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姉の為に。  作者: たかだひろき
最終章 【決戦】編
188/202

第八話 【vs番外序列】




 この第十一次人魔大戦は多くの因縁が渦巻いている。

 人と魔人という、五千年以上も相容れなかった種族の因縁はもちろん、第十次と第十一次の期間が短かったからこそ生まれた前回の大戦での因縁。

 それともう一つ――それは、特定の人たちが行った過去への恨みつらみ。

 数年ほどの……人によっては数十年ものの年月が積み重ねられているそれは当然、並大抵のものではないでしょう。

 そんな恨みつらみや後悔を重ね、二度と同じ轍は踏むまいと一歩を踏み出した人たちが、私が向かっている先にいます。


 実力的な面で言えば、厳しい戦いにはなるでしょうけど対等に戦えるはずです。

 葵様から聞いた話によれば、相当な実力と鍛錬を積み重ねている人たちらしいですから。

 でも、その二人を相手取るお父様には、二人にとっての逆鱗であり、そして確実な弱点となりうる手札が存在します。

 その手札が切られた場合、二人にどんな影響が齎されるか。

 奮起しより高い力を発揮するか、冷静さを欠き敗北するか。

 その懸念を可能な限り排除するために、私は神殿の通路を走り、魔王城へと足を踏み入れた。

 太陽が出ているのに薄暗い空。

 城の窓から差し込むその光を頼りに、私はひたすらに駆け抜ける。

 万が一の可能性を排除するために。






 * * * * * * * * * *






「国王という立場を捨ててきた、か……それは想定外だな」

「貴様も同じことを行っただろう? まさか自分だけが特別だとでも思っていたのか?」

「……口喧嘩では勝てそうにないな」


 鋭い返答と煽りに、ドミニクは早々に両手を上げて降参を示す。

 無論、それは余裕からくる茶番に過ぎない。

 すぐにその手を下ろし、ドミニクはわざと足音を響かせながら壁の方へと近づいていく。


「だがいいのか? あんたがこの戦いにはついてこれるとは思えないな。自殺志願ならもっと適した場所があったんじゃないか?」

「さっきも言っただろう。貴様との因縁を終わらせに来たと」

「へぇ……実力はあると」


 薄暗いこの空間でもわかる。

 楽しそうで挑戦的な笑みを浮かべたドミニクは、瞬間的に距離を詰めてきた。

 瞬く間にと、そう表現するのは適切な僅かな時間。

 十メートルは優にあった距離を詰めてきたドミニクは、腰だめに握った拳を引き絞っている。

 狙いの対象はオレではなく――


「――ハッ」


 引き絞った拳を、容赦なく打ち放った。

 しかし、それがアーディルさんに届くことはなく、薄い半透明の壁によって防がれた。

 攻撃が通らなかったとわかるや否や、ドミニクはまた一瞬で距離を取る。


「満足か?」

「十分だ。ただ(まつりごと)をしていただけではないようだな」


 今の速さの攻撃を見切り、防ぐことのできる人間はそう多くない。

 アーディルさんがその多くない側の人間であると――即ち、ドミニクと戦うだけの力があるという証明。


「そう言えば、王位を継ぐ前は優秀な魔術師だったって噂があったな」

「昔の話などどうでもいい」

「つれないな……ま、俺も俺で与えられた役割があるしな。雑談ばっかしてるわけにもいかねぇし、何よりお前らと真剣に戦いたい」


 魔人並みの戦闘狂じみた思考を展開し、ドミニクが圧を向けてくる。

 殺意ではないただの威圧だが、それでもやはりビリビリと強者のそれを感じ取れる。

 アカさんを前にした時のような、怯えに近いあの感覚だ。


 でも、ビビる必要はない。

 オレ自身に蓄えられている力と技術に加え、前回よりもずっと連携が取れるようになったウィンディとノーム。

 更に、アーディルさんという頼もしい味方もいる。

 かつて、ドミニクが人類を裏切るよりも少しだけ前に、オレはドミニクと戦い、そして負けた。

 その時の後悔と屈辱を、今も確かに思い出せる。

 二度とあんな思いをしないように――今度こそシャルを救い出す為に。

 折れかけた心を繋ぎ止めてくれた仲間たちに報いる為に。

 絶対に負けてなんていられない。


「前回よりもずっといい顔になってんじゃねぇか。ったく、厄介極まりない」


 感心したような顔で呟くドミニク。

