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姉の為に。  作者: たかだひろき
最終章 【決戦】編
197/202

第十七話 【vs初代勇者……?】




 白一色の通路を全速力で駆ける。

 これから向かう場所でアンジェが戦っている相手は、魔王と同等かそれ以上の実力を持っている。

 予感でも推測でもなく、確固たる事実としてそう理解している。


「葵様っ」

「はい、()()()


 耳元に直接響くような声。

 大神殿内部で戦う人と本部で情報を纏め共有する人との連絡手段として用意した、魔術による通信。

 その本部において、最も大事な大神殿の構築と維持を担っているマルセラさんからの通信。

 その声は珍しく焦りを含んでおり、事前の取り決めでも「内部で戦う人たちの邪魔にならないように」と余程のことがない限りは本部からの通信はしないと言う話になっていたので、早急に本題に入れるよう答える。


「アンジェ様の戦闘域として確保していた大神殿が解除されました。再構築は難しく、戦闘の状況が掴めません」

「――」


 俺が駆ける大神殿という名の結界は、少し特殊な方式で動いている。

 本来、魔術は規模が大きくなればなるほど、複数人の術師が合同で行うことが多い。

 それは偏に、個人では魔術の発動すらままならないから、というのが大きな要因として存在する。

 規模が大きくなればなるほど、当然のことだが魔力の消費量は上がっていく。

 個人が担える魔力量などたかが知れているし、それは魔石などを媒体として用いても同じ。

 仮に魔力を用意できたとしても、それを正しく操れなければ意味がない。

 だからこそ、大規模魔術は複数人で行うのが鉄則だ。


 けど、この大神殿はそうじゃない。

 マルセラさんは一人で大神殿を構築、維持し、その上で内部の情報の取得や各部屋を隔てる壁を撤去、移動したりと、細かな制御まで行っている。

 尤も、マルセラさんは城一つを覆えるほどの結界に必要な魔力を一人で用意できるわけもないから、その分の補填は協力者である師匠の故郷出身の魔人たちが協力してくれている。

 けど、マルセラさんが他人の助力を借りているのはそこまで。

 それ以外の部分は全て一人で行っている。

 こと“魔力操作”に限って言えば、恐らくこの世界で片手の指に入るほどの実力者だ。


 そんな実力者が「再構築ができない」と言った。

 魔力は、協力者の魔人たちが担ってくれる。

 残るは技術的な面と集中力的な面。

 ほぼ間違いなく、前者が再構築の如何に影響を及ぼしている。

 そしてそれはマルセラさんに何か要因があるわけじゃない。

 大神殿を破った術者側がマルセラさん以上の“魔力操作”の練度を持っていると言うだけの話。

 あるいは別の、俺も知らない魔術である可能性も否定できないが、ともあれそこはどうあれ()()()()

