」


 それを念頭に、思考を一つ更新する。

 初代勇者の守りはあと一回。

 それを使えば、いよいよ後がなくなる。


「治すのも面倒だから……耐えてね」


 言うと同時、六つの力が放物線を描いて迫りくる。

 これまでよりも数段速い神通力。

 トラの爪のように、両の肩口から脇腹に抜けるような軌道を描くそれらに、手のひらに纏った神通力で対抗する。

 俺の反射で辛うじて対応できたそれは、腕が軋み悲鳴を上げるほどに圧し掛かってくる。

 歯を食いしばりそれに耐えながら、一瞬の判断でそれらを逸らす。

 角度をつけて逸らしたそれを頭上で衝突させ、対消滅させることに成功。

 ごっそりと色々な力を持っていかれ、そんなことなどお構いなしに次の攻撃が迫りくる。


 一極集中の極太レーザーに、糸のような細さで目を(あざむ)く最速のレーザー、波を偽装し普通なら見抜けない不可視の弾丸。

 その他、どれだけ手札を隠し持ってるんだと叫びたくなるほどに様々な手立てで攻め立ててきた。

 それら全てにどうにか対応し処理していったが最後。

 振り下ろされた光り輝く神通力を対消滅させたところで魔力が尽きてしまった。


 魔紋による魔素の吸収は、あくまでその辺りに魔素がある前提の話。

 そこら辺の大気に酸素や二酸化炭素などと一緒に存在する魔素も、使い続ければいずれ尽きる。

 また自然が生み出してくれるだろうが、その生成は俺の回復(しょうひ)よりも遥かに遅い。

 俺が保有できる魔力は大人一人分もなく、それを補うための魔紋も使えない。

 ここまで何とか耐えてきたけど……魔力が尽きればもう俺に打つ手はない。

 “身体強化”も、結局は魔力による補強でしかないのだから。


「よく耐え切ったな。君の才覚は認めていたつもりだが……俺の想像を遥かに上回っていたよ」

「上回っててもあんたに勝ててないんじゃ意味ないな」

「そんなことはない。君の“魔力操作”は目を見張るものがある。俺と同等――いや、それ以上だ。君がこの力を早々に理解し操れたのも、地力の高さがあったからだな?」


 余裕と言った態度を崩さないのは、やはり俺には奴のような強さがなかったと言うことなんだろうな。

 あの、結愛以外の全てを(かえり)みないほどの絶対的な力を有する奴に負けているのかと考えると軽く悲しいんだけど……。

 まぁでも、俺一人でよく頑張ったほうだと思う。

 いや、正確には初代勇者の最終防御もあるって心のどこかで安心していたから、一人きりではなかったか。

 とにかく、もう俺一人で宰相と相対するのは無理だな。

 ああ、素直に認めるしかない。

 俺一人では、宰相には勝てないと。

 だから――


「――結愛、そろそろいい?」

「……何を――?」

「ありがとう葵。おかげで余念なく神通力の解析ができたわ。――どのくらい要る?」

「三割頂戴。それで守りは固められるから」

「了解」


 宰相の問いに答えるより前に、結愛と手を繋ぐ。

 手のひらを介して流れ込んでくる魔力をいい塩梅に調整し、自らの体へと巡らせる。

 早々に俺の体が保持できる容量を超えたので、超過分は魔紋へと貯蓄――こっちは五割ほど埋まった。

 これだけあれば、さっきまでの攻防を同じくらいだけ続けられる。


