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姉の為に。  作者: たかだひろき
最終章 【決戦】編
192/202

第十二話 【vs序列三位・魔神、序列外・筆頭】




 竜の子。

 長い年月をかけ、いずれ竜や竜人となる存在。

 子であるからと言って弱いわけではなく、小さな身に秘めたる力は人里を軽く滅ぼせるほどとも言われている。


 そんな竜の子を奪うにあたって、やはり障害となったのは既に大人になっている竜たち。

 人の暮らす大陸を睥睨するように浮くあの島での戦いは、思い出したくもないくらいに大変だった。

 それでも辛うじて任務を成功させられたのは、こちらの目的を終盤まで相手に悟られなかったことが大きな要因となっているだろう。

 数少ない竜の子の略奪という一見すれば無意味な行動だったからこそ、相対した竜たちにとっても想定外だったはずだ。

 そうして奪ってきた竜の子たちは、大戦が始まるギリギリまで調整を行っていた影響でまだ人間の大陸には送っていない。

 人間たちからの奇襲を受け、調整段階の子供たちを引っ張り出せたのは本当に幸運だった。


 おかげで、この見覚えのある大結界の内で相対した竜王に対し、強力な手札として扱うことができる。

 島に攻め込んだ時とは違い、今は数の不利もない。

 相手は竜王とはいえたったの一人。

 とはいえ、油断はしない。

 ここで負けることは許されない。

 この大戦は、魔人という種の運命を決めるものでもあり、そして俺たちがより上位の存在へと成りあがるための通過点でもあるのだから。






 * * * * * * * * * *






 潔癖さを前面に押し出すかのような、白一色の大結界。

 白の法衣に身を包んだ女が神殿と呼称していたこれは、魔術にあまり詳しくない俺でも緻密に構築された技術の結晶だとわかる。

 人の身でこれほどの技巧を身に着けるとは、やはり侮ることはできない種族だ。

 老師があれほどまでに焦がれ、そして強くなれたのも人間のおかげだと言うし、今後はもう少し交流を持ってもいいかもしれない。

 幸い、葵や結愛と言った奴らのおかげで多くの人間とも関わりを持てた。

 そのチャンスはこれから先にいくらでもあるだろう。

 それはそれとして――


「待っていましたよ。あなたが来ると思っていました」


 急く気持ちを抑え込み、法衣の女の言う通りに進んだ先にいたのは見覚えのある魔人。

 大柄で浅黒い肌を持ち、白によく映える赤みの強い橙の髪と目を持った魔人。

 纏うローブの上からでも、魔術師らしからぬ鍛えられた肉体が目に入る。

 その隣には、俺たちの島を攻めに来た時に奇襲と逃亡の要となっていた空間魔術の使い手の女の魔人もいる。

 淡い青色の髪により深い青の瞳を持つ、上背のある強気な印象を受ける女。


 だけど、俺の意識はもうその魔人(ふたり)にはない。

 魔人の後ろ――目一杯の透明な液体で満たされたガラス張りの容器にいる、我が子が気になって仕方ない。

 鼓動は聞こえるし、液体の中だが息もしているのが胸の上下でわかる。

 リチャードもルシールもレネーもローワンも、全員が無事だ。

 少なくとも、一見して異常は見受けられない。


「子供たちを返してもらう」

「――ええ。安心してください。初めからそのつもりですから――」


 胡散臭い――というよりは、どこか悪戯な含みのある笑み。

 徐に上げた右手の指を鳴らし、直後、後ろの容器の天辺にあった宝石が光る。

 機械仕掛けだったらしい容器が作動し、中を満たす液体が開いた容器の下部から漏れていく。

 神殿の床を浸す勢いで漏れ出るそれに釣られ、徐々に浮力を失う子供たちが容器の床部分へとへたり込む。