 アンジェが既に対峙し、俺がこれから戦う相手が強者であることなど、大戦がはじまる前からわかっていたんだから。


 強いて言うのなら、今戦っているアンジェだけが気がかりだ。

 無茶や無理をせずに命大事に立ち回るように言い含めてはいるし、対宰相用の魔術というか技術というかを念のために授けている。

 アンジェの実力は、こと魔術においては魔王にすら引けを取らないと俺は考えている。

 しかしそれは、宰相の足止めを確実に行えると言う保証にはなり得ない。

 それほどの強者が宰相なのだ。

 あの初代勇者を倒し、その亡骸(ガワ)を自らとするようなバケモノなのだから。


「――わかりました。アンジェの元へは俺が行きます。マルセラさんは変わらず他の状況をまとめて特記事項があれば伝達を」

「お願いします。アンジェ様の元へ向かう神殿を解除しますので……ご武運を」


 音もなく通信が遮断され、同時に俺の周りの大神殿が薄れていく。

 白に染め上げられていた俺の視界は一転。

 暗い印象を受ける、無機質な廊下に変わる。

 昼間だと言うのに薄暗い魔人の大陸の空が、閉じ切られた窓の外に見えている。

 魔王城だろうと断定し、即座に“魔力感知”でアンジェの気配を探る。


「――いた」 


 ここから斜め右のそこそこ先。

 捉えた気配は四つ。

 一つは当然アンジェ。

 もう一つはさっき別れたアフィ。

 そのアフィと対峙するように、何十何百と纏まって動くのが一つ。

 そして最後が、最大の敵であり諸悪の根源でもある、魔王軍宰相。


 捉えた魔力。

 宰相が、アンジェへ膨大な魔力の塊を向けているのがわかった。

 今にも放たれそうなそれを感知し、俺は咄嗟にアンジェの元へ転移。

 アンジェに触れながら放たれた魔力塊が青色の火球であることを確認し、更に転移。

 火球の射程外に移動し、事なきを得る。

 遅れて爆音と衝撃、そして熱風がやってくるが、それは簡易結界で防ぐ。


「よくやってくれた、アンジェ。後は任せろ」

「……お願いします」


 本当は、「遅れて悪かった」と言うつもりだった。

 アンジェは見るからにボロボロ。

 結愛にアンジェを優先してと言われなければ確実に間に合っていなかったのだから。

 でも、宰相のただならぬ様子を見てその言葉は吹っ飛び、気付かないうちにその言葉が口から漏れていた。


 気を失ったアンジェに代わり太陽光から守る結界で覆いつつ、その小さな体に刻まれた傷を治癒のスクロールで癒す。

 当然、その間も視線は宰相と思しき結愛によく似た女性から離さない。

 転移しやってきた俺にすら気づていないんじゃないかと思うくらいに、苦しみ悶えている。

 ふらふらと落ち着きのない動きに合わせて揺れる長い黒髪も、手で押さえた顔から覗く切れ長の黒い瞳も、細長いシルエットの背格好も。

 資格から得られる情報は全てが結愛に酷似していて、だけど結愛ではないと理解できる。

 体から漏れ出るどす黒い魔力も、無差別に放っているプレッシャーも、チラリと見える憎悪に満ちた瞳も。

 そのどれもが、結愛のそれとは明らかに違う。


「すまない葵。想定外があってその子に負担をかけてしまった」

「大丈夫だ。アフィもきっちりやることやってから駆けつけてくれたんだろ? なら問題ない。アンジェは無事で、想像以上の結果を出してくれたんだから」


 アンジェが宰相の足止めをしてくれると言ってくれた時は、まさかここまでの結果を齎してくれるとは思っていなかった。

 本来なら複数人でタイミングを合わせてやるべきだったことを、アンジェが一人でやってくれた。

 これほどやりやすいことはない。


 それにアフィも。

 想定外はほぼ間違いなく人間――転移者たちだろう。

 仲間(クラスメイト)を人質に取られたか、もしくは全員が洗脳されていたか。

 どちらにしても、アフィがここに、バツの悪い顔をせずに立っていると言うことは、そっちの問題は既に片付いていると考えていい。


「アフィは後ろの軍勢を頼む。十分でいい。耐えてくれれば、結愛たちが合流できるはずだから」

「わかった」


 多勢に無勢。

 いかに人の姿を得、魔人化したアフィでも、数百、数千近い人数を相手取るのは難しい。

 それに相手は、思考を持たず、痛みも感じない死者の軍勢。

 痛みで立ち止まることのできる人とは違い、手足が千切れても内臓がまろびでようとも意に介すことはないだろう。

 個々の力は生きていた頃よりも激減しているだろうが数が数だ。

 厳しい相手を任せるようで申し訳ないが、宰相相手に油断も隙も見せてはいけない。