 無防備を晒す俺たちに攻撃することなく、ただただ俺たちの行動を見守るだけの宰相。

 それは余裕からくる傍観なのか、それとも何が起きているのかわからないと言う困惑なのか。

 どちらにせよ、状況は好転した――いや、好転させた。

 俺の目的は戦闘前にも言っていたように時間稼ぎ。

 防御に専念し辛そうなフリをしていたのも演技だからな。

 ハリウッド級の演技力に見事に騙されていたらしい。


「――んじゃ、第二ラウンドだ」


 俺の宣言と同時、結愛が飛び出した。

 一瞬、と形容してもなお足りない速度で宰相の懐に潜り込んだ結愛は、握る『無銘』を振り上げた。

 刀身に纏った神通力が宰相の前髪を数センチだけ刈り取る。

 躱したのは見事だが、結愛の刀捌きはその程度じゃない。

 切っ先を天に向けて振り上げられた刀は、気付けば宰相に向かって袈裟斬りを見舞っている。

 人で言うところの皮膚ような、影でできた浅い部分を斬り裂いた『無銘』。

 更に絶え間のない連撃を宰相へ見舞う。

 反撃の予知すらないほどの連斬。

 躱すだけで手一杯な様子の宰相はこの戦いが始まってからまだ見たことがなかったと思い返してみる。


 だが、一方的な攻撃の時間はものの十秒程度で終わってしまった。

 状況をようやく理解したらしい宰相は器用に『無銘』を弾くと、結愛へと反撃の神通力を振るった。

 振るったと言ったが、正確には穿ったという方が正しいか。

 『無銘』を弾かれ、隙を晒す形になった結愛の脇腹辺り目掛けて神通力を狙い定めて。

 しかし、器用なバランス感覚と“身体強化”によって驚異的な身体能力を誇る結愛は、それを軽々と回避し俺の元へと戻ってくる。


「ふ―……」

「お帰り。どうだった?」

「即決着は難しいわね。想像していたよりも強いわ、彼」

「仮にも神なんだし、まぁ妥当っちゃ妥当よね」


 さっきも思ったが、元の世界の神はそう簡単に人前に姿を晒したりしないし、何なら一生涯で見たことのある人の方が少ないくらいの存在。

 だからこそ、白昼夢ですらなく正しく意識の覚醒した状態で神と何度も出会ているこの現状は、神という存在の格を落として認識させてしまっている。

 だが忘れることなかれ。

 宰相は腐っても――いや、堕ちても神だ。

 人と神では暮らす次元が違く、強いのは当たり前なんだから。

 何なら、「想像していたよりも強い」なんて言葉は神罰ものだろうと思う。

 尤も、そう簡単に神様方が地上に介入できないのはフィラから聞いている。


「……お前、何をした?」

「何って……何のこと?」

(とぼ)けるな。お前、神通力を自らの体へと適応させただろう。人間に過ぎないお前がそんなことをすればどうなるか……力を理解してもわからないはずがあるまい」


 この力を仮に神通力と呼称していたが、通称もどうやら神通力らしい。

 と、そんなどうでもいいことは置いといて、宰相は額に血管を浮かび上がらせるような勢いで結愛へと質問攻めを行っている。


「別に……葵が教えてくれた力の使い方を自分なりに解釈、解析したときに、魔力と似てるならできるんじゃないかと思っただけよ。後は、それができるように何度も挑戦しただけ。葵が時間を稼いでくれるとわかっていたから、それだけに専念できたわ」


