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姉の為に。  作者: たかだひろき
最終章 【決戦】編
186/202

第六話 【vs人類領地侵攻軍・後編】




「――隣接する部隊との報連相を密に、死者の出ないよう戦ってください」


 渡された無線から、少しだけ音質の悪い王女様の声が聞こえる。

 何気ない言葉。

 それでも、そこに含まれた脅迫じみた死ぬなという命令を感じるのは、王女様のあの演説があったからだろうか。


「ソフィアさん、かっこいいね」

「そうだね。出会った時はもう少し弱気で、内気な印象だったんだけど……」

「きっと変わったんだろ。俺たちと同じでさ」


 王女様の雰囲気に釣られてか、気障(キザ)なセリフを口に出していた。

 気付いた時には既に遅く、ニヤニヤとうざったい笑みが一緒に待機している愛佳と摩耶の二人から向けられていた。


「……なんだよ」

「いーやー? べっつにー?」

「確かに、幸聖も大分と変わったよね」

「今の一幕だけで判断してるでしょ、それ」


 わかったような口を利くのは止めて欲しいところだが、実際にそんな言葉を行ってしまった手前、強く否定することができない。

 話題を逸らすことでしか、この追及からは逃れられない。

 そう判断して、逸らす話題を探す。


「……ん?」

「どうかした?」


 摩耶に訊ねられても、即答は出来なかった。

 なんとなく感じた違和感のようなもの。

 気の所為だったのではないかと思ってしまうくらい曖昧なもの。


「いや……何か通らなかったか?」

「え? いや、“魔力感知”には引っ掛からなかったけど……」

「私も」


 念のために二人にも聞いては見たが、特にこれといった異変があるには感じはない。

 敵はもう攻めてきているのだから、警戒を怠った瞬間に背後からグサリ、なんて展開にはならないようにしなければ――


「――あっほら、そんな油断してたら隙を突かれるぞ。前回みたく、いつ奇襲を受けるかわかんないんだから」


 違和感の正体は取り敢えず警戒しておくことで対応するとして、取り敢えず格好の逸らせる話題があったのでそれに乗っかっておく。

 流石にあからさま過ぎたのか、二人から送られるジト目が冷たい。


「話、逸らしたね?」

「逸らしたね。でも幸聖の言い分も尤もだし、警戒を怠る必要もないかな」

「それもそうだね。組合員の人たちの方が魔獣と戦い慣れてるとは言っても、目標が“命大事に”な以上は私たちの方に回ってくる可能性もあるわけだし」


 愛佳の言ったように、魔獣と戦うことに限定するのなら、召喚者である俺たちよりも組合員の方が適任だ。

 魔獣や魔物などとの戦闘経験は圧倒的に彼らの方が上。

 いくら潜在能力が高くとも、経験という努力に通ずるもののある絶対値はそう簡単には揺るがない。

 だから俺たちは、最後の砦として首都ウィルの壁がギリギリ見える最後方に配置されている。

 他の召喚者も、首都の東側を重点的に囲むように配置されているはずだ。


「俺たちは戦うのと同じくらい魔物の接近に気を付けなきゃいけない。森の中(ここ)は視界が悪いから“魔力感知”で常に警戒しておこう」

「うん」

「了解」


 俺たちがいるのは東から少しだけ北に行った森の中。

 与えられた役割は、魔物の接近を知らせることと可能な限りの排除。

 足場の悪い森の中だが、これくらいなら問題は少ない。

 敵が一番詰めてきやすいだろう東の港に繋がる街道へも比較的容易に援護に行ける場所だから、臨機応変な対応が求められる立ち位置でもある。

 尤も、東の街道は銃を持った十人の召喚者で固めているので心配はないだろう。

 その先の先には先陣を切るラティーフ&アヌベラさんペアがいるし、盤石の態勢と言っていい。


「そう言えば、西の方ってほとんど人いないけど大丈夫なの?」

「セイレーンの力を使って海路は完全に遮断しているらしいから、問題ないらしいわ」

「へぇ……凄いんだね」


 絶対によくわかっていないだろう愛佳が頷き、摩耶がそれにジト目を送る。

 いつもの光景だ。

 ここで小競り合いなんかが起これば、もっといつも通りと言える。

 それをしないのは二人が成長したからか、もしくは状況が状況だからか。

 ただ……


「やっぱり何かあったの?」

「ん? んーいや、さっきの違和感がな。中々消えなくて」

「何か通ったってやつ?」

「そう。気のせいだとは思うんだけど……」


 二人が最後まで小競り合いをしないから、なんて簡単なものじゃない。

 いつもと何かが違うという確実な違和感は、俺の胸の内で(くす)ぶり続けている。