 右腕を上げ、パチンと指を鳴らす。

 地下の広い空間にその音が響くと同時、薄暗かった空間に明かりが灯る。

 暗さに慣れていた目が少しだけ眩む。

 奇襲を仕掛けるための目潰しである可能性も考慮し、“魔力感知”を視覚の代替として利用する。


「大丈夫。来てないよ、フレッド」

「……そうみたいだな」


 肩に座るウィンディの声で、閉じていた瞼を開いて明るさに慣れるために瞬きを何度か挟む。

 この地下空間はどうやらそれなりの広さがあったようで、縦横五十メートルほどの大きさがある。

 無機質で飾り気のない石材で統一されたこの地下空間は、太めのパイプや電気系統と思われるコードなどが縦横無尽に地面を這っている。

 地下に作られた実験や研究をするため部屋のようなものだろうか。

 点在する机には資料と思しき紙の束や分厚いファイルなどが陳列されている。

 そんな部屋の端の方。

 黒い布で覆われた大きな箱のようなものの前に、明かりを点けてから一歩も動いていないドミニクがいる。

 その光景を見ていれば、嫌でもドミニクと戦ったあの時を思い出す。


「覚えてるよな?」

「忘れるわけがないだろ」


 あの時と同じだ。

 オレの心を揺さぶって、実力を鈍らせようとしている。

 怒りは力に変えられる。

 でも、余分なそれは力みとなって動きを阻害しかねない。

 ドミニクが前回使った手法と同じ。

 乗ってやることはない。


「お前には効かないだろうが、そっちにはどうかな?」


 無条件で怒りを沸かせる笑みを見せつけて、ドミニクは後ろの布に手をかけ勢いよく外す。

 黒い布が被されていたもの。

 それは予想通り、宝石の嵌め込まれた機械によって制御されているらしい三つの大きなガラス張りの容器だ。

 無色透明な液体で満たされている容器の一つ一つに、裸の女性が浮かんでいる。


 一番右にあるガラス容器の中に、オレが人生の大半をかけて探し続けてきた女性――ロッテがいる。

 桃色の髪が容器に満たされた液体に揺られていて、その瞳は閉じているから見えない。

 それでも、時折口から漏れる空気で生きているのがわかる。


「――!」

「落ち着いてください、アーディルさん。ここで我を忘れては、ドミニクの術中に嵌ります」

「……わかっている。わかっているが……!」


 隣に立つアーディルさんの視線は、三つあるガラス容器の左二つに集中している。

 一人は見覚えのある顔。

 ドミニクの妻であり、元アルペナム王国の王女。


 そしてその隣。

 中央のガラス容器にいる女性は、アーディルさんの発言からして現王妃……いや、アーディルさんは王ではないから、元王妃が正しいか。

 見覚えはない。

 でも、オレの中にはなるほどと納得の感情が浮かんでいた。

 オレンジ色の長い髪にはっきりとした整った顔立ちは、歴史で学んだ前国王を傍で支え続けた“王国の賢母”としての風格を十分に感じさせる。


「取り返しますよ。オレたちで」

「……そうしよう。この下らない負の連鎖を断ち切って」


 オレは一度、似たような経験をしている。

 だからこそ、事前に心構えをしてこれたし耐えられた。

 アーディルさんにも一応、こう言うことがあるかもしれないという説明はしていた。

 それでも、初めてであれだけの動揺で済ませるとは、流石と言わざるを得ない。

 だがそれも、決して万全ではない。

 一度でも、一瞬でも取り乱したと言うことは、付け入る隙が生まれることを意味する。

 前回のオレがそうだったように。

 だから、その隙をオレたちでカバーしよう。

 オレたちはチームなんだから。


「あんまり効果はなかったようだな」


 残念そうに呟くドミニクは、この程度で折れるような男ではない。

 現に、残念そうな表情は一瞬で消え入り、意識は既に戦闘のそれへと切り替えられている。


「まぁいい。動揺を誘えなかったのは残念だが、それが本来の用途じゃないからな」

「……」


 何をするつもりだ?

 ガラス容器に入ったオレたちの大切な人たちに何かするとでも言いたげな言い方だった。

 まさか人質にするつもりか?

 確かに、その一手だけでオレたちは完封される。

 ドミニクがこの場で取るべき最善はそれだと誰でもわかる。


 でも、ドミニクは良くも悪くも戦闘狂。

 戦いに勝利することではなく、楽しんで戦うことに重きを置くようなタイプの人種。

 なら何をする?