 相手は初代勇者の肉体スペックで動き、膨大な知識と経験と技術を持つバケモノ。

 死者の軍勢だろうと宰相だろうと、油断すれば死ぬことに変わりはない。


(ごろ)ず……! お前ら全員、俺が――!」


 憎悪に満ちた顔。

 瞬間、全身から溢れていた真っ黒な魔力(オーラ)が天へと昇って行った。

 昏い空に溶け込むようにして消えて行った魔力――いや、消えたわけじゃない。

 視認は限りなく難しくなっているが、まだそこにある。

 残留思念とでも言うべきか。

 俺たちを見下(みおろ)ろすように、上空に鎮座している。


 昇ったそれが何を仕出かすのか。

 注視し視線を逸らさなかった俺は真正面。

 体から魔力が抜け出た初代勇者が僅かに動いたのを視界の端で視認した。

 急襲を受けても対処できるように“魔力感知”で捉えられる黒い魔力塊へ意識は向けたまま、視線は初代勇者の体へと向ける。


「おい初代勇者! 俺の声が聞こえるか!?」


 声を上げて聞いてみる。

 宰相に体を乗っ取られていただろう約五千年。

 その間、一度たりとも体の支配権を取り戻せていなかったのだとしたら、精神や魂が破壊されている可能性もある。

 “天の塔”や共和国の結界に複製した魂や記憶、精神などがその体に残っているのであれば、対話ができるかもしれない。

 弥からも、そこの確認はしておいてほしいと念を押しされているしな。


「……」


 返事はない。

 でも体は動いている。

 だらんと垂れ下がった左腕が持ち上げられた。

 人差し指だけが伸ばされて、他の指は曲げられている。

 小学生が「人のこと指差しちゃいけないんだよ~!」と先生に言いつけそうなくらいに綺麗な指差し。

 それが示す先は――俺。


「――ッ、アフィ避けろ!」


 指先に一瞬で集った魔力が、一瞬のうちに放たれた。

 咄嗟に声を上げ、アンジェに触れて転移による回避を行う。

 初代勇者が持ち上げた左腕とは反対。

 右側面へ陣取るように転移した。

 上へ逃げればあの魔力塊に近づくことになる。

 何が起こるかわからない以上、可能な限り距離は取っておきたい。


「……マジかよ」


 初代勇者の指先に集まった魔力。

 全属性に適しているだろう魔力で、そこ自体におかしなものはない。

 問題は比喩なく文字通り瞬く間に集い放たれたビー玉サイズの魔力の球が、およそ俺の全魔力を投じても足りないくらいの魔力量だったと言うこと。

 俺個人が保有する一般人未満の魔力量に、魔紋に内蔵できる魔術師団員よりは多い程度の魔力量。

 それを合わせて倍にしてようやく足りるかどうかというレベルの魔力量。

 “魔力操作”の練度は俺並みで、魔力総量は結愛やアンジェ並み。

 なんてふざけた実力してやがるんだと悪態の一つでも吐きたくなる。

 気を失っているアンジェの介護したまま戦うには厳しい。


「今のは?」

「初代勇者の攻撃だ。無事か?」

「声掛けのおかげで何とか。今ので半分近くぶっ飛んでったよ」

「そうか……アフィ。軍勢引き連れてここから離れられるか?」

「できると断言するのは難しい。俺だけを素直に追ってくれれば余裕だけど、操られた上で俺を狙ってるならその対象が葵に移りかねない」

「試すだけはしてみてくれ。でなきゃ流れ弾でお前が死にかねん」

「……だろうな。わかった」


 無理なら戻ると短く伝えて、アフィは半分近くが蹴散らされた軍勢の元へと戻っていった。

 今更ながら、先の一撃は思考しないはずの軍勢を以ってしてもイレギュラーなことだったのか、慌てふためくようにオロオロとその場から動いていない。

 だからこそアフィも報告に来てくれたんだろうけど。


「初代勇者! 俺の声は聞こえてないのか!?」


 再度問いかける。

 もう無駄だと半ばわかってるけど、それでも一縷の望みを託して。

 師匠の魔眼を通して視る初代勇者の体の中に、それと思しき魂は見当たらない。

 宰相の魂を封入するにあたって、魂の混じりを避けるために破壊したのと考えるのが妥当――じゃない。


 魂を知覚できる魔眼持ちのカスバードが言っていた。

 二つの魂を内包させている人を見たのはこれで二度目だと。

 いや、そうは言ってなかったかもしれないが、ともかく似たようなことは言っていた。

 何年生きているかは知らないが、数多くの強者を見てきたはずのカスバードをしても二人目の事例ともなれば、宰相がそこにいる可能性は十分にある。

 もしその推察が正しかったとして、じゃあなぜ今の初代勇者の体に魂がないのか。

 まさか、体から放出されたあの一瞬で壊したのか?