 そんな俺を見兼ねてか、愛佳が心配そうな表情で訊ねてきた。


「確かめる? と言っても何をどう確かめるのかがわからないんだけど――」

「――二人とも魔物。小さめの奴が……十以上」


 摩耶の声で、俺と愛佳の意識は違和感から現実へと強引に引き戻される。

 展開した“魔力感知”に摩耶が感知しただろう魔物を捉える。

 両手で収まるくらいの大きさしかない四足歩行の魔物……ハムスターが一番近いだろうか。

 数が十から二十、三十と、どんどんと増えていく。

 一直線に俺たちの方へ向かってきているのかと思えば、勢いはそのままに先頭が左右にわかれた。


「逃がさない――!」

「待って! たぶんこれ――」

「……囲まれたな」


 俺たちを囲むようにして、百以上の魔物が立ち止まった。

 “魔力感知”には映っている。

 それでも視界の悪さと魔物自体の小ささも相まって、未だ目視は出来ていない。

 視認することで得られる情報もあるだけに、こちらが後手に回ってしまっているのは不利だ。

 数でも劣り、先手もとられている。

 これが相手の作戦なら、この時点では俺たちの負け。

 ここからはアドリブで対応し勝利に持っていくしかない。


「愛佳、摩耶。相手は小さい。大振りは控えて、最小限の動きで倒そう」

「うん!」

「了解」


 三人で背を合わせるように周りを警戒する。

 全方位をびっちりと固められている以上、一人で死角を作らないことはできない。

 三人の連携が試されることになる。


「キュイーッ!」


 小動物らしい甲高い声を出しながら、魔物が草木の陰から飛び出してきた。

 感知通りの大きさの、鋭い犬歯を持つハムスターのような魔獣。

 それが四方から一斉に、合計十匹程度で押し寄せてくる。


「フッ!」


 綺麗に揃った動き。

 だからこそ、一刀で纏めて四匹倒すことができた。

 少し大振りをしてしまったが、この程度なら然程問題にはならない。


「このくらいなら――」

「うん。対処はできるね」


 愛佳と摩耶の二人も、難なく三匹を討ち取っている。

 魔獣の総数は多い。

 しかし俺たちが固まっている以上、全ての個体が一斉に襲ってくることはできない。

 二人の言った通り、このくらいの数なら対処できる。

 油断することなく、きちんと学んだことを実践して対応していけば――


「キュイっ、キュキュイーッ!!」

「なッ――!」


 俺たちを取り囲んでいた魔獣が全て、一斉に飛び出してきた。

 あり得ないとつい今しがた否定したことが起こってしまい、一瞬の油断が生まれてしまった。

 剣はいつでも迎撃できる体勢で保持していた。

 だから一度は振るったものの、狙いをきちんと定めていない反射的に振るった剣では二匹を両断するに留まった。

 迫りくる魔獣は一人当たり十を超え、まだまだ後ろにつっかえている。

 返す刀でもう二匹を始末したが、それでもまだ最初の一波すら倒しきれていない。

 三人で背中合わせになっているから回転するような剣は振るえないし、小さいからこその速さを活かした魔獣の突進はチマチマ剣を振るうのでは対処が追いつかない。

 物量という、単純で明確な強さを活かした魔獣の攻撃に、俺は――


「――突然失礼します!」


 横から放たれた突風が、俺の前に迫っていた魔獣たちを遠くへと吹き飛ばした。

 唖然としている俺の元へ、同じく呆然とし動きが固まっている魔獣の間を抜けて一人の女性が駆け寄ってきた。

 確か王女様の近くで雑事を担当している同級生の女性だったか。

 その後ろからは、残り二人の女性が追ってきているのが見える。

 いや、というか何でここに彼女たちが――


「王女様が魔人に襲われています! どうか助けてください!」

「――!」


 肩で息をしている女性は、何度も言葉に詰まりそうになりながらも必死に伝えてきた。

 冗談でも嘘でもなく本当の話なのだと、その様子からわかった。

 でも……


「俺たちじゃ魔人には勝てない……せめてラティーフやアヌベラさんに――」

「この後すぐに伝えに行くつもりです! ですのでそれまでの時間稼ぎをお願いしたく……!」


 彼女はそう言って、必死に頼み込んでくる。

 できるのなら、俺だって王女様を助けたい。

 色々と便宜を図ってくれた王女様には、返したい恩だって沢山ある。

 でも相手が魔人となれば、俺では力不足だ。


「ポリーナとアレーナがここに残りあなた方の代わりを務めます! ですのでどうか……!」


 最初にやってきた女性が、後からやってきた二人を指してそう言った。

 これで、今俺たちを取り囲む魔獣たちへの対処は問題なくなる。

 後は俺たちが魔人と戦うだけ。

 でも、俺たち三人で魔人と戦えるのか?