 アーディルさんの大切な家族に、オレの大事な人に、ドミニクは何を――


「安心しろよ。コイツらを直接害する気はないさ。そんなことしたら、お前たちと戦えないからな」


 オレの予想通りと言うか、ドミニクはやはりオレたちと真正面から戦いたいらしい。

 人質という非道でありながら最善でもある手段を取らないと公言したのだから、それは間違いないだろう。


「ただ、俺は一応、魔王軍の幹部としてお前たちの前に立っている。だから、手を抜くわけにはいかないんだ」

「……何が言いたい?」


 不穏な雰囲気を言葉に含ませるドミニク。

 オレたちの不安を駆り立てるような言い回し。

 ドミニクの意志ではないが、やらざるを得ないとでも言いたげな言葉。


「まぁなんつーか……時間をかければかけるほど、お前たちの大事な人たちが苦しむことになるぞってことだけは伝えておくよ」


 そう言って、ドミニクは左腕を顔の位置まで上げる。

 腕にはガラス容器の上部にハマっている宝石と同じものが付けられた腕輪がある。

 その腕輪に付けられた宝石が光ると同時、ガラス容器側の宝石も同じように光る。

 機械が作動したのか赤色の光がガラス容器を照らし出し、液体の中で浮く三人が苦悶の表情を浮かべた。


「……魔力を吸い出す装置か」

「流石は元国王。博識だな」

「中にいる魔力を持った生物から魔力を吸い出す装置。恐らく、あの腕輪の宝石を通じてドミニクへと吸い出した魔力を送っているんだろう」

「じゃあ、時間をかければかけるほどって言うのは――」

「ああ。あのガラスに囚われた三人が苦しみ、最悪の場合は……」


 魔力を出し尽くせば、倦怠感や疲労感などでまともに立っていることすら出来なくなる。

 死ぬ気で魔力を出し尽くし、精魂尽き果ててしまっても、大半の場合は気絶で済む。

 それは、本能的な部分がストップをかけ、死に至らないように調整するからだ。

 でももし、外部から強制的に魔力を吸い出されたら?

 個人の意思に反して、体内の魔力を吸い尽くされたら?