 全ての液体を吐き出した容器は、真正面のガラスが両開きの扉のように分裂し開く。

 すると、それが目覚ましの合図だったかのように子供たちは目を覚ました。


「どうぞ。お返ししますよ」


 そう嘯く魔人の顔には、やはり先ほどと同じ笑みが浮かんでいた。

 直後、目を覚ましたばかりの子供たちが俺目掛けて突進してくる。

 誘拐され訳の分からない容器に入れられ、次に目を覚ましたらすぐ近くに父親がいて。

 不安からの解放と安心を求め見知った頼れる大人の元へ走り出す子供――というわけではない。

 その顔には不安からくる涙も、喜びからくる笑顔もない。

 ただひたすらに無表情で、目の前にいる父親すら正しく認識できていない。

 その証拠に、突進してきた子供たちは容赦なく拳を振るってくる。


「尤も、あなたの望んだ通りではないでしょうけどね」


 なるほど。

 魔人のあの表情はこれがあったからか。

 子供たちを操り俺と戦わせる。

 俺に勝つための戦略としては申し分ないが、怒りが湧き出るほどには悪趣味だ。

 心底、気分が悪い。


「自分の子供なんですから、攻撃なんてできませんよね?」


 本来なら守られるべき、保護されるべき人質を攻撃の駒として使えば、相手は何もできない。

 今の俺がまさにそうだ。

 自らの子供たちに手を上げるわけにはいかず、躱すことしかできない。

 リーチの差と練度の差があるとはいえ、老師の教えを受けて育ってきた子供たちだ。

 直撃すれば僅かでもダメージを貰うことに変わりはなく、故に油断はできない。


「しっかり守ってあげてくださいよ? 私たちの攻撃からも――」


 出会った時から変わらぬ笑みのまま、魔人は劫火を撃ち放つ。

 狙いは当然、俺と子供たち。

 どちらに当たっても構わないと言わんばかりの範囲と威力。

 なるほど。

 魔人にとって子供たちは、比喩でも何でもなくただの使い捨ての駒らしい。

 そうと分かれば容赦をしてやる必要はない。


 右翼を展開。

 漆黒の鱗と皮膜で構築されたそれを盾とし劫火を防ぐ。

 竜鱗に弾かれた炎が結界の壁に当たり霧散していく。

 熱波だけが炎の減衰するような隙間を通って俺と子供たちを襲うが、この程度の熱なら子供たちでも問題なく耐えられる。


 いとも容易く魔術を防いだことで、魔人の表情に変化が見受けられる。

 けど、それも一瞬。

 即座に思考を切り替えて、今度は水と岩を繰り出してきた。

 岩は貫通力重視か槍のような形状で十本、水は細かい操作を行うためか手のひらサイズほどの大きさで百個ほど。

 真正面から戦うことをしなかった弱者かと思えば、俺を舐め腐った態度をとるだけの実力はあるらしい。

 子供たちへ意識を向けながら空いたリソースで魔人への評価を改めつつ、傍に湧いた気配へ反射的に周り蹴りを放つ。


「ぐッ!」

「転移――お前か」


 子供たちを攫った時。

 魔人は急に現れ、そして急に去っていった。

 俺たちと戦うことを避けるように。

 子供たちだけを狙い、ものの数分で拘束し攫った。

 その手際の良さの裏に、空間を操る類の手札があることはわかっていた。


 天の塔と呼ばれる場所で問答無用に葵たちへ襲い掛かったのは、微かに魔人の気配がしたことと、転移と思しき魔術の気配を捉えたから。

 尤も、前者は板垣結愛で、後者は天の塔への移動時に起こる自称だったので、あれはまさしくとばっちり――勘違いだったわけだが、それはさておいて。

 子供たちを攫った主犯格が男の魔人だと言うのは、聞き込んだ情報からわかっている。

 その裏で誘拐に最も大きな貢献をしたのが、この女の魔人だ。

 別に同じことができる魔人がいる可能性も否定できないが関係ない。

 疑わしい魔人を全員潰していけば、いずれ犯人はわかる。


