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姉の為に。  作者: たかだひろき
最終章 【決戦】編
183/202

第三話 【vs序列七位・水神】




「――あとはその場その場で臨機応変に対応していただくほかありませんね」

「まぁ……そうなりますよね」


 私の言葉に落胆に似た感情を表に出しながら頷いたのは、木村誠也くん。

 後数時間もすれば始まる最後の大戦で加藤龍之介先生と米地彩さんの二人とともに、序列七位の魔人と戦う男の子だ。

 必勝法でも授けられると思って、私の招集に応じたのでしょうね。

 さっきの落胆じみた感情は、そこから来ているように見えた。


「事前の作戦通り、地道にコツコツと戦っていくしかないと言うわけですね?」

「ええ。人数と手数の有利を活かして着実に。それ以外に方法はありません」


 序列七位の魔人は“水神”を名乗り、その名の通りに水に関する技術がずば抜けていたらしい。

 彼らに聞いた話によると、水蒸気や霧すらをも操ったとか。

 流石に体内の水――血液なんかを操っては来ないだろうが、もしそれができる場合は『触られる=死』の図式が成り立ってしまう。

 可能な限り触られないようにと言い含めてあるので、後は三人の対応に任せるしかないのが現実だ。

 もっと実用的な戦略を授けられたら、と自身の知恵のなさを恥じるばかりだ。


「“魔力操作”を妨害する技術は、葵から教わってますよね?」

「はい。私と誠也くんが。でも、常に成功させられるほどでは……」


 葵が発明した相手の“魔力操作”を邪魔する技術は、相手を上回る“魔力操作”の練度が最低条件になっている。

 そこから“魔力感知”による魔力の流れを読み切り、本来なら練り上げられるはずだった魔力を事前に霧散させたり、あるいはぐちゃぐちゃに掻き乱して魔術を成立させなくする。

 魔力単体で運用するもの――例えば“身体強化”などであっても、魔力の流れを乱せば出力は大幅に落ちるから対魔力性能で言えばピカ一と言えるが、それを使いこなすための条件が厳しいので、誰彼構わず使えるものではないのが欠点。

 木村くんも米地さんもこの世界で上位に位置する技術力を持っているが、それでも気軽に使えるほど優しい技術ではないのも確か。

 その難易度の高さが、米地さんの歯切れの悪い返事の理由でしょうね。


「それで構いません。相手に違和感を与えることも重要な役割と言えます。多用しすぎると対応される可能性もあるので、そこは十分に注意してくださいね」

「は、はいっ」


 緊張の面持ちのまま、米地さんは頷いた。

 声は大きいしやる気も感じられるが、まだ心の奥底に根付く緊張が(ほぐ)れていないのは明白。

 言葉でそれを解せるのかどうか……。


「そう固くなる必要はないぞ、米地」


 私がどうしようかと悩んでいる間に、召喚者の中で唯一の大人である加藤先生が米地さんに話しかけていた。


「子供の失敗は大人が責任を持って補う。だから無理しない程度にどんどんと挑戦すると良い。誠也もだぞ?」

「……わかってる。頼りにしてるよ、先生」

「は、はいっ。頑張ります!」


 まだ米地さんの緊張は残っているけれど、それでも先程よりは大分と軽減されているように見える。

 加藤先生とはあまり面識がなく、葵から聞いた所見と学校での噂程度でしか彼の人物像を聞いたことがなかったけれど、目の前にいる加藤先生から感じる人柄はそれらと違わない。