「――聞こえているよ、君の声は」

「! ちょまッ――!」


 まさかの応答。

 それに驚いた瞬間、さっきと同じ魔力の塊が穿たれた。

 咄嗟に転移で躱し事なきを――


「追ってくんのかよッ!」

「でもごめんね。今の私は、私の意思で体を動かせないの」


 さっきと同じなどではなかった。

 魔力の塊は一切の減速なく――むしろ加速して躱した先へと追尾してくる。

 転移による瞬間的な回避だろうと関係ない。

 まるで磁石のように、物理に反しない動きで急旋回し弧を描く。

 ただの魔力の塊でしかないのに威力は高く速度もある。

 更に今は自動で追尾してくるオマケつき。

 転移があるとはいえ、回避し続けるのが難しい。

 なら――


 アンジェを背後に。

 ついでに多重結界で守りつつ体を反転。

 握り締めた『精霊刀』を上段にその力を起動しながら追尾してくる魔力の塊を待つ。

 魔力を流したことで薄く光る『精霊刀』は、刀身の周りに微細な光の粒を集め始めた。

 シルフや召喚者の多くが契約した言葉を交わせる――あるいは理解できるだけの知能や人格を持ち合わせていない、まだ生まれたばかりの精霊たちだ。

 大精霊と呼ばれることもあるシルフたちとは違い、明確な意思を持たず、素質ある者の力に引き寄せられるだけの精霊。

 それを纏った『精霊刀』を、迫りくる魔力の塊へ斬り下ろす。


 精霊を纏う刀身と衝突した魔力の塊が爆風を撒き散らして消滅した。

 意思を持たないとはいえ精霊だ。

 その本質は魔素。

 同程度の魔力が真正面からぶつかったのだ。

 俺の腕が少し痺れる程度の衝撃で済んだのは僥倖ってやつだ。


「それ、『精霊刀』でしょ? 君はエルフとの契りを結んでいるんだね」

「師匠がエルフだったんだ。その時に譲り受けただけだ。契りなんて大層なもんじゃない」


 初代勇者の体の方が一時的に動きを止めた。

 二度の攻撃が通用しなかったことで作戦を変えようとでもしているのか……。

 ともかく、一息つける時間ができたので、会話をできるようになった初代勇者の中身と言葉を交わす。


「それでも、だよ。君には色々と不便をかけたね。天の塔とか共和国のこととか、この世界の変えられた歴史とか」

「あーもう本当に大変だったよ。けどそのことに関しては問題ない。天の塔であんたを一発ぶん殴るってのは決めてたからな」


 この世界に召喚されてから、初代勇者の残したいざこざに巻き込まれ、もう本当に色々と体験してきた。

 死にそうな思いもしたし何なら死んだし、他にも色々と、日本で平和に暮らしていただけでは経験できないことをそれはもう数えきれないほどに。

 真の意味での元凶は、俺たちの頭上で地上を睥睨する黒い魔力の塊なのだけど……少なくとも、その一角は担っている――いや、担わされていると言うべきかな?