 反射で振り抜いた回し蹴りを防いだ女は、防御に使った腕が痛むのか顔が険しい。

 そこへ追撃をかけようとして、それを止めるように子供たちが立ち塞がる。

 更には、子供たちを巻き込む形で先ほど展開されていた岩の槍と水の球が襲い来る。

 真横に降る雨のように物凄い速度と密度で迫るそれらは、質量と形状の整った岩はもちろん、ただの水であっても相応の威力となるだろう。

 まともに受ければいかに魔術に耐性のある竜の鱗であっても傷つくが、躱せば子供たちにそれらが襲い掛かる。


 子供たちの攻撃を躱しつつ、両翼を通路一杯に広げて魔術を防ぐ。

 岩の槍はどれも皮膜を貫通できず、皮膜を支える骨や鱗に当たったものはまともなダメージにすらなっていない。

 水の球は予想通り細かに制御を行ったようで、広げた翼の間を縫うようにして本体――つまり俺を狙い撃ってきた。

 上下左右から迫るそれらと同時、真正面に転移してきた女が拳を引き絞る。

 翼の向こうでは新たに魔術を生成している気配がする。

 逃しはしないと、言外にそう脅迫されているようだ。

 ()()()()()()、と一蹴するだけだが。


 引き絞られた拳が目にも留まらぬ速さで放たれる。

 一発だけでは意味がないと判断してか、左右の拳で隙の無い連撃。

 なるほど、いい拳だ。

 相当な鍛錬を積んできたのはわかる。

 ほとんどの人間相手なら無双できるだけの実力はあるだろう。


 が、裏を返せばその程度でしかない。

 上を探せば、身近な人間であっても簡単に挙げられる。

 拳の速さは板垣結愛が、隙のなさで言えば葵が、練度ならフレッドが――ありとあらゆる面で全盛期の老師が。

 全ての要素で俺の知りうる存在の劣化でしかないその拳は、両の足をその場に固定したままでも問題なく捌ける。

 やはり、気にするべきはあの男の魔術と、子供たちを傷つけないように捌くこと。


「っ――」


 俺にはさして効果がないとわかっていても、男の魔術を通しやすくするためか一切休まず拳を繰り出していた女が苦悶の表情を露にする。

 握る拳が赤く染まっており、それは白い神殿の床に雫となって零れ落ちた。

 魔術耐性を備えた竜鱗はそれ自体が強固。

 そこらの巨岩に“身体強化”などを使わない生身の拳を打ち付けるような痛みだと、竜鱗の実験をしていた葵が言っていた。

 巨岩に生身の拳を打ち付けた経験はないらしいのでどこまで確かな情報かはわからないが、そう比喩するほどには硬い。

 どれだけ体が頑丈だと自負している者であっても、何十何百と打ち込めば相応の痛みとなって返ってくる。

 ましてや、柔らかな肌を穿っているはずの拳がその直前に鱗へと変わっていることに気付けないのでは、謎のダメージが蓄積しているように感じるだろう。

 今の女のように。


 痛みに一瞬でも喘いだ女に、容赦のない蹴りを見舞う。

 顔、腹は避け、ガードのしやすい脇腹を狙い澄ます。

 正直、子供たちに酷い仕打ちをした魔人など殺しても構わないと思っているが、世界の守護者として己の感情に左右されるわけにはいかない。

 何より、あの葵に「竜人ってのは魔人を殺さずに無力化もできないんですか~?」などと煽られるのだけは想像しただけで腹立たしい。

 だから絶対に、断固として殺しはしない。

 想定通り防御はされたが距離を開けさせることには成功した。


 両翼を窮屈になるくらい通路一杯に広げている限り、男の魔人は魔術による攻撃しかできない。

 目の前の女の魔人も、少しの間は戦線を離脱するだろう。

 魔人たちを相手にし、倒すだけならそう難しいことではない。

 だが人質じみた子供たちがいるとなると話は変わってくる。

 故に子供たちの対処を最優先に――


「油断大敵ですよ」


 真上から、声がした。

 顔を上げるより前に、“魔力感知”による索敵を優先。