「わかっただろ? さぁ、とっとと始めようぜ」

「ああ、わかったよ。――アーディルさん。作戦通り、オレが前に出ます」

「任せるぞ」


 躊躇なんて必要ない。

 ドミニクはオレたちにとって最悪の敵であると、強く再認識できた。

 ここにくるまでのオレの覚悟では生温(なまぬる)い。

 一片の肉片すら残さないような殺意と、自己犠牲すら厭わない覚悟。

 それらを上から押さえつける理性で以って、オレはドミニクと対峙する。


「ウィンディ、ノーム」

「うん」

「なに?」


 一歩前に出て、アーディルさんを後ろに。

 前衛に剣士、後衛に魔術師という理想的な形。

 後は、オレに力を貸してくれる二柱(ふたり)に願うだけ。


「任せるぞ」

「うんっ」

「ええ」


 二人の返事を聞いた瞬間、オレは全力でブーストした身体能力で距離を詰める。

 オレの突進を予想していたドミニクは、拳でオレの剣を受け止める。

 斬り裂くための刃を搭載した剣が、人間の拳で止められている。

 装備の性能ではなく、強化に注ぐ強化を施した純粋な生身でだ。

 “身体強化”という純粋で圧倒的な“恩寵”は、そこらの魔術師では使い切れないほどの魔力を供給する三人によってより高いものへと補強されている。

 引き上げられた身体能力に引っ張られる形で、肉体の強度も高められているんだ。

 鋼の剣と真正面から打ち合えるくらいに。


「――っと」


 左右の肩にそれぞれ乗っているウィンディとノームが、オレの攻撃に間髪入れずに援護してくれた。

 ウィンディは高圧の水弾を、ノームが超硬質の岩弾を。

 呼吸するような自然さで生み出されたそれは、ドミニクの圧倒的な反応速度と身体能力によって躱された。

 その躱した先へ、今度はアーディルさんの援護が飛来する。

 速度重視の岩の弾丸。

 風を纏い、速度が更に引き上げられているそれは、やはりドミニクには当たらない。

 避ける体勢にはなっていなかったのに、器用に体を動かして躱された。


 遠くからピンポイントで魔術を放ったアーディルさんに、ドミニクは視線を向けた。

 その顔は「やるじゃねぇか」と物語っていて、アーディルさんの実力を再認識しているように見える。

 ドミニクの意識がオレから逸れたのを確認して、近くにきたガラス容器へと少しだけ視線を向ける。

 中にいる幼馴染(ロッテ)は瞼を閉じていて、魔力を吸い出されているからか少しだけ苦しそうな表情になっている。

 どこか泣いているようにも見えるロッテを目の当たりにし、心が締め付けられるような感覚に陥る。


「フレッド――!」


 左肩に立つノームの怒声に似た警告。

 眼前に岩の壁が立ちはだかり、それは水の膜で覆われた。

 即席ながらかなりの防御力を誇るそれは、圧倒的な膂力を持つドミニクによって簡単に壊される。


「よそ見とは余裕があるな!」


 一瞬で壊された。

 でも、一瞬は稼いでくれた。

 ロッテに向けていた意識をドミニクへと戻し、斬り上げる形で剣を振るう。

 反射で振るった剣は紙一重のところで躱されて、歩みを止めることなく詰めてきたドミニクの拳がオレの腹部を捉える。


「させない」


 オレが躱そうとした方向を読み取り、ノームが岩による盾を、ウィンディが滑りをよくする流れを生み出して、内臓を破裂させられるほどの威力を持ったドミニクの拳を左側へと逸らす。