 確かに前回、俺たちは魔人と戦い勝利した。

 ただ、それが偶然ではなかったと証明はできない。

 相性が良かっただけという可能性だってある。

 やはり俺たち以外の強い人に任せるべき――


「行こう? 幸聖」

「愛佳……」


 俯き後ろ向きな思考をする俺の顔を覗き込みながら言った。

 その顔に不安は見えず、ただ王女様を助けたいと、そう書いてあるように見えた。


「愛佳の言う通りだよ。私たち三人なら、魔人にだって対抗できる」

「摩耶まで……」


 摩耶も愛佳と同じ気持ちのようで、俺を愛佳と挟み込むような立ち位置で堂々と宣言した。

 このまま俺が答えを出さなければ二人で強制連行でもしそうな勢いだ。


「それに、幸聖の憧れた“ヒーロー”ならここは迷わず助けに行くんじゃない?」


 一向に頷かない俺に、挑発的とも言える表情と声音で王女様を助けに行くよう仕向けてくる。

 俺の憧れ……そうだ。

 綾乃に幻視した、幼少期からの憧れ。

 高校生にもなっても抱き続けている、子供じみた夢の話。


「……行こう」

「ここはお任せを」

「ソフィア様をお願いします!」


 俺の言葉に、ポリーナとアレーナと呼ばれた女性たちが反応した。

 二人は既に俺たちに背を向け、警戒を露にする魔獣と向き合っている。


「任せて!」

「あなたたちもどうか無事で」

「すぐに援軍は呼んできますので……!」


 愛佳と摩耶の二人が俺たちに変わって魔獣を倒してくれる二人へ言葉を投げかけた。

 俺たちを呼びに来た彼女は、取り囲む魔獣を一足跳びですり抜けて更に東へ。

 魔獣の一角を魔術で吹き飛ばし、俺たちは彼女とは逆方向の西――首都へと向かった。






「ギリギリ間に合った!」


 後数秒遅れていたら、魔人が放った岩の弾丸が王女様の頭を打ち据えていた。

 死に至るようなことはなかっただろうけど、気絶くらいはしていたはず。

 二人を置いて俺だけ全力疾走したのは正しい判断だったようだ。


「その声……幸聖様ですか?」

「目ぇ見えてないのか……?」


 格上である魔人から目を逸らすわけにも行かず、王女様のその言葉に首を傾げる。

 しかしすぐにその意味が分かった。


「ってそりゃそうか。あの光のど真ん中にいたんだもんな。そうだよ、召喚者の工藤幸聖」


 王女様を安心させるためにも、取り敢えず俺がどういう存在かを確定させておく。

 見えていないのなら何が起こっているのかもわかっていないかもしれないし。


「相手は全属性を満遍なく、その上で転移と体術も使います」


 俺の押し付けがましい配慮に対し、魔人の戦闘スタイルを教えてくれた。

 相手の手の内をわかった状態で戦えるのはとてもありがたい。


「わかりました。あとは任せて、休んでいてください」


 結構な手傷を負っているように見える王女様には、早々に休んで回復に努めてもらいたい。

 幸い、愛佳と摩耶の姿は目視できる範囲に来ている。

 摩耶に治療を担当してもらい、俺と愛佳で足止め。

 問題なく戦えるはずだ。


「そうさせて頂きます。お願いしますね」

「任せてください!」


 弱気になっては王女様が安心できない。

 だから敢えて声を張り上げた。

 王女様が少しでも安心して休めるように。


「召喚者か。見覚えがあるな……?」

「……前回、俺たちと戦った魔人なんじゃないか?」

「俺を退けた三人の召喚者か。思い出した」


 俺たちが戦ったことのある魔人の顔は、はっきりと憶えていない。

 魔人がフードをしていたから、そもそも顔があまり見えなかったしな。

 それでも、声や体格などは覚えのある魔人に似ている――と思う。

 正直半年近く前の、それも一度っきりのことなんて正確には覚えていない。

 が、魔人のセリフからして俺の予想は間違ってはいなさそうだ。


「……」

「どうした? そんなにジロジロと観察して」


 頼りにならない記憶を辿れば魔人は短刀を二刀流で扱っていたはずだが、目の前の魔人は武器を持っていない。