 やはり展開されていた魔術の位置を特定し、翼を戻すのでは間に合わないとそれらが襲い掛かるであろう子供たちを庇うように覆いかぶさる。

 背中――背筋の辺りから生える翼の一部と俺の天性の大柄な肉体で子供たちへの魔術は防げたが、自らの防御が間に合わずに掠り傷を負ってしまった。

 挙句、子供たちからの容赦のない拳が無防備な肉体に突き刺さり、今まで抑え込んでいたダメージが一気に蓄積する。

 どうにか翼を折りたたみ、子供たち全員を抱擁するように――卵のような形状にして自分ごと囲えたから、これ以上の余計なダメージは避けられる。

 翼の中にぎゅうぎゅうに詰め込んだ子供たちも、“溜め”ができなければ大した攻撃は繰り出せない。


「それは防御のつもりですか?」


 そう魔人に言われるくらいには愚行を犯している。

 翼による防御は確かに有効。

 岩の槍という貫通力を持った魔術は、当たり所が悪くない限りはダメージを半減にはできる。

 本来の使い方ではない全力で広げた翼でさえ、あれほどの防御力を誇っていたのだから十分な証明となるだろう。

 だがこうして立ち止まり、子供たちを囲うかまくらのような使い方では、魔人たちに「どうぞ好きなように好きなだけ攻撃してください」と言っているようなもの。

 いくら強固な盾も雑に扱えば容易く壊れるように。


「……そのつもりなら、遠慮なく行かせてもらいますよ」


 言うなり、魔人は今までで最も有効だった岩の槍を十発撃ち込んでくる。

 油断はしていないからこその十発。

 背を向けていて翼の中に頭も仕舞っているから見えはしないが、俺が反撃に転じても対処できるよう岩と水による防御の態勢も整えていたのが“魔力感知”でわかった。

 だが俺が反撃しないとわかると、それらを捨てて全てを岩の槍に換装。

 数十の槍を膨大な魔力に任せて生成し続け、様々な角度から射出してくる。

 防御の厚い薄いは関係なく、ヤケクソにでもなったかのような連射。

 一方的に攻撃できるようになったとはいえ物凄い回転数で速射される槍は、的確に同じ部位を狙い澄ましてくる。

 一本一本が皮膜を傷つける程度のダメージでも蓄積すれば壊される。

 精密な“魔力操作”に魔人らしい豊富な魔力量、そして狙いの精度の高さ。

 これがあと一分でも続けば、いかに竜人の中でも上位の硬さを誇る俺の鱗や皮膜でも打ち破られる。

 それまでに()()()()()()()()()――


「……」


 女の魔人は、攻めに参加していない。

 ()()()()()()”で男の傍にいたことは把握している。

 俺が反撃に転じた際の予備戦力として保持しているのだろうが、今はその保険がありがたい。

 おかげで俺の受ける攻撃が一手でも減る。

 そうなれば後は、男の魔術に耐えられるか、俺が反撃に転じるかの勝負だ。


 解析という苦手な分野。

 それでも、やらなければならない。

 体を貫く痛みなどは無視して、眼前の子供たちだけに集中する。

 少しずつ少しずつ続けていた解析を加速させ、一つずつ紐解いていく。

 子供たちに後遺症が残らないように、安全な場所を割り出してから確実に。

 俺が死ぬまでの間ならどれだけ時間を使ってもいい。

 子供たちに攻撃が当たらないのなら些事だ。


「ライアン。お前も攻撃だ」

「――わかりました」


 遠くでそんな会話があったような気がする。

 意識のほとんどを解析に向けているから、何を言っていたのかはわからない。

 でももし、俺が聴覚で捉え理解した言葉の通りなら、少しばかり面倒だ。


 空間が避ける気配を捉える。

 竜眼で翼越しにそれを目視。

 僅かに避ける速度を遅らせて、その間に翼を丸めたまま子供たちを抱えて退避する。

 後方で驚くような声が聞こえたが関係ない。