 目標を捉えられずに空振りに終わった拳は、空を打ち抜き荒れ狂う暴風となって地下空間に唸った。

 反撃を警戒し距離を取ったドミニクへ、アーディルさんが遠くから魔術を放ってくれている。


「気が散るのは理解してあげられるけど集中して」

「全員が全ての力を出し切らなきゃ、この戦いには勝てないんだよ?」

「わかってる……ごめん」


 ドミニクは強敵だ。

 別のことに意識を向けていては絶対に勝てない相手。

 わかっている。

 心を落ち着けろ。

 目の前の敵に集中しろ。

 さもなくば、幼馴染を救い出すことなどできはしない。


「……ありがとう、落ち着いたよ」

「それは何よりだよ、フレッドくん」

「ご迷惑おかけしました、アーディルさん。助かりました」

「気にすることはない。これを見て冷静でいろという方が難しい」


 入り口付近から、ドミニクへの牽制をしつつ寄ってくれたアーディルさん。

 謝罪と感謝の意を伝えながらも、意識はドミニクへ。


「あの男の力の源は、この()()なんだろう? 解除する方法を知らないか?」

「あまり技術的な話には詳しくなく……装置そのものを壊せばあるいは――」

「止めておいた方がいい。その装置は正しい手順でなければ解除できない。もし間違った手順で最後まで行っちまえば、()()の安全は保障できないぜ?」


 オレたちの会話が聞こえていたのか、そう脅してくる。

 そう言われてしまえば、オレたちはもうこの装置に手出しができなくなる。

 これでは人質を取られているのと何ら変わらない。


「フレッドくん」

「なんでしょうか」

「あの男の身体能力はこの装置によって補強されており、これをどうにかできれば今のような強さはなくなる。そう考えていいのか?」

「……恐らくは。魔人化している可能性も考えると魔眼のことなども考えなければなりませんけど」


 ドミニクが魔人化していたら、なんて仮定で話したが、十中八九していると考えていい。

 何せ、ドミニクが人類を裏切った理由は強さを求めたから。

 魔人化という、リスキーでも強くなれる可能性がある事柄に手を出していないとは思えない。


「フレッドくん。私が一時的に戦線を離脱すると言ったら、君は対応できるか?」

「……それは、アーディルさんを守りながらドミニクと戦え、ということですか?」

「そうなるな。可能か?」


 アーディルさんがやろうとしていること。

 それはおそらく、この装置の解除だ。

 正しい手順を見つけるために、そこら辺の散らばった資料だとかデータだとかを纏め、その間はオレに守ってもらおうという考えだろう。

 正直に言えば、中々に難しい。

 前回、オレと精霊の二柱(ふたり)で負けた相手。

 あの時よりも戦闘経験も積み強くなったとはいえ、それは相手も同じ。

 成長具合で負けているつもりはないが、それでドミニクと対等になれたとも思っていない。

 だから、オレの答えは――


「――確実に、正しい手順を見つけられますか?」

「これでも私は一国の王をやっていたんぞ? 最新の情報は常に得ているし理解もしている」


 もしアーディルさんが失敗すれば、ロッテはもちろん、元王妃や第一王女までもが帰らぬ人となる。

 それを危惧しての質問だったけど、どうやら無用な心配のようだ。

 失敗するなんて可能性を一ミリも考慮していない、自信に満ちた表情と言葉が返ってきた。


「わかりました。二人とも、大丈夫だよね?」

「凄い無茶振りね」

「綾乃葵を彷彿とさせるわ」


 両肩の上でやれやれと悪態をつきながら、それでもオレのお願いを否定しない。

 ありがとうと伝えたタイミングで、ドミニクが笑った。


「オレがお前の防御を掻い潜り、アーディルを仕留めれば勝ち。それができなければ――ってことか。面白い、乗ってやるよ」


 オレとアーディルさんの会話が聞こえていたらしいドミニクは、内容を簡潔に纏めた上で乗っかってきた。

 この提案にドミニク側が乗るメリットがないが……意外という程ではないか。

 ドミニクが戦闘狂であることは知っているから、この判断は何らおかしなものではない。


「ちゃんと守れよ? アーディルも常に安全圏にいるとは思わないことだ」