 一年という長いようで短い期間だけの担任でありながら、生徒にここまで慕われ頼りにされているのだとわかる。

 口だけにならずしっかりと実行に移してきたからこそ、こんなにも厚い信頼を得ているのでしょうね。

 彼が折れない限り、木村くんと米地さんのパフォーマンスに支障が出ることはないでしょう。


「加藤先生」

「なんですか?」

「絶対に折れないでくださいね」

「……ええ。板垣会長の方こそ、よろしく頼みます」


 召喚者唯一の大人として、色々と大変なところもあるだろう。

 それでも、この三人のチームの精神面は加藤先生の支えが大きい。

 それが先の会話からわかった。

 大変だろうとなんだろうと、折れてしまわないように事前に確認という名の忠告をしておく。

 尤も、こんな上から目線で釘を刺しておかなくても問題はないでしょうけれど。






 * * * * * * * * * *






「いた。見つけました」


 強襲を受けた時の警戒をしてもらっている二人へ、俺は“魔力感知”に捉えた気配のことを伝える。

 訓練によって練度の上がっている今の俺の索敵距離はそこそこ遠い。

 それでも、決して油断できない距離でもある。

 数百メートル程度なら、魔術の射程圏内になる場合があるからだ。


「前と同じですね。俺たちを見つけてるけど動かない」

「待ってる、と言うことか」


 前の大戦だと、あの魔人は本当にただ待っていただけだった。

 油断している風を装って奇襲を仕掛けてくるでもなく、あるいは何かの準備をしていて立ち止まっているでもなく。

 本当にただただ待っていただけだった。

 今回もそれと同じである可能性は、あの日の魔人の性格からしてあり得なくはない。

 それでも何も考えず、前と同じだと決めつけて行動する理由はない。


「俺が先行。問題ないようなら、警戒しつつ詰めて来てくれ」

「わかりました」

「了解です」


 龍先生は俺たちが頷いたのを確認すると、大きく深呼吸をした。

 足に力を溜め、そのまま一息で曲がり角へと飛び出す。


「おぉう」


 “魔力感知”で捉えている魔人の輪郭から、魔人が肩をビクッと震わせて驚いたのがわかった。

 前と似たような驚いた声を上げているし、間違いないだろう。


「なんだ、また飛び出してきたのか。びっくりしちゃったよ」


 ホッと胸を撫で下ろすような素振りを見せる魔人の姿は前と大差ない。

 緊張感のない魔人の様子は、前の大戦と同じように見える。

 それでも油断はしない。

 龍先生からのハンドサインを受けて、俺と米地も後に続く。


「久しぶりだね。三人とも」


 姿を出した俺たちへ、旧友に出会ったクラスメイトのような軽いノリで話しかけてくる。

 本当に緊張感のない魔人だ。

 これが命を懸けた戦いの場に相応しい姿なのかと思ってしまう。

 それでも、彼にとってはこれがデフォルト。

 戦いが始まれば語られる言葉はそのままに、行動は敵対者のそれとなる。

 だから、油断なんてできない。


「どうかした? もしかして緊張してる?」

「……してる。当然だろ?」

「それもそうだね。実を言うと、僕も少し緊張してるんだ」


 俺の返事に同調するように、少しの笑みを見せながら言う彼は、やはり前の大戦で覚えた印象と変わらない。

 剽軽(ひょうきん)とは違うしチャラいとも違う、驚くほどこの場にそぐわない気軽さ。


「でも楽しみでもあるんだ――」


 笑みを浮かべていた魔人はその顔を下に向け、表情が見えなくなる。

 だらんと体の力を抜いたその格好は、一見すれば隙だらけの構え。

 いや、構えですらない、立つこと以外の全てで脱力しているそれは――


「また、お前たちと戦えるのが――!」


 叫ぶと同時、魔人は一足跳びに俺たちへと向かってきた。

 前の大戦ではほとんど動かず、水による搦め手や攻撃で応対してきた魔人が距離を詰めてきたんだ。

 想定外も想定外。

 会長ですら予想していなかった行動。


「――おぉ、反応できるんだ」

「静止からの急加速は速度を早く見せる一つの手だって教わってきたからね!」


 突進の性質上、その直線上に障害物があれば速度は遅くなる。

 進路を塞ぐ壁を作り出したことで、魔人の突進は壁を破壊するところまでで終わった。


「この壁を回避しようと横や上から行けば、そっちの女の子が放った風の刃で体を軽く裂かれてた。かといってこのまま突っ込んでもそこの騎士さんに阻まれる……うーん、いい連携だ。もしかして結構強くなってる感じかな?」