 今最優先するべきは、俺が死なずに子供たちの洗脳を解くことだけ。


 葵なら早々に片付けただろう事案。

 でも俺は葵ではない。

 自分にできることを、自分にできる限りでやるしかない。

 俺の把握漏れがない限り、解析は既に七割を超えた。

 あと少しで子供たちを自由にできる。


「――」

「……!」


 何か、遠くで声が聞こえる。

 直後から、翼に穿たれる魔術の数と威力が膨れ上がった。

 俺の意図に勘付いたか。

 だとしても、この中途半端なタイミングでやめるわけにはいかない。

 しかしこのままでは、先ほど予想した一分というリミットよりも早く俺の体が耐えられなくなる。

 解析を一時中断し、魔人たちが一瞬でも攻撃を躊躇うような状況を作ってから――


 ――いいや、このまま断行する。

 子供たちの解析を優先したのは、敵の人質(こま)となっている子供たちを解放するため。

 術者が倒れれば解除される類の術かどうかの判別ができず、この状況下で放置しておいた時の副作用もわからない。

 だからこそ、自らの体を囮にしてでも最優先した。

 そうだ、俺の体なんてどうだっていい。

 今いくら壊されたところで、時間が経てば回復させられる。

 自己犠牲的、破滅的行動を取りたがる葵に小言を言っておいた自分が、まさか同じような行動をとることになるとは……。

 全く、葵に合わせる顔がないな。


「――ハッ」


 笑い、子供たちの解析に全霊を注ぐ。

 複雑に絡み合う魔術の軌跡、それらを見て、感じて、確実に解いていく。

 自身の力を過信せずにもっと誰かを頼るべきだったと言う後悔は、今は捨ておく。

 今するべきは子供たちの救出。

 捨てたものは後で拾い直して、そして改めて吟味すればいい。

 今は子供たちだけに意識の全てを向けるだけでいい。

 あと少し。

 あと少しで、子供たちを――


「ぐ――!」


 集中させた意識を強引に削いでくる感覚。

 もう俺の翼は半壊し、皮膜を支える骨格の鱗なども見るに耐えない惨状になっているんだろう。

 それがどうしたと、魔人たちの魔術にいいようにされる自らの翼を無視。

 子供たちだけに意識を向け続ける。

 ほんの僅かな、あと一歩踏み出せば終えられるような、そんな距離。

 最後の、子供たちに掛けられた洗脳の類に属する魔術の根源を見つけ出し、それを破壊する。

 瞬間、子供たちは糸の切られた操り人形のように脱力した。

 再度確認――無事だと理解して、翼を少し広げて空間にゆとりを持たせ、そこに子供たちを床に寝そべらせる。


 良かったと、安堵している暇はない。

 ここへ来た目的は、子供たちを助けることが第一。

 そして第二は、眼前に現れた敵を排除――もとい打ち倒すこと。

 第一目標が果たされた以上ここに留まってやる必要もないのだが、第二目標は葵たち協力者には必須となる案件。

 ここで俺の目的は追えたから眠る子供たちを連れて帰る、なんて言おうものなら竜人の名折れだ。

 それに、老師が託した人間がどんなことをしていくのか、その未来を見てみたい気持ちもある。

 俺に与えられた役割と、俺がしたいと思ったことが一致した。

 ならば、それをしよう。


「――! ……なるほど。洗脳を解いたのか。翼を広げて内側に籠っていたのはそれが――」

「お前たちだけを相手にするのなら簡単だった」


 独白じみた挑発。

 魔人たちは乗ってこず、けど舐められていると理解はしたらしい。

 女の魔人はピクリと一瞬反応しただけだが、男の顔には僅かだが怒りが見て取れる。


「――俺たちは眼中になかった、と?」

「子供たちを人質を人質として――駒として使われていた以上、どんな仕打ちをされるかわからなかった。俺が反撃したときに盾とされた場合、もし仮にでも当ててしまえば傷つけてしまうことになる」