「フレッドくんを信用している。貴様から守ってくれるとな」

「だそうだ。期待が重いな?」

「そうでもない。こんなもの、先の見えなかった時の何倍もマシだ」


 自分の行動に誰かの命が懸かっているのは、確かにプレッシャーだ。

 でも、これ以上の辛さを身を以って知っている。

 なら何も問題はない。


「上等だ。構えろ。俺も全力で行く」


 笑顔から一転。

 初めて見る真剣な表情と、地下空間を埋め尽くす殺気。

 言葉がなくとも、勝手にドミニクへと剣を構える。


「魔人、ドミニク」


 名乗りと同時、ドミニクの姿が掻き消える。

 反射的に横へと剣を振るう。

 ガキンと金属音を鳴らし、虹彩にオレンジ色のような円環を発現させたドミニクの腕によって剣が止められた。

 ドミニクの動きに反応できたわけじゃない。

 ただ反射的に振るった剣が、たまたまドミニクに当たっただけ。

 その一瞬の好機を、ウィンディとノームは逃さない。


「――ほぅ」


 オレの周りを囲うように展開した水の球で視界を誘導し、その間にノームが地面を変形させ、一瞬でドミニクの足を地面と融合させ固める。

 圧倒的な身体能力も、動けなければ意味をなさない。

 この位置ならドミニクの攻撃がアーディルさんに当たることはないし、上半身だけで振るう拳なら対処は可能だ。


「土でなくとも操れるのか。これは驚かされた。捕まっていたら危なかったよ」

「何を――」

「フレッド。これ違うよ」

「え? マジか……!」


 何やら語りだしたかと思えば、ノームが捕らえたドミニクの姿が宙に消えた。

 霧のように空気中へと霧散して、その奥――元居た位置にしたり顔をするドミニクの姿を捉えた。

 オレに捕らえたドミニクの存在が別物だと教えてくれたウィンディが小さく呟く。


「幻影を作る魔術……」

「正解だ。ネタ晴らしをしてやると、俺は魔術も使えるのさ」

「……聞いたことないな」

「普段なら使う必要すらないからな」


 ドミニクが魔術を使えたなんて初出情報過ぎる。

 魔術を使うなんて、噂ですら聞いたことがない。

 隠していたわけでもなく、使う必要がなかったというのが何とも憎たらしい。

 結果としてしてやられてしまったわけだから余計に。


「でもなんでノームの拘束方法がわかったんだ……?」


 ノームが地面を操るなんて情報は、一度たりとも与えたことはなかったはずだ。

 過去に大精霊が似たようなことをしていたという記録でもあれば話は別だが、ドミニクは地面を操ったノームに対し驚きの感情を見せていた。

 つまり、知らなかったはずなんだ。

 知らないのに対処して見せた。

 この違和感の正体は――


「まさか……魔眼か?」

「ご明察。この魔眼は未来を見る魔眼。()()()()()()()使()()()()()()()()()だな?」


 オレたち――特にアーディルさんを煽るような発言。

 こちらの怒りを助長させるような言い回し。

 だけど、アーディルさんはピクリとも反応しない。


「ハッ。無反応とはな。――なら、否が応でも意識させてやるよ――!」


 再びドミニクが突進してくる。

 今度はしっかりとその姿を捉えて迎撃する。

 未来を見てくる都合上、どう動いても躱される。

 だから、オレがドミニクの動きに合わせて動きを変え続ける。

 素通りするならボディブロックを、攻撃してくるなら剣で防ぐ、あるいは躱すなど。

 考えうるドミニクの行動を列挙し、それに対する行動を練り続ける。


「気にならないのか? 実の娘の“恩寵”と同じものを使う裏切り者のこと」


 普段はやらないタイプのこの戦い方は、こと現状に限って言えば最適解だったようで、ドミニクの拳を剣でしっかりと受け止められた。

 重たい衝撃が剣を伝い腕、体へと流れる。

 ついうっかり剣を取り零しそうになるくらいの衝撃。

 でも耐えて、反撃に蹴りを見舞う。

 しかしこれは躱され、追撃として連打が襲い来る。


「気にならないはずないよな? “恩寵”を奪った可能性も捨てきれないしな? 娘が目を開けたらそこに()()()()()()()がない可能性だって考えられるもんな?」