 ともかく、初代勇者に対しても、俺は何個かお小言を言うつもりだった。

 初代勇者が巻き込まれた側――どちらかと言えば被害者側だとわかってはいても、俺たちにとっては関係のない話なわけで。


「……君の想い人と酷似している私の顔を、君は殴れるの?」

「いや無理だな。だから殴るは止めた。その代わり、あんたにその体の主導権を渡した後で俺の言うことを一つだけ聞いて貰うことにした」


 初代勇者の体は動かない。

 まるで、こちらが話す時間を敢えて作っているかのような違和感。

 上で渦巻く黒い魔力は何が目的なのか。

 恩寵ですら読めない奥底にある心に不気味なものを覚える。


「君たちにその権利はあるもの。それくらいは受け入れるわ」

「そうやってあっさりと受け入れられるとこっちが悪役っぽくなるから複雑なんだけど……まぁいいや。悪役(ヒール)は慣れてるし」


 身内とも言える召喚者に対してなら、もう数えきれないほど演じてきた。

 今更その程度で揺らぐほど、生半可な経験値じゃあない。


「答えてくれてありがとう。ついでの我儘で悪いんだけど、後はその体を抑え込むことだけに集中してくれ。その体の主導権を取り戻すから」

「……わかったわ。お願いね」


 何も聞かずに一言で頷いてくれた。

 俺のことを信用してくれているのがはっきりとわかる。

 ならば、それに応えたい。

 アンジェを太陽光から守る結界と初代勇者の体が放ってくる魔力塊、それと未だ上で佇み動かない黒い魔力。

 その三つへの最低限の意識を残して、それ以外の全てを初代勇者の肉体の解放に充てる。

 とはいえ、その三つで割とキャパを食っているので、解析と解除は遅々たるものだ。

 けど……。


「……」


 動かない。

 黒い魔力はもうずっとなので警戒するだけにしておくが、初代勇者の体も動かない。

 魂の初代勇者が抑えつけてくれているのか、それとも操っている黒の魔力に何らかの意図があるのか。

 いや、後者なら初代勇者が気付いて警告の一つでも発してくれるか。

 初代勇者を完全に信用しきっているわけではないが、自らの肉体の解放を望んでいるのなら俺についてくれるはず。

 心を読もうにも複雑なバリアでも張られているのかはっきりとは読めず、現状そこに労力は割けない。

 信じるしかないと割り切り、ついでに体からの攻撃も動き次第の対応へと切り替えて、約半分の意識を解析へと使う。

 これで初代勇者の体からの攻撃が先と同じようなものであれば完全な対処ができなくなるわけだけど、魂の方が体を抑えてくれているからいきなり動き始めるなんてことはないと信じたい。