 神通力を体に適応……なるほど。

 宰相の攻撃を消すことばかり考えていて全く考えていなかったが、そうか。

 魔力と似た性質を持つ神通力なら、魔力でできる“身体強化”も神通力でもできたところでおかしくはないのか。

 その考えに至らなかったとは……相当追い込まれていたらしい。

 思い返せば、俺も一度だけ両手に神通力を纏ったな。

 それを応用する余裕があれば、先の防衛戦ももう少し楽だったかも……なんて、無駄な妄想は止そう。

 そういう手がある、という事実だけを頭に入れて、次から活かせばいい。


「……馬鹿げている。一歩ミスれば体が消滅するような選択をわざわざ選ぶなど……」

「あなたを助けるための最短がそれしかなかっただっただけ。他に選べる道もなかったし」

「…………その、俺を助けるとか……何を言っている? 俺が貴様らに助けられるほど落魄(おちぶ)れているとでも考えているのか? 俺が――俺を見下しているのか?」

「いいえ。ただ、私から見たあなたが――」


 結愛の黒い瞳が、宰相を捉える。

 真っ直ぐ見つめるその瞳が、動揺から揺れる影の宰相を写し――


「――酷く、救いを求めてる顔をしてただけ」

「それが見下しているのではなくて何だと言うのだ!!」


 正気を取り戻してから見せる初めての激情。

 昂った感情に呼応するように、膨大な神通力が放出された。

 大地を食い破り、天から雨のように降り注ぎ、地を薙ぐ風のように。


「結愛」

「わかってるわ」


 名前を呼ぶと同時。

 結愛がそれらを掻い潜って宰相の元へと駆けだした。

 流石、と口の中で呟いて、俺は結愛から補填してもらった魔力を神通力へと変換して事象の対処に当たる。

 怒りに支配されているだろうに、繰り出される力の数々は嫌に正確で。

 さっきまでは力の奥底に見えていた“なるべく殺さないように”という配慮も消え失せ、ただ目の前に存在する全てを殺すためだけに力を振るい始めたように感じる。

 まるで奴と同じ存在にでも成り果てたかのような――


「……!」

「くッ――! この……っ!」


 機動力を意識した立ち回りで宰相を翻弄する結愛。

 それにまんまと乗せられ、怒りというブーストを掛けてなお結愛に一撃も与えられない宰相。

 怒りによって我を失い緻密な制御ができなくなっているのかと思いきや、結愛を狙って四方八方へ振り払われる神通力は余波なのにきちんと制御がされているとわかる。

 狙いが悪いわけでも、力の使い方を間違えているわけでもない。

 相手が悪い。

 ただこれに尽きる。


 どうして神通力を使い始めて十数分の結愛が、何十何百何千――何万にさえ届こうかという年月を積み重ねてきた宰相相手に優位を取れるのか。

 それは単純に、覚悟とプライドの重さだろう。

 俺から託されたものを、俺が必死に稼いだ時間で解析した。

 その二つを無駄にするわけにはいかないと言う覚悟。

 その二つを無為にしたくないと言うプライド。

 たったそれだけの感情が、結愛の理解力と適応力で以って底上げされた結果が今。


 もちろん、宰相にだって覚悟とプライドくらいあるだろう。

 それこそ五千年もの年月をかけてきたものを成功させると言う覚悟や、神として生まれた存在が人間如きに負けてなるものかというプライド。

 それでもやはり、結愛のそれには及ばない。

 必死さの度合いというべきか、それが異なる。


「ガァアアアアアア!!!」


 雄叫びを上げ、近接戦を繰り返す結愛に飛び掛かるも、懐に潜られ蹴り上げられた。

 バギンッとおよそ人体から発せられたとは思えないほどの音が鳴り、宰相は宙を舞う。

 蹴り上げられたことを即座に理解し、空中で姿勢を整えたところへ結愛の追撃。

 『無銘』が影の腕を斬り裂いて、首を刎ねようと斬り返す。

 宰相は体を傾け回避し、斬られた腕を即再生。

 結愛の首を掴もうと再生した腕を伸ばしたところで手首を掴まれ、縦に一回転された後に地面へと放り投げられた。


 ――さっき思った、宰相が奴と同じ存在に成り果てたかのような、という考えの続き。

 宰相と奴の二人は、確かに似ている。

 似ているが、二人は似て非なるものだと断言できる。

 奴は、曲がりなりにも結愛の為にとその力を振るい。