 オレに容赦も隙も無い連撃を加えながら、オレの後ろで装置に触れながら解析を進めているアーディルさんを煽り続ける。

 近くで喋り続けられる結果否が応でも耳に入るその言葉に、アーディルさんではなくオレの負の感情が募っていく。

 自己中心的で、唯我独尊を貫く人間だと知ってはいた。

 それでも、ここまで他人を愚弄するような最底辺の人間だとは思っていなかった。

 今ここで怒りに身を任せたら、絶対によくない結末になる。

 だから平静を自分に言い聞かせる。

 言い聞かせるけど、完全に払拭することはできない。

 さっきは抑えられたのに、我慢し蓄積した怒りが今にも爆発しそうだ。


「自分を落として低く見せたところで、付け焼き刃の煽りなど意味はないぞ」


 怒りとそれを抑えようとする理性。

 戦いの邪魔になってしまうとわかっていても振り切れない狭間にいたオレの耳に、冷静で凛とした声が届いた。

 目を瞑り、装置の解析を行い続けているアーディルさんが放ったそれは、捉え方によってはドミニクを擁護するようなものにも聞こえた。

 確認するために、攻撃の手を一切緩めないドミニクの顔を見る。

 バツの悪そうな、でもどこか安心したような表情になっているドミニクが目の前にいた。


「ハッ。ブラフは通じないか」

「そんな小細工を弄している暇はないだろう。今の貴様の敵は私ではなくフレッドくんなのだから」


 その言葉で、ドミニクの意識がオレに向く。

 視線から殺気まで全てが一斉に。

 でも、さっきの一幕――どういう意図があるにしろ、ドミニクの安堵の表情を見たからか不思議と怖さはない。


「叱咤激励も王の役目ってか?」


 オレと視線を交わしたドミニクが、楽しそうに笑って距離を取った。

 見せた笑みは、ほんの僅かな時間だけ。

 次の瞬間には、その笑みに好奇心と殺意を乗せたものへと豹変している。

 今まで向けてきたものよりも一段深く、そして明確な意志を感じる。

 言葉にせずともわかってしまった。

 次で決めると、ドミニクの放つ全てがそう語っている。


「……ウィンディ、ノーム」

「わかってるよ」

「うん」


 以心伝心。

 名前を呼んだだけで応えてくれる二人。

 頼りになる二柱(ふたり)に、思わず笑みが零れた。


「ドミニク・シュトイットカフタ」

「フレデリック・エイト」


 名を交わす。

 旧知の仲であっても、ある種礼儀のようなもの。

 これが戦闘の合図。

 既に何合も打ち合っているが関係はない。


「ッ――!」


 ドミニクの姿が消える。

 もう何度も見たそれは、今までのそれよりも遥かに早く洗練されていた。

 先程までの反射で対応できてた動きと同じはずなのに対応できない。


「ふざけ――!」


 最後まで言わせてもらえずに、オレは腹部を殴打され壁に激突した。

 ウィンディとノームの防御すら掻い潜るほどの速度。

 衝撃が全身を貫き、視界がチラつき、意識が飛びかけた。

 わかっていたのに、耐えるので精一杯な痛み。


「精霊の力を使いこなせていれば、前回と違った結末になったかもしれないが……今のお前では無理だったようだな」

「ァ……」


 全身に巡った衝撃のせいか、まともに言葉を発することもできないオレに吐き捨てるような言葉を浴びせてきた。

 前衛を張っている俺がこうなれば、ドミニクがどうするかなどわかりきっている。


「残念だったな」


 俺の勝ちだ、と呟くドミニク。

 霞む視界で捉えたその姿は、この状況でも解析を続ける無防備なアーディルさんへ拳を振りかぶっていた。

 それは容赦なく振り下ろされ、アーディルさんを地面へと叩きつける。

 解析を中断させられ、防御すらできずにドミニク渾身の殴打を受けたアーディルさんは地面に突っ伏し、そのまま動かなくなる。


「……殺したのか?」


 その可能性は限りなく低いとはわかっていても、動かなくなったアーディルさんを見て不安な気持ちが募ってしまった。


「まさか。可能な限り殺すなって言われてんだ。それくらいなら守れるさ」

「そうか――なら、よかったよ」

「あ……?」


 笑みを浮かべながらのオレの発言に対し、ドミニクの怪訝そうな声が聞こえた。

 この状況でオレが笑みを浮かべ、こんな発言をすれば誰だって似たような反応になる。

 でも、オレの言動は何一つとしておかしくない。

 だって、この状況はオレたちの想像通りの展開なんだから――


「――! なんだ? どうして腕輪が……」


 急速に光を失っていくドミニクの腕輪。

 その異変にいち早く気付いたドミニクが、ハッとした表情で後ろ――三人を捉える装置の方を振り向いた。

 ガラス容器の天井。

 ドミニクの腕輪にある宝石と同じものが埋め込まれた装置の宝石も光を失っている。

 そしてそのすぐ近くに、ガラス容器に手を伸ばした状態で倒れるアーディルさんの姿があった。


「――ハッ! してやられたな」


 ドミニクが異常な出力の“身体強化”を常時展開できるたった一つの要因だった装置の解除。

 オレたちにとっての最大の有利であり、ドミニクにとっては最大の不利になるはずのことが起きてなお、ドミニクは獰猛に笑った。

 壁を背にしながら痛む体に治癒という名の鞭を打ちつつ立ち上がる。


「これで、圧倒的出力を出せる“身体強化”はもうできなくなったな」

「……本気でそう思ってんのか?」


 獰猛な笑みはそのままに、本気でそう問いかけてくる。

 ただのブラフ、心理戦の一つだと思うこともできた。

 でも、ドミニクのその異様な雰囲気が、違和感となって思考に引っ掛かる。

 装置の解除を行えば、ドミニクは止められるはずで――


「答え合わせだ」


 ドミニクの姿が消える。

 反射的に、オレは横へと跳んでいた。

 直後。

 オレが一瞬前までいた壁が抉れるほどの衝撃波がオレの全身に浴びせられた。

 突風と共に訪れたそれは、体勢が万全ではなかったオレを躊躇なく吹き飛ばし部屋の中央辺りまで転がした。


「俺の“身体強化”は俺一人でもできる」