 今の一手でそこまで把握しているのは流石は魔人という他ない。

 相手にバレないようにと威力より隠蔽を重視していた米地の魔術がしっかりと認識されている事実が、魔人の強さを確かに理解させてくる。


「うーん……やっぱり慣れないことはするもんじゃないね」


 壁を殴った拳が痛むのか、少し赤くなっている右手をヒラヒラと振って照れ笑いを浮かべている。

 だが次の瞬間には表情が一変し、こちらの恐怖心を刺激してくる。


「ならいつも通り、僕の全力で出迎えよう」


 その言葉通り、水の渦が魔人を包み込むように溢れ出た。

 外枠のないウォータースライダーのように、白い神殿の通路を分厚い水の円柱がウネウネと。

 顔があるわけではないが、まるで東洋風の龍が泳いでいるかのような光景は、背景の白と相まってどことなく神秘的に映る。

 でも、それを操る当人が、その神秘的な光景を殺伐としたものへと変質させている。


「十魔神、序列七位の水神、エルヴィス・グレイグ。君たちの成長を是非見せてくれ」


 自己紹介を終えた直後、宙を漂う水の龍から“手”が勢いよく生えてきた。

 手というには些か形状が円柱過ぎるし、言うなればホースから出せるストレートくらいのものだけど、それでもそれらは俺たち目掛けて襲い迫ってくる。

 縦横無尽に張り巡らされた水の龍は動いていない。

 それでも、そこから射出される水流だけで、俺たちは一瞬で防戦一方へと追いやられる。


「ッ――」


 前回と初手は同じ。

 違うのはそこからの攻撃手段。

 別個で出した水弾から、前回は『水廊』と言っていた水の龍からの波状攻撃。

 根元から絶え間なく伸びてくる水の円柱は、一発で完結してしまう水弾よりも威力が高い。

 回避や迎撃に失敗すれば水圧で押し潰される。


「まずは様子見だ! よく観察し、徹底して回避!」

「――了解!」

「はいっ」


 迫りくる水を躱し、両断しながら、龍先生は声を張り上げた。

 わかりやすい簡潔な指示に、俺たちもそれぞれが水に対応しながら答える。


「これで倒せるわけはないよね」


 知ってたとでも言いたげな魔人は、そこから更に水弾を生成する。

 数は前回のような百もなく、その半分程度。

 大きさもそんなに変わっているようには見えない。

 それでも、伸びてくる“手”が緩む気配は一切ない。

 つまり、数は減っても手数自体は増えている。

 俺たちが成長したように、魔人も成長しているんだ。


「さぁ次だ。これには対応できるかな?」

「くッ――」


 容赦なく水弾が射出され、俺たち三人に迫ってくる。

 手と水弾の二つは速度が違うから、考えることと実行することが増える。

 故に、対応する難易度が跳ねあがる。

 どちらを喰らってもダメ。

 魔人が自ら生成した水を喰らえば、喰らった後も影響が出兼ねない。

 出るかどうかはともかく、可能性が一つでもあるのならそうさせないことが最優先。

 ならまずは様子見の小手調べで――


炎壁(フレアサークル)


 手は水の集合体だから蒸発は難しいので回避し、水弾くらいなら炎の壁に接触させて蒸発させる。

 目論見通り上手くいったようで、何個か貫通してきたものの目の前で熱い水蒸気となって霧散した。

 手の方も炎に触れたおかげで勢いが若干だが弱くなったのが嬉しい誤算だ。


「いいじゃん。じゃあ――」


 嬉しそうな笑みで、魔人は水弾を再び展開する。

 数はさっきよりも減って三つ。

 その上で大きさが倍ほどに膨らんでいる。

 大きさが増したということは、水の量が増えたということ。

 それはつまり、炎壁を貫通してくる可能性がある。


「対応が早い――!」


 炎の壁を出してからまだ一手しか動いていない。

 なのに、もう対応する手を打たれた。

 的確な一手のお陰で、俺の炎の壁という対策はまんまと打ち砕かれる。

 威力減衰は変わらずできている。

 でも炎による視界の占有と威力減衰を天秤にかけた時、この程度の効果しかないんじゃ割に合わない。

 これなら視界をクリアにしている方がまだ――


「――いや」


 それは違う。

 魔神を上回る一手を打てた。

 その一手が対応されたから、それを捨てるのか?

 そんな消極的な戦い方は学んできていない。

 対応されたなら対応し返せばいい。

 でも――俺にそんなことができるのか?