 王女様から聞いた戦闘スタイルからも、武器を使うようなことはなさそうだ。

 丸っきり戦闘方法を変えたのか、もしくはこれが本来の戦い方なのか。

 大穴で別の魔人という可能性もあるが……嘘を吐くメリットを思いつかないので切り捨てる。


「幸聖、遅れた!」

「摩耶は王女様の治療を! 愛佳は俺と魔人の相手だ!」

「「わかった!」」


 遅れてやってきた二人が俺の指示に素直に頷いた。

 少し離れた場所で眠る王女様を、摩耶がもう少し離れた位置へと運ぶ。

 結界を張り、少しでも安全地帯といえる場所を作ってから、治療へと移った。

 それを確認し、再び魔人へ向き直る。


「どうして攻撃しなかった?」

「攻撃して欲しかったのか?」

「いいや。ただ隙をわざわざ見逃す理由が思い至らなかっただけだ」

「簡単な話だ。一人減ったとはいえ俺を退けた相手だ……真正面から潰さないと気持ち良くないからな」

「戦闘狂、ってやつか」


 その言葉を、肩を竦めるだけで肯定も否定もしない。

 余裕の表れか、単純に俺たちを舐めているのか。

 どちらにしても、こっちが油断をしてやる必要はない。


「さぁリベンジマッチだ。さっきの人間以上に、楽しませてくれよ?」


 言い終えた瞬間、魔人は一足で十メートル近く会った距離を詰めた。

 瞬く間、という言葉がピッタリと当てはまるほどの速度。

 転移ではないとわかったのは、移動するその軌道が見えたからだ。


「シッ!」

「っと」


 正眼に構えた剣を、予備動作なしで振り抜く。

 斬る体勢ではなかったから中途半端な威力になってしまったが、それでも皮膚を斬り裂けるだけの鋭さはある。

 高速で詰めてきたにも関わらず、慣性の影響などないかのようにその剣はしゃがんで躱された。

 しかし、そこへ愛佳の脚が迫る。

 蹴る体勢を整えていた愛佳の脚撃は、当たれば骨にすらダメージを与えられるだけの威力があったと思う。

 でも、バク転し元の位置へと戻った魔人には届かない。


「詰めてこないのか?」

「詰めたら魔術で反撃しようとしてただろ」

「よくわかったな。お前たちも成長しているというわけか」


 まだ魔人の底は知れない。

 ただの体術でも“鬼闘法”を使っている俺たちに引けを取らず、その上でまだ見せていない魔術もある。

 更に言えばここに転移まで加わるというのだから、数的有利の現状でも油断すれば確実に敗北する。

 例え油断せずとも、一筋縄では行かないだろう。


「愛佳。体術メインの魔術全属性。転移もありだ。先手取っていくぞ」

「わかった!」


 手早く愛佳に魔人の戦い方を伝え、摩耶が王女様の傷を癒すまでの時間稼ぎを始める。

 後手に回れば厳しい戦いになるのなら、こちらが先に動けばいい。

 相手に有利な条件で戦わせない。

 これまでの訓練で教わったことの一つだ。


「行くぞ」


 掛け声と同時に俺と愛佳は飛び出した。

 離れた魔人との距離を詰め、先手を取り続けて戦う。

 突進の勢いのまま下段から斬り上げた剣を、魔人は半身になってスレスレで躱す。

 最小の動作で避けたことで、突進プラス斬り上げという大きな動作によって生まれた俺の隙を簡単に突くことができる。

 俺がそれを理解した頃には既に反撃にと手を突き出してきたが、それは背後に回った愛佳によって不発に終わった。

 回避のために大きく跳躍し更に後方へと退いた魔人へ、俺たちは追撃を仕掛ける。


 再び、突進に下段からの斬り上げ。

 さっきと違うのは、剣に風を纏わせていること。

 鋭さを増すための風ではなく、乱雑な風の刃。

 最小の動作で避ければ皮膚を斬り裂く程度の傷を受けることになる。

 さっきの対応を見て考えた簡易的な対策の一つ。


「スゥ――」


 魔人の短い呼吸が聞こえた。

 風の刃を纏った剣は正しく振り上げられた。

 しかしそれは、魔人にダメージを与えられない。

 風の刃は、また最小の動作で躱した魔人へ確かに届いたように見えた。