 地面を転がるオレに、ドミニクの追撃が迫る。

 サッカーでもするかのように、腹部へと容赦のない蹴りをかましてくる。

 さっきの回避はまぐれもまぐれ。

 追撃を躱すことができず、再び背中から壁へと叩きつけられた。


「貰っていた魔力は、出力の補助ではなく継続時間の補助に充てていたんだよ」


 そう言われてようやく己の間違いに気が付いた。

 答え合わせとはまさしくその通りで、考えてみれば当然のことなのにどうして気付かなかったのかと叱責したくなる。


「これで終わりだな。もう勝ち目は――」

「……継続時間が、短いんだろ?」


 オレは(おもむろ)に立ち上がりながら言う。

 あれだけの衝撃の中、ずっとオレの傍にいてくれた二柱(ふたり)の健在を確認し言葉を続ける。


「その“身体強化”は魔力の消費量も馬鹿にならない。だからお前は補助を求めたんだ」


 オレたちへの精神攻撃の目的もあっただろう。

 ついでに自分の補助として利用しただけかもしれない。

 いや、もしくは魔眼のためという可能性もあるか。

 だとしても、どれが本命かなんて関係ない。

 魔力的な援助を受けられなくなったドミニクがオレに反応させない“身体強化”を使える時間が、あとどのくらいか。

 それで、この戦いの勝敗が決まる。


「……そうだな。で? それがどうした。一人は瀕死で倒れてる。お前ももうすぐ倒れる。俺の勝ちはもう決まってる」

「そうでもないさ。知ってるか? オレは幼馴染を探すために人生の大半をかけてきた男だ。諦めの悪さと粘り強さには自信があるんだよ」


 心底嬉しそうな笑顔を見せるドミニク。

 もうすぐにでも、オレへと突進してきて耐久レースを始めるだろう。

 オレが耐えるか、ドミニクの魔力が絶えるかのレースを。

 だから――


「――なら試してみようか」


 ――全魔力を集中させ脚力を増強し、ドミニクへと吶喊する。

 ドミニクは魔力の補給を絶たれ、常時あの“身体強化”を施せるわけじゃなくなった。

 だからこそ、反応速度や動体視力などの性能も落ちているだろう。

 守るだけだと思わせたオレの奇襲は刺さる。


「ッ――!」


 それでも、ドミニクの反応速度や反射神経は人並みを外れている。

 一瞬だけでもドミニクの速度に迫ったオレに反応し、即座に“身体強化”を掛けただろう。

 でも、その場から動くことはできない。

 地面に設置する足から脹脛(ふくらはぎ)にかけてが分厚い岩でコーティングされ、ドミニクの動きを阻害した。

 一瞬で壊されたが、その一瞬でオレの剣はドミニクへと届く。


「はぁああああああ!!!」


 雄叫びを上げ剣を振り抜く。

 “身体強化”のない、速度と素の力を合わせただけの剣。

 それでもドミニクの体を弾き飛ばすだけの威力は持っていた。

 机や資料などを吹き飛ばしながら、ドミニクの体は壁に衝突し止まる。


「いいね……勇者はやっぱり強くなくっちゃなぁ!」


 パラパラと破片を零す壁から、獰猛な声と笑みを出すドミニクが突っ込んでくる。

 見えたのはそこまで。

 次にドミニクの姿を捉えたのは、岩と水の壁によって速度が減退した直後だった。


「――反応してくるのか!」


 想定外と声に出しながら壁を破壊し容赦なく突き進んでくるドミニクへ剣を突き出す。

 脚だけに集中させていた魔力を戻しているから、さっきよりも速い突き。

 しかし、“身体強化”をかけていたドミニクは簡単に躱した。


 独立し動く二柱(ふたり)の防御と、それに合わせて迎撃するオレ。

 三位一体の動きが、鍛錬し続けてきた連携が、今この瞬間に報われている。

 耐えて、耐えて、耐え続けて――


「はぁ、はぁっ……」


 防御に徹する戦い方を始めてから、どのくらいが経っただろうか。

 時間感覚がおかしくなるくらいに長かった気もするし、意外とそんなに長時間出ないような気もする。

 あるあるな感覚を味わいながら、オレは()()()()()()()()()()ドミニクの元へと歩み寄る。

 大の字に寝っ転がるドミニクの表情は、疲れよりも達成感のような清々しさが見て取れた。


「どこまでが作戦だ?」

「え?」

「お前たちは作戦を立てて俺と戦っただろ。それくらいは動きからなんとなくわかる」


 素直に凄いなと感心する。

 伊達に人類最強と言われてるわけじゃないらしい。

 いや、戦っている時から人類最強は伊達じゃないとは思っていたけど。


「最初からだよ。ちょくちょく違うところもあったけど」

「……ハッ。それを考えた奴は俺より先の未来でも見てんのかよ」


 この作戦は全て結愛と協力関係を結んでくれた魔人が考えたものだ。

 実際に持っているかは別として、未来視の魔眼なんかを持っていてもおかしくはないだろう。

 ただ、この結果は少し出来すぎな気もする。

 行き当たりばったりなところも多々あったし、作戦通りにいったのは半分もない。


「――もう終わっているのですか」


 地下の入り口に、一人の女の子が現れた。

 見覚えのある女の子――葵の側付きをやっていた子か。

 ラディナと呼ばれていた彼女は、神聖国で裏切り宣言をしていた。

 つまり、ここへ駆けつけたのはドミニクの援護か。


「戦うつもりはありませんよ、勇者様。私は葵様に負けて、この場に勇者様方の援護に駆けつけるよう言われてきましたので」

「ハッ。やっぱりあいつは生きてたか。お前の言う通りだな、アンナ」

「私はラディナですよ。()()()()()

「……そうかよ。全く、とことんツケが回ってきたな」


 そういうドミニクの表情はなぜか晴れやかで、小さく笑みまで浮かべている。

 その心情を推し量るのは難しいだろう。

 ただ一つ、確定していることを言うのなら――


「フレッド様。私は衣服などを用意してきますので――」

「ありがとう」


 オレとアーディルさんはドミニクに勝利し、そして大切なものを取り戻せたんだ。




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