 考えることなんて今までほとんどしてこなかった俺に、対応の対応なんて――


「――炎の壁を消した? 無駄と判断したのかな? でもそれじゃ、僕の攻撃は止められないよ」


 魔人がニヤリと笑みを浮かべて、俺に向けて水弾を放ってきた。

 数は五つ――つまり炎壁で対応できるもの。

 同じ手で攻めてきたのは、俺の対応を確認するためだろうな。

 炎壁を出すのか否か。

 その判断を見て今後の行動の指標にするつもりだろう。

 だったら俺は――


「――! へぇ……」


 魔人の水を操る技術は、今もなお“手”を出し続けて攻撃してくる水廊が物語っている。

 だから俺は、それすら見越して自分を囲むように炎の壁を出した。

 魔人の“魔力操作”によって自在に動く水弾全てを防ぐために。

 でもそれは逃げだった。

 その逃げの一手で対応こそできたものの、視界が悪くなった上にいとも簡単に対応された。

 だからこそ考えた次の一手。


「ふー……」


 考えることは得意じゃない。

 これまでもそうで、きっと今すぐに変えられるものじゃない。

 それでも、俺は綾乃や、その他多くの人から学んできた。

 学んだ結果、やっぱり俺に、考えるなんてことは出来ないと判断した。

 だから、これが最後の思考。

 全対応なんて甘えた考えは捨てた、迫る水全てに反応し逐一蒸発させる火の塊を生み出すこと。

 壁という薄い膜ではなく塊にしたことで、密度の増した水だろうと蒸発させられる。

 超攻撃的防御――俗に、脳筋と言われる戦法だ。


「ハッ!」


 楽しそうに笑う魔人は水弾の生成を止め、水廊からの手による攻撃をより苛烈なものへと変質させてきた。

 それは俺だけでなく、米地や龍先生にも同じ。

 俺が思考放棄するところまで一人必死に考えている間も、二人はそれぞれであの魔人と戦っていたんだろう。

 俺が切っ掛けか、二人の方でも進展があったのか。

 どちらにせよ、魔人の攻撃パターンが一つになった。

 仮に変化を付けられても反応してやる。

 水で攻めてくる限り、絶対に。


「面白い。やっぱり君たち面白いよ!」


 テンションが上がっている。

 そう確信できる声音と表情で、魔人が躍動する。

 前のような搦め手は使わず、水の手による一辺倒な攻撃。

 これなら対応し続けられると思っていたのに、徐々に徐々に押されていく。

 その理由は恐らく、やることを絞ったからだ。

 水廊の維持とそこから伸ばす手、更には三人別に水弾とやることが多かった。

 その中で一番リソースを割くだろう水弾の工程を無くした結果、どんどんと練度が上がっている。

 シンプルイズベストという言葉がこれ以上当てはまる場面もそうそうないだろう。


「クソっ」


 魔人に追いつけそうだった。

 思考を一つに固定して、目の前のことだけに集中できるようにした。

 それで対抗できそうだったのに、また魔人に離されてしまった。

 もう簡単に追いつける領域にはいない。

 前回のように誰かに助けを求めて、()()()()()()で終わるのか――


「やります! 合わせてください!」


 諦めかけた俺の耳に、米地の声が割り込んでくる。

 その顔に諦めると言う選択肢は一切見えず、それに呼応した龍先生の顔も同じだった。

 この場で消極的に――諦めるが選択肢に入っているのは俺だけ。

 思考を止めるための極論の脳筋戦法を出しておきながら、無駄な思考にリソースを割いている馬鹿で愚かな、俺だけだ。


「何を見せてくれるんだ?」

「あなたも知らないだろう“とっておき”よ!」


 そう言って、米地は自身の周囲の熱量を増した。

 水が触れるだけで蒸発するだろう熱量に囲まれながら、米地は腕を魔人へ向ける。

 水が蒸発するのは摂氏百度。