 守りたい人を盾にされればまともに攻撃できず、転移と言う手段があるから制止不能の盾にされていた可能性もある。

 もしそれで子供たちの誰か一人でも殴ろうものなら俺のメンタルは多少はダメージを受けるわけで。

 尤も、これは要らぬ心配だったわけだが。


「だが、これで子供たちを――俺を縛るものはない。一番苦手なチマチマとした精密な作業も終えた」

「――なるほど。これからが本番だと言うことか」

「本番? 何を言ってる。本番は今終わらせた。あとはただの消化試合だ」


 老師直伝の歩法。

 竜人の持つ高い身体能力に加え、その身体能力を底上げする“身体強化”と縮地による加速。

 一瞬で距離を詰め、無防備な男の腹部に拳を突き出す。

 ただの殴打。

 しかし音速以上の速度を以って振るわれたそれは絶大な破壊力を齎す。

 男の姿が一瞬で遠のき、神殿の白い壁に衝突して止まる。


「カスバードさ――ま゛っ!?」


 女の側頭を上段蹴りで打ち抜く。

 男の魔人の名を呼ぼうとしていたらしいが、頭から壁に衝突したせいで最後まで言い切れない。

 葵のようなゲートを介さない転移ができるのなら躱せたかもしれないが、この女はゲートを作ることでしか転移を使えないらしい。

 使ってこないのではなく使えないのだろう。

 同じ系統、同じ属性の魔術でも得手不得手があるように。


「――フ、フッフフフ。いいね流石だよ竜人! そう来なくっちゃ面白くない!」


 最初にぶっ飛ばした男の魔人が起き上がり、壊れたかのような笑いの後でやはり壊れたように叫ぶ。

 刹那、男の周囲に無数の魔術が展開された。

 その半分以上が俺にダメージを与えられた岩の槍。

 残りは火、水、風、雷と基本の属性で構築された魔術群。

 形状もその威力もまちまちで、一々どれを防いでどれを受けるかと言う思考をさせないつもりだろう。

 百を優に超え、こうしてそれらが射出されるまでを待ち続けている今もなお増えている魔術を操る男はなるほど、魔人を上から数えて三番目の実力者なのだろう。


「綾乃葵に匹敵するその実力! どこまでやれるか試させてもらうぞ!」


 なぜここで葵の名を――と思ったが、そうか。

 こいつは前回の大戦で葵と戦っていたのだったか。

 自身を負かせた相手と比較する。

 なるほど、道理だな。

 だが――


「葵と比べられるのは甚だ不愉快だ」


 迫りくる魔術を前に、回避は選択肢から消した。

 躱すこと自体は可能だが、気軽に避ければ後ろで眠る子供たちに当たってしまうかもしれない。

 いや、きっとそれを考慮しての多属性の魔術だろう。

 一属性だけなら対処も一通りで済むが、複数あればそうもいかない。

 いやらしい攻撃をしてくるのは、流石と言わざるを得ない。

 だがそれは、俺以外が相手だったときの話。


 どっしりと構え、近くに来た魔術全てを打ち払う。

 拳で撃ち抜き、足で蹴り上げ、時に体で受け止める。

 俺の体は傷ついて、部分竜化をしていられるほどの余裕はない。

 だから人の体を保ったまま、皮膚と呼ばれる部分全てを竜の鱗にして。


「ハハッ! ――いい! いいね竜人!」


 狂ったように声を上げる魔人。

 その咆哮に対して繰り出す魔術は精密。

 正確さと威力と速度、どれを取っても最高位。

 実力の高さは認めよう。

 全ての能力の平均値は、葵たちの誰よりも勝っていると。

 でも、それだけだ。


 雨のように真横から降り注ぐ魔術を捌く中。

 起き上がり、静かに子供たちへ近づいていた女の首根っこを引っ掴んで雨の中へと放り投げる。

 こちらを殺さんばかりの勢いで放っていた魔術だ。

 まともに防御もできずに喰らえば人より頑丈な魔人でもひとたまりもない。

 それがわかっているからか、女は即座にゲートを開いて雨の中から逃れた。

 そのゲートの先。

 出てくるとわかっている場所で待ち構え、頭を掴んで男の元へと投げ飛ばす。


 魔人の魔術に迫る速度でぶん投げられた女は頭から神殿の床へと衝突し、そのまま動かなくなる。

 投げられる前に女は全身を強化していたし、魔人の元からの頑丈さもあれば尋常ではない痛みが体を襲い気絶するくらいで死にはしないだろう。

 女が実際にどうなったかはさておいて。

 どうやら男は子供たちを狙うことは眼中になく、俺だけを狙っているらしい。

 俺が女の対処に動いたときも、子供たちを狙う素振りは一切見せずに俺だけを狙い澄まして魔術を撃ってきた。

 大戦の勝利よりも己の戦闘欲を満たすことが優先されているように思う。

 それならそれで面倒がなくていい。


「来るか竜人! いいよ来てみろよ!」


 魔術を弾き受け止めながら、俺は神殿を闊歩する。

 魔術の属性も威力も関係ない。

 竜鱗という最硬最強の防御で全ての魔術を等しく対処し、悠然と歩みを進める。

 近づく俺に、男は一切の揺らぎを見せない。

 自らの魔術を通す。