 でも皮膚どころか、黒い服にすら傷一つつけられていない。

 仮にその服が魔術に対して滅法強かったり、もしくは切断に強い素材だったとしても、傷一つつけられない程度の刃じゃない。

 だとすれば――


「――」


 魔人が反撃に、再び手を突き出してくる。

 ここまでは最初の攻防の再放送。

 さっきの通りなら、ここで愛佳の援護が入り魔人は退く。

 でも今回は違う。

 斬り上げた剣の刃を返し、振り下ろしやすい角度へ。

 刀身に纏っていた風の刃を放出させ推進力とし、力任せに振り下ろす。


「――っと」


 反撃を受ける前提の斬り返しは横に跳んだ魔人によって回避された。

 避けることを重視してくれたおかげで反撃は貰わなかったが、ダメージを与えることはできなかった。

 でも、これは想定内だ。


 回避先に素早く先回りしていた愛佳が、腰だめに据えた拳を構えている。

 横に跳んだとはいえ、空中に浮く時間がゼロというわけではない。

 それに反撃から回避へと急な意識の変更を行ったから、完璧な体勢での着地ができるわけでもない。

 その一瞬でいい。

 それさえあれば、愛佳の速く鋭い拳で魔人を捉えられる。


「――ッ!?」


 スパンッ、と重くはない音が魔人の腹部を捉えた拳から聞えた。

 威力よりも速度。

 ダメージ量ではなくダメージを与えたという事実を重視した攻撃は、確かに魔人に届いた。

 ただしそれは、魔人の腹にではなく間に挟まれた手のひらに。


「惜しかったな」


 軽蔑でも挑発でもなく、素直に感心した様子で魔人は呟いた。

 手のひらで受け止めた愛佳の手を握り捕らえることで、愛佳の一番の武器である速度は完全に封じられた。

 手を離させようと暴れる愛佳の攻撃は、どれも器用に手で弾かれたりして妨害されている。


「おっと動くなよ?」

「くっ――!」


 速度を合わせれば、愛佳にだって威力のある攻撃は繰り出せる。

 逆に言えば、速度がなければ愛佳に手を離させるほどの攻撃は繰り出せない。

 素早さという最大の能力を奪われた愛佳では、魔人の拘束からは抜け出せない。

 それをわかった上で非力な愛佳を狙って捕らえたんだろう。

 魔人の動きを翻弄する可能性が一番高い人間を捕らえ、同時に他の敵対者への牽制とするために。


「このっ……離してよっ……!」

「それはできないな。前回の戦いも踏まえてお前たちを脅威だと認めたからこその行動だ。悪く思うなよ?」


 掴んだ手を愛佳の背中側に回し、背後を取る形でより完璧な拘束へ。

 人間の腕は後ろ方向へはあまり自由に動かない。

 このせいで愛佳は暴れることは難しくなる。

 それをした魔人は愛佳へと意識を多少は向けたまま、自分の行動の理由を説明しだした。

 それ自体に何か文句があるわけじゃない。

 正々堂々が正しいわけでも、ルールというわけでもないこの大戦において、敵の弱点はついて然るべきだ。

 今回の場合のように、人質が取れるのなら取っておくに越したことはないと思う。

 でもその言葉に何か違和感を覚えた。


 まだ一発も攻撃を当てられていない。

 それなのにもう俺たちを脅威だと断定している。

 判断が早い、と言ってしまえばそうなんだろう。

 でもそれだけじゃない気がする。

 理由はない。

 ただの直感もいいとこだ。

 でも、もしその直感が正しかったら……?


「さぁ、人間たちが何処へ消えたのか……この町が何処に行ったのか、教えてもらおうか。抵抗さえしなければ、お前たちを殺すことはしな――」

「――魔力をこれ以上消耗したくない……とか?」


 つい口をついて出た言葉。

 それに魔人は、驚いたような顔で俺を凝視してきた。

 その表情が考えの正しさを証明してくれている。


「いや、でもなんで……? 俺たちを脅威だと認めているのなら全力を出して叩き潰す方が手っ取り早いだろ……? それにさっきも、俺たちを殺すことはしないって言いかけてたし……」