 “恩寵”で心が読めないのと同じで、中々に複雑な支配がされている。

 魔王の時のように簡易かつ瞬間的なものではなく、時間をかけてより複雑に、より綿密になったものというか。

 わかりやすく言うのなら……そうだな。

 絡まったばかりの糸よりは、時間も経ってより奇怪にこんがらがった糸、とでも言うべきか。

 手探りで一つ一つの経路を辿り、端から解いていかねばならない。

 けど、この手の単調作業は得意だし、解析なら俺の“恩寵”の得意とするところ。

 それに、宰相の施した術ならもう何度も解析してきた。

 これまでの旅の過程が活きているし、意識を半分近く割けているから進捗はもう七割を超えた。

 このペースなら初代勇者が体の方を抑え込んでいる間に決着を――


「動く――っ」


 小さな声と共に、初代勇者の体がゆっくりと動き始めた。

 魂からの抵抗が激しいのか、持ち上げようとしている腕はガタガタと震えている。

 想像以上に早い復活。

 けど、魂の抵抗の甲斐あって即座にさっきと同じレベルの魔力塊は打てなさそうだ。

 今のうちにできるだけ進めなければ、回避しながらの解析とか言う地獄を味わうことになる。

 ならもう、意識の全てを注いで解析を――


「避けて――!」


 初代勇者の慌てたような声。

 顔を上げ、初代勇者の体の方へと視線を向けた。

 抵抗が激しく、さっきと同じでギリギリと(せめ)ぎあっている姿が視認できた。

 その指先、あるいは手の先に魔力の塊が生成されてはおらず、俺のピンチを招くようなものは何もない――


「気づかないよな、そりゃ」


 背後から聞えた男性のそれに、反射的に握っていた『精霊刀』を薙いだ。

 しかしそこに、声の主はいない。

 切りかけた“魔力感知”に引っ掛からない何か。

 解析を一時中断し、その声の主を探るべく全神経を尖らせる。


「無理だよ、人間(おまえ)には」


 含みのある言葉。

 何を考えているのかは不明だが、俺を馬鹿にしているような気がした。

 それを否定できないのは、声は聞こえるのに一切の感知ができないことからもわかる。

 魔素すら感知できる俺の“魔力感知”ですら捉えれれない何か。

 俺の周りにいるはずなのに、姿すら見えない何か。

 声を出しているのは、十中八九俺を煽るためだけだろう。


「じゃあな。最強の召喚者」

「何言っ――ぐぁあああああ!?」


 声が聞こえたと思った瞬間、内側から体が裂けるような激痛が全身を奔る。

 発生源は頭と胸部。

 あまりの痛みに思考がままならず、反射的にアンジェの結界の維持だけに意識を注いだ。


「葵!」

「――! アンジェの結界を!」


 聞きなれた声。

 (うずくま)り、痛みに耐えている俺には姿を視認することができないが、間違いなく結愛だ。

 残された意識を引っ張り出して、結愛へ結界の維持を継いでもらう。

 結愛ならきっと、即座に俺の意図を察してくれるはずだ。


 キーンと、激しい耳鳴りが聴覚を遮断する。

 結愛から来るだろう完了の返事が聞こえなくなった。

 でも、結愛に結界を任せてから数秒は経っているはず。

 できててくれと願い、アンジェの結界維持に使っていた意識を全て内側に向ける。


 内側を駆け巡る痛みは何かを探るようにしてあっちこっちを右往左往している。

 その移動の度に激しい痛みが全身を貫いてくる。

 原因不明、正体不明、目的不明。

 それが何なのかがわからず、けど確かなのは、存在そのものは認識できると言うこと。

 それと、意識が飛べばこの痛みが俺を食い尽くすこと。


 痛みに悶えながら、それでも痛みを何とかしようと模索する。

 “恩寵”でスキャンし、痛みの元を特定。

 得体の知れない何かであるとわかり、排除を開始。

 結界を張ってもないものかのように通り抜けるから、体の内側に留めておくこともできない。

 転移による直接の排除も、なぜか通用しないからできない。

 ならばとアルトメナから治癒のスクロールを取り出し、体に当ててみるも効果なし。


 マズい、という思考が脳裏を過る。

 これ以上、有効そうな手立てを思いつかない。

 頼みの綱だった転移が無力だった時点でもうダメだと思ったけど、治癒すら通じないなら本当に打つ手がない。

 痛みがいつまでも変わらずに同じ出力でいてくれるのだけが救いだけど、この痛みは慣れるような痛みじゃない。

 入門時にほぼ全身を骨折した時のような、内側から常に叫び続ける類の痛み。

 慣れなんてない。

 アドレナリンを出したところで一時しのぎにしかならないし、自分の意思でアドレナリンを出せるほど頭を弄れるわけでもない。

 そんなアホみたいなことに頭を使ってないで、痛みに耐えれる間に使える頭で何か手を考えなければ。

 でなけりゃこの痛みに意識ごと持っていかれる。

 思考を。

 早く、何でもいいから妙案を出さなければ――


「――んぁ? あれ、痛みが……消えた?」


 一瞬。

 比喩でも何でもなく、本当に瞬き一つする間に痛みが消えた。

 手品のような、あるいは幻覚でも見ていたかのような、そんな消え去り方。

 周りを見渡せば、気絶し横たわるアンジェの傍には結愛。

 その肩で全方位を警戒するように風を纏っているシルフ。

 腕が元の位置に戻り、俺と同じように周りをキョロキョロと見回している初代勇者。


 一体、何があったのか。

 結愛の表情からして、痛みを消し去ってくれたのは結愛ではない。

 気絶しているアンジェでもないだろうし、シルフでもないだろう。

 初代勇者かとも思ったが、未だ何が起こったのかわからなさそうな顔をしているから違うはず。

 なら一体誰が――


「お前の体を乗っ取れるのが最良だったが、まぁいい」


 ――忘れていた。

 なんでその存在を忘却していたのか。

 どうして綺麗さっぱり思考から抜け出ていたのか。

 いや、そんなことを考えている暇はない。

 今考えるべきはその先。


「これで()()()()()()()()()()