 空気中に拡散する熱も含めれば、米地周辺の温度はそれ以上。

 真夏の四十度弱で暑いと言っている俺たちの倍の熱に晒されているのに、米地の表情に弱音は見えない。


「今!」

「――! これは――」


 米地が声を張り上げたと同時、龍先生が魔人へ向けて飛び出し、水廊が浮力を失ってびちゃびちゃと音を立てながら地面に零れ落ちていく。

 米地が奥の手として用意していた魔力妨害をやったのだと、そこでようやく理解した。

 俺が遅れた理解をした頃には、龍先生は魔人へと迫っていた。

 元の筋力と“身体強化”、“鬼闘法”によって得られたとびっきりの身体能力で、相当離れていた魔人の元まで一瞬で。

 天へと突き上げるように掲げた剣が、魔人へと振り下ろされた。


「――忘れたわけじゃないよね?」


 龍先生が振り上げた剣は、魔人へ届かなかった。

 魔人を囲むようにして現れた密度の高い分厚い水の膜によって、皮膚に触れそうで触れられないくらいまで迫って止まってしまった。

 間近で隙を晒し続けるわけにもいかず、龍先生は態勢を整えるために魔人の近くから跳び退いた。


「! なんで――っ」

「魔力を妨害する類の技術だろうが、一定の感覚で妨害してたら対策は可能だ」


 疑問を抱く米地への回答を示すように、こんな風にね、と魔人は水廊を再び作り出す。

 既に熱量を放出することを止めていた米地は、魔人への魔力妨害までをも止めたわけではなかった。

 突き出し続けている腕が、それを証明している。

 つまり、あの魔人がもう米地の魔力妨害に対応したということ。

 何かしてくるとわかっていたとしても、あのたった一瞬で何をされたか理解し、その対応策を見出した。

 会長の言っていた通りだった。

 でも――


「――ん?」

「え……なんで?」


 水廊が再び音を立てて地面に落ちていく。

 今度は水廊だけでなく、魔人の体を包んでいた水の膜までも。

 米地がその事実に目を丸くしている。

 そりゃそうだ。

 だってそれをやったのは俺なんだから。


「米地! 二人ならいける! 対応されたら対応されてないやり方で続けるんだ! 龍先生の攻撃が通るまで!」


 対応されたら対応し返す。

 それができるほど頭が良くないと判断して切り捨てた考え方。

 でも、よく考えてみたらそうでもなかったかもしれない。

 むしろ、こっちの方がよっぽど脳筋戦法って言えるんじゃないか?

 ただひたすらに、がむしゃらに、永遠と続くかもしれないこの見えない攻防に身を投じるなんてのは――


「でも――」


 俗と言われていい。

 意思がブレまくってると思われるのだって当然だ。

 それでも、誰も諦めていない状況で俺一人が諦めてるなんて、そんなダサいことはしたくない。

 だから――


「いいじゃん――最後の攻防だ。わかりやすくていいね」


 声を張り上げるでもなく、魔人は静かに語る。

 でも不思議と、テンションが上がって声を張り上げている時のそれと変わらなく聞こえる。

 その感性が正しいと言わんばかりに、魔人が楽しそうな笑みを浮かべて――


「君たちの攻撃と僕の攻撃。成功させた方の勝利だ!」


 魔人が巨大な水の球を頭上に作り出す。

 魔力妨害を止めた覚えはないし、妨害している手応えだけはあるのに、魔人はそれを作っている。

 米地が感じていた違和感はこれかと同じ感覚に理解をしたと同時、その水の球が弾け飛んだ。

 それは俺ではなく、米地が対応させた妨害の結果。

 魔人の扱う魔術、それに伴う魔力の流れ。

 それらを理解し、即座に対応する妨害を行う。

 後手に回らざるを得ないこの戦法は、一歩間違えれば簡単に敗北に繋がる。

 それでもやるしかない。

 これが今の俺たちにある唯一の勝機なんだから――!