 人間の暮らす領域へ侵攻し、ましてやそこを守ろうとしていた王女様に怪我を負わせるだけの戦いをしてきた。

 ここだけではなく、東の方では魔獣たちと残りの魔人二名が人間の勢力とバチバチに戦っているはず。

 そんな侵攻を仕掛けてきて、どうしてこの魔人は俺たちを殺すことはしないなんて言ったのだろう。

 行動に矛盾があって意図が全く汲み取れない。


「……簡単な話だよ。お前たちは今後、俺たちの新たな作戦に必要な駒になる。だから可能な限り殺さない。俺たちの目的は人類の殲滅なんかじゃないからな」


 衝撃の事実――ではない。

 生徒会長から、可能性として「こうかもね」という話の中に、魔人の話したことはあった。

 だから「マジか」という感想よりは、「やっぱりそうなんだ」という気持ちの方が強い。


「魔力を温存している理由についてだが、敵地では何が起こるかわからない以上、必要以上に魔力を消費する必要もない。当然だろう?」

「……確かに」


 至極当然のことを言われ、納得する他ない。

 こんな簡単な結論に辿り着けないなんて、愛佳が捕らわれて想像以上に動揺していたのだろうか。


「だが、バレた以上は仕方ない」

「愛佳をどうするつもりだ」

「どうするかはお前たち次第だ。人間たちを何処へやった? 返答次第では……」


 その先を敢えて言葉にせずに、岩の弾丸が愛佳の頭上に生成された。

 言わなくてもわかるだろう? と、魔人の目が雄弁に語っている。

 あの至近距離であれだけ尖った弾丸が愛佳に向けて放たれれば、ほぼ間違いなく頭蓋を貫通する。

 かといって、魔人の要求に応えるのもいい選択肢とは言えない。

 人類を守る為にと呼ばれた俺たちが、人類を危険に晒してはいけない。

 いや、でも、大事な人と天秤に掛けられたなら――


「幸聖は言わないよ」

「うん?」

「幸聖だけじゃない。ここに誰がいたって、この国の人たちが何処に行ったかなんて教えない」

「お前の命が懸かっていてもか?」

「当然じゃない。だって――」


 魔人の魔力が高まるのを感じる。

 愛佳の言葉次第では、鋭い弾丸が射出されるのは間違いない。

 でも、愛佳に物怖じした様子や、恐怖といった感情は微塵も見当たらない。

 それどころか晴れ晴れとした表情で――


「私たちはこの世界の人たちを守る召喚者だから!」


 堂々と恥じることなく、そう宣言した。

 迷いなんてない。

 それが自分に与えられた役割で、それを全うするためなら自分の命すら捨てられる。

 愛佳の言葉には、そんな気持ちが乗っているように聞こえた。

 間違いなく、愛佳の本心からの言葉。

 だからこそわかる――


「そうか。だが向こうの男が話すのならそれで――」

「話さないよ」

「……なに?」

「話さない。愛佳の言った通りだ。俺たちは召喚者で、召喚者の役割はこの世界の人間を守ること。だから、話すことはない」

「……そうか」


 愛佳の言葉を肯定するように、魔人の提案を蹴る。

 この判断が正しいのかどうかはわからない。

 それでもこの状況で言えるのは、これであの弾丸が愛佳を貫くと言うこと。

 そしてそれを防ぐ術は、俺は持ち合わせていないと言うこと。

 でも俺は、全身へ――特に脚に魔力を多く込め“身体強化”を施す。


「残念だよ。お前たちなら答えてくれると、そう思っていたんだけどな」


 愛佳と俺。

 二人に落胆の視線を向けてから、魔人はため息をついた。

 そして何の躊躇いもなく、頭上に待機させていた弾丸を射出する。

 狙い通りに音速で放たれた弾丸は、瞬く間に地面を穿った。


「油断大敵だよっ!」


 弾丸は、狙い通り愛佳の頭を貫く形で放たれた。

 でもそれは、愛佳には当たらなかった。

 放たれたと同時、愛佳は体を捻りながらしゃがみ込んだ。

 背中に陣取っていた魔人を上にする形になり、頭上から放たれた弾丸は愛佳よりも先に魔人へと当たった。

 当たったと言っても受け流す形で回避されたが、それでも愛佳が死ぬという最悪の状況は打開できた。

 その上、受け流すことに意識がいった魔人の隙を突いて愛佳は強引に拘束を抜け出し、体勢の整わない魔人へ全力の殴打を見舞った。


「ッ――!」


 岩の盾を作り拳の直撃を防いだ魔人だったがそれでも衝撃そのものは消しきれなかったようで、大きくぶっ飛ばされて転がっている。

 そこへ、俺が追撃を仕掛ける。

 脚を中心に掛けた“身体強化”のおかげで吹き飛ばされる魔人の追いつくことは容易く、回転する魔人の反撃に注意して上段に構えた剣を振り下ろす。