 見上げた先に、憎しみを纏っていた黒い魔力はない。

 あるのは、それを凝縮し煮詰めたような、圧倒的な存在感を放つ人型の影。

 全身のほとんどが黒く、唯一目だけに白がある。

 見るだけで分かる。

 あれが災厄。

 あれが、邪神であると。


「躱してみろ」


 瞬間、俺の右肘から先が消えた。

 攻撃が来たと、攻撃されたと認識できたのは、肘関節にくっついていた骨がずるりと零れるように地面に落ちてからだった。


「葵!」

「が、ぐッ」


 無事だった右の肘より上――二の腕辺りを抑え蹲る。

 全身骨折だとか、内側から裂けるような痛みだとか、そんなレベルじゃない。

 意識を保っていることを褒めてもらってもなお足りないくらいの痛み。

 まだギリギリ現実として認識できていないから耐えられているだけで、もう一度今のを喰らえばほぼ確実に意識と命が飛ぶ。


「痛いか? 痛いだろう? 傷口がよく痛むように調整したからな」


 痛むように調整ってなんだよとツッコミたいけど、それをする気力は痛みに吸い取られている。

 辛うじて取りだせた治癒のスクロールも、やはりと言うか意味を成さない。

 全身を治癒の光が包み込むだけで、逆再生のように(なお)ることも、拾い上げて傷口に押し当てた骨がくっつくこともない。

 このまま血が流れ続ければ、間違いなく失血死する。

 魔力で糸を編み、それで一時的に二の腕を縛る。

 アルトメナからタオルを取り出して、歯と左手を使って魔力の糸の上から縛り直す。


「なんだ、まだまだ余裕そうだな?」


 そう言って、再び腕を突き出す人型の影。

 こんな状態でさっきの謎攻撃を喰らえば……間違いなく死が近づく。

 あの謎の人型は、殺すことを一切躊躇っていない。

 “恩寵”でも心が読めず、その上でさっきの攻撃は“魔力感知”ですら感知できない類のもの。

 つまり、いつ来るかもわからない現状、転移による回避も現実的ではない。

 いやだとしても、何か対抗策はあるはずだ。

 何でもいい。

 どんなものであっても構わない。

 でなければ、ほぼ確実に死ぬ。


「――あ? なんだ?」


 突然、人型の影が何かを言い始めた。

 何に気付いたのか、何を言っているのか。

 何もわからないけど、俺を狙っていた腕が定位置に戻っていることはわかった。

 治療を試さなければ。

 縛ったとはいえ、血はまだ零れている。

 猶予が伸びただけで、命を失うカウントダウンは続いている。


「手伝うよ」

「――すみません」

「元は私の所為だから気にしないで」


 いつの間にか近くに来ていた初代勇者が、縛ったタオルをより強く締めてくれた。

 これでまた時間が伸びたけど、根本的な解決には至らない。

 それをわかっているから、初代勇者は傷口の確認をしてくれたけど……。


「……何この傷。魔術じゃないの?」


 初代勇者の手から漏れる光は治癒のそれだ。

 けど、腕が生えてくることも、傷口が塞がることもない。

 困惑と焦燥が、初代勇者の顔に強く表れる。


「おい、黙ってろよ。お前は俺が力を使うための――グっ、テメェ……!」


 俺たちが必死に傷を癒そうとしている間に、人型の影は何者かと言い争いを始めた。

 恐らくは、内側にいるだろう何か。

 その正体はわからないけど、でも今がチャンスだ。


 人型の影が放つ攻撃は、得体の知れないもの。

 内側を裂くような痛みと同じ原理のものなら結界ですら防げない攻撃。

 つまりは必中で、その上で人体を余裕で壊せるだけの力を持っている。

 人を集めるだけ集めたところでカモでしかなく意味はない。

 それでも、ここでアイツから逃げたところで結局は終わりを引き延ばすだけにしかならない。

 アイツの正体が宰相であることは確実で、ならば人魔大戦の流れで攻めてくるだろう。

 そうなったときに戦力が分散していては、勝算なんて欠片もない。

 ならば集められるときに、集められるだけの戦力を集めて戦うのが最善。


「マルセラさん! 手の空いた奴ら全員に、アンジェのいたところへ来るよう伝えて――」


 ドクンと、心臓が跳ねた。

 得体の知れない人型の影。

 その内側から、知らないはずなのに身に覚えのある存在が現れた。

 黒い魔力が放っていた憎しみなんて比にならないレベルの憎悪。

 太陽が陰り、空がより昏く、新月の夜のように濃くなった。

 放つ存在感は先の人型の影よりも濃密で、重力が倍になったのかと錯覚する。

 そこにそれがいるだけで冷や汗が止まらず、逃げなきゃと言う恐怖に駆られる。


「なんで、そこに……」


 結愛が呟く。

 その存在を知っているかのような発言。

 それに呼応するように、圧倒的な存在のそれが言葉を発する。


「久しぶり、結愛」

「……どうしてあなたが、そこにいるの?」

「俺の体からオレの因子――魂を抜き取って自分と融合させたから、かな。おかげで理想的な盤面ができた」


 何を言っているのかイマイチ掴めない。

 でもわかったことがある。

 あれは――俺とほぼ同じ顔を持ち、ほぼ同じ体格で、ほぼ同じ声と話し方のあれは、結愛に対してだけは優しい存在で――


「綾乃葵――さようならだ」


 俺に対してのみ、絶対的な憎悪と嫌悪と殺意を向けてくる存在だと。




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