 宰相は、自らの為にとその力を振るっている。


 常識で考えれば、己の為に力を振るう宰相の方がより執着し大きな力を発揮できそうな気もする。

 確かに、その考えは間違っていない。

 というか正しいだろう。

 誰かの為に力を振るっても、本気になりきれなかったりするもので。

 結局、自分の為に力を使う奴が強いのは自然の道理だからだ。

 ならどうして自分以外の誰かを想い力を振るう奴が強いのか。

 それは――少なくとも、結愛と奴に共通するものとして確かに存在するのは、“自分の為に他人を想って力を振るっている”という点。

 根底で抱くものは同じ。

 表に出すその違いが――背負うものの違いが、明確な差となって現れる。


「グぁ……!」


 勢いよく地面へと叩きつけられた宰相は口から意図しない空気を漏らす。

 それだけで済むのは神の耐久力か当たり所が良かったのか――いや、神通力による防御か。

 背中に張った密度の高い神通力。

 それでもなお受け止めきれなかった衝撃の影響がそれか。

 やはり使い慣れている。

 それでも、結愛には届かない。

 綺麗に着地した結愛が、スタスタと宰相へ歩みを進める。


「なんで――」


 宰相の口から漏れた言葉。

 結愛は足を止めることなく、宰相との距離を詰めていく。

 何の反応も示さない結愛に、俺は違和感を覚える。

 けど、宰相はそんな違和感を感じ取ることなく、感情のままに言葉を吐き捨てる。


「なんでいつも俺だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」


 フラフラになりながらも立ち上がり、俯きながらも確かに心の内を吐き出す。

 悔しくて、それが怒りに変わって、気にしないようにしても考えちゃって。

 そんな心の変わりようが、宰相の言葉を通して流れ込んでくる。

 戦闘中から――いや、戦闘の前からずっと隠してきた宰相の心。

 “恩寵”を以ってしても読めなかったそれが、宰相の言葉と一緒に読み取れる。


「ずっと馬鹿にされて! コケにされて!」


 神々が暮らす地――神域とでも言うべきそこで、宰相が受けてきた仕打ち。

 いや、仕打ちというには些か足りなくて、でも宰相にとってはそう思うだけの辛さがあったもの。

 神の子としての期待を受けて生まれ、育てられた宰相。

 けど、本当に何の偶然か。

 滅多にいない……宰相とその子の二人しかいなかった神の子が、近い年齢に存在した。

 年齢の近い二人は否が応でも比べられた。


「誰からも認められなくて――!」


 神に性別はない。

 けど、男性型として生まれた宰相と女性型として生まれたその子。

 先に生まれた女性型のその神は優秀で、何をするにしても他の神々から寵愛を受け(ほめられ)た。

 対して宰相は、その子と比べると劣るものばかりで、その子を見習えと寵愛を受け(ほめられ)ることはほとんどなかった。

 神としての能力として、宰相が特段劣っていたと言うことはない。

 水準で言えばそこらの神よりもずっと高い能力を持っていた。

 けど、比較対象がいたことで、宰相は誰からも認められることはなかった。

 そこには、自分よりも若いのに高い能力を持っていると言う(ひが)みもあったのだろう。

 劣っているというレッテルを貼られ、それでも腐らずに頑張って……でも、誰にも認められなかった。


「認めさせるんだ!」


 宰相の神としての性質か、環境が作り出した人格か。

 長年に渡って積み重ねられたそれらは、その子が弱冠でありながらある惑星を担当することになったことで静かに爆発した。

 自分を蔑んだ全員に目にもの見せてやると。

 自分よりも常に上を行っていたその子よりも優秀なのだと示すためにと。

 宰相は人の身に堕ちてまでそれを果たそうとした。

 “自分を認めさせる”というたった一点の願いを果たすために全てを費やす邪神となって。


「この世界を掌握して……管理してるあいつに一泡吹かせて――! 俺を馬鹿にして、認めなかったアイツらを――!」


 奴に似た――いや、同じ闇を纏い始めた宰相。

 どす黒い魔力――神通力をその身に宿し、触れるもの全てを腐食させる勢いでそれを放つ。

 神通力で防げたそれはビリビリと全身を駆け巡り鳥肌を立たせる。