 鋭い風切り音を伴った振るった剣は、魔人が風の魔術で急な方向転換をしたせいで空振りに終わる。

 転がりながら吹き飛ばされている魔人の回避は咄嗟のものだったはずなのに、愛佳が追撃を仕掛ける前にはもう体勢を戦えるだけには整えていた。

 腐っても魔人というハイスペックな種族なだけはある。

 これで十魔神と呼ばれる階級には属していないらしいのだから恐ろしい。


「ハァ……効いたよ。まさかあの状態から強引に抜け出すとは思わなかった」

「魔術を放つ一瞬なら隙ができると思ったんだ。こうも上手くいくとは思っていなかったけどね!」

「ああ。油断していたつもりはないんだがな……本当に一瞬の隙だったんだろう。でもお前、右腕が痛いだろう? さっきまでは右で殴ってたのに、今の一撃は左だったな?」

「……よく見てるね」


 愛佳はバレてるならいいやと右腕――特に肘を小さく擦る。

 見た目に変化が出るほどの痛みではなさそうだけど、擦るくらいともなれば冷やしておくのが一番だ。

 でも今はそれができる状況ではない。

 早急な治療を行うにも、まずは魔人との決着をつけるのが最優先だ。


「愛佳。五分でいい。耐えられるか?」

「勿論!」

「早期決着なら、私も手伝うよ」


 声の方を振り向けば、そこには摩耶が立っていた。

 王女様の治療はどうしたのかとその後ろに視線を向けてみれば、意識を取り戻した地べたに座る王女様がいた。

 まだ立ち上がることはできないのか、結界の中でこちらを見ている。


「治療は済んだのか?」

「大体は。あとは自分でもできるから幸聖たちを、って王女様が言ってくれてね」

「……それはありがたいな」


 まだ援軍に駆けつけてから十分と経っていないだろうに、もう意識を取り戻してその上で自分で治療できるまでになるとは……王女様の精神力はやはりとんでもない。

 もしここで戦闘を長引かせれば、きっと王女様は参戦しようとしてくるんじゃなかろうか。

 そう思わせるほどに、王女様は逞しい。

 ともあれ、ずっと訓練を重ねてきた布陣が完成した。

 これなら――


「負けてられないね!」

「――だな。摩耶、俺と愛佳が前に出る。援護頼めるか?」

「任せて」

「よし、行くぞ!」


 俺の言葉を合図に愛佳が横に飛び出し、俺は魔人へ向けて直進する。

 迎撃の形で放たれた風の刃を“魔力感知”で捉え、速度は可能な限り落とさずに斬り伏せながら距離を詰める。

 簡単な魔術では止まらないと判断した魔人が、新たに魔術を組もうとした瞬間、一定の距離を保って回り込んでいた愛佳が魔人へ突進を開始した。


 気配はきちんと捉えていただろう愛佳の行動に、魔人の気が一瞬だけ逸れた。

 その一瞬を摩耶の魔術が突く。

 炎の槍が、低空飛行で魔人へと飛来する。

 地面スレスレを行く槍は、ジャンプでもすれば躱せるほどの低さ。

 でも、ジャンプすれば地上にいる時よりも行動の自由度が下がる。

 愛佳が横から、俺が正面から迫るこの状況で、魔人は何を選択する。


「いい連携だ。だが――」


 俺の剣の間合いに入った瞬間、魔人の姿が掻き消える。

 これまで見せてこなかった転移だと即座に理解して、“魔力感知”で気配を――


「これは予想――」

「出来てたよ」


 声は後方――摩耶の方から聞えた。

 同時、爆発音が響き、振り向いた俺の視界には爆炎がいっぱいに広がっていた。

 思わず叫びそうになった瞬間、煙の中から魔人が飛び出した。

 摩耶の姿は見当たらない。

 でも、“魔力感知”で安否を確認するよりも前に、摩耶が作ったこのタイミングを活かすんだと、俺は魔人へ跳躍する。

 過去一の速度で魔人へと迫り、下段に構えた剣を全力で振り上げる。


「クソっ」


 擦れ違いざま轟音と共に振り抜かれた剣は、やはり魔人には当たらない。

 空中で身を捻った魔人に器用に躱され、反撃の魔術まで撃たれた。

 反射的に剣で弾いて直撃は免れたが、それでも攻撃は当てられなかった。

 でも、俺にだって奥の手くらいある。

 脚に力を籠め、同時に小さく呟く。

 それは、空中でも機動力を損なわない綾乃から参考――もとい全パクリした空中に足場を作る魔術。


「頼む」

「――!」


 精霊を介し魔術を使った俺を、魔人は見逃さない。

 切った視線を俺へと戻し、即座に魔術での迎撃を行おうとする。

 しかし、地面から跳躍してきた愛佳と、爆発で生まれた煙の中から放たれた十数本の炎の槍。