「ハハッ! 最高だよ君たち!」


 魔人が魔力を練り上げる段階に干渉し、魔術の成立を妨害する。

 結果、魔人からの攻め手がなくなるので防御の必要がなくなる。

 それは後方で妨害し続けている俺たちだけでなく、前線で魔人へ直接攻撃を仕掛ける龍先生も同じ。

 守りへ割く意識の全てを攻撃へと回すことで、正真正銘の全力を魔人へと見舞うことができている。

 それでも、魔人は易々と倒れてくれない。

 近接戦に持ち込まれても、器用に立ち回り、一瞬の防御で致命傷を避けている。

 後手に回っている以上、一瞬の魔術発動は許容しなければならない。

 ただその一瞬が、龍先生の攻撃から逃れ続ける要因となっている。

 このままでは時間と集中力が浪費されてしまう。

 そうなれば、本来してこなかった技術を使う俺たちが不利。

 何か、何でもいい。

 一手だけ、魔人の予想を裏切る何かを――


「ほら隙!」


 魔人の呟きと眼前に迫る水の弾丸。

 それを視認した瞬間、俺は思考に気を取られて認識が遅れていたことを理解した。

 たった一瞬の気の緩みが、これまで阻止してきた攻撃に転じる隙を与えてしまった。

 もう回避できない位置にある水の弾丸は容赦なく俺の顔面を捉え、俺を後方へと弾き飛ばすだろう。

 そうなれば、妨害する役割が米地一人になってしまい、瞬く間に瓦解する。

 どうする。

 どうするどうするどうするどうするどうする――


「――ァ」


 パァンと水が弾ける音とともに、俺は予想通り後ろへと吹っ飛んだ。

 体の中でも重たい頭を支点に弾かれたのだから当然だ。

 ああ、本当に、予想通りだ――


「ふー……」


 目を瞑り、集中する。

 空中にいられる時間はほんの僅か。

 それでも、その間でいい。

 背中から地面に落ちることなんて考えない。

 今、俺がやるべきことは――


「ここだ――ッ!」


 魔人に向けて手を伸ばし、“魔力感知”で捉えた魔力の流れを読み切って妨害する。

 やってることはほとんど同じ。

 でも今この瞬間、俺がそれをすることは魔人の想定外だろ――


「なっ――!」

「ハァアアアアアアアッ!!!」


 魔術を発動しようとし、しかしそれができなかった魔人は、龍先生の一撃を喰らっていた。

 血が噴き出し、魔人の表情が苦しそうに歪む。

 俺が受け身もとれずに地面に不時着し、情けない声を上げてしまう。

 だが、すぐに起き上がって戦線に復帰しなければならない。

 この程度で終わるほど、魔人は甘くない。

 魔人の手札になりそうな水蒸気を風で遠くへ追いやって、そんですぐに二人の元に駆け付けて――


「負け、かな?」

「――え?」

「この傷でまだ戦えると? って、君はこの傷の深さを見てないのか」


 龍先生と米地に囲まれる魔人は、正座するように座り込んでそう言った。

 諦めよりも納得のような声色に聞こえた。

 痛む背中と擦り傷のある身体を引っ張って、魔人の言った傷とやらを見に向かう。

 血に塗れ、黒色の装束が更にどす黒く染まっている。

 白い神殿の床には赤い血液が絶え間なく流れ続けていて、直接は見えない傷の深さを示していた。


「結構(これ)痛むし、これじゃあ魔力の使い方を変えながら戦うのは難しいや。だから俺の負け。君たちの勝ちだよ」

「……」


 何というか、あっさりというか……こんな簡単に勝てるとは思っていなかった。

 いや、決して簡単というわけではなかったんだけど……。

 拍子抜けって、こう言うことのことなんだろうか。


「――あ、こ、これ、使って!」

「……治癒のスクロールか? スクロールなんてまた古風なものを。それにいいのかい? この傷を治したらまた君たちに襲い掛かるかもしれないよ?」

「その時はまた倒すまでだから、大丈夫」

「水を生成させなければ、と思っているのかもしれないけど、君が油断してる今なら散らばった水蒸気を集めて攻撃に転用することだって――って、水蒸気がなくなってるな?」

「ついさっき俺が遠くに飛ばした。お前ならまだ何かやってきてもおかしくないと思ったからね」

「読んでいた……ってわけじゃないんだろうな。全く、よく考えてるよ。君」

「よく……考えてる?」


 俺がか?

 そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。

 俺には至らないものだと切り捨てていた思考というパーツは、魔人から見たら切り捨ててなんていなくて、むしろ魔人にとっては厄介に映っていたものだったらしい。

 それは何というか――


「嬉しい、な」

「ふはは。素直な奴だな、君は」


 米地から受け取った治癒のスクロールを使い傷を癒している魔人は、朗らかな笑い声と一緒に俺を評価してくれた。

 それがなんとなく心地よくて。

 こんな気持ちを抱けるなんて戦う前には思ってもみなかった。


「前の大戦でも言ったけど、僕より上位の序列にいる方々は僕とは一線を画す力を持っている。こんなところで油を売ってないで助けに行ってあげた方がいいんじゃないかい?」

「……いいや。大丈夫だよ」


 確かに、前回の大戦でその手に頼らざるを得なかった俺たちからすれば、誰かが助けに来てくれることがどれだけ頼もしいかをよく理解している。

 それでも、俺たちはそうしない。

 理由は何個かあるけど――


「俺たちは、他の奴らを信じてるからね」

「……そうか、信頼か。俺たち魔人には少しばかり欠けているものだね」


 そう呟く魔人の姿は寂しそうではなく、妙な納得を感じさせるものだった。

 天を仰ぎ何かを考える魔人に釣られて、俺も天井を見ながら他の人たちにエールを送る。

 俺たちは勝ったぞ、先に待ってるからな、と。






 * * * * * * * * * *






「まぁ細かいことはいいんじゃない?」

「そうだな。互いに決着は早い方がいいか」


 容姿の似通った二人。

 双子であることを証明するかのような揃った動き。

 そして、異なる魔術。


「まだ見せきれてない私たち兄妹の実力――」


 片方は風を纏い、もう片方は雷を纏い。

 圧倒的な威圧感と強者の風格を漂わせ――


「――存分に味わってくれ」


 宣言と同時。

 二人の姿が掻き消えた。




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