 ただそれだけを考えているようで、それ以外の全てがもう男の眼中にない。

 戦闘狂と言うのはつくづく不便だと心底思う。


「お前の積み上げてきたものが」


 声を張らずとも聞こえるような距離に来て、俺は正気を保っているとは思えない魔人に語り掛ける。


「親から受け継いだ才能と、人生をかけて積み上げてきたものが全く通用しないのは、どういう気持ちだ?」


 殺しは、葵から止められている。

 子供たちを無事に救い出せたから、殺すことはしない。

 でも、ちょっとした意趣返しくらいはいいだろう。


「――ハッ!」


 縮地の間合い。

 そこまで来た時にようやく、男は口を開く。

 獰猛とも言える笑みを浮かべ、魔眼の開く目は爛々と輝いている。

 絶望なんて一ミリも感じられない、狂気じみたその表情で。


「最高だよ……! まだまだ上がいるなんてさ!」


 その瞳は何を見ているのか。

 俺を捉えているようにも見えるし、俺の奥底にある何かを見据えているようにも見える。

 ただ一つだけ言えるのは、魔術を撃つのは止めないくせに、もう男が勝つことを諦めているということだけ。


「終わりだ」


 言葉と同時、縮地で距離を詰めて男を気絶させる。

 腹部に重たい一撃を与えただけで、男はガクンと崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 強者に囚われ、それと戦うために大戦の勝利と言う大きな目標を捨てる。

 自らに与えられただろう役割を放棄して、自分の思い通りに生きる。

 なるほど――


「俺にはできないことだな」


 やるつもりはない。

 だが、やろうとしてもできない。

 立場や本能、その他諸々。

 色々な事情が重なって、俺にはできそうもない。

 そういう意味では羨ましく、やはり憧れには至らない程度の些細な羨望。


「こちら()()。魔人は倒した。――ああ。殺してはいない。ちゃんと約束は守ってる。子供たちを保護したから念のために後方に送りたい。……わかった」


 手のひらに直接描いた魔術陣(スクロール)

 それを介して指揮を執る司令部と連絡を取る。

 尤も、司令部と言ってもほぼ形だけ。

 作戦指揮は事前の話し合いで全て決まっているし、情報を纏めて各所に送るだけの司令部と言う名の情報室に過ぎないが。

 他の戦闘状況を確認し、子供たちを後方へ送る手筈を整えてから、気絶させた魔人たちへ向き直る。


 男と女。

 二人を一か所に纏め、確実に拘束するために魔術を使う。

 初めて使う魔術なので少し手間取ったが、無事に拘束には成功した。

 立ち上がり、子供たち四人の傍へ行く。

 スースーと静かに寝息を立てる子供たちの表情は穏やか。

 背中は神殿の床なので硬く、寝心地なんてこれっぽっちも良くないだろうが、どうやら嫌な夢は見ていない様子で一安心だ。


「――葵。こちらは終わらせたぞ」


 葵への直接の連絡手段を持っているわけではない。

 だからこれは、ただの独り言。

 この神殿のどこかか、もしくはもう外に出て、一人だけ多忙なスケジュールをこなしているだろう葵へ向けて。

 達成感と満足感に浸っているからか、らしくない発破をかけた俺自身に肩を竦めながら、子供たちの回収に来てくれる人たちを待つ。

 葵たちなら必ず成功させると、何一つ疑うことはせずに。






 * * * * * * * * * *






「来たか」

「うん。獣人の国(ししょうのとこ)ぶりだね」


 昼間なのに薄暗い魔人の国で、白く光る神殿を望む平原。

 周りを木々が囲うこの場所は、戦うにはちょうどいい広さだ。

 そんな平原のど真ん中で来客の私を出迎えるように待っていたのは、かつて戦い、そして配属した魔人。

 名をユリエル。

 十魔神の、序列二位と言っていた。

 魔人の中で、上から二番目に強い人だそうだ。


「今回は、前の時のリベンジに来たよ」

「……いい気合いだ。なるほど、相当鍛錬を積んできたようだな」


 一見するだけでそれを見抜くのは、やっぱり凄い実力者だ。

 初めから全力で行くつもりだったけど、もっと心構えをしておいた方が良さそうだ。

 この戦いが終わったら主様たちの援護に行こうとか思っていた、甘ったれた考えを捨てないと。


「再会を楽しむのもこの辺りにしておこうか」

「そうだね。私たちは二人とも、戦うためにここにいるんだし」


 ユリエルさんの言葉に、私は腰を落として構える。

 深く、楽しそうな笑みを浮かべ、ユリエルさんも体を脱力させる。

 大森林での戦いでも見た、ユリエルさんの構え。


「十魔神、序列二位。技神ユリエル」

「主様の守護獣。“銀狼”、ソウファ」


 互いに名乗り、戦闘の火蓋が切って落とされた。




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