 俺含めた三つに囲まれ、空中でまともに動けない魔人は再度選択を迫られる。

 風の魔術で空中での機動力を得るのか、もしくは転移で回避するのか。

 あるいは想像もつかない方法での脱出を試みるのか。

 さぁ、どう来る――


「――ハッ」


 笑ったように見えた魔人は魔術で少しだけ上昇すると、まず最初に俺の剣から対処した。

 上段から斬り下ろした剣を岩の盾で受け流された。

 それでもまだ終わりではない。

 足場を作り、今度は上下がしっかりとした状態で放った二撃目。

 不意を突けるなんて思ってはいなかったが、それでも押し通せると思っていた剣は、しっかりと盾で受けられた。


 足場を維持する魔力がなくなり、入れ替わる形で続いた愛佳の攻撃。

 俺の剣でボロボロになった盾を捨て、魔人は体術で真っ向から打ち合った。

 愛佳の素早い連撃を、驚異的な身体能力と技術で補い完封した。

 そして最後――というよりは、愛佳との体術勝負の間に迫った炎の槍は、魔人を中心に吹き荒れた風によって完璧に防がれた。


「くっそ!」


 魔人がほんの僅かに上昇したせいで、三人同時で攻められたはずのタイミングが狂わされ、確実に対処された。

 俺は無傷、愛佳も今の攻防で新たに負った傷はなく、摩耶も煙の中からほとんど怪我のない状態で現れた。

 全員が無事。

 しかしそこには、魔人も含まれている。

 奥の手まで使って、その上で俺たち三人の連携も……ずらされたとはいえ組み込んだ攻防。

 愛佳も摩耶も、風の精霊の力を使い、動きや魔術の速度を高めていた。

 それでも、通じなかった。


「はぁ……まさかここまで強くなっているとは思っていなかった」


 魔人の呟きは、本当に驚いているように感じた。

 でも、褒め言葉に近いそれを素直に受け取れる状況じゃない。

 これでもまだ足りなかったのだと理解させられる、こちらの後悔を抉る言葉だ。


「……時間か」


 呟くと同時、魔人はドスンと腰を落とした。

 整備された金属の地面へ腰を下ろし、そのまま天を仰ぐ形で寝そべった。

 油断という言葉がこれほど当てはまる状況はないと言わざるを得ない行動。

 唐突なそれに、俺たちは明確な隙だと理解しながらも、何かの罠ではないかと疑い動けない。


「お前たちの粘り勝ちだよ」

「――あ」


 寝そべりながらある方向を示した魔人。

 そちらに視線を向けてみれば、遠くからこっちに向けて走ってくる人影が見えた。

 数は三つ。

 どれも見たことのある顔ぶれだ。


「まずはこの結界を破るつもりだったんだがな。まさかそこまで辿り着けないとは思わなかった」


 してやられたよ、と諦めたように呟く魔人は、その態度からも本当に戦う気が失せているように感じる。

 いや、感じるなどではなく本当にもう戦う気はないのだろう。

 と言うことはつまり――


「勝った、でいいのか?」

「そう……なるのかな」

「……たぶん?」


 誰一人として勝った気はしていないが、魔人が負けた雰囲気を醸し出しているから勝ちと言うことでいいのだろう。

 スッキリした終わりではなかったが、それでも誰一人欠けることなく追われたのはいいことだと言えるはずだ。

 取り敢えず、俺たちは顔を見合わせて、何とも言えない表情のままハイタッチをした。





 * * * * * * * * * *






「なんとか守れましたね」


 ハイタッチをする幸聖様たちを見ながら、結界を解きつつそう呟く。

 向こうからこちらに来ているのはラティーフとアヌベラ、そして彼らを呼びに行ってくれただろうレジーナさんですね。

 確かに、この状況で戦いを続けるほどの余力は、あの魔人にも残っていなかったのでしょう。

 なら降参を明確にしておけば、命は助かるという判断なのでしょうね。

 ともあれ、襲来した魔人への対処は正しく行えたと言っていいでしょう。


「葵様。きちんと守れましたよ」


 天を仰ぎ、その彼方にいるだろう恋焦がれた人へ。

 まだ始まりに過ぎないけれど、そのスタートはとてもいい形で切れました。

 この先、まだまだ続くでしょう険しい道のりも全て、きちんと乗り越えてみせます。

 だから最後まで――


「見届けてくださいね、葵様」


 笑顔で、私は天に向けて言葉を紡ぐ。

 この言葉が、ちゃんと届いてくれていると信じて。




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