 邪神、と呼称するのが相応しい様相となった宰相は、再び狂気に堕ちようとしている。

 いや、まずは――


「結愛。そこまで」


 歩みを止めず、宰相の近くまで寄っていた結愛を止め、転移で距離を開けさせる。

 肩を掴み、揺すりながら声を掛ける。

 何度かそれをしていると、焦点の在っていなかった瞳に光が戻った。


「――……葵?」

「やっぱり呑まれてたんだ。よかった、止められて」


 神に通ずる力を引き出して、その身に宿して行使し続けた。

 宰相はそんなことをすればどうなるかと言っていて、俺は肉体に影響が出るものだとばかり思っていた。

 けどそうじゃなく、精神的に呑み込んでくるタイプの影響だったらしい。

 人の身でその力を使う代償は、自己の喪失ってところだろうか。

 たったの数分しか使っていないのにこの影響力……身に纏って使うのは諸刃の剣が過ぎるな。


「ありがとう。後は俺がやるから休んでて」

「……美味しいとこだけ持っていくんだ?」

「そう言われるとめっちゃ悪者になるじゃん俺……」


 俺の反応で楽しんでくれたのか、結愛は少し微笑むとそのまま目を閉じた。

 任せてくれるらしいと判断して、初代勇者の元に結愛を送る。

 まだ一度だけ、初代勇者の防御は残っている。

 俺の傍には――神通力を発し続ける宰相の傍に置いておきたくない以上、そこが一番安全だ。


「決着をつけようか……と言っても、ほとんど結愛がやってくれたけど」


 戦いが始まる前のように、再び呻くだけとなった宰相は、それでもやはり神通力を振るってくる。

 邪気を孕んだそれは神通力の性質からは少し逸れていて、まともな神通力では対処が難しそうだ。

 ――ま、その力を理解していなければの話だが。


 アリなのかどうかの協議は後でするとして、魂の奥底にある力を引き出す。

 宰相のものと酷似し、ほとんど同質のそれを、宰相が放つ力に神通力を乗せてぶつける。

 触れた瞬間にそれらは消滅し、この力が宰相のそれと同じものであることを確認。

 暴れまわる宰相へ歩みを進めながら、様々な形態で繰り出されるその力を相殺していく。


 宰相の心を吐露を通じて流れてきた過去。

 アレを見て、聞いて、思ったことがある。

 宰相の境遇は、俺とよく似ている。

 細部は全然違うけど、生まれた時の状況は本当に酷似していた。

 才能に富んだ年齢の誓い女の子がいて、それに劣る男の子の俺がいて。

 あの宰相と同じ環境で育てば、俺も今の宰相のようになっていたのかもしれない。

 ――なるほど、そう考えると奴は今の宰相とおんなじってことになるのか。

 なら、使っている力の性質が同じなのも頷ける。

 何の因果なんだろうな、これは。


「ハっ」


 自嘲気味に笑いながら、暴れ回る宰相に触れる。

 触れてくるわけがないと思っていたのか、宰相の動きが止まる。

 触れた俺を見て、影が乱雑で判然としないが唖然としたような表情になった。

 対し俺は、笑顔を作る。


「目ぇ醒まして現実を見ろ」


 頬と思しき場所を、この大戦に至るまでに失った、俺が預かった全ての痛みと一緒に打ち据えた。

 神様なら、俺が流し込んだ情報の全てを一瞬で解析して理解するだろう。

 だからこそ、優しい優しいビンタで済ましたんだ。

 少し形は――いや詳しく言えば対象も違うけど、まぁ天の塔で約束した初代勇者をぶん殴るはこれで達成でいいだろう。


 そんなことを考えていたら、初代勇者は糸の切れた人形のようにその場に膝から倒れ込んだ。

 地面とキスしないように肩を支え、定まらなくなってきた実体を神通力で補強してやる。

 きっと、もう数分もしたら目を覚ますだろう。

 その時にもし戦う意思があるのなら、結愛に代わって俺が相手をしよう。

 尤も、そんなことは万に一つもないだろうがな。


「『終わったよ。全部』」


 初代勇者の方を見て、声を張る元気もないので聞こえる程度の声量でそう伝える。

 宰相が張った結界も消えているだろうという読みで通信も交えながら――


「『大戦は、俺たちの勝利だ』」


 ――静かに、でも確実に。

 大戦は――俺たちの戦いは、終わった。




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